トウキョウ物語・港区/浅草/築地編 - 1/4

港区 ― キラキラの残骸

かつて“港区女子”たちがタワマンから自撮りを投稿し、
「うちら最強♡」とSNSを支配していたキラキラの街。
──今やその一帯は核で消し飛んだ。
高層タワーは傾き、街は骨と花火と瓦礫の街へと変貌。
だが、不思議なことにまだキラキラしている。
放射線による微光が、ガラスの破片や金属片に反射してチラチラと煌めくからだ。
レイスはスナック菓子を片手に、その光景を眺めて鼻で笑った。

「あー……骨。“港区女子”だな、多分。死んでも自撮り角度がバッチリだわ」
横にいたモブ悪魔は吹き出し、肩を震わせながら笑った。
崩れた瓦礫の隙間から、白い骨の手とスマホが覗いている。
画面は割れてなお光を放ち、フラッシュが点滅していた。
まるで死者自身がまだSNSに投稿しようとしているかのように。
レイスは煙草を咥え、吐き捨てるように呟いた。
「あのキラキラした時代って、ある意味――終末より地獄だったかもなァ」

レイスは瓦礫に腰を下ろし、骨とスマホを見下ろした。
「……ココに居たってことは、この骨、シェルター行かなかったのか」
彼は煙草に火をつけ、煙を吐きながら小さく笑う。
「……気持ちはわかる。港区最強だもんな」
港区がなぜ最強と呼ばれていたのか。
理由はいくつもある。

高級住宅街、ビジネス街、商業施設。
ゼルノバ・バイオをはじめとする最新企業群。
ファッション、飲食、遊び場……そのすべてが港区に揃っていた。
「他の街に行く必要などない」
かつて、そう誇られていた。
港区に住むということは、すなわち「勝者の証」だったのだ。

だが今、勝者の証は崩れ落ち、瓦礫に変わった。
高層タワーは黒焦げに傾き、輝いていた街並みは消し飛んだ。
残されたのは――骨と、なお光るスマホの画面だけ。
それでも港区は、最後まで最強だった。
なぜなら、核の直撃すら「立地」で受け止めた」のだから。
崩れたタワマンを背に、レイスはスナック菓子を口に放り込む。
ふと、遠い記憶が蘇った。

「……あいつら、どうなったんだろうな」
ぽつりと漏らすその声に、誰もすぐには返事ができなかった。
レイスは知っていた。
大災害のちょい前まで、日本に居たことを。
定住というより、各地を渡り歩き、流れ流れて辿り着いた国。
それでも――彼なりに、この国を好んでいたのだ。

思い出すのは、トーヨコの子供たち。
家出少年、家出少女。
あそこは彼らを受け止める、ほとんど唯一の場所だった。
だが今のトーヨコは違う。
結界の暴走で無限ループ構造と化し、
路地の地面には、子供たちが残したチョークの文字が無限に繰り返されている。
『もう帰れない』
その言葉が、路地を延々と埋め尽くしていた。

レイスは煙草に火を点け、煙を吐き出す。
「……けど、消えちゃいねぇはずだ。居場所を失う子供なんざ、どこにでもいる」
瞳に映るのは、光を失った瓦礫の街。
だがその奥には、小さな背中たちの残り火が、きっと消えずにあるのだ。
レイスが久しぶりに自分のアパートに上がり込むと、
隣室から賑やかな声が漏れていた。
何気なく耳を傾けると「ミナトク・ワンダラーズ」の話題で盛り上がっていた。

「最近はみんな“ミナトク・ワンダラーズ”って呼んでるのよ」
「トーヨコが無限ループ地獄になったから、子供たちが港区に逃げてきたんだって」
隣人の話に、別の声が加わる。
「おにぎりを投げると願いが叶うらしいわよ。だから、子供たちに渡すためにせっせと握ってるの」
最早、扱いが座敷童である。
港区の瓦礫に棲みつく家出キッズたちは、都市伝説と化しつつあった。

レイスは煙草を口に咥えたまま、いつも通りの無気力な調子で呟いた。
「……いいんじゃねぇすかね。今どき、家ないやつとかよくいるし」
その言葉は冷淡に聞こえたが――
瞳の奥には、トーヨコで見かけた小さな背中たちの残像が、確かに灯っていた。
レイスは瓦礫の合間を歩いていた。
微光に照らされた路地の先に、小さな影が見える。

――ミナトク・ワンダラーズ。
そう呼ばれる子供たちの一人だろう。
ピンクのパーカーは汚れ、裾はほつれている。
それでも、元は可愛らしいデザインだったことがわかる。
レイスは立ち止まり、ポケットから無造作におにぎりを取り出した。
慈悲も憐憫もない。ただ隣人から聞いた噂を思い出しただけだ。

「……パチンコで勝てますように」
祈るでもなく、吐き捨てるように言葉を落とす。
そして――軽くスナップを効かせて、おにぎりを放った。
もはや祈祷というより賭博師の投擲。

おにぎりは弧を描いて飛び、少女の足元に転がった。
彼女は驚いたように身を竦めたが、慌ててそれを拾い上げる。
一瞬だけ顔を上げ、レイスに向かって小さく頭を下げた。
それから影の中へと走り去っていく。
レイスは肩をすくめ、煙草を咥え直した。

「……さて、明日は勝てるかね」

瓦礫に反射する微光が、彼の吐いた煙をキラキラと照らしていた。
場末のアパートに戻ると、メーデンが待っていた。
彼女はにこにこと笑いながら問いかける。
「で、パチンコ勝てましたか?」
レイスは煙草に火を点け、天井を見上げて肩をすくめた。
「……大負けとはいかなかったな。小さく勝った」
メーデンは手を叩き、花が咲いたように微笑む。
「じゃ、ご利益ですよ」

レイスは煙を吐きながら、胡乱げに目を細めた。
「……そうかなぁ」
外ではまた、子供たちの影がチラついていた。
今日も誰かが、おにぎりを投げる光景がどこかで見られるのだろう。
かつてインフルエンサーや大企業の経営者が住み、
「勝者の象徴」とまで言われたタワマン群。

今では、そこに家出した子供たちが住み着いている。
ガラスの割れた窓から、笑い声や足音がこだまする。

その足元、崩れた瓦礫の中には――
白骨化した“港区女子”が、今なお虚空にスマホを掲げていた。
角度は完璧、笑顔は貼り付いたまま。
画面は割れながらも、フラッシュが時折光る。

レイスは一瞥して、低く吐き捨てた。
「……港区は最強かもしれない。少なくとも――立地は、な」
夜の瓦礫に放射線の微光が反射し、街はかつてのようにキラキラと輝いていた。