トウキョウ物語・港区/浅草/築地編 - 3/4

ウラヌスはカウンター席に飛びつくように腰を下ろし、瞳をキラキラさせた。
「ユッピー!私、まわらない寿司屋初めてなんだけど!」
「なんか食べる順番とかあるんだっけ?」
ユピテルは肩で笑い、煙のように軽い声を返す。
「そんな格式張って食うもんじゃねーよ。元々は江戸のファーストフードだぞ」
「へぇ〜!ファーストフードって響きカッコいい!」
ウラヌスは無駄に感心して、既にメニューを上下逆さに眺めている。
カウンターには寿司のほかに、やたら存在感のあるサイドメニュー札が並んでいた。

ミュータントそば
NUKEポテト
黒蜜地獄プリン

どれも寿司屋とは思えぬ顔ぶれだ。
「……もうこれ回ってないだけで、ほぼ回転寿司だろ」
一方、ロコは尻尾を振りながら身を乗り出す。
「海鮮丼をくれ!!」
大将は苦笑しながら首を振った。
「残念!海鮮丼は売り切れだ。……だがマグロはあるぞ」

ロコは一瞬ガーンとした顔をしたが、すぐに耳をピクッと動かし、
「無念……。じゃあマグロを頼む」
その横でユピテルが、どこか愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「芸術だな。推定マグロ、まずは一貫」
大将がユピテルの前に立ち、じろりと彼の姿を眺めた。
金色の髪、頬に走る黒い雷マーク――誰が見ても「雷そのもの」を背負った男。

「おぉ、あんたが最近やって来たって雷様かい?」
にやりと笑い、大将はネタ箱から妙に青黒く光る切り身を取り出した。
「じゃあんたが気に入る握りがあるよ。超デンキナマズだ」
ユピテルは口角を上げ、片手で髪をかきあげる。
「デンキナマズ? どんだけ痺れるんだ」
大将は真顔で答えた。
「マジで帯電してる」
横でサタヌスが箸を落としそうになり、思わず叫ぶ。
「そんなもの寿司にするな!!」
やがてユピテルの前に置かれる一貫。
シャリの上にのった切り身は、細かい電流をバチバチと散らしていた。
噛みついた瞬間――舌の先に鋭い痺れが走る。

「……ッ!」
ユピテルの肩が一瞬震える。
それは痛みではなく、快感に近い刺激だった。
金色の瞳が愉悦に光る。
「クク……これだ。気に入った」
カウンター越しに、白い割烹着を着た大将が静かに言った。
「超デンキナマズはな、醤油をつけないのが粋だよ」
レイスの手が、醤油差しに触れたまま止まる。

「え? 醤油つけねぇの?」
「……ナマズ自体が帯電してるからな。塩だけ。あるいは、そのまま……だ」
静かなカウンターに、どこかピリリ……と小さな電気音が混じる。
握られたばかりの“それ”は、白くふくよかなナマズの身――
だがその断面に、かすかな放電の煌きが走っていた。

「――へぇ、雷属性ってことかよ……」
そう呟いたレイスは手を引っ込めた。まだ、食う覚悟はできていない。
その隣で、ユピテルは二貫目を無言で口に運んでいた。
表情はない。ただ、目元がわずかに鋭くなる。
「……なるほど」
咀嚼の合間に、ぽつりと呟くその声音には、
“命を懸けるに値するネタだ”という暗黙の評価が込められていた。

カウンター奥、どこかズレた世界のポスターには――
《☢︎ NUCLEAR・今月の推しネタ:超デンキナマズ》
という文字と、でかでかと放射能マークが笑顔で描かれていた。
シュールでも、美味けりゃ正義。

ウラヌスは寿司桶を前にして、両手をわたわた振り回した。
「あーやべぇ!!! 私、生魚ダメだった!!!」
サタヌスが箸を落として椅子からずり落ちそうになる。
「なんで来店した後に気づくんだよ!? 順序逆だろ!」

ウラヌスはまるで悪びれず、ケラケラ笑って答える。
「だって築地楽しすぎたもん!」
実際、築地は彼女にとってテーマパーク並の楽しさだった
レイスが煙草をくわえ直し、カウンター上のメニュー札を指差す。
「ミュータントそばっての頼めばいいんじゃねぇの? ……どうせNukeポテトも食うんだろ」
サタヌスは腕を組んでうんうんと頷いた。
「よし! 俺はポテト頼むから、お前はそば頼め!」
「おぉ!ダブルでいけるじゃん!!!」
ウラヌスは拍手して即決。

そのやりとりを見て、大将がにやりと笑った。
「へぇ、若いのは元気だねぇ。じゃあそばとポテト、追加っと」
数分後。
湯気を立てるミュータントそばと、カタカタとガイガー音が響くNukeポテトが二人の前に置かれる。
「音してるんだけど」
「気にすんな! 美味けりゃ勝ちだ!」
そう叫びながらサタヌスはポテトを頬張り、
ウラヌスは「うまい!」と笑顔でそばをすする。
寿司屋なのに、テーブルは完全にサイドメニューで埋まっていた。

カウンターで、レイスが箸を動かす。
目の前に置かれた「推定マグロ」。
切り身は異様に光沢を放ち、テリがありすぎて最早怖いレベルだった。
レイスはマグロを噛みながら、煙草の煙をくゆらせて言った。
「……大災害前の日本の食文化な。実はそんなに好きじゃなかった」
箸先で指し示すように、彼は淡々と続ける。

「どこもかしこもトロ〜リ半熟卵ばっかだったろ。ならいっそ生卵喰えばいいのにって思ってた」
「肉汁がじゅわ〜っと出るハンバーグ?
あぁいうのも口に合わねぇな。俺は弁当用の、しっかり焼き固めたやつの方が好きだった」
「大体どの店も油とチーズまみれ。……そりゃ痛風と生活習慣病が国民病になるわな」
その声音は静かだが、半分蛇族である彼の舌にとっては脂は過剰すぎるのだろう。
バッサリ切り捨てる声は、思い出話というより死者の供養のようでもあった。
ユピテルは肩を揺らして笑い、
「少数派はいつだってそうだ。だが――お前の舌は正直ってことだな」

サタヌスはポテトを咥えながら、
「でもチーズのびるやつは美味かったんだろ?w」
レイスは目を細めて、煙を吐き出す。
「……胃もたれって言葉、知ってるか?」

ユピテルが笑みを浮かべ、雷マークの頬を指でなぞった。
そして何気なく視線を横にやり、サイドメニューの皿を見た。
「ところで……ポテトにガイガーカウンターが鳴る理由なんだ?」
すかさず常連らしきモブが口を挟んだ。
「放射性廃棄物を肥料にしたじゃがいもだからよ」
サタヌスはポテトを口に放り込みながら、テーブルをドンと叩いた。
「アウトすぎて最早笑うんだが!!!」
ガイガーカウンターは今日も景気よくカタカタ鳴り響いていた。

食事のラストに大将が差し出したのは、小ぶりな陶器に入ったプリン。
表面を覆う黒蜜のカラメルは、どう見ても眼球っぽい光沢をしていた。
そして――まばたきした。

「プリンと目が合ったwww」
ウラヌスは両手で頬を押さえ、大爆笑。
「うわ!ウインクした!可愛いんだけど!!」
サタヌスは額を押さえながら低く言った。
「……キャラ弁理論だ。愛着沸く前に食え」

レイスは涼しい顔で煙草を消し、カウンター越しに声をかけた。
「ねぇ大将。これ、テイクアウトいける?」
多分マカへの土産にするつもりらしい。
大将は包丁を拭きながら、軽く顎をしゃくる。
「+100デモンで持ち帰り用の瓶を売ってるよ」
「ほぉ……助かる」
レイスがそう言うと、プリンはまた瞬きをした。
今度は「行ってきます」とでも言いたげに。

支払いは当然、ユピテルだった。
懐から小袋を取り出し、会計をさっと済ませる。
「また超デンキナマズ食いにくるわ」
そう呟き、クールに暖簾をくぐって去っていく姿は――
やたら絵になるが、食ってるものは電撃寿司である。
サタヌスは腹をさすりながら、ぼやくように笑った。

「ぶっ飛んでたな……でも蕎麦つゆ、クソ旨かった」
ウラヌスは両手をぶんぶん振ってテンション高く叫ぶ。
「築地は“魚売ってた場所”ってだけ聞いたときは、面白ェのか?って思ったけど――」
「メチャ楽しいじゃん! 次は勇者ちゃん(ガイウス)連れてくるわ!」
ロコは尻尾をバシバシ揺らしながら、隣のレイスに声をかける。
「おいレイス」
「……あ?」
「海鮮丼食いそびれたから、次は開店前に出待ちするぞ」

レイスは煙草に火をつけ、煙を吐きながら鼻で笑った。
「ひとりでやれ」
そう言い放ちながらも、翌日。
まだ陽も昇りきらぬ築地。
暖簾の前には、すでに列ができていた。
その列の中に――ロコとレイスの姿がある。
ロコは尻尾をブンブン振りながら拳を握る。
「今日は!絶対!海鮮丼食うんだ!!」
レイスは煙草をふかしながら半目で呟く。
「……寝かせろって言っただろ、クソ猫」
でも並んでる。

ようやく席に通される。
周囲を見回すと、ベテランの常連から若者まで、
全員が揃って「やべぇ色の丼」を抱えていた。
店名を冠した看板メニュー――ニュークリア海鮮丼。
1日30食限定。早朝から常連や物好きが並ぶ理由は、この丼にある。

器は普通の丼ぶり。
だが中身は、推定マグロ・おそらくタイ・ネオカレイ・クラーケン(青触手)
そして超デンキナマズの切り身……。
ありとあらゆるミュータント魚の豪華盛り合わせだった。

見た目は虹色に光り、表面は時折ピクピク動く。
醤油を垂らせば電撃が走り、ワサビを乗せれば煙が立ち上がる。
完成の瞬間。
カウンター奥のガイガーカウンターが――

――カタタタタタタタタタ!!!
市場全体に響き渡るその音は「警告」ではなく「お待ちどうさま」に聞こえた。
客たちは歓声を上げ、丼を受け取った者は震える手で箸を構える。
築地に来たらこれを食え!
そう言われる、1日30食限定のスペシャル丼である。

「うおおおおお!!念願の海鮮丼だぁぁぁ!!!」
がっつきすぎて器ごと抱え込むロコ。
レイスも「……色が完全にアウトなんだが」と言いつつ箸を伸ばし、一口。
次の瞬間、舌に痺れが走り瞳孔がギラリと光った。
「……悪くねぇ」
ロコは尻尾をバタバタ叩きながら叫ぶ。
「うまい!!死ぬほど……いや、死んでもいいぐらいうまい!!」
その日、2人は丼を平らげ、
市場を出る頃には揃って腹をさすりながら笑っていた。

「……で、明日も並ぶのか?」
「当たり前だろ!!」
ガイガーカウンターの音が、背中を押すようにカタタタタと鳴っていた。