ドリーミア編-回る悪夢 - 2/5

 

「――では皆さん、いってらっしゃい♪」
メフィストがそう言ってシルクハットを掲げた瞬間。
お化け屋敷の内部で、“死んでいたはずの装置”が動き出した。
床が揺れ、壁がスライドし、目の前の景色がぐにゃりと歪む。
通路が、勝手に閉ざされていく。

「おい!閉まったぞ!?」
ティアの声が反響する。
「レイスさーん!?ロコー!?!?」
メーデンが慌てて走り出そうとした――が、目の前に、鏡の壁が現れた。
通路が、変わっていた。
「わ、私……ひとり……?」
見渡しても、誰もいない。
先ほどまで横にいたはずの仲間たちの姿は、どこにもなかった。

「……大丈夫かな……」
「こういうの、ほんとに苦手なんだけど……」
足元に、やけに綺麗な赤い花びらが一枚、落ちていた。
それがどこから来たのか、彼女には知る由もなかった。

—-

レイスはお化け屋敷の奥で仲間とはぐれ、どこか虚ろな廊下をひとり歩いていた。
「やれやれ……まさか俺が迷子とはな。こりゃ虚無案件だな」
不意に、奥の扉が開き、光が漏れ出す。
その先にあったのは、どこか異様に浮いたようなエリアだった。
まるで“デートスポット”のようにピンク色のライトが照らされ、壁にはハートマーク。
カップル向けと思われるメッセージボード。そして、朽ちた遊園城のモニュメント。

「……撮影ブース?」
「しかも“撮影OK”だと?随分今どきだな、ドリーミア」
その時、どこからともなく現れた赤いスーツの影。
「レイス様、ここです♪」
「記念撮影スポットですよ、恋人と来ると永遠になれるって、よく言われてました」
「……ハートの代わりに中指立ててやるわ」
「やだぁ♡ツンデレさん♪」
「……デレ要素どこにもねぇだろが」
メフィストは手を組んで、レイスの後ろにふわりと浮かび上がる。
まるで背後霊のように―だが、その表情はどこか。
本当に「見惚れる乙女」のようで。

「でもレイス様の“そういうとこ”が好きですよ」
「その棘のある言葉も、命を踏みつけるその足取りも……たまらなく、素敵です♡」
「こいつマジで“好み”が終わってるな……」
レイスは頭を抱えるが、その周囲には既にハートのネオンがピコピコと灯っていた。
そしてふと見上げる、壁に設置された時計。

「7時13分……またかよ」
「このエリアも、“時間”が止まってやがるな」
その言葉に、メフィストがふっと笑う。
「それはきっと、レイス様と一緒に居た“この瞬間”が、永遠であってほしいっていう願いの――」
「言ってみろよ?お前を殴る可能性が1000%増すから」
「うふふふふ♡」

——

同じころ、ドリーミアお化け屋敷の片隅。
怪異も出なければ、怖がらせ役すら出てこない静かなゾーン。
廃れた記念撮影ブース跡、ボロボロのソファに猫とオオカミが並んで座っていた。
「ティア、こういうホラー施設ってさ」
ロコが尻尾をふにゃふにゃ振りつつ切り出す。

「人間って、怖がりながらいちゃつくらしいな。“あーこわーい”とか言ってさ」
ティアは足を組み、手持ち無沙汰に壁の落書きを爪で引っかく。
「……虚無だな」
その返答にロコはため息混じりに首を傾げる。
「お前に彼氏できねぇ理由、5秒でわかった」

ティアは耳をピクリとさせ、すかさず反論。
「ちょ、何その初見殺し」
「私だっていたよ、元カレ……(※何年前とは言ってない)」
「でもデート先が……墓地だろ?」
ロコの容赦ない追撃。
ティアは顔を真っ赤にして振り返る。

「ロマンチックかと思ったのよ!!」
「それがもう重症だわ」
「ていうか、お前いなかったの?」
ロコは腕組みして、やけに真面目な顔で答える。
「オレ?枕元に首ない鳥あげたらキレて別れた」
ティアは一瞬固まったあと、吹き出す。

「やることが猫過ぎる」
「だって!喜ぶと思ったんだよ!?オレ的には“愛”だったのに!」
ふたりの声は空っぽの撮影ブースに響き。
誰もいない遊園地にだけ、微妙に温かい空気が流れる。
「……まあ、恋ってのは虚無かもしれねぇな」
ティアが苦笑い。
ロコは首を傾げて尻尾を大きく振る。

「でもさ、失敗しても、また話のネタにはなるよな?」
「――そだな」
どこか居心地悪そうで、でも意外と心地いい。
不意に、ロコがぼそっと呟いた。
「……いや、オレの恋バナ、レイスと比べたらまだマシじゃん」
ティアが横目でちらりと見る。
「……謎マウントだな」
ロコは尻尾をぴんと立て、したり顔で続けた。

「だってあいつ、性格悪い女に尽くして逃げられた。を無限に繰り返してんじゃん」
軽く指を折って数え出す。
「前世で八股して殺された可能性ある。
呪いで同じような性格悪い女と無限ループしてんじゃねぇの」
ティアは乾いた声で返す。
「字の通り八つ裂きか……」
「流石、歴戦の悪魔ハンター。恋もブラック。」
ふたりの会話の後ろで、誰もいないはずの壁に。
ぼんやりと「713」の数字が浮かびはじめる。

ロコは気づいて眉をひそめた。
「……うわまただ。713」
ティアが首をすくめて言う。
「命、尊重しよ?」
「お前が言うんかい!」
息の合ったツッコミに、ふたり同時にふっと笑う。
ティアが立ち上がり、制服の埃を払う。
「……さ、行こうか。そろそろあのツラに会いに」
ロコも立ち上がり、しっぽをひらひら振りながらティアの隣に並ぶ。
崩れかけたソファを背に、犬と猫はまた遊園地を歩き出す。
廃墟の壁に浮かぶ713だけが、その背中をじっと見つめていた。

—-

撮影ブース。
ネオンピンクと紫の照明、記念撮影のためのカビ臭いソファ。
レイスは、さっきから隣から注がれる“ねっとり”とした視線に堪えきれず。
カチカチ鳴らしていたライターをポケットにしまい込む。
向き合う赤い目――だがただの赤じゃない。
獣のような、刃のような、「危険な赤」。

「ていうかメフィスト」
レイスは睨むように尋ねる。
「俺ずいぶん気に入ってるけど、マジで何が好きなんだよ」
メフィストはスッと懐中時計を撫でながら、静かに微笑む。

「――容姿で気に入ったわけではありません」
「おい!? 先に言っとくと俺、これでも見た目には定評あんだぞ?」
メフィストはクスッと笑う。
「ええ、ええ。そういう虚栄も愛おしい」
「私が惹かれたのは魂です。生きざまです。
悪魔王にすら届く才覚を持ちながら、それを無為にし。
命も世界もどうでもいいという矛盾の中。
“それでも誰かを救ってしまう”――そんな貴方の魂」

目線は逸らさず、満面の笑み。
「実に、実に……お美しい♡」
レイスは静かに一歩引く。
「お前さ、俺の中の矛盾のピース全部言葉にしてくるのやめろ」
メフィストは一歩、距離を詰める。
「理解されるの、怖いですか?」
「違う、気持ち悪いって言ってんだよ!!」
一瞬の沈黙。
レイスは息を吐き、睨み合う二人。
ピンクのネオンが、妙に妖しい影を落としていた。
ふと、メフィストがからかうような口調で話題を変える。

「ところでぇ、レイス様」
「なんだよ」
「あのお嬢様、本当に緑髪なんですか?」
「は?」
レイスが怪訝な顔をした、その瞬間。
メフィストは、満足げな意味深な笑みを残し。
スッ……と霧のように消滅した。
不穏な余韻だけが、ソファとレイスの赤い目に、いつまでも残り続けた。
……そして数分後。
ティアの声が、お化け屋敷の廊下に響いた。

「レイス! いたのか!」
扉の向こうに現れたのは――♡のネオンとピンクライト、ボロボロの壁紙。
カップル用スポットのど真ん中、ただ1人、腕組みで棒立ちのレイス。
空気だけが痛いほど重く、虚無の極致。

ロコがそっと近づく。
「……なぁ、何してたん?」
その声も妙に小さい。
「……恋愛とは言ってない」
全てを悟った者の顔。
背中には、“世界一似合わないラブ撮影ブース”の光が点滅していた。
しばらく誰も、何も言わなかった。