トウキョウ物語-中野/新大久保/渋谷編 - 1/5

中野-∞番出口

終末のトウキョウ。
コンクリートは崩れ、ネオンは死に、ビルの骨組みだけが風に鳴く。
そんな廃都の交差点に――なぜか、まだ立ってる。

忠犬ハント公(Hunter-H)像。
犬だ。いや、犬“だった”何か。
コバルトの風化塗装、片目には銃弾の跡、足元には骨ガムとカップ麺。
そして誰かが貼り付けたファンアート。そこに描かれていたのは一言。

「勇気、忠義、そしてわふ。」
滅びの街でも犬は誇り高い。
撫でると犬語がわかるって噂、誰が言い出したんだよ。
なおこちらが理解できるとは言っていない。

「この犬は、生涯忠義を尽くしたらしいぜ!」
唐突にテンションMAXな声が廃駅の向こうから響いた。
サタヌス、黒い包帯とスラム臭を纏った悪ガキ勇者。
それを見上げるウラヌスはツインドリルが炸裂している。
メスガキ将軍、テンション制御不能の暴走兵器。
「なにに対して?」
「……わからねぇ!!」
脊髄反射みたいな返答。
語彙力の死とテンションの生、まるで文明の再現実験だ。

はとバスが飲酒運行している。
ギャルがラーメン啜りながら「彼ピ来ないじゃん…」と呪詛を吐く。
この街では“待ち人が来なかった時は拉麺を啜る”という謎文化が根付いていた。
寂しさもスープで流せ、ってか。
終末の哲学が炊き出しみたいに湧いている。
モブ悪魔ハンターが通りかかる。
ガスマスク越しの声は無駄にエモい。

「知ってるか? あのハント公、伝説のハンター犬なんだぜ」
「“魔王の片目を食いちぎった”とかいう噂でしょ?」
隣のデスパンク女ハンターがスプレー缶を弄びながら言う。
ガスマスクハンターがドヤ顔で続けた。
「そうそう!しかも、待ち人が100年現れなくても動かなかったんだと!」
「今の時代に忠誠とか、マジ伝説すぎんだろ……」
間違ってはいない。
足元で柴犬がちょこんと座った。
ガスマスクの連れ、名を「捨て駒3号」。
あまりにもひどい。

ウラヌスが眉を跳ねさせる。
「ちょっと名前どうかしてるでしょ!?可愛いのに!!」
サタヌスは、火の消えたような声でぼそっと返した。
「……ハンター犬ってのはな、“生き残らない”前提で連れてくるんだよ」
「だから、雑な名前つける。情が移ったら、戻れなくなるからな」
ウラヌスが一瞬、言葉を失う。
風が、金属の破片を転がして鳴った。
忠義の意味は、まだこの時代に残っていた。

捨て駒3号が「わふっ」と鳴き、ハント公像の足元にぺたんと座る。
まるで――そこに並んで忠誠を誓うように。
通りのギャルが呟く。
「……かわいい。けど、なんか泣けるね」
誰かが笑い、誰かが撮影し、そして誰もが気づく。
この犬像、何に忠義を尽くしたか誰も知らない。
だが、今もここで“何かを待っている”

「……ハント公が何に忠義を尽くしたかって?」
「さあ?俺、待ち合わせとかしなかったしな。」
その声の主、レイス。
青白い肌の半魔ハンターは、煙草の火を犬の瞳に映しながら、わざとらしく肩をすくめた。
嘘だ。あいつは全部知ってる。
この犬の名前も、飼い主も、そして忠義の結末も。
けれど語らない。語ってしまえば、物語が終わるから。
風が鳴る。笑みが、犬の影に滲んだ。
「そのほうが、面白ぇだろ?」

「今日どこ行く!?新橋でサラリーマン冷やかすか!?」
ウラヌスが地獄テンションで叫んだ。
この女、朝からテンションが真夏の甲子園。
人間だったら日射病で倒れてる。
隣でサタヌスが、包帯巻きの腕をポケットに突っ込みながら鼻で笑った。
「いや、新橋は夕方からだ! 昼のサラリーマンはまだ寝てる!」
「中野に行こう、猫野郎(ロコ)がマジで楽しいって言ってた」
ウラヌスの目がきらりと光る。

「猫野郎ってあの、モフモフの? 毛玉の?」
「そうだ。あいつが“中野の地下は時空が狂ってる”って言ってた」
「つまり……魔境だ!!!」
……この会話の流れで、なぜ楽しそうにテンションが上がるのか。
だがこの二人に理屈を求めるのは、パチンコ台に哲学を説くのと同じくらい無意味だ。

その名を――中野ブロードウェイ。
もはや“ショッピングモール”ではない。
文明の墓場、文化のホルマリン漬け、そしてオタクの魂の再生装置。
この街は核で三度焼かれた。
だがそのたびに、新刊と限定アクスタと再販情報が蘇った。
「終わった世界で何が生き残る?」
と問われたら、俺たちは迷わず答えるだろう。
「中野だ」と。

ブロードウェイは今日も生きていた。
放射能をエナドリに変え、廃墟をポップカルチャーでデコる。
もはや街ではない、終末のテーマパークだ。
ガスマスクの男が言った。
「ここじゃ魂もグッズも腐らねぇ。全部、未開封保存状態だ」
空気が古本と絶望と青春でできている。
呼吸するだけでノスタルジーに中毒する。

悪魔も泣きだす中野ブロードウェイ。
悪魔は泣く、だがオタクは笑う。
デビル・メイ・クライ。オタク・メイ・スマイル。

床に刻まれたサークルカット。
天井からぶら下がるポスターの亡霊。
永遠に流れ続けるアニソン。
時空がループし、財布が爆死する――ここは、地獄の中の天国。

──そう、彼らはまだ知らない。
“出口”と呼ばれるものが、ただの都市伝説であることを。

ブロードウェイの奥は、まるで物理法則が諦めたみたいな空間だった。
配線むき出しの天井、貼り直しすぎて厚みが増したポスター。
床に落ちたチラシが化石のように固着している。
世界は滅んだのに、広告だけは生きてる。
文明の亡霊、それが中野のPOP文化。

看板にはこう書いてあった。
「ブロブリ堂書店→“読めば忘れる”新刊入荷!」
「植物が文句言ってくるフラワーショップ」
……おかしい。
読めば忘れるって、書店として最悪のキャッチコピーだろ。
でもウラヌスの目は輝いていた。
「見て!喋る花だって!!」
店先に置かれたサボテンが、無駄にいい声で喋る。

『わたしは陽属性の花ですが、今日は情緒不安定です』

「ちょっっっ!?喋る花とかヤバくない!?あんたサタヌスより口悪いよ!?」
「お前も大概だろ。喋るってだけで喧嘩売るな」
「意見は水やり後にお願いします」
「うるせぇ水ぶっかけるぞ!!」
──サボテンにすら煽られるメスガキ、メンタルがガラス。
サタヌスはというと、壁に貼られたもんじゃ広告に吸い寄せられていた。

『のへじ支店限定:見た目スライム、味はバジルチーズ』
「見た目スライムで味バジルって、脳が混乱するやつじゃねぇか……」
「食うと幸せになる」って書いてあるが、下の小文字で。
個人差があります(泣く人もいる)って追記されてる。
広告主、完全に感情を放棄してる。

そして――現在地がバグる。
「オイ今どこだ!?俺たちさっき“1階”だったよな!?」
「え?いま“地下の3階の上の中層”って書いてあるよ?」
「はぁ!?数学で負けた感じがすんな!!」
もう方向感覚がドブに落ちている。
地図アプリも諦めたのか「がんばれ♡」としか表示しない。
そして廊下の奥から、笑顔の店員が歩いてきた。
制服には血のようなインク染み、名札には“サタンコレクト”の文字。
呪い系フィギュア専門店、魔界公認の事故物件。

店員がニコッと笑いながら言う。
「これ、開けたらアカンで」
その笑顔が清々しいほど信用できない。
棚に貼られたPOPには【開けたら泣く。閉じても泣く。】
「なんで泣く前提なの!?エモいの!?怖いの!?どっちなのぉぉぉ!!」
「お前の声が一番怖ぇよ!!」
段ボールで仕切られた通路。
“工事中”と書かれた紙が20枚は重ね貼りされている。
行き止まりに貼られた矢印は全部ウソ。
右も左も「こっち→」「戻るな←」「中野へようこそ↑」

……全部矛盾してる。
それでも進むしかない。なぜなら勇者ズの足は止まらない(バカだから)。
「俺たち、もしかして……まだ地上だった?」
「何言ってんの?ここは中野だよ?」
「それが怖ぇって言ってんだよ!!」

地上でも地下でもない、“中野”という異界そのもの。
ここでは時間も方角も推しの在庫も、すべてが不定形。
「これ見た!バグってるパターンじゃん!!」
「お前どんだけゲーム脳だよ!!」
観客のいないクイズ番組が始まった。
賞品は“現実への帰り道”。

中野ブロードウェイ。
世界の終わりでも営業中、文明が崩壊してもセールは開催される。
そして今日も、ホラーと勘違いと錯覚の区別がつかない二人組が迷い込んでいた。
サタヌスとウラヌス。
彼らの探知機は“異変”ではなく“気のせい”に敏感だ。

【01】ポスターの絵が変わった!!
「ねぇ!今変わったよ!?“アイドル戦隊メロメロストーム”が“メロメロストーン”になってる!!」
破れてたので貼り換えただけです。
「ホラー演出みたいなタイミングで貼るな!!」

【02】天井のファンが逆回転してる!!
回りすぎてそう見えるだけ、目を細めろ
「逆回転してるって!風向き変わってるって!!」
「目ぇ細めろ。錯覚だ。お前の頭の回転数が勝ってんだよ」

【03】階段の数、増えてない!?
単に一段目を数え忘れただけです
「さっきより段多い!?」
「段ボールも段に数えるな。」

【04】通ったはずの店が消えてる!?
シャッター閉めただけです。昼休憩。
シャッターの向こうから、休憩中の店員がカップうどん食ってる音。
「生活感出すなぁ!!」

【05】ぬいぐるみが瞬きした!!
風でタグが揺れてます、ビビるな
「瞬きした!!!」
「風だ!!」
「じゃあ今の“ニヤリ”は何!?」
「お前の被害妄想だ!!」

【06】案内板の文字がズレてる!
シールが剥がれかけてるだけ、貼り直し案件です
“エスカレータ→”の矢印が「エスカレータ⇡」に浮いてる。
「上昇志向!?!?」
「中野にそんな野望ねぇよ!!」

【07】店員が見てた…こっち見てたよね!?
お前が大声出してたからです
「こっち見てた!」
「そりゃ“お前”がうるせぇからだよ!!」

【08】自分の声が遅れて聞こえる!?
近くの店でスピーカーのラグ発生中です
「呪い!?!?」
「エコーだ、バカ!!」

【09】自分と同じ服の人が通った……
よくあるTシャツです。ユニ〇ロ。
「私と同じ服の人いたんだけど!?」
「ユニ〇ロ。人類の制服。」

【10】床のタイルが1枚だけ違う!!
前に割れて修繕しただけだよ
「呪印かと思った」
「接着剤だ。モルタルを信じろ。」

風が抜けた。
誰もいない通路に、二人の笑い声とサンダル音が反響する。
どこまで行っても終わらない中野。
だが、異変なんてどこにもない。
全部、気のせい。
……そう思った瞬間、後ろで“ポスターが音を立てて剥がれた”。
「いまの音なに!?」
「気のせいだ」