「ごちそうさま!僕たちはしばらくフーロンでなにするか考えるよ」
「うむ。じっくり考えると……アイヤ~!これは困ったよ~」
「どうしたハオ!?」
「向こうのお客さん財布落としてっちゃったよー!」
「……はい?」
ハオは慌てて追いかけていった、見ると貴人の男のようで。
馬車に乗り遠ざかっていくのが見える……ガイウスたち3人も慌てて追いかけるが。
彼は気づいてないようで馬車を動かし始める、ダメだ!財布を届けなくては!
そのときだ、ハオはぐっと拳を突き出すと。
「と・ま・り・なさ~イ!」
「えっ!?」
なんと馬車がピタリと止まってしまったじゃないか!
しかしハオは指一本触れてない、これはどういうことだ!?
貴人の男性は馬車がいきなり止まったことに驚いたのか、身を乗り出してくる。
「どうした!?御者、なぜ動かん!」
「あんた、財布!財布忘れてたよ!はいっ」
「お?おぉっ……これは失敬、ありがとう」
馬車の男性は財布を忘れていたのを届けてくれたのだと理解し、微笑むと。
ハオもそれを見届け手を下ろす。
馬車が去るとそこには追放者トリオとチャイナ娘が残されたのだった。
「なぁハオ……さっきの念力は?」
「お客さんの為だからネ~、ハオって尸解仙なのヨ」
「しかいせ……尸解仙だとぉ!?」
衝撃の事実であった、彼女は仙女だったのだ。
ハオは言葉では答えず、さっきのは秘密だというように唇に人差し指を当ててウインクしてみせた。
彼女は普段ここで働いており、たまにこうして客のおつかいや配達をしているんだそう。
なんで尸解仙なのに看板娘などやっているんだ?と思うが。
彼女は大分前に仙界を追われ、師匠からも破門されたという。
それ以来行き場をなくしてフーロンに流れ着き、こうして住み着いたのである。
「よく言うでしょ?追放先でのんびりスローライフ」
「まぁ確かによく聞く……にしてもこんなに買っていいのか?俺持とうか」
「さっき貴人のおっさんが駄賃くれたからネ。金持ち助けると徳が積めるからいいヨ」
今現在ハオとガイウスたちは、先ほど財布を届けてくれたお礼にと。
貴人の男性から受け取った駄賃で食材の買い出しをしている。
財布から始まった奇縁は、そのまま「買い物代」に化けた。
ホアリン市場の活気は凄まじく、香辛料の匂い、揚げ物の音、屋台から響く客引きの声――すべてが旅人たちの胃袋を刺激する。
だが、それは食材を見るまではの話だった。
「……デカすぎねぇ?」
ガイウスが指差した水槽の中、
青黒い皮膚のカエルがバチィンッ!!と跳ねた。
子供の頭ほどもあるサイズ。
水しぶきがルッツの袖を濡らす。
「わーっ!?びちゃッてなった!びちゃッてなった!!」
「ヴィヌスがいたら失神してたな、これ」
ガイウスは乾いた笑いを漏らす。
あの女優肌の魔法剣士は“ネバネバ&カエル”が大の苦手である。
一方、屋台の点心売りにかけよったルッツは、目を輝かせていた。
「あのさ、肉入ってない饅頭ある?野菜だけのとか!」
「あるあるヨ~。ほら、これチンゲンサイと春雨。こっちはカボチャ!」
相手は魔族の店主だったが、やけにノリがよく、愛想もいい。
こういう“異種共生”が成立しているのが、フーロンの魅力でもある。
その横で、バルトロメオがハオにちょっかいをかけていた。
「ねぇハオちゃん、聞いたことあるよ?“フーロン人は椅子以外ならなんでも食べる”って」
冗談っぽく笑うが、目は真剣だ。
食文化に対する好奇心の塊である。
しかしハオは、まったく動じずこう返した。
「チャレンジは、だいじダヨ?」
「……こわっ!」
バルトは即後退した。
笑顔を保っていたが、声が裏返っていた。
誰かが買い込んだカエルの串焼き、
誰かが買った変な色のドリンク、
誰かが密かに「辛くなさそうな麺」を探していた。
ホアリン市場――そこは異国の文化と笑い声、そしてちょっとした覚悟が交差する場所だった。
買い出しが終わる頃には、全員なんとなく無言になっていた。
胃の中が燃えていたからだ。
「うん……美味しいんだけど……辛かったね……」
ルッツが小さく呻く。
「特に君の唐辛子直食いが原因なんだけどね、ガイ君」
「……反論できねぇ……」
そのとき、ハオがふと財布袋を覗き込んでつぶやいた。
「今日は唐辛子、特売日だったネ。だからまだ余裕あるヨ」
にっこりと笑って、街角の饅頭屋を指差す。
「せっかくだから其処で饅頭買おウ。あそこ、種類豊富で美味イヨ~?」
指差したその店は、奇しくも――
「あっ、さっき“肉入ってない饅頭ある?”って聞いたお店だ!」
ルッツがぱぁっと顔を明るくする。
店先の蒸籠から、もうもうと立ち上る白い湯気。
そしてそれを見つけた瞬間、店主がニヤリと笑った。
「お、やっぱり来たな」
言うが早いか、蒸籠の蓋が開けられる。
もわんと立ち上る香り――青梗菜と春雨、カボチャ餡、紅豆沙、黒ごま。
香りだけで、辛さが吹き飛ぶような温もりがそこにあった。
「ほら、コレ。野菜系はこっちダヨ」
ハオがルッツの背を軽く押す。
「遠慮しないで、辛味で疲れた舌には優しいヤツが一番」
ルッツは照れ笑いしながら、青梗菜饅頭を受け取る。
「……ありがと。なんか、今日は“胃袋の修行”だったけど…最後に救われた気分」
屋台の蒸籠から立ち昇る湯気は、まるで緩やかな結界のように周囲の喧騒を和らげていた。
唐辛子に焼かれた一行が手にするのは、それぞれの“癒やし”だ。
「なんか……糸入ってる!?」
ルッツが饅頭を割った瞬間、中からツルツルと光る春雨がのぞいた。
驚いた顔をするが、一口食べて目を見開く。
「……うん、やさしい味だ……これ、好きかも」
肉がなくてもいい。
野菜だけで作られた“手間”が分かる食べ物に触れると、彼女の中の“育ち”が見える気がした。
バルトロメオは奶黄包(所謂カスタードまん)
割ればふわりと、甘い香りが鼻をくすぐる。
「……お茶に合いそうだね」
そう呟いた彼の表情には、ほんの少しだけ“昔の顔”があった。
貴族時代――ドレスの母、銀のティーセット、日曜日の午後の紅茶。
そんな景色が、きっとこの甘さに滲んでいる。
「……ふふ、あまっ……でも、これでいいんだ」
戦いと逃避を重ねた少年の、微かな郷愁。
カスタードの滑らかさが、少しだけ彼をほぐしていた。
ガイウスは、タケノコ入りのシンプル肉まん
辛さで焼けた胃袋を休めるには、これしかないと選んだ肉まん。
中には、控えめに刻まれたタケノコがコリコリと歯応えを主張していた。
「……はふっ、ん。うん、これ、ちょうどいいわ……」
脂がくどすぎず、けれどもしっかりとした満足感。
過剰でもなく、控えめでもない――あくまで“生きるための一食”。
まるで今の彼自身のような、地に足の着いた選択だった。
そしてハオは、具なし饅頭(素まん)
「たまには、具無しも悪くないヨ」
そう言って、ふわりと蒸し立ての白饅頭を頬張る。
中には何も入っていない。
だからこそ、皮の甘みと水の質が試される一品。
尸解仙――仙界を捨て、人の世界で“日常”を生きる少女の選択。
中身がなくても、味わえるものがある。
いや、むしろ空っぽだからこそ、染みるものがあるのかもしれない。
「……ふふ、白いな~。ネ」
ハオは笑った。湯気の向こうで、少しだけ年上のような顔で。
誰の選択にも、ちょっとした“過去”と“これから”がにじんでいた。
それを、誰も言葉にはしない。
けれど、蒸気の中でふわりと漂って、どこか優しい午後の時間を満たしていた。
「……これ。あったけぇな」
誰に言うでもなく、空を見上げてつぶやいた。
辛さで汗を流したあとに感じる、静かな甘みと余韻。
それはまるで――
“まだこの旅にも、こんな日があるんだ”と教えてくれるようだった。
市場を抜けた裏路地の涼しい茶屋。
涼を求めてか、昼過ぎでもちらほらと客の姿があった。
そこでまんじゅうを頬張っていた一行の背後で、通りがかった中年の商人がそんな噂を口にした。
「麒麟様が出たらしいぞ、漣江の奥でな!」
興味を引かれたのか、ルッツが顔を上げて振り返る。
「麒麟……あの国境の砦に書いてあった、鹿みたいなやつだっけ?」
バルトロメオが頷く。
「そうさ。フーロンじゃ神様の使いだって伝えられてるんだ」
ガイウスが少し眉をひそめた。
「で、今この国のやつらは、何でその“麒麟”が出たって大騒ぎしてるんだ?」
するとハオが、お茶を啜りながら肩をすくめるように笑った。
「麒麟が出るのは、国が大きく動く時だって言われてるのヨ」
「それも、英雄が到来するとか、メデタイことの兆しってことになってるネ」
彼女は、冗談めかして続ける。
「そンで、今ホアリンに来てる冒険者が“赤い髪の若い剣士”ってウワサされてる……」
「…………英雄ねぇ」
ガイウスは苦笑した。
まるで自分のことを言われているかのように。
すると、通りすがりの商人の一人がガイウスの姿をふと見て、目を見開いた。
「おおっと……赤髪、若い剣士、しかも異国の服装……あんた、もしかして――」
ガイウスが「は?」ときょとんとした顔をした瞬間。
商人はさらに一歩近づき、じっと彼の顔をのぞき込んだ。
だが、ガイウスの瞳が光を受けて虹のように揺らめいたのを見た瞬間、その目がすっと曇る。
「……いや、違うか」
急に熱が冷めたように手を振って。
商人は「悪い悪い、ちょっと似てたもんでね」と笑い、去っていった。
その背を見送りながら、ルッツが小声でぼそり。
「なんで目の色で“違う”ってなるのさ?」
ハオが、湯呑を置きながら教えるように言った。
「こっちでは“虹”は縁起悪いのヨ」
ルッツが首をかしげる。
「でもさ、虹って綺麗じゃん? なんで“凶兆”になるのさ?」
ハオは湯呑を持ったまま、少しだけ遠い目をして答えた。
「虹はね、“天”と“地”をつなぐ橋なのヨ」
「本来、天は神様の世界。地は人間の世界。つながっちゃいけないの」
バルトロメオが軽く眉を上げた。
「……神と人がつながると、マズいってことか?」
「そう。どちらかが侵すって意味になっちゃうノ」
「大きな災いとか、戦とか、国が変わる前ぶれ……」
「虹が空にかかるのは、“境界が乱れる”時。フーロンではそう教わるネ」
ガイウスが自分の目をもう一度見下ろす。
虹色の揺らぎ。世界の端に立たされているような感覚。
「へぇ……俺、凶兆なんだな」
そう呟いた声は、やけに晴れやかだった。
「さて、そろそろ宿に戻るとしようぜ?」
「おう、明日になったらまた情報収集だな」
「そうだね、じゃあ僕はこれで失礼するよ」
「あら、もう帰っちゃうノ?」
「うん。ハオ、あんたの料理美味しかったよ!また食べにくるね」
そう言って3人とハオは一帯別れ。
ハオも必要な食材が揃いきったと確認し背負子を背負うと「娘々」へと戻る。
その道中で彼女は、ふと空を見上げる。
空には月が浮かんでおり、何か言い知れぬ予感をハオに感じさせた。
(麒麟が現れた。サテ救国の英雄の到来か、滅びの予兆か……)
きらびやかなフーロンの景色に潜むもの、ハオの瞳はうわべの美しさでなくもっと。
奥底を見通すような鋭さを秘めているのであった。