ドリーミア編-同じ悪夢 - 3/5

観覧車は軋みをあげて回っていた。
メリーゴーラウンドも、ポップコーン屋台も、まるで開園しているかのように稼働している。
だが、人影はひとつもない。
従業員もいなければ、保守点検の痕跡すらない。
「……おかしい」
レイスが唇を噛みながら、動く観覧車を見上げる。
「従業員もいなきゃ、メンテナンスもされてねぇ……だが“生きている”」
ティアも腕を組み、辺りを睨んでいた。

「不気味だな……施設としては“死んでる”のに、生きている。
生きてるってより、動かされてるって印象に近い……」
だが――その言葉を遮るように。
奥から陽気な音楽と、バカげた笑い声が響いた。

「わー!!もう一周いくにゃあああ!!!」
「つっ…目がっ…ぐるぐるするうぅ!!」
ティアが顔を引きつらせながら振り向く。
そこでは、ロコとメーデンが、コーヒーカップ型アトラクションに乗って。
バカみたいな勢いで回転していた。
コーヒーカップは1つだけ。
他に誰もいないフロアで、二人だけが異様なテンションで回っている。
「お前らぁぁぁぁぁぁ!!!」
レイスの怒声が園内にこだました。

「いつまでコーヒーカップ回してんだああああああ!!」
「目、目ぇ回ってるのに楽しいのがいけないんだよおお!!」
「夢の中っぽいんですぅぅぅぅぅ!!!」
「……私たちが、作り出した空気が……」
ティアは疲れ切った声で天を仰ぐ。
コーヒーカップが、まだ回っていた。
ロコは謎のハイテンションで「回れ回れ!」と叫び、
メーデンは「もう無理ですぅぅぅ」と言いながらも全く降りる気配がない。

地獄の茶会は続く。
そんな中、レイスは腕を組み、完全に顔が無だった。
「……お前らな」
「こっちゃすでに虚無感覚えだしてんだぞ……」
「私もだ……」
ティアが隣で目を細める。
「この遊園地、マジで“精神の摩耗”でくるタイプだ……」
カラカラカラカラ……
カップが虚しく回る音が、ふたりの心を削っていく。

「なんだよあれ……」
「“夢の中で回し続けるコーヒーカップ”って、比喩か何かか……?」
「ある意味、最も現実的な“悪夢”だな。
降りられない、終わらない、笑ってるのはあっちだけ」

「なあ、ティア」
「俺たち、どこで間違えたんだっけ」
「ドリーミアに来た時点で詰んでたと思う」
「なるほど」
ふたりの間に、悟りのような沈黙が流れた。
その直後――。
「つぎはメリーゴーラウンドにゃあああ!!」
「えっ!?嘘でしょ待って無理ィィ!!」
再び走り出すロコと、振り回されるメーデン。

その背を見ながら、レイスとティアはシンクロするように、
小さく、深く、ため息を吐いた。
「……虚無ってさ、夢の裏返しかもな」
コーヒーカップは止まった。
ロコとメーデンが転がるように降りてきて、どっかりベンチに倒れ込んでいる。

その横で、レイスとティアは静かに立ち尽くしていた。
顔には明らかな虚無の影。
だが、その目だけは鋭く、思考を止めていなかった。

「なあ、レイス……見たか?アイツの目の色」
レイスは、わずかに目を細めた。
「ああ。見たさ」
しばしの沈黙。
「魔族の目として、赤はありふれている。
ルビーのような輝き、あるいは炎のような強さ……だが」
思い出す。あの目。
くすんだ赤でもなく、深紅でもない。
「アレは違う。もっと、おぞましい色をしていた」
ティアがわずかに眉をひそめる。

あの目に宿っていた赤は、“熱”も“光”もなかった。
それは、まるでねじ曲がった顔が幾重にもうごめく闇。
深紅の渦に、呻き声と“理解不能”が詰め込まれたような色。
まるで、狂気そのものを液体にして閉じ込めたような。
「……ギーグ、だな」
レイスがぽつりと呟いた。
ティアは眉をひそめる。

「……ああ」
「言葉で説明できない“気持ち悪さ”を視線に変換したような目。
あれが“赤”に分類されていいのかすら、怪しい」
「……アイツ、本当に“ただの魔族”か?」
答えはない。
ただ、あの目に見つめられた時の“あの感覚”だけが。
いつまでも皮膚の内側にこびりついていた。

広場に向かう通路の先。
そこには、またしても“奴”が立っていた。
「ご案内しましょうか?」
赤いスーツ。シルクハット。笑顔が、いつもより数段濃い。
「……お前、キモいから嫌だ」
レイスが一秒でバッサリ斬る。
「ひっど~~い!!(否定しない)」
そして、笑顔を一切崩さずに――メフィストは言った。

「じゃあ、追いかけっこ形式で一気にドリーミア内を巡りましょうか♪」
「は?」
レイスが反射的に半歩下がったその瞬間―メフィストが動いた。
無駄に綺麗なステップで、両腕を広げながら全力でこっちに走ってきた。
「さぁさぁさぁ、つかまっちゃダメですよ~♪」
「あのヤローなんでこっち走ってくんだああああ!!!」
レイスが叫び、即ダッシュ。

「追いかけっこだー!!にゃはー!!」
ロコだけ異様にテンション高く跳ねて走る。
「私、走るの苦手です!!」
メーデンが泣きそうな顔でコケながら全力疾走。

「お前らッ!なんで私が先頭走ってんだよ!後衛でいたい人生だったのにィィ!!」
ティアは悪態つきながら、走る。走る。夢の中を逃げ続ける。
後ろから響くのは、軽快なステップと、やけに明るいメフィストの声。
「ま~てま~て~♡ つかまえたら、“なに”があるかはお楽しみぃ~♪」
その声が、なぜか全員の背筋を凍らせた。

ドリーミア、案内スタート。
ただしその方法は「鬼ごっこ」。

鬼ごっこで走り抜けた先、
突如現れる――巨大な恐竜マスコット、ダイノちゃん。
「よいこのみんな~!はしっちゃダメだよ~!」
満面の笑みで両手を広げて追いかけてくる。
だがその目は、明らかに「捕食」モード。

「だれもにげられない~!みんなでなかよく、ぎゅーってしようね~!」
AI放送が明るい声でループ。
「この声……Eテレ……」
ティアが戦慄、ロコは「捕まったら死ぬやつだこれ!!」と本能で察知。
メーデンは足がもつれて転倒寸前。
「いやです!ぎゅーはやだぁぁ!!」

観覧車もメリーゴーラウンドも、誰もいないのに“生きてる”。
風邪で熱に浮かされる夢みたいに、景色が揺れて、地面がふわふわして、
「楽しい」はずの場所が、いつの間にか“楽死い”に変わっていく。
メフィストの声が遠くで響く。
「逃げて、逃げて、逃げて~~♪」
テンションだけはMAX、でも空気は不気味すぎる。

逃げ続ける鬼ごっこのど真ん中。
駆け回っていたレイスが、とうとう声を張り上げた。
「これよぉ!!夢は夢でも!風邪ひいて魘(うな)されてる時の夢だろおおおお!!」
ゼェゼェ息を切らしつつ、振り返って絶叫。
その台詞に、メフィストが足を止め、シルクハットをふわりと持ち上げて。

「まあ~的確♡あなた詩人ですねぇ?」
にっこり満面の笑顔。相変わらずテンションだけが異常に高い。
「お前に褒められたくないんだよ!」
レイスは即ツッコミ、走りながらも全力で拒否のジェスチャー。
しかしメフィストはお構いなしにスキップしながら追いかけてくる。

「だってぇ、風邪夢って一番“魂の素”が出る時間ですから。見事な表現ですよぉ!」
「うるせぇ!魂の素とかどうでもいいから、せめて悪夢の“熱”下げてくれ!!」
「はいは~い、なら“熱冷ましアトラクション”行きましょうかぁ?」
「絶対ろくなもんじゃねぇだろそれ!!」
背景ではロコとメーデンが未だに謎テンションでメリーゴーラウンドから転げ落ち。
ティアが遠くで「いい加減にしろぉぉぉ!!」と叫ぶ声がエコーしていた。

夢の国の鬼ごっこは終わらない。
息を切らし、頭がクラクラしてきた頃、ロコだけはなぜか笑顔で叫ぶ。
「もう一回!!」
地獄の夢・ドリーミアは、今日も閉園しない。