ドーラファクトリー編 - 3/3

「なぁ……これで依頼、終わりか?」
現場の惨状を横目に、尻尾をふりながら現実逃避モード。
「あぁ、ぬい供養てことは製造ライン停止と同義だろ」
“こわかわ”というジャンルすらバグらせた空間から。
ようやく地上に帰れると思った、その時だった。
廃工場の渡り廊下、埃の中にぽつんと灯る看板。
「ドワちゃん、着ぐるみ本舗……?」
マカ、目を細めて店内を覗く。

「お店、開いています」
ガタガタのドア。ガラスの割れたウィンドウ。
なのに、中は妙に明るい。
着ぐるみパジャマとぬいぐるみが棚いっぱいに陳列されている。
セルフレジだけは、やけに新しい音で「いらっしゃいませ」を繰り返す。

サタヌス、迷わず前進。
「せっかくだ、戦利品買ってこーぜ、戦利品!」
完全に「修学旅行生、最後に土産を爆買い」のノリ。
サタヌスが棚の一番奥に手を伸ばす。
その手には、もふもふ怪獣パジャマ。
その瞬間、空気が一段階“夜”にシフトする。
サタヌスが怪獣になるまで、あと30秒。

店内は、妙に健全な明るさに満ちていた。
廃工場帰りの精神に、この照明は強すぎる。
メーデンが、両手でドワちゃん(通常黒)を胸に抱きしめレイスを見る。
「ねぇ、レイスさん。ドワちゃん、買っていいですか?」
レイスは一拍も置かずに答える。

「俺に聞くな」
だがその視線は、なぜか試着室の方向から離れない。
あそこから“何か”が出てくる予感がしてならない。
ロコはすでに別の棚に張り付いていた。
「マカみろ、白いドワちゃんだぞ!」
「ドーラファクトリー本社限定モデルだってさ~」
純白のドワちゃん。目は例の緑。歯はギザギザ。
だが全体の配色が無垢すぎて、逆に“清楚な呪い”の気配がする。
「欲しいか?」
マカは一瞬だけ視線を逸らし、次の瞬間、理性の顔に戻る。
「……もらっておきます、便利なので」
「やっぱりファンじゃねーか」
即ツッコミ。

「違います」
被せるように否定。
だが——帽子のドワちゃん、内側で大歓喜。
目は見えない。だが分かる。完全に勝利の輝き。
ロコはにやにやしながら尻尾を揺らす。
「はいはい、便利ね~」
「便利って言葉、感情を隠すときに使うやつだにゃ~」
マカは何も言わない。
ドワちゃんを丁寧に抱えている。
まるで精密機器の扱いだ。

その時。試着室のカーテンが音を立てて動いた。
レイス、即そちらを見る。
(来るぞ)
ドワちゃん風の、焦点が合っていないデカ目。
恐竜らしきトゲトゲが背中から尻尾にかけてビッシリ。
色は、どこかで見たことある怪獣王の黒みがかったグレー。
そして——中身は童顔マッチョの悪ガキ勇者。

「童顔マッチョがゴジラの着ぐるみ着てる」
それだけで理性が地殻変動を起こすビジュアル。
脳が追いつかない。
サタヌス、着ぐるみのフードを軽く引っ張りながら無邪気に聞く。
「なぁ、かわいい?」
開口一番、まったく躊躇がない。
その声がやたら澄んでるのが逆に怖い。
「かわいすぎるうううううううう!!!!」
メーデンの叫びが爆発。
そのまま崩れ落ちて床でぴくぴく尊死。
「あ!おいサタ、嬢ちゃんがお前のせいで尊死したじゃねぇか!!」
マカは白ドワちゃんをギュッと強く抱きしめる。
ロコは「着ぐるみ怪獣が売れるにゃ!」と、すでに土産リストを増やしている。
サタヌスは小さくガッツポーズ。

「マジ!?やった!!じゃ、会計するわ」
勝利宣言。
怪獣着ぐるみ、ついに正規購入。
ドワちゃん本舗、この日、歴史に残る一着を売る。
夢の詰め放題は、今日も誰かを地獄に落とし、怪獣が誕生した——。

“地獄のこわかわ工場”を踏破した一行。
今や生者なのか供養品なのか、境界線のグレーを歩いて帰っていた。
ハンターオフィスの灯りがやけに現実的で、異界の出口みたいに見える。
ティアは無表情で「依頼の受領だけ告げて帰るぞ。めんどくさくなる」と宣言。
ロコも「うん」とだけ返し。
全力でハンターオフィスの上で猫のポーズでダレてる雷の悪魔から目を逸らす。

受付嬢は、空気が読めてるのか、意思がこもったスピードでハンコを押す。
無駄のないプロ仕事。
“まとも”なように見せかけて、その実“まともじゃない人類最後の砦”。

レイス、無言でドワちゃんぬいぐるみを抱えたまま通過。
誰もツッコまない。
全員、「いろいろ詰め放題」されすぎて余裕がない。
——そして、奴がいた。

ユピテル。
ハンターオフィスのソファで、猫みたいにダレた雷の悪魔。
こちらを見る目だけが妙にギラギラしている。
悪魔が夜に“遊びに来る”世界はすでに破綻してる。
「…ん?なんだソレ。人間製か?」
「ん?あぁこれ……ドワちゃん」
悪魔は指を鳴らしながら観察する。

「へぇ~。人間のぬい共にしちゃかわいいじゃン?
ただ可愛いだけじゃ、魔族は秒で飽きるンだよ。血でも出るのか?泣き声は?」
“可愛い”をそういう基準で見るな。
「……廃工場の戦利品だ」
「は?閉鎖済み?――もったいねぇ…」
「勇者も魔王も、この程度の“可愛い”で満足できるほど落ちぶれちゃいねェだろ」
「よォ……買い取らね?」
このセリフで、一行の帰還エンドロールが新章開幕バトルロワイヤルに切り替わる。
悪魔の商才がここに降臨。

「魔界限定モデル!呪詛ぬい量産開始!」
「ヤミーネコ雷バージョン!カエルンルン毒霧仕様!」
「喰われるぬい、魂が入るぬい!」
とかいう悪夢みたいなポスターが魔界の各地に貼られるだろう。
レイスは抱えたドワちゃんの目線だけをじっと見つめていた。
メーデンはすでに“次のぬい”の名前を考え始めている。

狂気の夜は“帰還”すら終わりじゃない。
むしろ、世界が少しだけバグる夜の始まり。
かわいいは正義。かわいいは呪い。
そして今夜も、夢は詰め放題。

食堂の端っこ。
プルトは、ただ普通にご飯を食べていた。
誰かを待っている気配も、サタヌスの気配にも特に反応しない。
“帰還”だとか“サプライズ”とか、この闇女王には何の意味もない。
腹が減ったから飯を食う、それだけ。

「プル公~」
サタヌスが帰還第一声で食堂に駆け込み。
まるでネコに呼びかけるみたいなテンションで名を呼ぶ。
プルトは首だけ動かしてこっちを見る。
顔は真っ直ぐ、目だけがこちらをとらえて、完全に「名前呼ばれて首を振るネコ」現象。
無感情。無防備。だが、地獄の底を覗くような“懐かしさ”さえ漂う。

「はい、誕生日プレゼントこれ」
サタヌスは“ナゾノクビチョンパ”人形を軽々と差し出す。
“首ポン”ギミック全開で、もはや普通のぬいぐるみには戻れない領域。
プルトは一瞬だけ無表情。
だが――次の瞬間、ニヤッと悪魔みたいな笑み。
「……悪くない。よくわかってるじゃん」
言葉より早く、手が人形の首をポンッと飛ばす。
自分で首を外して遊びはじめる。
地獄にも“幸福”はあるんだと、周囲に見せつけている。
遠巻きに見ていたレイスは、諦め半分の溜息。
「この世で一番“呪い耐性”あるカップルだな……」
マカは小声で「闇カップルっていうか、もう闇の底ですね……」

プレゼントを手渡し、サタヌスは“例の怪獣パジャマ”をガバッと着込む。
「あ、あと」
「ん?」
「これオレ、かわいい?」
完全に小学生男子のテンション。
全身でゴジラになりきってドヤ顔ポーズ。

その瞬間、近くでメーデンがスマホを構えていた。
“高画質でガチ撮影”。
「ゴジラ化サタヌス」の決定的瞬間、魔界のSNSに即流出確定。
プルトはしばらく無言、ガン見して、一呼吸置く。
「は?かわいい」
かわいすぎて逆ギレ。

“可愛いは罪。呪いはサービス”
その新世界が、魔界のど真ん中で今日も息をしている。
ドーラファクトリー、新生。
どこかの子供部屋で、また一人――ドワちゃんと怪獣が、静かに増殖中。

薄暗いオフィス。
机の上には、くしゃくしゃになりかけた受付票。
工場長はそれを両手で握りしめ。
まるで祈るみたいに、あるいは縋るみたいに眺めていた。
“もう何も残っていない人間”の泣き方。
受付嬢が、いつも通りの平坦な声で告げる。

「工場長さん。散策依頼は、達成されましたよ」
その一言で、工場長の肩から力が抜けた。
「ありがとうございますっ……」
声が裏返る。
堪えていたものが、そこで一気に溢れ出す。
「これで……これで、あの子たちも……浮かばれる……!」
ぬいぐるみの名前を、誰もいない部屋で呼んでいた男。
“供養”という言葉に、最後の誇りを預けていた男。

——だが。その静寂を、外からの騒音がぶち破る。
「ライン復活だってよ!」
「マジ!?呪いのドワちゃん増産決定~!」
魔王軍バイトたちの、軽くて、明るくて、一切の遠慮がない声。
工場長は、理解が追いつかず、ただ瞬きを繰り返す。
「……えっ?えっ……?」
その瞬間、ドアが開いた。

ユピテルが、完璧に仕立てられたスーツ姿で入ってくる。
場違いなほど洗練された足取り。
だが目は、獲物を見つけた獣のそれ。
「工場長さァん」
にこやかに、しかし逃げ道を一切残さない声で言う。
「おたくの技術と魂、買わせてもらうよ」
机に手を置き、距離を詰める。
「今日からアンタは――魔王軍直轄・再建工場長だ」
疑問形ですらない。

「さ、再稼働……!?」
工場長の脳が追いつかない。
供養?成仏?終わり?

「こ、これは……夢……なんですか……?」
答えは、抱きしめたドワちゃんぬいの感触だった。
あの頃と同じ。
縫い目も、重さも、“作った記憶”そのまま。

次の瞬間、工場長の顔が歪む。
——笑っていた。
涙と鼻水と、完全に振り切れた幸福の笑顔。

「供養どころか……地獄の量産ラインに……!?」
声が震える。
だが拒絶ではない。
「……だが、それが……幸せ……!」
ぬいを抱きしめ、そのまま崩れ落ちる。

「ドワちゃん達……!またお前たちに会えるなんて……!!」
狂っている。
だが、狂わずにいられるほど、この世界は優しくない。
その後、工場長は“伝説”になる。
魔王軍ですら一目置く、ドワちゃん工場長。

「ドワちゃん……!君たちの新たな舞台は……」あ
夢を詰めすぎて破裂した男は、今度は夢を魔界規模で詰め直すことになった。
「まさかの、魔界だぁ~~!!」
夢は世紀末でも詰め放題。
供養は失敗した。
だが、産業は成功した。

ドーラファクトリー、復興完了。