トウキョウ物語-銀座編 - 1/4

銀座-腐ったメロンを添えて

高級ブランドの残骸が風に吹かれて舞う、終末の銀座。
崩れたシャネルの看板をくぐり抜け、サタヌスとプルトが並んで歩く。
通り沿いの残骸から突き出た看板には、こう書かれていた。

「季節限定:プレミアムメロンパフェ ¥32,000」
~甘く、蕩ける、贅沢をあなたに~

サタヌスの足が止まった。
崩れたガラスのショーウィンドウの中、冷凍保存されていたパフェの残骸が、今も輝いて見えた。
「なぁ、プル公……」
「このメロンパフェっての、うまそうじゃね?」
すっかり目を輝かせたサタヌスに、プルトは“ああ、またか”という目で振り返る。
口角がわずかに上がる。悪意のある微笑だった。

「お前……メロンって瓜ですよ」
「つまり、甘いきゅうり。お前が一番嫌いなやつですね」
数秒の沈黙。

「…………」
サタヌスの顔から一気に血の気が引いた。
「……きゅ、きゅうり!?」
「この、宝石みてぇな果物が!?!?!?!?」
「分類上、完全に瓜。甘いだけの胡瓜」
「うわぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」
サタヌス、銀座のど真ん中で膝をつく。
プルトはまるでそれを待っていたかのように、わずかに口を開いた。

「……フヘヘ……サタヌスが泣いてる……愉快……」
「やはり銀座は美食と笑いの街ですね……」
今、終末の銀座に新たな伝説が刻まれた。
「メロンはきゅうり」で末っ子がメンタル崩壊する回である。

異世界・アルキード王国。
その伝統料理、“王国式サンドイッチ”は見た目こそ上品だが、中身は……虚無。
「マジで、きゅうりしか入ってねぇ」
そう言って絶句したのは、サタヌスだった。
ガイウスはいつも通り、優雅に紅茶を口に運びながら、きゅうりサンドを静かに噛んでいる。
その姿はまるで王族か貴族か──だが、味の感想は正直だ。

「なぁ、シェパード……それ、美味いのか?」
サタヌスは本気で気になっていた。
毎朝のように、それを食べている彼に、疑問をぶつけずにはいられなかった。
ガイウスはきゅうりを嚙み砕いた後、紅茶の香りを楽しみ、こう呟いた。
「……アルキード王国にメシのうまさは期待するな」

言葉の端々に、諦めと慣れが滲んでいた。
料理を楽しむのではない。“耐える”のだ。
これがアルキード流、王族の作法なのだろうか。
「つらッ……」
サタヌスは思わず目を逸らした。

「サタヌス、メロン食べたからってお上品になれるわけじゃないのよ」
ヴィヌスはパフェのスプーンを置いて、斜めに座ると紅茶を一口すする。
「……というか、見なさいよ」
彼女が視線で示したのは、少し離れたテラス席。
そこには、例によって紅茶を飲んでいるガイウスの姿があった。

「シェパード、カップとソーサーの持ち方が異様に美しいのよ」
「指先まで意識してんのかってレベルで優雅。
こっちは日常なのに、あいつだけ“演目”なのよ」
サタヌスはメロンをもしゃもしゃしながら言った。
「ガイウスってさ……何であんなに紅茶の時だけ優雅なんだ?」
ヴィヌスはにやりと笑って、秘密を打ち明けるように。
「実はね、あいつの“紅茶所作”を参考にして――悪役令嬢役をやったのよ」

「えっ」
「そしたら演出家に“リアルすぎて怖い”って褒められた」
「『お茶を飲むだけで、“私が主役よ”感が出てる』って」
「マジか…………俺のメロンパフェ、めっちゃ庶民……」

「残念ながら、パフェじゃ令嬢にはなれないわ。でも、君は君で良いのよ」
「ガイウスの上品さは“様式美”だから、演技。
サタヌスは“感情”で動くから、素直。
それって一種の“王道主人公力”なんだから」

サタヌスはちょっと嬉しそうに「そっかぁ……俺、主人公だったかぁ」と口の端を上げた。
ヴィヌスはふふ、と笑い。
「でも、せめてカップは両手じゃなくて片手で持ちなさい」と指導を入れるのだった。