シェンタオ・ 居酒屋「好好」
「いいの?こんなにたくさん」
「俺と師匠が出します。いっぱい食べてください」
ガイウスたちはちょうど夕方ということで。
ハオが女将さんと顔なじみという居酒屋で夕食をご馳走になっていた。
店内はレトロな昔ながらの居酒屋といった雰囲気で、客は自分たちを除けば数人程度だ。
女将さんは人当たりの良さそうな笑顔で料理を次々に運んでくる。
「あたしこのエビ」
「ルッツ、そんなに初日で食った乾焼蝦仁がうまかったの?」
「美味しいよ、バルも食べなよ」
「じゃあ……僕も乾焼蝦仁と、この焼き鳥を」
「あいよー!」
女将は注文を受けると忙しなく厨房に入っていく。
そしてハオがエビの丸揚げを食べつつ言った。
「……で、あんさん。マルスのことだけど」
やっぱり来たか、ガイウスは水を飲みながら思う。
ハオは何か言いたげではあるが、エビの丸揚げを咀嚼しながら言葉を紡ごうとしている。
「うん?」
「マルスは……もう寛寧様じゃないネ」
「……」
ハオはそれだけ言うとまたエビにかじりつく。
バルトロメオも何か言いたげにしていたが、結局何も言えずに焼き鳥を頬張った。
-寛寧ではない。
その一言で充分だ。
「……あいつとはお互い因縁があるみてぇだな、ハオ」
「じゃちょっとでいいから話してヨ、勇者の時の話」
「勇者の時?あー簡単に言えば……すごい猫かぶりだったな」
ガイウスは女将さんから注文した回鍋肉を受け取りながら答える。
ハオもエビの丸揚げを食べつつ言った。
「猫かぶり?」
「ああ、虹色の目でビビられないよう勇者らしくしなきゃって言われて。優男の仮面を被らされてな」
祭りのざわめきが石畳を揺らしていた。
紙吹雪が舞い、鐘の音が響く。
“勇者様だ!”という歓声に、ガイウスは満面の笑みを返す。
光の中に立ち。
黄金に照らされるその笑顔は、誰が見ても英雄のものだった。
――ただし、サタヌスを除けば。
彼は腕を組み、隣の男を横目で睨む。
見慣れた表情。
その笑みは勇者のものじゃない。
むしろ、悪魔が気まぐれに人をあやす時の顔に見える。
「また調子こいてんじゃねぇの、勇者サマ」
「……ハハ、舞台に立つ役者が笑わねぇでどうすんだよ」
軽口の応酬。
けれど、サタヌスの目に映る“ガイウスの笑顔”は冷たい。
祝祭の歓声が高まるほど、その笑みはどこか歪んで見えた。
――あれは、心からの笑顔ではない。
彼が“本気で笑う”とき、それはもっと獰猛で、美しく、そして恐ろしい。
この頃の誰も知らなかった。
この“嘘吐き勇者”が、いずれ人々の期待を焼き尽くす日が来ることを。
サタヌスだけが知っていた。
本気で笑った時のガイウスは、誰よりも美しく、誰よりも恐ろしかった。
ふとバルトロメオが思い出したように顔を上げる。
「つまりさ――ネプトゥヌスが“クリーニング堕ち”(だいたいあってる)したって聞いた時の、あの笑顔が“素”だったってこと?」
その瞬間、ガイウスの手が止まった。
ルッツが追撃するように首を傾げる。
「ていうかさ、勇者やってた頃さー……“笑顔怖い”って言われなかったの?」
「お前ほんと遠慮ねぇな!?」
さすがに耐えかねたガイウスが声を張り上げる。
「言われないように努力してたんだよ!!!」
「いいじゃねぇか、営業スマイルぐらい……」
そう言って、ふてくされたようにメニューを見つめる。
その横顔には、ほんの少しだけ照れが混じっていた。
――結局のところ、この男は“勇者スマイル”すら自分で設計したらしい。
「でも結局その仮面は、マルスに剥がされちゃったんだよね?」
ハオのその言葉にガイウスは頷く。
そう、俺が猫かぶりを止めたのはあいつと対峙したからだ。
「私は人の顔など覚えん。勇者なら尚更だ」
「何故?」
「覚える必要がないからだ。顔を覚えると言うことは、その顔に恐れをなした時だ」
その凛とした声も、真っ直ぐ俺を見つめる瞳も。
「だがお前は違うようだ、勇者よ」
マルスは人の顔を覚えないことで有名で。
同じ六将同士ですら顔でなく声や名前で覚えているくらいだ。
だが俺は違った。
あの日見たのは、炎に煌めく瞳と顔を掴み上げ近づけてきたさい見えた。
自分とちょうど左右逆の位置に付いた泣きぼくろ。
何故か鏡に写った自分みたいだと思った直後-顔を焼かれる痛みに意識がシャットアウトした。
「あの時から、俺はマルスに……」
「惚れちゃったの?」
「わからねぇ。だが1つ言えるのは」
アイツは俺の獲物だ、そう告げる顔は牙を研ぐ獣のように獰猛で。そして何処か哀しそうだった。
マルスだけは己の手で討ちたい、しかしあの男の命は恐らくあと数月も待たずして散るだろう。
だからこそ、何が何がなんでもマルスの所在を突き止めなければいけない。
そして必ずマルスを仕留める、たとえ俺が死ぬことになってもだ!
「しかし参ったな」
バルトロメオの一言にガイウスが首を傾げると、ハオも焼き鳥を食べながら言う。
「だってさ…… マルスって魔将だろ。
ガイ君がユピテルと戦ったとき何も出来なかったよね僕達、雑魚だって」
「バル……」
ユピテルに雷を避けきれなかったことを「雑魚」と馬鹿にされたことをバルトロメオは根に持っており。
言った直後に「ハッ」とわざとらしく笑う。
「あのなあ……」
「確かに寛寧様めっちゃめちゃ強くなってたネ、オーラでわかるヨ。ありゃ強い」
ガイウスが呆れているとハオも同調する。
確かに、全員相手取るには今の戦力では厳しい。
しかし……。
「じゃあハオとシャオヘイが大龍祭まで稽古つけようカ?」
「ぶふっ!?お、俺もですか師匠!」
「教える立場になれば仙道も多少はわかるようになるヨ。それに、シャオヘイもそろそろ基礎は出来てるしネ」
「で……でも俺槍とか使った事ないですよ!」
「大丈夫!ハオが教えるからネ」
ハオとシャオヘイの師弟関係に微笑ましくなりつつ、ガイウスはふとバルトロメオを見た。
「?何さ?」
「バル。あんな王様気取りが言うこと気にすんな。ユピテルは討った、それで十分だろ?」
「!」
「ハオ。稽古の件だが頼む、今のアイツは焦ってる。加減なんてものがない」
アイツだけは俺が仕留める。そう改めて告げるガイウスの瞳は赤く染まっていた。
万華鏡のよう目くるめく虹瞳。喜べば黄色、哀しめば青、嫉妬すれば緑、そして赤は。
怒りの証だ、ああ……こいつは本気だ
バルトロメオはその瞬間、背筋が凍るのを感じた。
-この勇者が本気で怒ったら、僕はきっと死ぬ。でもそれでいい、それがいい!
「うん!じゃあ明日から稽古しようネ」
ハオは嬉しそうに頷くと、シャオヘイに「頑張ろうね」と笑いかけるのだった。
「さてと、そろそろお勘定だよ」
「お値段は……あれ?こんな安いの」
「サービスよ。私のお店、貴方達が消火しなかったら燃えちゃってたもの。そのお礼よ」
「ありがとうございます!女将さん、また来ますね!」
「ええ、いつでもいらっしゃいな」
-こんなにいい人達が住む街を焼いたのか……あのマルスは。
ルッツやバルトロメオは改めて、1年前のガイウスが戦っていた存在の凶悪さと。
自分が今いる場所の平和さを噛み締めるのだった。
宿に向かう途中の道は提灯の暖かい光に優しく照らされている。
「バル、さっき言いそびれちまったが。六将に敵わないことを気にすることはないぜ」
「うん……マルスってのもきっと化け物だろうなぁて」
「ガイウスさんから聞きました。六将は胸の核で疑似的に神族に近付けてあると」
「自分を神様と勘違いしてる馬鹿どもだ、魔将殺しは神殺し。勇者しか出来ん」
「神殺し……」
「そう、だから俺は六将を必ず仕留める。それが勇者の使命だ」
空には月が浮かび、ふっと目をやった向こうはちょうど建物の間が開けて海が見えていた。
海の彼方の故郷-アルキード王国。
国外追放された今は海を見たとき時折思い出す程度だが、それでも故郷は故郷だ。
「さて、明日から稽古だな」
「はい!」
「うん、シャオヘイの稽古に付き合うよ」
「よろしくお願いします!」
月夜を歩きながら笑い合う。
その後ろ姿を宿の女将が微笑ましそうに見送っていた。