電車の振動が、ぼんやりと車内に響く。
目的地は、廃墟遊園地・ドリーミア。
だがその空気に似合わず、車内は妙に騒がしかった。
「その飛行機……“713”って書いてあるんです」
メーデンがぼそりと呟く。
「713?」
レイスが口を動かすだけで、眠たそうに目を細める。
「はい。夢に出てくる飛行機の番号です。いつも同じで……何か意味があるんでしょうか?」
レイスはもぞもぞとポケットを漁り、スマホを取り出す。
「……んんー。7月13日……“生命尊重の日”だとよ」
「生命、尊重できてます?レイスさん」
メーデンはじと目で見る。
「してない」
即答。
「生命は尊重しろよ!!」
ティアがピシャリと怒鳴る。
「不死身特有の“死が希薄な価値観”やめてくれる!?」
「……だって俺、不死身だし。死ぬのめんどい」
「お前は面倒のレベル超えてるんだよ!」
「いのちだいじに」
ロコがカップ麺すすりながら真顔で言う。
「お前が言うと急に重いな」
「オレ今日、スープ残したから。命だいじにしたから」
「……マジで君たち、このミッションギャグ旅行のノリで突入するのやめよ?」
メーデンの真面目なツッコミに、ようやく一瞬だけ静けさが戻る。
それでも、“713”の意味はわからない。
数字はただそこにあり続けて、メーデンの夢の中で、飛行機は今日も墜ちる。
だがそれでも、電車は進んでいく。
止まることなく、忘れられた“夢”の場所へと。
—-
ドリーミア遊園地。
かつて“夢”と呼ばれたこの場所は、今も夢のかたちを保っていた。
空は青く、観覧車はゆっくりと回る。
スピーカーからは陽気なテーマソング。
アトラクションの電飾は煌々と点滅し、入り口のゲートも開かれている。
だが人の気配が、まったくない。
「……へぇ。ここが、荒くれ共もビビって近づかねぇって場所か」
レイスがひとつ伸びをして、おもむろに入り口前のロケットモニュメントに飛び乗る。
腕を組み、景色を一望するように座り込んだ。
「如何にも“楽しそう”すぎて、却って気味が悪いな」
吹き抜ける風が、どこか乾いた匂いを運んできた。
誰もいないのに、アトラクションは動き続ける。
笑い声だけが録音のように、どこかから流れている。
まるで“夢”が、現実に侵食してきたような違和感。
ティアが静かに拳を握った。
「あーーーーっ!!!」
突然、破裂するような声が響いた。
「耳ァあぁぁっ、割れるッ!!」
レイスが思わず耳を押さえる。
「ここだ!!!!間違いないです!!」
目を見開いたまま、メーデンは園内の一角を指差した。
その先には――ベンチに座る、2つの人形。
片方は白い羊のマスコット。
もう片方は、ピンクのドレスを着た女の子の姿を模した人形。
どちらも笑顔だった。目が合っていないのに、こちらを見ている気がした。
「……メルヘンなのか、ホラーなのかわかんないにゃ」
ロコがボソリとつぶやく。
「ココは比較的読めるな……どれどれ」
ティアが人形の台座に取り付けられた銘板へ目を落とす。
「“夢魔ドリー”と、“夢見る少女ミア”……なるほどな。
2人の名からとって“ドリーミア”ってわけか」
「魔族と人間の和平の象徴、てやつか」
レイスがロケットの上でため息をつく。
「……もうここ、死んでるけどな」
風が吹いた。ベンチの後ろにある花壇の風車が、キィ……と不自然に鳴った。
笑っているはずのマスコットたちの顔が、ほんの少しだけ――傾いて見えた。
ひび割れた石畳の先、園内中央広場の片隅に、色褪せた案内看板がぽつんと立っていた。
剥がれかけたポスター、錆びたネジ、読み取れる文字もいくつか残っていた。
ドリーミアへようこそ!
ここは夢魔ドリーと少女ミアが見ている“夢の世界”をモチーフとしたテーマパークです。
すべてのアトラクションが、「夢の中」をモチーフにした幻想的な世界で構成されています。
ティアが指でホコリを払う。
「“夢の世界を体験する”か。全体のテーマは“夢”そのものだったみたいね」
看板の下部には、かすかに別の文字列が残っていた。
夜のナイトパレードでは、“夢の終わりと目覚め”を象徴するショーが開催されます!
ドリーとミアが皆さんに“おやすみなさい”を告げる、ドリーミア最大の名物です。
「……“夢の終わりと目覚め”」
メーデンがぽつりと繰り返した。
「これ、どこかで……見たことある気がします」
「……おもしろかったんだろうな。ここ」
レイスが低く、しかしどこか優しげな声で言った。
ロケットから降り、地面を見下ろす。
「ほら。遊ばれてた痕跡が残されてるぜ、こんなに」
噴水の縁に、手書きの「ありがとう」の文字。
植え込みには、子供の描いたらしき星の落書き。
落ち葉の下に、誰かが忘れたぬいぐるみの耳。
“誰かが夢を見ていた”ことだけが、確かにあった場所。
けれど夢の終わりには、目覚めが待っている。
メーデンが夢の記憶をたどる中。
不意に、誰かの声が、会話を切り裂くように届いた。
「いいえ」
4人が同時に振り返る。
「この遊園地は……眠っているんです。二度と目覚めないくらいに」
そこに立っていたのは、赤いマジシャンスーツを纏った人物だった。
銀の髪にシルクハット、整った顔立ちに笑みを浮かべ。
どこか少年にも少女にも見える、奇妙な中性的な雰囲気をまとっていた。
背は高くない。線の細い体格。
だが、その目だけは、異様に赤く、どこまでも深かった。
「初めまして、来訪者の皆さん!」
「私、メフィストっていうんです~~~♪」
やけにノリノリの声色とともに、彼――いや彼女(?)は。
くるっと回ってシルクハットを脱ぎ、深々とお辞儀した。
「わざわざ滅びたテーマパークへようこそ~。
今日の案内役はこの私、気まぐれな鑑賞者メフィストがお送りしますぅ♪」
ロコが即ツッコんだ。
「ノリかっる!!?」
耳ぴくぴくしながら後退り。
ティアは顔をしかめた。
「何このテンション……さっきまでの雰囲気返してもらっていい?」
メーデンは困惑しつつも、なぜかこの人物に既視感を覚える。
(夢……でも、見たことがある……?)
レイスはしばらく黙ってメフィストを見つめていたが、やがてぼそっと呟いた。
「見た目と中身が乖離しすぎだろ……お前、“静かな狂気”タイプじゃねーのかよ……」
「ええ~~っ!?そんなイメージだった!?失礼な!」
「私、笑顔と狂気と愛の観察者ですよぉ~~?」
ふわっと片足を上げて、スピンするように踊りながら、メフィストは続ける。
「この世界には“目覚め”など来ません。夢は永遠に続くのです。
……もっとも、その夢が“誰かの悪夢”だったとしても、ね?」
その瞬間、空気が、ひんやりと変わった。
ティアの背に寒気が走る。
「……やっぱり、コイツまともじゃないな」
「……お前、ここのスタッフか?」
レイスが腕を組み、メフィストの全身をじろじろと眺める。
赤いスーツに、蝶ネクタイ、シルクハット。
まぎれもないマジシャンスタイル。
肩から腰にかけての絶妙なシルエットは、スレンダーな女性にも華奢な青年にも見える。
「……ていうか……旅芸人?」
「おやおやぁ~~」
くすくすと笑いながら、メフィストは肩をすくめた。
「まぁ近いですよ。
私はただ、ここが気に入ってるだけの“悪魔”ですので」
その言葉に、メーデンの顔色が変わった。
「ッ……悪魔……!」
即座に一歩引き、警戒を見せる。
その反応に、メフィストはわざとらしく眉を下げ、シルクハットのツバにそっと手を添えた。
「いやだなぁ、そんな顔しないでください。
悪魔が悪いとは限らないでしょ?ねぇ、レイスさん?」
「俺に振るな」
「うふふっ」
ふと、風が止まった。
「どのみち、この遊園地。年中フリーパスなんです」
「どうぞ、ごゆっくり遊んでいかれてくださいよ」
メフィストがシルクハットを深くかぶったその瞬間―視界から、ふっと消えた。
風が吹き返し、空気が震える。
次の瞬間――。
鈴の音。メリーゴーラウンドの起動音。
巨大観覧車が、ギィィィ……と軋みをあげて回り出す。
「っ、勝手に動いて――」
ティアの言葉を遮るように、スピーカーから陽気すぎる音楽が再生された。
「ようこそ、夢の国・ドリーミアへ!!」
「今日は素敵な“夢の始まり”です!お楽しみくださいね~~!」
空は青い。
アトラクションは元気に動いている。
だけど、乗っている人は誰も、いない。
レイスがポツリと呟く。
「……やっぱ、夢ってのは目が覚めるからいいんだよな」
ロケットの影。
錆びた金属が太陽を弾き、甲高い反射音が一瞬だけ響く。
その下でロコが、しっぽを苛立たしげに左右に振りながら愚痴っていた。
「いやさぁ……」
地面に座り込み、前足で砂をかく。
「シルクハットで燕尾服で、性別不明で、あの雰囲気だろ?
どう考えても“静かに笑うタイプの胡散臭さ”じゃん」
ロコは空を仰ぎ、観覧車の影を睨む。
「なんだよ、あのテンション。躁(そう)入ってる人のそれじゃん……」
言葉の端々に、被害者の疲労がにじむ。
メーデンが困ったように笑いながら頷く。
「確かに、見た目とのギャップすごかったですね…」
「あの……お兄さん?それともお姉さん……?」
レイスはロケットの上で、鋭い眼で園内を睨みつつ、低くぼそっと言い捨てる。
「中身が詐欺すぎて、いっそ清々しいけどな」
「夢の国どころか、悪夢の国だよここ……」
ロコが遠くの観覧車を睨みつけ、耳だけ動かしながらため息をつく。
遊園地の賑やかな幻と、現実のテンションの落差。
シュールな静けさのなかで、猫の愚痴だけがやたら生々しく響き渡った。
スピーカーが唐突に鳴り、やたら元気な声が流れ出した。
『よいこのみんな~!713のひみつ、知りたくないかな~?』
「やめろ」
レイスが即言った。
『713とはね~“しつもんしてはいけないすうじ”なんだよ~!』
「答えになってねぇ!!」
ティアが吠える。
メーデンが恐る恐る手を挙げる。
「えっと……質問してはいけない、というのは……?」
『あっ、いま質問したね~?』
園内の時計が、一斉に止まった。
観覧車、メリーゴーラウンド、噴水。
すべてが713を指したまま固まる。
「時、止めんな!!」
レイスが空に向かって叫ぶ。
『だいじょ~ぶ!713秒だけだからね~!』
「余計怖ぇわ!!」
ロコがぽつりと言う。
「……あ、あそこ見て」
指差した先にゴミ箱の注意書き。
「ゴミは713回に分けて捨てましょう」
「無理だろ!!」
ティアが即座にツッコむ。
さらにベンチの裏。
「713回座ると夢が叶う」
「叶う前に腰死ぬわ!」
713の謎は、シュールで狂気に満ちたメッセージで搔き消されていく。
まるで「考えてはいけない」というように。