「全員揃ったね。それじゃあ確認していくよ」
それから3日ほど経ち、フーロンでの情報収集も捗ったようで。
宿の一室に集まり作戦会議を始める。まずガイウスが調査した結果を報告する。
「 先ず、この国の統治者は皇(すめらぎ)って人!帝国の皇帝とはちょっと違うんだ」
「具体的には?」
「先ず元老院がない、皇自体が絶大な発言権を持つ。そして本名を名乗らない」
「なんか御子様みたい」
「そうだね。皇は神の代理人なんだってさ。
今代の皇様はよく言えば武人と言うか……ちょっと血の気が多いそうでね」
フーロンが1年前魔王軍の襲撃を防いだのも単に彼の手腕にあるが。
当代の皇-天狐皇は少々血の気が多いらしい。
皇にありながら剣の達人で、抜剣して大暴れするのだとか。
「おっかね〜。でもそんな怖い人だから魔王軍も手出ししなかったのかもね」
「それはありそうだ。みんな言ってたよ、天狐様には感謝してるけどちょっとおっかないって」
皇様について把握した次はハオのこと、仙界についてである。
彼女の師は寛寧(かんねい)という男であり。
寛寧はたった一人の門下生としてハオを可愛がっていたそうだ。
だがある日-寛寧の庭のモモを盗み食いし破門されたという。
よほど食い物の恨みが根深かったのか?と思ってガイウスはいや待て。と肉まんを頬張る。
-寛寧。
初めて聞く名前なのにガイウスは妙な既視感に襲われていた。
どこか引っかかる、しかし思い出せないのだ。
この話と何か関係があるのだろうか?気にはなるが今は保留しておこう。
「最後に魚女のネプトゥヌスだけど……アイツは首都パーダオで洗濯屋やってる」
「ックックック……天下の六将が洗濯屋か?落ちぶれたな」
「ガイウス君が悪魔みたいな笑い方してる……」
バルトロメオとルッツが引く位ガイウスの目元は邪悪に歪んでおり、口元は三日月状に裂けていた。
そう、この笑い方が完全な素なのだ。
勇者として浮かべる爽やかな笑顔は彼なりに「勇者らしさ」を突き詰め生まれた仮面。
仮面を脱ぐ程心を許した証拠でもある。
素の彼は義弟ロディも言ってるが陰険で邪悪で。そして何より……。
「アイツ、俺が魔王を討ったって逆恨みしてんだ」
「……え?そうなの?」
「ああ、お高くとまって見下してよ。それが落ちぶれてんだぞ。ざまあみろ」
そうなのだ、彼は勇者の使命うんぬんに関係なく六将が嫌いだった。
そのネプトゥヌスが洗濯屋とは……これはいい気味だとほくそ笑む。
「当面目標もねーしパーダオに行ってネプトゥヌスでもおちょくってやっかぁ〜」
「キズ野郎何!キャラ変わった!?」
「いや僕もわかるぞ。素を出せるくらい気を許した相手にはいい顔したくなるよな、わかるぞ」
「いや……別にそんなんじゃあ。ただアイツのあの高慢ちきな顔が気に食わねぇだけだし……」
「はいはいツンデレ。じゃパーダオでネプトゥヌスに嫌がらせしよう!」
3人はネプトゥヌスに嫌がらせする、という何とも最低な目的を胸に抱き。
フーロンの首都パーダオへと向かう。
そして3人が旅立った頃-奇しくもハオも、パーダオへ向かう途中にある山。
朱雀山で修行する仙人見習いへ出前を持っていくため、籠を背負って歩いていた。
——
朱雀山へ続く山道は、秋の終わりの乾いた匂いに満ちていた。赤い葉が石段に貼りつき、風が吹くたびにかさりと鳴る。遠くでは、山全体が燃えているような朱雀山が、夕の光を呑み込んで黙っていた。
その山道の途中に、男は立っていた。
黒に近い深い色の衣の裾が、風に合わせて静かに揺れる。
燃えるような紅葉の中にあってなお、彼だけが妙に温度を持っていないように見えた。
ガイウスは足を止め、息が浅くなる。
目の前の赤髪と角を、見間違えるはずがなかった。
マルスがこちらを見た。
何か感情を乗せるでもなく、ただ確認するように。
「深月城以来だな、ガイウス」
低い声が、山道の空気に静かに沈む。
「相変わらず目が曇っておるな。おぬし」
その一言で、ガイウスの中の何かが一気に煮え立った。
理屈より先に、怒りが前に出る。
「うるせぇ!! やっぱりいたか!」
喉が裂けそうな怒鳴り声が、紅葉を震わせる。
マルスはまばたきひとつしない。
「……怒りでユピテルを倒してきたようなものか」
その言葉は断定ではなく、観察だった。
だから余計に腹が立つ。
「長続きせんな。大童になるぞ」
ガイウスの奥歯が鳴る。
その言葉の意味を、フーロンに来てから何度か聞かされた。
力だけ大きく、悟りを持たない者。最大級の侮辱。
だからこそ、胸の深いところを直接蹴られたみたいに痛い。
「復讐で戦って何が悪い!?もうお前らの筆頭はぶった切ったぞ!」
ガイウスは剣に手をかける。
だがマルスは、そこで初めてほんの少しだけ目を細めた。
「……私は鬼としては非力だ」
静かだ、嘘をついている声じゃない。
本気でそう言っている声だった。
ガイウスの額に青筋が浮く。
目の前の男は、炎の六将。怪力と獄炎で知られた化け物だ。
それが何を言うと怒鳴り返しかけた、その瞬間。
「だから。殴りかかるまでもない」
その言葉と同時に、ガイウスは踏み込んでいた。
考えるより先に身体が動いていた。
怒りにまかせ、斬り込む。速さには自信がある。
間合いも、踏み込みの深さも、狂いはないはずだった。
剣が届く、その手前。
本当にわずか、ほんの指一本分にも満たない距離で、マルスの身体が“そこから外れた”。
避けたようには見えない。
跳んでもいない。流れたというには静かすぎる。
ただ、こちらの刃の通るべき線の上に、もういなかった。
「なっ……」
剣の軌道が、ぐにゃりと逸れる。
自分の腕なのに、自分の腕じゃないみたいに角度が変わる。
肩が開く。脇が浮く。腰が一瞬遅れる。
その一連を理解するより早く、マルスのもう片方の手が、ガイウスの胸元へと来ていた。
叩かれたわけじゃない、押されたのでもない。
掌が、ただそこに置かれたように見えた。
その瞬間、呼吸が止まる。
「っ、ぁ……!?」
肺が、吸い方を忘れる。
足裏の感覚が消え、膝が自分のものでなくなる。
立っているための筋肉が、全部一斉に“休んでいい”と言われたみたいに緩んだ。
どさり、と膝をついた。
紅葉が目の前にある。
一枚、二枚、石段に貼りついたまま、どうでもいいくらい鮮やかだ。
何が起きたのか、本当に分からなかった。
炎は出ていない、爆ぜてもいない、殴られてもいない。
それなのに、終わっていた。
頭上で、マルスが見下ろしている気配がする。
声だけが落ちてくる。
「怒りは速い。だが、速いだけだ」
ガイウスは歯を食いしばる。
返したい。睨み返したい。
だが、身体が言うことを聞かない。指先ひとつ、まともに動かない。
「……おぬしの剣は強い。ユピテルを断ったのも事実だろう」
マルスの声は、褒めても貶してもいなかった。
ただ事実を並べる。
「だが、おぬしは今、自分の怒りに斬られておる」
その一言が、肉体より深いところに入る。
ガイウスの喉がひくつく、言い返したい。
けれど、それさえ出てこない。
悔しさと屈辱で、視界の端が熱くなる。
ガイウスはやっと少しだけ息を吸えた。
喉がひゅ、と情けない音を立てる。
「……っ、ふざ、けるな……」
やっと絞り出した声に、マルスは首を振る。
「ふざけてはおらん」
そしてほんのわずか、口元に影のようなものが差す。
笑みですらない、ただの理解。
「おぬしは剣で立つ男だ。だから剣でしか勝てぬと思っておる」
紅葉がまた一枚、ガイウスの前に落ちる。
「その思い込みを折るには、炎などいらぬ」
完全な敗北だった、技の差。力の差。
いや、それよりも前の、見ている世界そのものの差。
ガイウスは地面を睨んだまま、拳を握る。
指先が震える。悔しさで、情けなさで、どうしようもなく惨めで。
その頭上で、マルスが静かに離れていく。
「怒りを捨てろ、とは言わぬ」
背を向けたまま。
朱雀山の赤が、その背中をのみ込んでいく。
山と同じ色の中に、男は輪郭を溶かしていく。
「……次に会う時までに、少しは目を澄ませて来い。ガイウス」
残ったのは、紅葉の匂いと、動けるようになったばかりの身体の重さだけだった。
「大丈夫!?立てる?」
「あぁ……立て、る」
「どうしたの?なんかで?」
「な、んでもねぇよ……」
ガイウスはしばらくその場から立てなかった。
炎ひとつ使われなかった事実が、斬られるより深く刺さっていた。
ガイウスたちは朱雀山の麓にある、小さな茶屋で足を止めていた。
赤い。――ただただ、赤い。山肌全体が紅に染まり、空の青と激しく対比していた。
「……なんだこれ」
ルッツが思わず口を開く。
「火事かってくらい真っ赤なんだけど……」
麓の茶屋から見上げる山は、まさに“燃えるような赤”だった。
風が吹けば木々がざわめき、光を受けて山全体が揺らめくように見える。
「綺麗だね……燃えてるみたいだ」
バルトロメオが思わずつぶやく。
その横で、隣席にいた中年の旅人が茶碗を置いて頷いた。
「この時期の朱雀山(スーツェーシャン)は、大陸で一番美しいよ」
「“赤き山(ホンシャン)”とも呼ばれててね、紅葉見物にはうってつけさ」
ルッツが身を乗り出して問う。
「へぇ、じゃあそのまま登ったりとかも?」
旅人は少し笑って、首を振る。
「いや、見るだけだよ。登るとなると……あれはヘタな高山よりよっぽど危ない。
道は無いし、足場は悪いし、途中で引き返せなくなる者も多い」
そう言いながら、遠くを見つめる目には、少し憧れと畏れが混じっていた。
「……だから、見るだけさ」
バルトロメオはちらりとガイウスを見る。
そして、視線を戻し、もう一度、燃えるような朱の山を見上げた。
その時、風に揺れる木立の向こうから、一人の小柄な人物が姿を現した。
亜麻色の髪を背で揺らし、背負った荷籠に薬草やら道具やらを詰めた姿。
――ハオだった。
「アイヤ〜、時間ギリギリになっちゃったネ。もうすぐ日が傾くのに」
女将が声をかける。
「ハオ、また山に入るのかい? 一人で?」
「今日は軽い修行ネ。山頂までは行かないつもり」
ルッツが驚いたように振り返る。
「え、今から登るの!?」
「フツーよ」ハオは小さく笑う。
「ここらじゃ、夜明けに登って夜に降りるのが一番安全だからネ」
ガイウスは思わず呟いた。
「……ほんとに、フーロンの奴らはタフだな」
「でさ、ハオはなんで登山するつもりなの?
「見習い仙人にメシ持ってくのヨ。ハオは仙女だから食欲消せるけど修行中は腹減るからネ」
「仙人……餅は餅屋、僕達も手伝うよ」
「そう?助かるワ、朱雀山は歩き辛くテネ」
「うん、任せて!」
こうして3人は朱雀山で修行中の仙人見習いの元へと出前を届けにいくのだった。
朱雀山上空は歓迎するような青空が広がっていた。
—-フーロン首都「パーダオ」
一方その頃フーロンの首都パーダオでは。
「メイレンユエちゃん、お食事だよ。本日は肉団子スープ」
「……ん」
ネプトゥヌスは宿の一室で寝転がっていた。
彼女はこの生活が不満だった、確かに仕事は楽だ。
なにせ魔王軍一の水魔法の名手、今じゃどんな汚れも落とすクリーニング屋として有名だ。
だがしかし!それは彼女の求める生活ではない!彼女はもっと高みに上りたいのだ。
「おのれマルス!適材適所とかほざいてわたくしにこんな泥臭い仕事押し付けて!」
同じ六将、なのに何故こうも差がついた。
魔王軍最高幹部の身が今や洗濯係となり、美人魚(※人魚の意)とまで呼ばれる始末。
正直メイレンユエと言われて満更でもなかったが、それでも落ちぶれ過ぎと言うものだ。
そして今は一通り仕事を終え、大家さんと食事中である。
「メイレンユエちゃん。貴女のウデを見込んで皇宮の人もお洗濯頼みたいそうよ」
「まあ、良いのでしょうか?ほかにも高級なお店はありますのに」
「天狐様のお召し物ってとっても複雑なの。
だから皇宮の人、貴女にお願いしたいって」
「そうですか……そこまで仰るならお受けしますわ!」
こうしてネプトゥヌスは皇宮内で洗濯係をすることとなった。
この仕事もなかなか悪くないと彼女は思う。
そして何より-あの憎っくきマルスに復讐できる!これは願ってもないチャンスだ。
「見ておりなさいマルス。かのシンデレラも召使いから成り上がったというわ!
わたくしもあなたに復讐し、魔将の誇りを取り戻してみせます!」