夜のドリーミアは、静かだった。
あれほど賑やかだったメリーゴーランドも、観覧車も、もう動いていない。
軋む遊具も、歪んだ音楽も聞こえない。
ただ、虫の声だけが遠くで響いている。
4人の影が、静かに照明の切れた園内を歩いていく。
「探査ミッション……夕方に終わると思ってたのに……」
肩を落としながら、呟くように泣き言をこぼすメーデン。
「カップ麺食う?」
唐突に袋の中から取り出されたカップ麺。何故か常備している。
「……メフィストめ、どこだ?」
声にかすかに苛立ちが混じる。
帽子を被り去っていったあの姿が、あまりに意味深すぎた。
「……従業員用バックスペースかもしれん。行こう」
彼女が指差したのは、封鎖されていた立ち入り禁止の裏道。
「STAFF ONLY」の札がぶら下がり、かろうじて見える。
どこからともなく、カラン……と懐中時計のチェーンが揺れる音がした。
「……いねぇ……」
レイスが呟いた。
暗がりの中、ライトの灯らない遊園地を4人が歩く。
が、ロコがふと何かを見つけたように指をさした。
「おいレイス!」
その手の先――1ヶ所だけ照明で照らされているレバーがあった。
「彼処だけ光ってる」
「他が真っ暗な中で、あそこだけ……異様だな」
ティアがつぶやく。
「電源が生きてるってことだ。カレー味あるか?」
ロコは既にカップ麺をすすっていた。
レイスは呆れ半分、確認もそこそこに前方のレバーを見つめる。
「……ん。わかった……あそこだな」
無言で手を伸ばし、点灯パネルのレバーを引き上げる。
――カチリ。
次の瞬間。
連鎖的に電球が点灯していく。
ゲート、屋台、空中ブランコ、ステージ。
すべてが次々と、夢のような光を纏い始めた。
音を立てて、シャッターが上がっていく。
その先には、昼間にはなかった“鮮やかな光景”が広がっていた。
「……わぁ……!」
メーデンが、思わず声を漏らした。
崩れていたはずのドリーミアが、まるで新品のように輝いている。
夢は、死んでいなかった。
いや――再起動していた。
きらびやかなネオンが、朽ちた遊園地を仮面のように照らしていた。
観覧車も、アーチゲートも、今だけは新品のように光り輝く。
その中で、4人は静かに歩いていた。
「せっかくだし、夜景見ながら飯食うか」
すでにカップ麺を開けて湯気を立てている。食べる気満々だった。
「何の仕業かわからん状況で……まぁいい、食べるか」
静かに座り込み、どこか慣れた手つきで食べ始めた。
パレードのキラキラが虚しく踊る夜。
ティアはカップ麺片手に祝祭の中で立ち止まる。
ラベルには「ZEL NOODLE」のロゴ、横文字で“ゼルノバフード社製”。
一口すするたび――。
「うますぎず、まずすぎず、……まぁ、カップめんってこうだよな」
どこか安心する味、でも何も心は動かない。
紙吹雪が舞う中、“非常食”だけは現実に味方してくれる。
観客ゼロの祝祭。パレードカーが着ぐるみで手を振るが。
彼らは冷静にカップ麺をすすり続けていた。
メーデンは、スマホを構えながらおずおずとレイスを見上げる。
「レイスさん、撮影していい奴……ですよね?」
レイスはネオンに照らされたパレードステージを見つめながら。
ゆるーく片手をひらひらさせた。
「いいんじゃねぇの」
その言葉に、メーデンは少しほっとしたように笑い、スマホを構える。
光の粒が写り込む画面の奥に―
ドリーミアの“夢魔”を模したパレードカーが、ゆっくりと走っていた。
カラフルな造形。光りすぎる衣装。
人形が踊っているかのように完璧なリズムで進んでいく。
誰が操作しているのかも、どこへ向かっているのかも、わからない。
ドリーミア全体が、まるで命を吹き返したように輝いていた。
昼間の陽気さとは違う。
これは、静かで荘厳な光景だった。
観覧車は七色の輪郭を描き、ジェットコースターは光の筋を空へと伸ばし。
メリーゴーランドは風に流れるオルゴールのように、優しく回っていた。
そこへ、誰の姿もないパレードカーが静かに通り抜けていく。
カラフルな電飾、キラキラと空に舞う小さな星屑のような光。
まるで“夢の終わりを祝うセレモニー”だった。
「終わりがあるからこそ、儚さが輝く」
その言葉に、全員が一瞬だけ無言になる。
「お前ら、難しいこと言ってねぇで……楽しめよ!」
そう言って、手元のカップ麺をぐるぐると混ぜる。
レイスが、その姿を横目に見て――ほんの少しだけ、口元を緩めた。
ズッ……と音を立てて、静かにカップ麺を啜る。
幻想の中で、ただ一瞬だけ、現実の味がした。
音楽は、流れていた。
明るく、底抜けに楽しいパレードのBGM。
それはきっと、何十年前も変わらない“定番”だったのだろう。
キラキラと輝くアーチライト。
天井から吊るされた光球は、まるで星屑のように瞬いている。
でも―誰も、いない。
笑い声も、拍手も、歓声も。
本来ここにあったはずの“生の気配”だけが、綺麗に消えていた。
通りを走るパレードカーはサビにまみれ、片輪が斜めに傾いていた。
床にはひび割れが走り、割れたタイルの隙間から草が顔を出している。
「ここ、綺麗すぎるのに……なんか怖ぇな」
「本来の“熱”だけが、どこにも無いからだ」
しばらく無言のまま歩いていたが―ふとレイスが口を開いた。
「……ゾンビって健気だよな」
「はいぃ!?ゾンビ!?」
「生きてた頃の行動を、死んでも繰り返すんだろ?記憶があるわけでもないのに。
……それって、健気じゃねぇか。フフフフフフフ……」
「ほんとやだこの人!!!」
怒りと恐怖と困惑の混ざった声が響く。
ロコが笑いをこらえながらフォローに入る。
「でもまぁ、言いたいことはわかるぜ?
……夢って、止まってても回ってるように見えるからな」
「そしていつしか、それが“生きているように”見える。だが虚無なのだ」
「だから虚無でまとめるな!!」とレイスに詰め寄るメーデンの声。
ほんの少しだけ、この夢の残骸を“現実”に引き戻していた。
「レイスって、もうちょいインテリでモテようとした方がいいと思うんだよな〜」
「多分元カノにも言われてるぜ?」
「話す内容がガチ過ぎて、引かれてたんだろ」
ティア。ちょっと同情を込めた目線。
「一理どころか十理あるわ」
ロコ、バカ特有の誇張。妙にドヤ顔つきである。
パレードカーの軌道跡をなぞるように、ライトアップされた園内を進む4人。
誰もいないのに流れる陽気なパレードBGM。
錆びついたカラフルなフロート、劣化した足元のタイル、歪んだライトの残光。
突然、空間に響き出す録音のような会話。
「ドリー……私、こわいの……ずっとこの世界にいたいなって思っちゃう……」
「だってここには……テストも、宿題も、ないんだもん……」
「ダメだよミア、夢は……覚めるから夢」
「ボクは夢でしか会えない。でも……毎日会える。それって……素敵なことだよ」
「ヤベェな……あの羊イケメンすぎる」
「成長したら間違いなくモテるな、あれは」
「夢は……覚めるから夢……」
気づけば、誰も言葉を発さなくなっていた。
4人とも、きらめく観覧車や歪んだジェットコースターの灯を静かに見つめている。
風が吹き、どこか遠くで電飾がパチパチと弾ける音。
そしてメーデンが、ぽつりと呟く。
「ドリーミア……あなたは、いつまで夢を見てるの……?」
その問いかけへの答えは、思わぬ形でやってきた。
4人がパレードカーの進路に丁度入ってしまったからだ。
「うわっ!?おい、こっちパレードカー来てるぞ!!」
「……ルート間違えた!こっちだ、ハシゴを登れ!」
バチバチとスパークする電飾、ギシギシと軋む無人フロート。
まるで“夢の亡霊”に追われているかのような勢いで、4人は金属ハシゴを駆け上がった。
その先―ふいに、空間が開けた。
眼下には、夜のドリーミアが広がっていた。
アーチを描く光のレーン、リズムに合わせて瞬くフロート。
観覧車のカラフルな回転と、噴水の光演出。
上から見れば――まるで“本物の夢”のようだった。
一瞬、誰も言葉を発さなかった。
ただ夜風と、遠くから聞こえるパレードBGMだけが耳を撫でる。
視線の先に、ひとりの男が立っていた。
中央の円形展望台にて。
メフィスト。
彼は静かに立ち尽くしながら、懐中時計のネジを、無言で巻いていた。
まるで時間を再起動するかのように。
あるいは――何かのカウントダウンを始めているように。
その手は止まらない。
音だけが、異様に大きく感じられた。
夜の夢が、少しずつ色を変え始める。
幻想的な光景、だがその根底にあるのは“無人の祝祭”。
何かが始まる気配が、夜のドリーミアを包んでいた。