浅草-呪詛解釈形式クールジャパン
雷門の大提灯は、赤が色褪せ、破れた裂け目から風が吹き抜けていた。
まるで巨大な眼が覗いているようで、観光名所どころか完全にホラーの象徴である。
ティアが通りの先を指しながら、さらりと言う。
「そろそろ“終末百鬼夜行パレード”の時期ね」
メーデンは耳を塞ぎそうになり、震えた声を上げた。
「開幕から怖い!!! 呪祭の予感しかしないんですけど!!」
サタヌスは目を輝かせ、赤のスカーフを翻す。
「なんだそれ!? 楽しそうなんだが!!」
ティアはあくまで冷静に説明を続ける。
「浅草エリアで年に一度やってるパレードよ。
参加条件はシンプル――目が死んでること、手持ち提灯が怖いこと」
マカがにやりと笑ってレイスの肩を叩いた。
「レイス、優勝いけますよ」
レイスは煙草を噛んだまま、顔をしかめる。
「いやなんだけど」
提灯の光が揺れ、ゾンビ芸者たちがゆらゆらと姿を現す。
機械人力車が爆音を轟かせ、魔界甘味処からは「魂封じ団子」の匂いが漂ってきた。
そして――群衆の中で、カリストだけがうっとりと微笑んでいた。
「……懐かしい。ここは、私の故郷にそっくりです」
その言葉に、全員が同時に半目になる。
「……おまえ、故郷の認識バグってきてないか?」
レイスは煙草に火を点けながら、雷門の提灯を見上げて呟いた。
「当然浅草も、大災害の影響を受けたんだが……」
彼の言葉に一同の視線が集まる。
「その後、魔族観光協会(どこだよ)の主導で再生されたのさ」
「だがな――再生されたのは、あくまで魔族の認識での浅草だ」
大災害で破損した雷門を目にした魔族たちは、首を縦に振りながらこう言った。
『なるほど……これがクールJAPANか』
結果、復元されたのが今の浅草――
破れた提灯、色褪せた門、ゾンビ芸者に機械人力車。
観光名所ではなく呪祭テーマパークになった。
メーデンは顔を青ざめさせ、弱々しく言う。
「……クールジャパンではないと思います……」
レイスは煙を吐き出し、肩をすくめた。
「安心しろ。全員思ってる」
だが背後の魔界観光客たちは、スマホで破れた提灯を撮りながら興奮していた。
「ワビサビすごい!」「死んだ目の芸者さんと写真撮れるぞ!」
雷門前はすでに人混みとゾンビ芸者でごった返していた。
年に一度の「終末百鬼夜行パレード」を前に、街は異様な熱気に包まれている。
レイスは煙草をくわえたまま、半目で人混みを眺めた。
「ていうかさ……参加条件、“提灯が怖いこと”って……」
「そんなすぐ怖い提灯見つかるか? ゲームじゃあるまいし」
ティアはスマホを取り出して画面をタップした。
「だな……見つからなかったら撮影すればいい。
年一の呪祭ってことで、今日は特に賑やかだしな」
メーデンはおどおどしながら、周囲をキョロキョロと見渡した。
「……あ、あの……」
指差す先、屋台の軒先に並ぶ提灯。
そこには――すべての提灯に目玉が描かれていた。
しかも黒目がちで、こちらをじっと睨んでいる。
「……あの店、全部の提灯に目が描いてあります……」
サタヌスは大笑いして肩を叩く。
「最高じゃん! これで参加条件クリアだろ!!」
ウラヌスはスマホで撮りながら叫んだ。
「やべぇwwwめっちゃ映えるんだけど!!」
レイスは顔をしかめて、低く呟いた。
「……こんなに簡単に“怖い提灯”が手に入るとか、
やっぱゲームよりバグってるな、この街」
手に渡されたのは、黒々とした目玉が描かれた提灯。
渡された瞬間、背後から係員らしきゾンビが「参加登録完了ォ〜!」と叫ぶ。
「……勝手に登録されちまったな」
「まぁ、これで百鬼夜行に参加する権利は得たわけだ」
「権利じゃなくて呪いの方に聞こえますけど!」
浅草通りを抜けると、鳥居の影に少女の姿があった。
黒いセーラー服に身を包んだプルトが、じっと群衆を眺めている。
サタヌスは飛び退き、声を張り上げた。
「うわ!! 怨霊がいる!!」
プルトは赤い瞳を細め、吐息混じりに答える。
「誰が怨霊だ」
サタヌスはニヤニヤと近寄り、手にした提灯を振ってみせる。
「プル公は参加するのか?」
プルトはあきれたように肩をすくめる。
「……はぁ? しませんよ。アサシンは見世物じゃありませんから」
そこでウラヌスが、スマホをかざして大爆笑。
「ノリ悪いぞ雑巾! 見ろその姿! 完全にジャパニーズホラーの怨霊だって!」
「……雑巾言うな」
通りに赤い提灯が並び、風に揺れるたびに黒い影を落とす。
その光景を見たカリストは、胸に手を当ててうっとりと目を細めた。
「……懐かしい。この赤い提灯が並ぶ光景。
私のふるさとに似ている」
ゾンビ芸者が通りの端で、無言の手招きをしてくるが、誰も近寄らない。
サタヌスは黒煙をあげる団子を口に突っ込み、げらげら笑った。
「これ、提灯から“呪いエキス”垂れてんぞ! しかもおまえ今のセリフ――」
団子を指差しながら、わざと大げさに声を張る。
「“まるで帰ってきた乙女”みたいになってたぞ!」
カリストは微笑み、ゾンビ芸者の横に並んで三味線を弾く真似をした。
「ふふっ……では、“乙女の里帰り”ということで」
サタヌスは腹を抱えて笑い、足をバタバタさせる。
「ゾンビ芸者より馴染んでるのヤバいな、おまえ!」
レイスは額に手を当てて呆れ顔。
「いやマジで……もともとヒノエがこんなんだったら、俺が逃げるわ」
主催のゾンビ僧侶が鐘を鳴らし、低く宣言した。
「――時まさに逢魔が時……百鬼夜行を開始いたします!」
その声を合図に、浅草の通りへ次々とゾンビ芸者や機械傘の妖怪。
奇形の提灯持ちが列を成す。
不気味な太鼓と笛の音が響き渡り、街全体が呪祭モードに染まった。
列の中で、プルトはそろりと足を引いて後退し始めた。
「……じゃ、私はこれで。アサシンは群れる職業じゃありませんから」
だが次の瞬間、ウラヌスが両手でガシッと腕を掴む。
「離して!!」
「お前そのビジュで百鬼夜行参加しないのはおかしいだろ!」
謎理論。
「おかしくないです!!」
サタヌスは提灯を片手に、悪戯っぽく牙を見せた。
「こうなりゃ鬼っぽく歩いてやるか!」
鬼族と人間の混血のため、やけに様になっている。
ウラヌスは大喜びで肩を並べ、
「やべぇ!末っ子コンビが映えるwww」
そしてカリスト。
彼は既にゾンビ芸者と腕を組み、涼しい笑みを浮かべながらノリノリで歩いていた。
三味線の音に合わせて優雅にステップまで踏んでいる。
「……あぁ、懐かしい。
ふるさとで歩いた夜の里帰りと、まるで同じです」
レイスは顔を覆い、低く呟いた。
「バグってんのは提灯じゃなくてお前の頭だろ……」
「……これ、もう全員まとめて行進させられてるわね」
行列が雷門前を通過するたび、特設された審査席から評価の声が飛ぶ。
審査員はゾンビ僧侶と魔界観光協会の偉い(らしい)人々。
プルトは黒セーラー服に赤い瞳、死んだような表情。
服装も雰囲気もジャパニーズホラーとしては完璧。
しかし――足取りはやけに重く、何度も列から抜けようとしている。
「うむ、完成度は非常に高い。しかし……渋々やっているのが惜しい」
掲示板に表示される点数:70点
「……誰が好き好んでやるか」
サタヌスは赤茶スカーフを翻し、片手に提灯を掲げて歩く姿は迫力満点。
鬼族と人間の混血――その特徴を惜しみなく活かし。
渦巻目が浅草の提灯街と異様にマッチしている。
「ほぉ……半人の特性を最大限に生かしている! 見事だ!」
掲示板に表示される点数:85点
「だろぉ? こういうのはノリと勢いなんだよ!」
レイスは無表情、死んだ目、タバコを咥えたまま淡々と歩く。
その姿はあまりにも自然すぎて、もはや演技にすら見えない。
観客席から声が上がる。
「優勝候補じゃね!?」「生まれつき百鬼夜行向きだろ!」
「……ふざけんな」
カリストはゾンビ芸者と腕を組み、三味線に合わせて優雅に歩く。
時折微笑みながら提灯を掲げる姿は、完全に“馴染んでいる”というより“主役”。
「……これは……殿堂入りだな」
点数表示すらされず、「殿堂入り」の文字が輝く。
「ふふっ……やはり里帰りは格別ですね♡」
審査員の声が響く。
「今年の優勝者は――死んだ目と無常のオーラを放つ男! レイス殿!!」
観客から拍手と提灯の揺れる音が一斉に上がる。
レイスは一瞬固まり、顔を真っ赤にした。
「……は!? 優勝!? いやだいやだいやだ!!!」
「インタビューとか羞恥で死ぬ!!!」
そのまま煙草を落とし、全速力で人混みに消えていった。
残された表彰台には――代わりにカリストが悠然と歩み出る。
ゾンビ芸者と腕を組んだまま、優雅に一礼した。
「おやおや……では、彼の代理として、このカリストが」
「キャーーー!!!」
「……殿堂入りに続き、代理受賞!? 前代未聞!」
ティアは額を押さえながら嘆息した。
「……あいつ、結局一番目立ってるじゃない」
サタヌスは腹を抱えて笑い転げる。
「優勝者逃亡して代理が殿堂入りって、もう滅茶苦茶だろ!」
「いやでもwww最高に浅草っぽいじゃん!!」
百鬼夜行パレードを終えたカリストは、すっかり満足げに息を吐いた。
赤い提灯の下、ゾンビ芸者と並んで歩いた足取りは軽やかである。
「……実は。我ながら女々しいと思うのですが、丙を思い出してしまうと気があって」
「おかげで――ホームシックが治りました」
その言葉に、メーデンは肩を落として即ツッコミを入れる。
「いや。だから絶対クールジャパンじゃないですよ。呪詛ジャパンですよ」
ティアは腕を組んで大きく頷いた。
「呪詛ジャパン……適格だわ」
一方その頃、審査を終えた魔族観光協会のおえらいさんが、
メーデンのぼやきを耳にして顎に手を添えた。
「……ほぉ、“呪詛ジャパン”か。これは新しい観光ブランドになるかもしれん」
だが結局、何も言わずに視線をそらすと、
会場隅の昭和レトロ喫茶屋台に入り――
硬いプリンを黙々と食べるのであった。