—宿場街「ホアリン」
目の前に目の前に広がる光景を見て一同は思わず息を呑む、そこはまさしく異国だった。
あちこちにある龍の像が目立つ。そして至る所に芙蓉の花が咲き誇っていた。
そして所々に不思議な建物が見えた、それは城というより塔に近い外観をしている。
天辺付近には大きな鐘があり、そこに描かれた絵は何を表しているのだろうか?
何か生き物にも見えるがよくわからない、とにかく不思議な形をした建造物が並んでいる。
そして人々の衣装もアルキード王国のものともデリンクォーラ帝国のものとも大きく違っていた。
石橋を渡りきった瞬間、ルッツが足を止めた。
「ねぇ……パンダいる?」
橋の欄干に、白黒の丸い石像。
市場の屋台に、白黒の饅頭。
そしてその奥、竹林の影でのそりと動く影。
「あぁ、大熊猫(ダシュンマオ)だね」
すれ違った地元の青年が、こともなげに言う。
「不思議だよね。他国の人間は大熊猫(ダシュンマオ)を見るために並ぶそうだよ」
隣の女がくすりと笑った。
「ホアリンじゃ、大熊猫(ダシュンマオ)はどこにでもいるのにねぇ」
その言葉通りだった。
竹林の奥で背中を揺らす本物、茶屋の暖簾に刺繍された白黒丸。
橋の中央には陰陽紋、白と黒が混ざる街。
大熊猫の配色は、思想そのものだ。
ルッツは竹林の方を指差す。
「うわ、マジでいる!あれ本物!?」
もさり、と熊猫が座り込み、竹を齧る。
誰も驚かない、誰も騒がない。
この国では“どこにでもいる”獣だ。
珍獣ではなく、象徴でもない、生活にある情景、それがホアリンだ。
ガイウスは、もう一度橋の陰陽紋を見る。
(……俺は、どっちだ?)
虹は混ざらない、虹は屈折だ。
この街で、その目は何を映すのか?竹の葉がさらさらと揺れた。
大熊猫は、ただ竹を噛み続けている。
白と黒のままで。
石橋を渡り、ホアリンの街道へ。
赤瓦、白壁、芙蓉の花びらがひらひら舞う。
「パンダいるじゃん!あたしずっと見たかったんだけど!!もう少し竹林の方いかない?」
ルッツがぐいっとガイウスの袖を引く。
「今は進め!」
「えー!だってあれ本物だよ!?ほらあの白黒のやつ!もふもふじゃん!」
竹をむしゃむしゃ食う大熊猫(ダシュンマオ)。
「ホアリンじゃどこにでもいる」なんて言われても、ルッツにとっては初遭遇だ。
「ガイウス君。僕フーロン扇って興味あるんだけど……」
今度はバルトロメオが横から、屋台に並ぶ白黒模様の扇子。
陰陽紋入りで、骨組みが細かくて美しい。
「ちょっと一本見てきてもいい?」
「今は進め!!」
ガイウス、声がひときわ大きい。
「おい!よそ見するなお前ら!俺だって……」
言いよどみに、ルッツとバルトロメオが同時に振り返る。
視線の先には竹林。もさり、と転がる白黒。
「……いや、なんでもない」
「え、今“俺だって”って言ったよね?」
「ガイ君、見たいんでしょ?」
「見たくねぇ!!」
三人はぎゃーぎゃー言い合いながら進む、観光客丸出し。
そしてその直後。
「――あら、ごきげんよう♪」
チャイナネプ様、登場。
さっきまで熊猫に騒いでいた勇者PTは、一瞬で真顔になった。
「ネプトゥヌス、なんでここに!?」
「観光!?」
「ええそうですわ、お花も景色も素敵で……って、そんなわけありませんでしょ!」
思わずノリツッコミしてしまうネプトゥヌス、ちょっと恥ずかしいのか頬が赤い。
気を取り直し咳払いをすると話を続ける、このフーロンは魔族への忌避意識が薄い。
ここを根城に魔王の再臨を企んでいるというわけで、ネプトゥヌスは腕組みし笑いかける。
「ガイウス、残念ですわね。他国なら魔族と言いがかり斬り付けられましたが、ここはフーロン。
この通り魔族がいても誰も気にも留めませんのよ~♪オホホホホ」
「ぐぐぐぐぐ…」
「やっぱ観光じゃない」
「うん、絶賛満喫中だね」
「も~!!シリアスな空気にしたいんですよ!もう!ほんとにもう!まったくぅ~!」
ネプトゥヌスはプンスカ怒りながら去っていき。
ガイウスは彼女が去った後もしばらく歯噛みをしていた。
今回はユピテルのようにはいかない、魔族だからという理由で斬りかかれば。
処罰されるのは自分たちの方なのだ。
ガイウスは顔を引きつらせる、だがまだ諦めてはいない。
むしろ逆境を楽しむように笑っている。そんな様子を見てルッツは心配そうに声をかけた。
「大丈夫なの?キズ野郎」
「ハッ、俺を誰だと思ってるんだ?どんな状況だろうが乗り越えてみせるぜ!」
「よし。こうなったらもうトコトン付き合っちゃうもんね!
……とりあえず、ごはん食べよう。本場のフーロン料理ってちょっと気になるし」
3人はネプトゥヌス討伐が困難と判断し。
道中で情報収集を行い、ここがどういう国なのかを把握しておくことにする。
まずはこの街についてだ、ここはかつてフーロンの街の1つ。
かつては山に囲まれた閉鎖的な場所であったが現在は開放的になっているそうだ。
特に目立つ建物はやはりあの塔だろう、あれは仙人たちの修行場。
あの塔で俗世との煩悩を絶ち、仙術の修行に励むのだという。
他にもこの近辺には温泉が多く湧いていて湯治客も多いらしい。
また、この付近には多くの種類の薬草が生えており薬屋や調合師が多いのだとか。
そしてもう1つ大事なのが、これから昼食を食べるお店を探すことだ。
「向かいのバイフーはダメだネ。あそこは足元見るうえ辛味がキツイ、腹壊すぜ」
「旅人さんたちフーロン初めてネ?娘々がいいよ、食べやすいし安い。あと麺類がウマイ!」
「うんうん、あそこ色々美味しいのあるしネ!オススメだよー」
聞いてみると、なんと10人のうち7人が声を揃え「娘々がいい」と言う。
ならもうその店に行くしかないだろう、一同は急ぎ足で向かうのだった。
「ここかぁ」
辿り着いたのは中華食堂「娘々」という看板が目印の建物だ。
少しレトロなデザインでそれなりに大きいが古めかしくはない。
それでいてどこか親しみやすさを感じさせる建物だった。
「オヤ欢迎(いらっしゃい)。3人?」
「お姉さん、すごい訛ってるね。聞き取れなかったけどさっきなんて言ったの?」
「よく言われるヨ~。ハオすっごいフーロン訛りが酷いらしいネ。でも料理は美味しいから安心してネ」
「そっかぁ、じゃあとりあえず席いいかな?」
「いいヨ~、好きなとこ座ってナ!」
店主ハオは意外にも小柄な……PTで一番背が低いルッツよりさらに小さい女の子だった。
フーロンの人は成人でもそこまで大きくならない。
成人の人族は身長が175cmくらいであるのに対し、フーロン人は165cmもあれば高い方なのである。
「ロディ連れてきたかったな。あいつ背低いの気にしてやがるんだ」
「へぇ。ガイ君の弟ってさんざんいいやつて聞いたけど、そんな気にするんだ」
「ああ、だから俺よりでかくなりたいってよ」
「あはは!確かにガイ君は大きいよね~。でもロディもきっと大きくなるよ!」
「だといいけどなぁ」
3人が席に着くと店主はお冷を持ってきてくれる。
そしてメニューをテーブルに置くと、にっこり笑って説明を始めた。
「オーダーのときハオ呼んでネ。あとエルフ向けに肉抜きも出来るヨ」
「大丈夫。あたし魚ならいけるの。魚の料理って何かある?」
「辛いのは平気?乾焼蝦仁(※エビのチリソース煮)とかどうヨ」
「おいしそう!あたしそれ!」
「じゃ俺この辣子鶏てのがいい、デカデカと書くあたり得意料理なのか?」
「2番目くらいに得意だネ。1番は麻婆豆腐」
「麻婆豆腐か、いいね。じゃあ僕は麻婆豆腐」
注文が決まったところでハオが厨房へ引っ込むと、ルッツは店内を見回す。
内装も異国と言うか、壁には幾何学模様の書かれた布が掛けられ。
花も飾られており、アルキード王国との違いを感じさせるものだった。
自分たちは観光旅行しているわけではない、そう自分に言い聞かせる。
店内に漂う芙蓉の香りは入り過ぎた気合を程よく抜いてくれた。
「ねぇキズ野郎。六将って六人いるよね?」
「六人いなかったら逆に詐欺だろ。帝国で俺たちが倒したユピテル。
さっき出会ったネプトゥヌスのほかにあと4人いる」
「そっか。このフーロンにも来てるのかな?」
「どうなんだろうな……でも油断は禁物だ、もう目の前に敵がいてもおかしくねぇ」
「……うん」
しばらくすると料理が運ばれてきてガイウスは覗き込む、これが辣子鶏?
皿を埋め尽くす量のトウガラシと山椒の山。そして肉。
注文した以上は食べるしかないと恐る恐るトウガラシを直で齧るが。
「かっれぇええええ!?」
「トウガラシなんだから当然でしょ!」
「水……水くれ、頼む!」
ガイウスが唐辛子をかじって机に突っ伏し。
顔を真っ赤にして水を求める姿に、店内の空気がざわっと揺れた。
「……おい、見ろよ。今日もまた辣子鶏で死ぬ冒険者が出たぞ」
「はは、観光客あるあるだな。辛味を具材と勘違いして口に入れるなんて」
「毎月のように見るけど、あれ本当に地獄だぞ……」
常連らしい地元の男たちは酒を傾けながら苦笑いし、誰も助けようとはしない。
逆に楽しむかのように眺め、まるで「新しい客がフーロンの洗礼を受けている」とでも言いたげだった。
その視線を浴びながら、ガイウスはさらに悔しさを募らせる。
(くそッ……!唐辛子に負けてたまるか……!)
ぜんぶ食い切ってやる、と箸を取った向こうに。あの能天気な声がする。
「あ~言い忘れた、辣子鶏の唐辛子は食べないんだヨ!
スパイスだからネ!全部食べると舌がマヒしちゃう!」
「先に言えやぁ!?」
慌ててルッツが水を持ってきてくれて事なきを得た。
ハオに言われるまま唐辛子をどけ肉だけ食べてみると、先ほどの舌を焼く辛味が消えた。
辛くはあるが十分食える、むしろ旨いくらいだ。
「あんたって辛い物ダメだったのね」
「トウガラシ直食いして平気なのは鬼くらいだよ……乾焼蝦仁そんなに旨いのか?ルッツ」
「……うまい」
ルッツはというと、乾焼蝦仁をほぼ平らげていた。
直食いした辣子鶏の辛味を洗い流すように。
水をがぶ飲みするガイウスに、ハオがケラケラ笑いながら説明する。
「アレは“火龍唐辛子”。辛いけど、加熱すると赤が綺麗になるから彩に使うノ」
「……この国の味覚どうなってんだよ……!」
ガイウスは机に突っ伏したまま呻き、ルッツとバルトロメオは顔を見合わせた。
「ねぇ、このエビチリに入ってる赤いツブツブ。これも火龍なんとか?」
ルッツが皿をつつきながら尋ねる。
「そ。乾焼蝦仁の赤いのも火龍唐辛子ヨ。
エビの旨味と合うから、そんな辛くはないヨ」
ハオは悪びれもなくにっこり答える。
「……つまり」
バルトロメオが呟いた。
「フーロン基準では、これでマイルド……」
沈黙。
次の瞬間、ガイウスとルッツの顔に同じ感情が浮かんだ。
「――こわッ!!」
「じゃ僕も辣子鶏少し貰うね……辛ッ!でもおいしいね、これ!」
「でしょ?辛いけど美味しい、それが辣子鶏!あ、スープはこっち。豚骨と鳥ガラのスープがオススメ」
バルトロメオの碗にスープを注ぎつつハオが言う。
食べ終えてみると案外量があったようだ、しばらくトウガラシ地獄だった気がする。
だが辛味で麻痺した舌を労わるように飲む豚骨と鳥ガラの優しい味わいが染みる。
現地の人が声を揃え推す理由がわかった。