ドーラファクトリー編 - 2/3

ドーラファクトリー地下エリア。
——そこは既に、人の営みを許さない場所になっていた。

足元、ベルトコンベアが「誰にも頼まれていないのに」ガッタンガッタン動き続ける。
奥の機械が壊れかけてるせいか、謎の“詰め放題モード”で爆速になったり。
廃墟らしからぬ“生命感”が満ちている。
いや、生きてないはずなのに「生命感」がある。
この時点でダンジョンとして終わっている。

最初に目についたのは——ウサペタくん。
コンセプトは「どこでも寝られる!」
結果、寝そべりすぎて“床の染み”を量産するという事故物件属性。
“かわいさ”の裏に潜む、「目を離したらもういない」系スリル枠。

コンベアのすみに、“布一枚の厚み”で這いずっていくウサペタくん。
やばい、かわいい。いや、こわい。
続いて、コンベアの上で存在感だけはMAXのやつ。
カエルンルン
コンセプトは大雨もへっちゃら!長靴カエル。
「ケロケロ~」という鳴き声が、不協和音で脳に直接くる。
今も、奥の棚の影から「ケロケロ~……ケ……ロ」と鳴き声だけが響いてくる。
それだけで精神防御力が問われる。

そして、真の“ホラーミーツかわいさ”枠。
ヤミーネコ
ほぼ“目”だけの真っ黒もふもふ、。顔が見えない。
“夜、ヤミーネコの目だけが廊下に浮かんでいる”という都市伝説多数。
今この瞬間も、暗がりの中で「ギラリ」と目だけがこっちを見ている。
歩く音は聞こえない。“いつの間にか近づいている”やつだ。

かわいい。こわい。
その境界線は、ベルトコンベア一枚分しか存在しない。
「うわァ~かわいい~♡」
メーデンは即落ちだった。
理屈も防御もなく、情緒が先に死んだ。
「かわいいか!?」
「不気味だぞ! いや、だいぶ!!」
声はデカいが、もう遅い。
この工場では「かわいい」は防御貫通属性だ。

「……ま、まぁ」
「キモかわって言葉、あるじゃない」
言いながら、視線は逸らしている。
直視すると負けると、本能が理解している。
「で、この子は……何て名前?」
レイスが、嫌な予感しかしない顔で書類をめくる。

——ムネムネパンダ。
「だっこしてムネがムネムネする」という、一行でアウトなコンセプト説明。
でかすぎる目。妙に丸い手。抱きつく角度が絶妙に逃げ道を塞ぐ設計。
次は床に転がってる、やけに角張ったそれ。
カクカクウマくん。

立体パズル由来の、直線と直角で構成された馬。
角。とにかく角。怪我人多発。
都市伝説は「こいつでドワちゃん叩くと地下の扉が開く」
……叩く前提で語られるマスコットって何?

その横で触れたら終わりの気配を放つ、トゲピヨ。
全身トゲトゲのヒヨコ。
守備力重視!の結果「普通に痛い」という致命的欠陥。
出荷時点で回収命令。
だが「逆にレア」という、世界を狂わせる一言により。
闇市や墓場マーケットで高値安定。

「……これ、ほんとに人気だったんか……?」
書類をめくる音だけがやけに現実的だ。

「第17次トゲピヨ増産指示書」
「ムネムネパンダ 月間売上記録更新」
「カエルンルン 再販決定!!(一部で根強いファンの声)」
「ドワちゃん ダークver. 社内回覧止まり」

「在庫がダブつきすぎて、出荷止まっただけじゃねぇの?」
その横でメーデンが、ナミダイヌをそっと抱きしめていた。
涙を流し続ける犬のぬいぐるみ。
夜に見ると完全に呪いの人形。
詰まると赤い液体が出る、情操教育の敗北例。
「……かわいい」
誰も突っ込まない。
突っ込んだら、何かが壊れる。

「かわいいものは、かわいいよ?」
「……ちょっとだけ、わかる」
「ファンだろ」
「ちがいます」
すかさず帽子を押さえ、顔を背ける。
帽子の目が、一瞬だけ満足そうに細まった。

ドーラファクトリーの開発者は、正気をどこかに落としてきている。
しかも拾いに行っていない。
埃と箱と「なぜ作った」の集合体——没ぬいコーナー。
かわいいとか怖いとか、その前に倫理が追いついていない。
最初に目に入ったのは「ダンゴムシボーイ」

コンセプト:「くるっと丸まる安心設計!」
理論上は完璧だ。だが見た目はほぼ虫。
人気欄には小さくこう書かれている。
「意外と好きだった」
なお、誰からの賛同も得られていない。

次はリアルツノザメちゃん。
コンセプトは深海の可愛さアピール。
目が、ない。ぬいぐるみなのに、硬い。
抱いた瞬間、安心感ゼロ。
夜に見ると“深海が来る”。

その横、トサカカエルマン。
コンセプト:カエル×ヒーロー。
顔面だけ異様に精密。筋肉ムキムキ。愛嬌、完全不在。
スタッフ評:「上司が推してた」
社内政治の闇が、ここに具現化している。

そして、最奥。
箱に雑に放り込まれていた——ナゾノクビチョンパ。
コンセプト:首がポンと外れるギミック付き。
問題点:全て。
工場内ですら不評。
「見た目がリアルな事故現場」
というコメントが残された伝説の一体。

レイス、額を押さえる。
「……没になった理由、5秒で分かるな……」
サタヌス、腕を組んで一言。
「親の敵みたいな顔してる」
マカ、率直。
「売る気、あったんですか?」
——その中で。
メーデンだけが、箱の前でしゃがみ込み、目を輝かせている。
「……かわいい……」
全員、聞かなかったことにした。
没ぬいコーナー。
そこは夢が死に、狂気だけが保存された場所。

その時、サタヌスは何も考えていない顔で没ぬいコーナーを物色していた。
だが次の瞬間、レイスの“嫌な予感センサー”が作動する。
「なぁ、これ没ぬいって持ち帰っていいの?」
呼吸するようにヤバいこと言うのがこの男の才能。
レイスは即座に警告音を鳴らす。
「何持ってく気だ!!?オイ!怖いぞ!!」
だがサタヌスはスルーし。
完全に彼女の誕生日プレゼントを悩む男子高校生モードへと変貌していた。

「プル公がもうすぐ誕生日なんだけど……」
恋する悪ガキの顔、ここに極まる。
レイスは困惑顔で首をひねる。

「不老不死に誕生日って概念あるのか?」
完全に自分へのブーメラン。
ティアは冷静にまとめる。
「祝いたい気持ちはあるんでしょ、いいんじゃない?」
さすが修羅場歴が違う。
「プルトって、あの闇ガールだろ?」
山ガールみたいなテンションで語られる、アブノーマル最上位。
「絶対、普通のプレゼントじゃ笑わねぇだろ」
サタヌスは即答。
「うん。だから悩む。アイツ絶対、高いケーキとかじゃ喜ばねぇ」
レイスは「やっぱそっち路線なんだな……」と生温かい視線を送る。

廃墟の奥で発掘された、“裏切られた怨念が染み付いた”シリーズ。
中でもトップバズだったのが「恋人の顔が塗りつぶされた写真立て」
ボロッボロの銀フレーム。
ガラスの内側から、真っ黒に塗りつぶされた笑顔。
サタヌスがプレゼント袋から無造作に取り出し。
「なんか、呪い強めだぞ」とプルトに手渡す。
プルトは「……あ、これ好き」
とだけ呟いて、写真立てをそっと懐に仕舞い込んだという。

サタヌスは腕組み、真顔で“没ぬい”の箱をガサガサ物色。
「どれが一番、プル公ウケるかな……」
ティアは常識人枠としてフォロー。
「いや、普通こういう時はウサペタくんとか、かわいいの選ばない?」
だがサタヌスは一切ぶれない。

「いや、絶対クビチョンパだろ。こっちの方がアイツ喜ぶ」
壊れかけの蛍光灯が「ジ……ジ……」と虫の鳴き声みたいな音を立てている。
サタヌスは、ナゾノクビチョンパ人形を両手でしっかり掴んでいた。

ぽーんと軽い音。
まるでゴムボールでも放るみたいに、人形の首が宙を舞う。
完全に——プレゼントを吟味する男の顔だった。

「……この外れ方、いいな」
評価ポイントが何なのか、誰にも分からない。
その横でレイスは、タバコを指に挟んだまま完全に固まっていた。
落ちる。確実に落ちる。
でもそれ以上に、正気が落ちかけている。

「それ……誕生日プレゼント、だよな?」
サタヌスはちらっとだけ振り返る。
「ほら、プル公ってさ。首とか好きじゃん」
レイスの手から、ついにタバコが滑り落ちた。
床に当たる前に、ヤミーネコの目が一瞬だけ光った気がした。

「……俺さ」
レイスは深く息を吸う。
「長いこと生きてきたけどな」
「“誕プレ候補に首が飛ぶかどうかで悩んでる男”を見るの、初めてだわ」
サタヌスは、飛んだ首を拾い上げ、元に戻す。
レイスは落ちたタバコを拾いながら、ぼそっと呟く。
空気が一瞬止まる。

ティアは静かに視線を落とす。
「……たしかに、あの子なら……」
レイス、そっと小声で。
「……それ、恋人へのプレゼント選ぶテンションでやる会話じゃねぇからな?」
でもサタヌスの耳には届いていない。
冥王のために“最悪に一周回って最高なプレゼント”を本気で選ぶ勇者なのだ。
この瞬間、ドーラファクトリーは「愛の現場」へと進化した。
いや、してないかもしれないけど。

工場の闇の最深部。
突然、コンベアの上に現れた「それ」。

全ての没デザインが融合した“生きたクソコラ”。
体から何本も手が生え、ウサ耳、トゲ、首、カエル足、謎の目玉。
あらゆるパーツが一切の統一感なく突き出している。
色とりどりのパーツ、縫い目、異様な数の手と目が入り乱れ。
一体何がしたいのか分からない悪夢の“集合体”だった。

「ウ、ワ…タシハ………全テノキオク……キエタク……ナイ……」
複数の口が、タイミングも高さもバラバラに言葉を吐く。

「きめぇ」
反射神経だけで出た感想。
「きもい」
語彙を削ってでも本音を叩きつける。
「きもすぎる」
評価が悪化している。
「……きもちわるいです」
容赦なし。全会一致。
——ただ一人を除いて。

「……かわいい」
「お前、ぬいぐるみは無条件で“かわいい”って言ってねぇか!?」
メーデンは少し困ったように眉を下げて、それでも視線はボツ太郎から外さない。
「だって……かわいそうだから……」
評価大会は秒で終わる。
全員からの忌避判定を浴びても、メーデンだけは。
「ぬい=かわいい」ロジックを崩さない。

その一言で、ボツ太郎の体がぴくりと震えた。
全員に忌避され、存在を否定され続けた“集合体”。
だが肯定が落ちた瞬間、何かが目覚めた。
ボツ太郎の体から、コンベア用のアームが暴走し始める。

「うわぁ!製造ライン止めろ!!なんか暴走しそうだぞコレ!!」
「ライン停止ボタンはどこだ~!?」
「た、たぶんこのボタンだにゃ~!」
ロコが押したのは——見た目だけはド派手な赤ボタン。
瞬間、コンベアが「詰め放題モード」に突入!!!
パンパカパ~ン♪と音割れMAXのパレードBGM。
「夢は~詰め放題~♪」が鳴り響く地獄空間。
量産型ぬいが一斉に動き出し、ボツ太郎も謎のノリで踊り始める。

「そんな緊急停止ボタンみたいな色にするな!!」
「設計者はバカか!?」
ぬいぐるみが、袋に、箱に、床に、天井に——詰め放題で溢れ出す。
「あ、たぶんこっちですよ」
誰よりも冷静に、本物の非常停止レバーを指差す。
「緊急停止!!」
今度こそ、工場のコンベアがガクンと停止。
パレードBGMもぶち切れ、ボツ太郎がその場で固まる。

ボツ太郎、ゆっくりと首(複数)を傾げる。
「……カ……ワ……イ……?」
メーデン、にっこり。
「うん」
地下エリアの奥で、何かが完全に詰め切れた音がした。