ドリーミア編-回る悪夢 - 5/5

ティアが、辺りの空気を感じ取るように目を細めてつぶやいた。
「……ああ、やはりここはおかしい」
「支配人の部屋、探すぜ」
と、レイスが急にやる気を見せる。

「さっきまでのドブみたいな目どうした!?」
とロコがすかさずツッコむ。
「虚無botが……消えました……!?」
メーデンが目を丸くする。
「多分、つまんなすぎると虚無になるんだな、あいつら」
ロコが真顔で言う。

だが次の瞬間――
「恋人できませんよ、あなたたち」
静かに、しかし確実に心をえぐるメーデンの一言が降ってくる。
「ガチの苦言やめろ」
「……それは、反論できない」
沈黙が流れる。
広場に、観覧車の回転音だけが虚しく響いていた。

物陰から、ひょっこりと顔を出す影。
「……あぁ、貴方たちの目が……輝きましたねぇ♪」
メフィストは満足げに、にたぁと笑っていた。
その様子に、レイスが面倒そうに眉をひそめる。
「最初から知ってたんだな」

「もちろん♪」
シルクハットを傾けながら、彼は言った。
「“虚無”から“真実”へ。やっぱり、変化があるから面白いんですよ♪」
ティアが呟くように言葉を重ねる。
「遊具に飛行機の部品を使うなど……普通ではありえん」
「そうでしょう?」
メフィストは目を細め、ゆっくりと後ずさる。

「だから“永遠に動き続ける”んです。ふふ……それでは私、これで〜♪」
去り際に、にゅっと指を立てて――
「れぇいすさまぁ♡」と投げキス。
─が、レイス、ガチで無視。
無視どころか視線すらくれてやらず、ただ言い放つ。

「……支配人の部屋、突き止めれば全部わかるってわけか」
その背中には、もう“虚無”ではない光があった。

夕日が、地平線を焦がしていた。
オレンジの光が斜めに差し込み、長い影が遊園地の地面を這っていく。
その光の中、レイスたち4人は――沈黙のまま、管理棟へと足を向けていた。
「お前ら、虚無botに戻るなよ」
ロコが軽く釘を刺すように言う。
レイスは眉ひとつ動かさずに返した。
「もう大丈夫だ。多分な」

「……確かに」
ティアもぽつりと呟く。
「少し“楽しくなかった”だけだ」
「遊園地で楽しくないって……」
メーデンが呆れたように笑う。
「可哀想な人たちですね」
レイスはうんざりした顔で頭をかいた。
「お前、言葉が刺さるんだよ」

ティアはため息をひとつつく。
「……今に始まったことではないが、痛感するな」
管理棟――そこだけが、他のアトラクションとは違った。
壁紙は朽ち、天井にはヒビが走り、どこからか雨漏りの跡がつたっている。
埃が絨毯のように積もり、かつて何かが飾られていたであろう場所には、色褪せた跡だけが残っていた。
散乱する写真立て。折れた椅子。
角に追いやられるようにして傾いている、「DREAMIA」の金属看板。

そして。
中央の机の上に、一枚の金属プレートが置かれていた。

「Flight No.713」

誰も言葉を発さなかった。
カビ臭く、埃っぽく、色も音もない空間。
まるでここだけが、“夢の終わり”を迎えているかのようだった。
「この部屋だけ、現実に戻ってきたみたいだな」
レイスの呟きが、誰の胸にも刺さる。

机の上に、一冊のノートが開かれていた。
古びた革表紙。ページの端は焼け焦げたように歪み、だがそこには確かに――文字があった。
震えた、けれど確かに書かれた支配人の筆跡。
「夢が終わらないように」
「楽しい日々が続きますように」
それはまるで、子供が星に願いを託すような純粋さだった。
ページの間に挟まれていた1枚の新聞記事が、現実を叩きつける。

「夢の国DREAMIA、開園!」
すぐ横に、もう1つの見出しが並ぶ。
「航空機墜落事故、713便生存者なし」
空気が止まった。

レイスが机の引き出しを引くと、カタリ……と何かが出てくる。
古びた、手のひらサイズの録音機。
「Flight No.713」という文字がうっすらと刻まれていた。

「……フライトレコーダーのようだ」
ティアが低く言う。
「まだ生きている。再生するか?」
「……怖い」
メーデンが呟く。肩がわずかに震えていた。
レイスが彼女を一瞥し、短く言う。
「嫌なら耳塞いでな。……再生するぜ」
メーデンは無言でうなずき、そっと耳を塞いだ。
低いノイズ。機械のうなり。誰かの呼吸。
やがて、男性の声が記録を読み上げる。

「……こちら、Flight 713……緊急事態……」
「エンジンが……制御不能……」
「……機長……墜落まであと3分……客室に異常……泣き叫ぶ声が……」
「……誰か……誰か助けて……」

ザー……ザーッ……
ノイズが再びぶつ切りに流れ、音声は、唐突に――途絶えた。
誰も言葉を発せなかった。
録音機だけが、まだ動いているようにカチカチと鳴っていた。

埃まみれのノートを、ロコがそっと手に取る。
表紙には金文字で、かすかに読めた。
「ドリーミア構想ノート」
中身は、手書きのスケッチと文章。
遊具のイメージ、ドリーとミアのキャラ原案、ナイトパレードの演出プランまで。
だが、後半になるにつれて様子がおかしい。
「テーマは夢……うん、ガイド看板に書いてあったとおりだにゃ」
「“どんな夢もここなら叶う”……ん?」
ページの端に、震えた文字で一文が記されていた。

「亡き娘に捧ぐ」
「もう一度だけ、笑ってほしい」
「たとえこの夢が、現(うつつ)じゃなくても……」

「死んだ娘のために作ったのか?ここ……」
「珍しいことではない。子に先立たれた親は、供養させてやりたくなるものだ」
「これは、父親なりの墓標だ……夢の墓標だ」
ふと、メーデンが顔を上げる。
視線の先には、壁に貼られたスケッチ。
――少女が描かれている。微笑み、ドリーのマスコットと手をつなぐ、その名は。

「ミア・ローエン 好奇心旺盛でちょっと夢見がちな、8歳の女の子」

「……もしかして、713便に、娘さんが乗ってた……?」
全員の背筋が凍る。
ノートの隅には、こうも記されていた。
「フライトNo.713。あの便に乗っていた……私の、ミア」
「だから私は誓った。あの子の見たかった“夢の国”を、叶えてやると」

ドリーミアは、死んだ娘ミアのために創られた
彼女の“見るはずだった夢”を再現する、終わらない遊園地
だが――それはまるで、死者の魂を“閉じ込める”かのような――呪い。

ギィィ……とまた椅子が軋む音がした。
レイスたちが振り向くと、
さっきまで空だった支配人席に、再びメフィストが立っていた。
シルクハットを静かに外したその瞬間、逆光に浮かび上がるメフィストの素顔。
それはただ美しいだけじゃなかった。

白銀の髪が夕日に照らされ、完璧な輪郭、艶やかな唇、整った鼻筋。
性別さえ曖昧に見える美貌――でも、その目だけは違う。

赤く、濁りなく、“穴が空いたような禍々しさ”。
どこまでも深く、何も映さず、でも見ているもの全てを“内側から分解”しそうな
不吉な光がゆらめいている。

「……目が気に入らない」
「どんなに整っていても、目がそれじゃな」
近くで見たメフィストの瞳は、異常だった。
燃えるような赤ではない。
宝石のような煌めきでもない。
まるで――形容しがたい、言語外の異物。

赤いのに、赤と認識したくない。
そこに映るのは他者ではなく、ただ“飢え”だけ。
メフィストの美しさは、その“目”一つで全てを壊していた。
だが、その美しさに見惚れる間もなく、彼は話し始めた。

「えーと確か、ミア・ローエンちゃん?」
「大災害から避難するために、713便に乗った……」
「まぁどうでもいいですね」
あっさりと、まるで買い物メモでも読み上げるような口調だった。

「私は“願い”を叶えるのが好きなだけでして。
その願いが、どんな想いに基づいてるかなんて……興味ないんですよ」
メーデンの顔から一気に血の気が引いた。
ティアも眉をひそめる。
ロコは思わず一歩、後ずさった。

「……お前、その場にいたのか」
レイスの声だけが低く、刺すようだった。
メフィストは指を止めず、ただ微笑んだ。
「だって呼ばれましたもの。支配人に」
「“あの子を笑顔にしてあげたい”って」

「叶えましたよ、ちゃんと。
――“あの子”も、“お父さん”も、“乗ってた皆さん”も、笑ってました」
観覧車の影が、奇妙に長く伸びていく。
空はもう、夕焼けではなかった。
それはまるで――“夢の終わり”を告げる、魔法の帳。

メフィストは、支配人の椅子からすっと立ち上がった。
赤く染まりかけた空の中、銀髪が夕日の逆光を受けてきらりと揺れる。
「さっ……ドリーミアに籠められた願いがわかったところで」
「次は、私とお嬢様の“約束”について」
その言葉に、メーデンの瞳がわずかに揺れる。

「約束って……」
「思い出せませんか?」
メフィストはにこやかに笑う。
「いや――拒んでいるのかもしれませんね」
そう言いながら、わざとらしく窓の方へ歩く。
そして、そこでぴたりと立ち止まり、わざとオーバーに顔を上げて言った。

「あー、日が暮れる」
「もうすぐライトアップじゃないですかー!」
「続きは其処で話しましょう」
そう言い残し彼は再び、いつものシルクハットをくるりと手元に浮かせて――被った。
まるで舞台を終えた役者のように、すっと歩き去っていく。
残されたのは、微かに震えるメーデンの声。

「……私の、“約束”って……」
誰にともなく、つぶやかれたその言葉だけが、
暗くなり始めた管理棟に、ぽつんと落ちた。