ドリーミア編-同じ悪夢 - 5/5

「あはは! 虚無だなんて、そんな寂しいことを♪」
唐突に響く、陽気な笑い声。
振り向くと、そこにはもう居ないはずの人物。
赤いマジシャンスーツに身を包んだメフィストが。
メリーゴーランドの屋根の上で、帽子をくるくる回していた。

「……お前が言うな」
レイスが即ツッコむ。
「永遠好きだろ、お前は」
「ええ♡」
メフィストはまるで賛美歌のように頷いた。
「でも、虚無って素晴らしいですよねぇ♪」
ティアの目が細くなる。

「やはりお前は異常だな」
「否定されると嬉しいぃ~~♡」
メフィストはうっとりと自分の頬に手を添えた。
レイスは、遠い目で呟く。
「虚無を理解できる奴がいたこと自体が虚無だな……」
「やめろ」
ティアが冷たくレイスに返す。
そのやりとりを見ていたロコが、頭を抱えて叫んだ。

「オレがメリーゴーランド乗るかの話が哲学になってんだが!!?」
誰も訂正しなかった。
回るメリーゴーランド。
そこに誰も乗らないまま、永遠に回り続ける。
音楽だけが軽快に流れる中、彼らの会話は限りなく真剣に――くだらなかった。

「コイツら何言ってるかわからねぇし」
ロコがそう言い放ち、メリーゴーランドを指差す。
「気晴らしに乗るわ」
そして、本当に乗った。一人で。
カランコロン、と音を立てて木馬が、しっかり正回転で回り始める。
「いや乗るんかーい」
ティアが誰も助けないテンションでツッコんだ。
その背後で、例の赤スーツが音もなく近づく。

「レイス様でしたっけ?あらぁ……」
メフィストが、顔を覗き込むように近づく。
「綺麗な目♡」
レイスは、ジト目で返した。

「お前が初めてだぞ、このドブ色褒めたの。
……ていうかお前の目の色、マジでギーグじゃねぇかよ」
「きゃ~♡ 例えが最低だけど嬉しいッ♡」
メフィストはくるっと回ってウインクを飛ばす。
その様子を、冷静すぎる顔で見ていたメーデンが呟いた。

「絶対ラブコメ始まらない。」
ティアも無表情で続ける。
「地獄と狂気の間に、ロマンスは落ちないからな」
その頃、ロコは一人で回っていた。
「ヒャッハー!!楽しいけど虚無!!」

鉄の軋む音をBGMに、4人と1体の悪魔が、崩れかけた噴水前で一息ついていた。
メーデンが、おずおずと手を挙げて言った。
「……あの。遊園地って……楽しい場所ですよね?」
しばし沈黙。
「楽しんでいるぞ……虚無さがしだ」
レイスも腕を組んだまま、目線を合わせることなく続ける。
「案外楽しいぞ。あらゆるアトラクションの“意味のなさ”を分析するのが」
メフィストは手を打って笑った。
「そうそう♡結論が“虚無”だって、面白いじゃないですかぁ♪
むしろそれこそ、ドリーミアの遊び方ッ!!」
メーデンは硬直した顔で一言。
「もうこのひとやだ」

「ていうか、次何乗る?」
ロコが退屈そうにアトラクションの看板を眺めながら言った。
メーデンは少し考えて、にっこりと答える。
「観覧車かな♪ デートの定番だし」
言ったあと、自然と向こう側。
一人、時計台の下で立ち尽くすレイスを見て、数秒沈黙した。

—レイスともしも乗った場合、想定される会話—

カラン……と音を立てて観覧車の扉が閉まる。
密室。高所。空は静かに染まり、二人きり。
「……いいかな、嬢ちゃん」
隣でレイスが口を開く。
その声は妙に落ち着いていて、でもどこか警告音のように響いた。
「俺、さっきから“虚無虚無”言ってるけどよ」
「虚無は、俺の中じゃ“つまらない”って意味じゃないんだ」
メーデンがちょっとだけ首を傾げる。
「……そうなんですか?」

「“無い”のが面白いんだよ。」
「は、はぁ……」
「ZEROとNULLの違いみたいなもんだ」
「……?」
「ZEROは、確かに“ある”無だ」
「でもNULLは、存在自体が“ない”」

「………あの」
「フフフフフフフフ……」
それはデートのテンションではなかった。
だが、メーデンはなぜかほんの少し、だけ。

「……なるほど(なるほどじゃない)」
とだけ言って、座席の窓を開けた。
風が冷たい。
観覧車の中には、虚無が満ちていた。

———

「……ダメだ、あのヒトと相乗りしたらたぶん虚無の素晴らしさ語られる」
言い終わると同時に顔を伏せ、笑顔を下げた。
ロコがすかさず手をあげる。
「じゃオレと乗ろうぜ!」
メーデンはすぐに表情を戻して、微笑んだ。
「うん、ありがと」

レイスに限らず、“半人半魔”という存在には。
生まれながらにして背負う持病のようなものがある。
その血は純血の人間にも、純粋な魔族にも馴染まない。
肉体は強靭だが、幼少期の生存率は著しく低い。
“大人になるまで”生き残るやつがそもそも珍しい。
だからこそ、今生きている半人半魔は、もれなく「偏屈」だ。

生き残った者ほど、性格に“どこか壊れた”部分を持つ。
誰もが“他人と会話が成立しない”ことで有名だ。
それは“生き残るための適応”であり。
“他者と正面から向き合わない”ことが防衛本能になってしまったせい。

だから、慣れろ。それが鉄則。
半人半魔と会話が成立しないのは、彼らの“仕様”みたいなものだ。
下手に深読みしたり、怒ったりしても意味がない。

「……また始まった」
「まぁ、こういうもんだよ」
周囲の仲間も、いつしか流すことを覚える。

偏屈は生存の証であり、孤独のバッジ。
だからこそ、彼らが時々だけ見せる“素の笑顔”が。
とんでもなく貴重で、優しく、時に泣けるほど大事な瞬間になる。
“半人半魔は、慣れろ。それが鉄則。”
彼らと会話が噛み合わない日々の中に、静かでしぶとい絆が生まれていく。

その会話の一方で。
レイスは誰とも目を合わせず、廃墟化した時計台の下で腕時計を見つめていた。
風が吹く。止まった文字盤。
彼の視線の先には、“動かない”針があった。
「……7時、13分で止まっている」
ポツリと落とされたその言葉-7時13分で停止した時計。
レイスの声は誰の耳にも届かず、風にかき消された。

観覧車の頂上に差しかかる。
カプセルは、ほぼ無音のまま空を滑るように進んでいた。
ロコが身を乗り出して、窓の外を指差す。
「この遊園地、でかいな!アトラクションの数エグくない?」
「うん、レイスさんも言ってたね……」
メーデンが隣で頷く。

「閉園まではほんとに人気だったんだって。
パレードの日なんて、もう入場制限かかるレベルで」
「なるほど。つまり◯ィズニーランドだな!」
ロコがすごく自然に言い切る。
「◯ィズニーって廃墟映えするよね」
メーデンが真顔で即答した。

「いやなんでそんなサイコ方向に持ってくの!?!?」
「え?あ、違った?」
メーデンが小首を傾げる。
目だけ笑っていなかった。
「……やっぱドリーミア、毒が回ってきてるな……」
ロコがため息まじりに笑ったその時、メーデンがふとスマホを取り出す。
「……もうすぐ11:50」
画面には、はっきりとした数字。
ただ、それが“本当の時間”かどうか、今の彼女たちにはわからなかった。

「降りたらごはんにしよう」
日常のような一言。
でも、その背後には確実に“夢の歪み”が広がっていた。
観覧車を降りると、すでにレイスとティアが広場の石畳に座っていた。
「おかえり」
レイスが軽く手を振る。
「ただいま」
メーデンも自然と笑って返す。
ロコはふっと笑いながら言った。

「てっきりさ、“回るだけの虚無は楽しかったか?”って言うと思ったぜ」
「俺、弁える男だから」
レイスはキリッと虚無な目で答えた。
「いや言いそうだっただろ……」
そんな中、ティアが廃墟と化したレストランの入口に近づき、顔をしかめる。
「……レストラン、営業してる気配ないぞ?」
入り口の自動ドアは動かず、ガラスの向こうの室内には。
積もった埃と剥がれた壁紙だけが残っていた。

自販機の並ぶ一角も、電源は落ちている。
ボタンすら光っていない。
完全に“死んでいる”空間だった。
「…………」
メーデンは少しだけ俯いて、それから明るく言った。

「大丈夫です。保険にサンドイッチ作ってきたので」
バッグから取り出されたのは、綺麗にラップされた手作りサンドイッチ。
それを見た瞬間、場の空気がふっと柔らかくなる。
「……マジか」
レイスが目を細める。
「こういうとこが聖女だよな、メーデン」
ロコが笑う。
「じゃあ、食べよっか」
メーデンの言葉で、ドリーミアの中心で静かで小さなピクニックが始まった。
誰もいない遊園地。
風の音と、パンを齧る音だけが、そこにあった。