トウキョウ物語-中野/新大久保/渋谷編 - 3/5

新大久保-釜山じゃないよ東京だよ

文明が滅びても、昼番組は滅びなかった。
情報網は消え、SNSは砂漠化し、世界が終末の砂埃に飲まれたあとでも。
録画サーバーの一角に、なぜかヒル◯ンデスだけが生き残っていた。
「これを“神の記録”と呼ばずして、何を呼ぶのか」
かつて人は言った。
いや、言ってない。たぶんマカが勝手にそう言い出しただけだ。
この日もハンター拠点の地下、サルベージ映像室。
“文明の遺物”と呼ばれる古いTVモニターが光を放つ。
画面の中では、明るすぎるナレーションが炸裂していた。

「見てくださいこのボリューム!SNS映えもバッチリ!」
「今週も新大久保で話題のヤンニョムチキン特集〜〜!!」
その瞬間、レイスの口元から煙が一筋、ゆらりと上がる。
その顔には、諦観と習慣が同居していた。
「あ〜今回も韓国か。ループ入ったなこれ」
マカは正座したまま、両手を膝の上でぴったり揃えている。
まるで宗教の礼拝のような姿勢で。
彼女の声は淡々として、しかしどこか神聖だった。

「ヤンニョムチキンは何度放送してもいいのです」
この発言、たぶんマカ的には完全に“真理”である。
一方、ソファの端ではロコが立ち上がりかけていた。
猫耳がピコピコ揺れ、瞳孔が完全に“狩猟モード”に入っている。
「マジでうまそうなんだが!!!」
テレビに手を伸ばす勢い、チキンはもう“映像ではなく獲物”だった。

レイスが横目でちらりと見た。
「お前それ、毎週言ってね?」
ロコは尻尾をピンと立てて即反論。
「いやでも!チーズの伸び方違ったもん!!」
ちなみに映像は三百年前の録画、チーズの伸びが違うはずがない。
マカは画面を見つめながら小声で呟いた。
「“進化する甘辛”……いい文明です」
レイス、鼻で笑いながら煙を吐く。
「文明終わっても放送してるのが一番怖ぇけどな」

TVの砂嵐が一瞬だけノイズを吐いたあと、画面が再び“明るい昼”に切り替わった。
──そう、いつもの“昼”。
何百年ループしても、変わらない時間帯。
レイスが煙草を指先でくるくる回しながら言う。

「いいか、ヒルナンデスはループするんだよ。同じロケ地を無限に回る」
「コントも同じ流れを永遠に繰り返すのが基本です」
「まぁ俺も“ループしてる”って言いながら見てるんだけどな」
レイスの口元から、煙が淡く溶けていく。
終末を迎えても、ヒルナンデスは止まらない。
それは人類の“無意識”の再生装置。
その時、ガチャリと拠点のドアが開いた。

「おーい、帰ったぞー……」
埃をまとった外套、金属片を背負った少年――イザナギ。
昼の光に目を細めながら部屋に入った瞬間、
テレビ画面の“赤い物体”が目に飛び込んだ。
彼は二度見した。
三度目には口が勝手に動いていた。
「おいおい、なんだよあの赤い唐揚げ!?やばくね!?気になるぞおい!!」
「……釣れたな」
「このパターン、週3で見ます」
「行こ!韓国行こ!!ねぇメーデン!これ食べに韓国行こうよ!!」
ウラヌスがテレビの前で跳ねるように立ち上がる。

メーデンは焦る。
「え、えっ!?そんな急に国超えます!?!?!?」
ウラヌスのアホ毛が勢いよく立ち上がった。
「行くって言ったら行くの!!ヤンニョムの呼び声がするの!!!」
レイス、煙草の火を落としながらぼそっと。
「……地獄もネタ切れってことだな」
「いい文明です」

舗装の剥げた国道を、彼らは歩いていた。
目的地は――異界の中の異界、“新大久保”。
昼の太陽が白く濁って、空気だけが妙に熱い。
レイスが煙草の火を指で弄びながら、ふと足を止めた。

「……あれ!?珍しいな、鬼のオッサン」
その視線の先には、赤い肌と角。
廃ビルの壁にもたれ、静かに空を見上げる男。
「ん?お前は……」
マルスだ、魔王軍の古強者。
だが、相変わらず記憶より炎のほうが得意なタイプである。

数秒間、沈黙。そして――。
「誰だ?」
レイスが煙を噴き出した。
「レイスだよ!!10度目だぞこのやり取り!?」
マルスは目を細め、穏やかに微笑んだ。
「すまぬな。人の顔に興味はないのだ」
……正直すぎる、優しげな声で言うから余計にタチが悪い。
ウラヌスが駆け寄り、両手をパァンと叩く。
「マルたんだぁ!!久しぶりっ!!」

マルスは少し考えるように顎に手を当てた。
「……あぁ、ウラヌスか。元気そうだな」
「よく分かったね!!」
「お前は声が大きい」
「特徴で覚えてんのかよ……」
マルスが改めて一行を見渡す。
「で、お前たちは何処に行くつもりだ?」

「これから新大久保行くの!マルたん予定ないならいこう!」
マルスは小さく瞬きをした。
「……“新大久保”。聞いたことはある。火を使う料理が多いと聞く」
「そう!チキンがね!赤いの!!辛いの!!あとチーズが伸びるの!!」
「説明が語彙力ゼロだな」
「でも本質を突いています」
マルスは少し考えたあと、微かに口角を上げた。
「あぁ、予定はない。私も同行しよう」
その瞬間、空気が変わった。
ただでさえ暑い日差しの下、マルスの周囲の空気がゆらりと歪む。
炎属性の鬼将軍、テンションが上がると温度も上がる。

「わぁ、暑い……けど嬉しい!マルたんが一緒!!」
「……お前、テンションと体感温度が比例してるぞ」
新大久保駅。
そこは──異世界だった。
ホームに立った瞬間、空気の密度が違う。
案内板にはハングルと見たことのない魔界文字が並んでいる。
その瞬間、全員が悟った、ここはもう東京ではない。

「……ここ、東京じゃねぇな」
「異世界転生した……ヤンニョムファンタジー……」
「全部ハングルで読めねぇ!!!」
このパーティーの中で、唯一“読める男”がいた。
マルスは看板を見上げて、すらすらと読み上げた。

「私は元々フーロン出身。地球で言えば、中国だ」
「……だから自然と読める。これは“甘口”。あれは“地獄級激辛”。」
淡々と指さしながら、まるで魔界ガイドのように続ける。
「あの屋台は……魔界系だな。胃薬を持っておけ」
この街ではマルスが唯一の通訳、そして唯一の保険であった。
「神か!?!?」

駅前のアーチを抜けた瞬間、空気が変わった。
それはもう「香辛料の壁」としか言いようがない。
視界のすべてが赤。
空気が辛い。看板が辛い。BGMまで辛い。
イザナギが叫ぶ。
「とりあえず食えるやつ!あと辛すぎないヤツ探そう!どこだ!?」
だが、どこを見ても真っ赤っ赤。
屋台の照明も、唐揚げも、看板も、地獄の業火のように燃えている。
ネオンの熱だけで体感温度が3度上がる。

『地獄級激辛』
『泣いても知らんぞセット』
『死んだ舌に捧ぐヤンニョム』

どの屋台も挑戦的。
人間が食べられる範囲のものを探すのがすでに命がけのクエストだった。
ロコが半泣きで叫ぶ。
「おっさ〜ん!甘辛ってやつ見つけてくれぇ!!!」
メーデンも手を合わせる。
「マルス様ぁ……どうかお導きを……!!」
「神でもいい!!誰でもいい!!甘口をぉぉぉぉ!!!」
全員、もはや祈りの域。
「神様仏様マルス様」状態で炎の将軍を頼りにしていた。
そして、その中心にいるマルスは──彼らとはまるで別の世界を見ていた。
炎に照らされた街を静かに見渡し、ほんの少しだけ目を細める。

「……覇道(パーダオ)が発展すればこうなるのであろうな」
その声には、懐かしさと僅かな感嘆が混じっていた。
赤く輝く看板の群れを、まるで文明の灯火のように見つめながら。
そして、彼は両の手を胸の前で静かに合わせた。

「炎が人を焼くのでなく、照らすために使われる……良い進化だ」
完全に“悟りの僧”。
「見ろよ。あの鬼のオッサン、チキンで悟り開いてんぞ」
「文明を前に進ませた者の表情です。尊い」
一方その背後では、ウラヌスがチーズドッグを落とし、ロコが口の中を水魔法で冷やし。
イザナギが「甘辛って書いてあんのに燃えるんだけど!?」と叫び。
レイスは爆笑して煙を吐いていた。

「甘辛なんですけど、あとから魔界山椒っぽい痺れが来る…!」
メーデンは涙目になりながらも、分析だけは冷静だった。
彼女の舌が麻痺するたび、理性だけが報告書モードで更新される。
「ちょ待って?見て見てこのチーズドッグ、もはや武器じゃんww」
ウラヌスはドッグを構えてポーズを取る。
溶けたチーズが糸を引き、戦場用の鞭みたいに光った。
「うわああああ!?口が燃えるゥゥ!でもうめええええ!!」
イザナギは涙を流しながら戦士のように叫んでいる。
一方ロコは――。
「え、何か武器売ってない?」
「いやそれ調理器具です」
メーデンのツッコミがもはや公式ナレーションのように響いた。

そう、ここはもうグルメという名の戦場だった。
だが彼らが熱戦を繰り広げるその背後――。
どこかからハイテンションな声と、まぶしい照明の光が差し込んできた。
「さぁ今回は!終末東京のグルメ天国・新大久保からお届け!」
「今、魔界女子に大人気の“背徳チーズチキン”を徹底レポートで〜す!!」

レイスが顔をしかめる。
「……聞き覚えあるな、このテンション」
その名は『マモルンデス!〜あなたの魔界ライフ守ります〜』
魔界テレビ第6チャンネル。
週3放送。司会は笑顔が怖いベテラン悪魔マモル氏(職歴1000年)。
番組内容は、だいたい地獄。

・「人間界の最新“呪”トレンド」──TikTokで流行中の呪符巻き寿司特集
・「生贄物件リノベーション」──事故物件を魔改造。怨霊が映り込む?仕様です。
完全に昼番組のテンションで、内容が終末。

その現場にいたのは、八脚の美男俳優――プルソン。
照明を浴びて完璧な角度でポーズを取り、白い歯を見せながら。
カメラに向かって微笑んでいた。
「みなさんご覧ください、このチキンの照り!」
「ソースが炎のように輝いていますね!」

──だが、彼の背後から聞こえる不穏な声。
「お、いたな。蜘蛛にーちゃん、今日も番宣?」
「フォトショで補正したポスターより、目つき悪くて安心したわ~ww」
プルソンの表情がピクッと硬直した。
彼の八本の脚が、まるで生物反応のように一瞬ぴくりと動く。

「うわ来たな……ヘビ男」
「今ロケ中だっつーの、割り込むなよ!?」
その瞬間、二人の間でチキン油が爆ぜた。
照明が反射し、まるで昼番組のセットが爆炎に包まれるような光景。
「はい、地上波ではよくある光景です」
「バラエティって命懸けなんだな……」
マルスは遠くからそれを見て、再び目を閉じた。
「……戦いも、結局は宣伝なのだな」

カメラが回る。照明が照りつける。
蜘蛛脚の美男俳優・プルソン、今日も完璧な角度と笑顔だ。
額の汗も、声のトーンも、すべてが“プロ”の仕上がり。
「はい!というわけでこちらが、今話題の“背徳チーズ”!」
「この照り感、伝わりますか!?あ、はい、ありがとうございま~す!!」
──そう、完璧だった。完璧、だった。
その直後。
画面の後ろから、妙に軽い笑い声と共に差し込むピースサイン二本。

レイスがニヤリと笑い、顔面に雷みたいな光を反射させながら、
カメラ目線で変顔をキメていた。
「映んなつっただろぉおおおお!!!」
「じゃあフレーム管理しろよお兄さ〜ん☆」
八本脚が地面をガンッと叩き、レンズがビクンと揺れた。
スタッフの悲鳴。照明が揺れる。
──地獄のヒルナンデス、ここに極まる。

だが放送後。
「え!?レイス様とプルソン様ってあんな仲悪いの?ww」
「腹黒が本性出してて草」
「でもリアル感あって逆に推せる」
「ピースしてるレイスがじわじわくるwww」
#レイスのピースが1位、魔界全域で。

プルソンは例の蜘蛛脚で串焼きを器用に掴み。
「ちくしょう、全部演出ってことにしとけよ!」とぼやく。
「ってか俺の番組なのに、レイスに全部もってかれてんじゃねーか!」
レイスは横で笑って煙草を吹かす。
「まぁまぁ。数字取れりゃそれでいいじゃん?」
「お前の番組だろ、“マモルンデス!”……“守れなかった”わけだが」

「黙れ」
蜘蛛脚がピクッと動いた。
それが地味にうまくチキンを串ごと回すので、ウラヌスが感動していた。
「えっ、あの脚便利すぎん!?何その高性能キッチンツール!」
ロコは既に二本目のチーズドッグをもしゃもしゃ。
メーデンは呆れ笑いを浮かべつつ、ビール片手に見守っていた。
「仲いいのか?」
レイスは煙を吐き、にやりと笑う。

「いや、お互いにウザ絡みする仲」
プルソンはグラスを回しながら、目を細めた。
「“共生”だな。寄生の逆」
誰もが笑いながら、ほんの少しだけ本音を隠していた。
マモル氏(司会)の声がどこか遠くで響く。
「いいですねぇ!こういうのが、魔界を明るくするんですよ!」
「……うるせぇな、あのジジイ……」
「でも、まぁ悪くなかっただろ? バズったし」
「……バズは災害だ」
その言葉が静かに沈んで、油の弾ける音だけが響いた。

メーデンが少し間を置いて、ほわんとした笑顔を見せる。
「なんか……人の付き合いって色々あるんですね」
外では、K-POPと魔界リミックスのBGMが交互に流れ、
ネオンの明滅がチキンの照りに反射している。

夜の新大久保は、赤い光で満ちていた。
K-POPと魔界クラブリミックスが混ざり合い、
チーズの糸がネオンみたいに光を引く。

火を吹くほどのチキンを前に、人類と魔族は皆、等しく“無”になる。
「ッッつぁああああ!!!???」
ロコがチキン片手に天を仰いだ。目が完全にアニメの“召され顔”になっている。
「これが……ケモショタが見る天国……」
その姿は、もはや実質バステト(ただしK-POP推し)。

その横で、イザナギは骨ごとチキンを齧っていた。
「オラァ!!!肉がうめぇぞぉ!!!!」
もはや前歯の暴力。圧倒的咀嚼音。
地獄の食レポアタックが、異世界系Vlogレベルで飛び交う。
「え、え……ちょ、待って……この……チーズトッポギ……なにこれ……」
ウラヌスは、完全に“沼”にハマっていた。
モッチモチの食感とチーズの引力で、皿から顔が離れない。
「……帰りたくない……トッポギと結婚したい……」
この期に及んで新しい人生をスタートしようとしていた。

「次は!カフェ巡り行きます!!!」
メーデンはカフェMAPを握りしめ、汗ひとつかかず、満面の笑顔で言い放った。
ヤンニョムの猛攻を受けた直後とは思えない。完全にテンションだけで動いている。

その横で、マルスがそっと呟いた。
「……懐かしいな」
箸先に乗ったナムル。味付けの奥に、フーロンの街角を重ねていたのかもしれない。
たぶん彼が一番、情緒のある喰い方をしている。
日が傾き、ネオンがまた一段と赤く輝きはじめた新大久保。
彼らは、汗だくで笑いながら、チキンを貪っていた。
誰かが写真を撮る。誰かが動画を回す。誰かが気絶しかけてる。

なのに、みんな幸せそうだった。
「私たち、韓国行ったんでしたっけ……?」
「違うけどそうだった気がする……」
レイスは火照った顔をあおぎながら、笑った。
「ヒル◯ンデスが世界を動かす。終末の真理だな」
そして全員、黙って頷いた。
辛さも、文化も、名前も超えて「うまい」は正義。

BGMは「明日もチキン特集!」の魔界TVエンディング。
番組スタッフが笑いながら撤収していく。
彼らの足元には、まだ温かいチーズがとろけていた。

友情とは、炎上と共に。
終末が続く限り、うまい飯もまた、続く。