淡くライトアップされていたドリーミア。
まるで夢が覚めていくように、その輝きを静かに落としていった。
観覧車が……音もなく横倒しに傾いた。
「……みろ」
ティアが低く、警戒する声を発する。
「何だよ?」とロコが振り向いた、その瞬間。
観覧車のフレームがねじ曲がる。
まるで“紙細工”でも引き裂くかのように、鉄骨が簡単に湾曲し。
ゴンドラが浮かび上がる。空に逆さ吊りに並び始めた。
「……幻だったんだにゃ」
その言葉に、ティアが目を細めたまま静かに頷く。
「……だから言ったろう。虚無だと」
「光も夢も、所詮は一時の演出。本質は──」
今度はジェットコースターのレールが、有機的に蠢いた。
まるで巨大な蛇がのたうつように、レールが空を這い。
絡み合って、空間に意味のない螺旋構造を作り出していく。
メーデンがポツリと呟いた。
「昼は……楽しかったんですけどね」
ティアとロコが何も言えず、その言葉に視線だけを落とした。
これはもう、遊園地じゃない。
「夢」そのものが歪んでいる。
今、観念すら崩壊し始めていた。
そして、テントの向こう側。
レイスとメフィストが繰り広げる“壊す者”と“守る者”の決戦。
この世界の存続をかけて、終焉を迎えようとしていた。
空間が狂い、夢の国が崩れていく中。
メーデンは、ひとつの“破片”を拾い上げた。
「……713」
声には出さず、その数字を見つめる瞳が揺れる。
その破片は、まるで墜落した航空機の部品のように、焦げた金属のにおいがした。
ティアが近づき、静かに声をかける。
「メーデン、どうした?」
だが返事はない。
代わりに──微かに、空気が変わる。
「おい……なんか、様子変じゃねぇか?」
ロコが眉をひそめて言った。
次の瞬間、メーデンは立ち上がり。
何かを感じ取ったように、弾かれたように駆け出した。
「まって、メーデン!? どこ行く──!?」
その髪が、風を切るたびに虹色にきらめいた。
緑の髪ではない。
構造色──ホムンクルス特有の、“人工生命体”の証。
光の角度によって姿を変える、真実を拒む鏡のような色。
今まさに、壊れた夢の中で目覚めようとしていた。
彼女の中の記憶が、契約が、魂の正体が──すべて繋がり始めている。
彼女が向かう先は、崩れかけたサーカステント。
そこには、彼女の“救い”と“呪い”の両方が待ち構えていた。
サーカステントの頂上から、爆ぜるような衝撃波が放たれた。
赤と金のカーテンが引き裂かれ、布が弾けるように宙を舞う。
そこに立っていたのは──シルクハットを握り、笑うメフィスト。
そして、煙草をふかしながら口元を引き締めるレイス。
「レイスさんッ!!」
メーデンの叫びが、迷いもなくその2人へと向かう。
「待て! 危険すぎる!」
ティアが制止の声を上げた瞬間-ドリーミアが“鳴いた”。
地鳴りのような音が響き渡り。
あたり一帯が“悲鳴を上げるように”歪み始めた。
遊園地そのものが、深淵に飲まれ始めていた。
観覧車が、空中で逆回転しながら崩壊し始め。
レールの切れたジェットコースターが頭を振る獣のように蠢いている。
パレードカーはアノマリー化し。
肉塊と化したタイヤが地面を引き裂きながら這いずっている。
メリーゴーランドは空中に浮かび。
上下逆転しながら、馬が“腕”へと変異している。
「……これはもう、夢じゃない」
ティアの呟きに、空間そのものが答えたように、星が下へ流れ落ちていく。
天と地が崩壊し、現実と夢の境界が壊れていく。
「“ドリーミア”が終わる……いや、終わらせるべき時が来た」
ティアが呟く中──メーデンは、構造色に輝く髪を揺らしながら走る。
進む先は、“約束”と“終わり”が待つ中心。
メフィストのいる、闇のショーの舞台へ。
「……あぁ、素晴らしいですねぇ……♪」
紅に染まり、狂気に歪んだドリーミアの中心にて。
メフィストがシルクハットを胸元に掲げ、優雅に一礼する。
「私の力です♪ ちょっと“外”の景色に寄せさせて頂きましたよ」
そう言いながら、空を見上げるその瞳は赤黒く濁っている。
頭上には星のない空、代わりに浮かぶのは歪んだ観覧車のシルエット。
地面はねじれ、建物は逆さまに吊るされ、空間は泣き声のように軋んでいる。
「いい景色でしょう、レイス様?」
メフィストの問いに、レイスは平然と煙を吐き出した。
「……あー、懐かしい景色だな」
「おや?」
「死ねなくなった時に見た景色に、ちょっと似てる」
メフィストの目がわずかに見開かれる。
すぐにその赤い瞳が、愉悦を帯びた色へと変わる。
「……ほぅ。貴方も“外”を知っているんですね」
「まあな。そっち側の存在といろいろあってよ」
その返しに、メフィストがまるで観客のように手を打つ。
「フフフフ……! 鑑賞に値する!やはり貴方は特別ですねぇ♪」
そのやりとりのすぐ後ろで。
異形と化した観覧車の下でメーデンが立ち尽くしていた。
視界が捻れていく。空が沈み、星が下に落ちていく。
地平は逆巻き、色は構造を失い、まるで夢が壊れる瞬間のようだった。
「これが……深淵……?」
メーデンの声が震え混じりに漏れる。
ティアが静かに、しかし確信を込めて呟く。
「……やはり、虚無だ」
「もういい加減“虚無”言うなよぉ!!」
レイスはじっと視界を見つめる。
崩壊した景色、無数の歪みが広がる中で、ひときわ目を引くのは倒れた観覧車。
その周囲では、パレードカーが無理に動いており。
音もなく、しずくのように落ちていく。
煙草を軽くふかしながら、レイスはゆっくりと口を開く。
「壊れない夢、か……くだらねぇな」
その言葉には、何かしらの侮蔑が込められていた。
その瞬間、メフィストは微笑みながら応じる。
「ですが、レイス様も“壊れない存在”でしょう? 同類ですよ」
その言葉が深く耳に響く。
レイスがちらりとメフィストを見ると、少し間を置いて言葉を吐き出す。
「同類かどうかは関係ねぇ。壊れないからこそ壊してやるだけだ」
その冷徹な瞳には、虚無の深さを感じさせるものがある。
メフィストが再度拍手をしながら楽しげに答える。
「ああ、やっぱり貴方は私の仲間です♪」
その笑みが、どこか不気味に広がる。
レイスの眉間に微かな皺が寄り、無言のまま見つめ返す。
「……は?」
その一言に込められた疑問の意味は、やはり一瞬でレイス自身の中に答えが見えた。
だがメフィストは、その疑問を無視するように、愉快そうに話し続けた。
「私にはわかりますよ、レイス様」
その目が深く、そして冷徹に光を放つ。
「ホントは全部どうでもいいんですよね」
「何もかも壊れてしまえって思ってますよね」
メフィストのその言葉に、レイスの目が一瞬、光を失う。
だがすぐに、まるでその考えを追い払うかのように煙草の煙を深く吸い込む。
「……お前、分かりすぎてるな」
その言葉には、微かな不気味さと共に。
何かしらの共鳴を感じていることを隠しきれない様子が見え隠れしていた。
それでもレイスの目は、変わらず冷徹で、無関心のようにも見える。
そして、最後に彼の口から吐き出された言葉が、場の空気を一層緊迫させる。
「壊れちまえ、全て」