フーロン編-瑞兆の麒麟、凶星の虹 - 3/5

幼き頃から、シェンタオはフーロン屈指の桃園と謳われていた。
そんなシェンタオにハオは生まれた、幼い頃から桃園が遊び場だった。
ハオは落ちたばかりのまだ腐っていない桃を食べながら、桃園でよく他の子供と遊んでいた。
フーロンには魔族の子も多い、当然鬼の子もいたが。
ハオより少し上ぐらいの鬼っ子は他の鬼族よりツノが少し小さく揶揄われていた。
「寛寧のやつ、年長のくせにツノが短いんだ。鬼なのに大人しくて全然暴れないからってさ」
「寛寧ていうんダ、あの男の子」
「ん」
寛寧は遠くからでもわかった、桃の花の中でも見つけてくれと言うように揺れる赤い髪。
赤い目、そして他の鬼っ子たちは側頭部からツノが生えているのに対し寛寧はおでこから生えている。

「貴方が寛寧ネ。私ハオ、妖狐」
「妖狐?」
「仙狐になるの目指して、いつも仙桃食べてるのヨ」
「そうなんだ、仙狐ってすごいね!」
「ん。寛寧は?」
「僕は寛寧。鬼族で……その、ツノが小さいんだ」
寛寧は角をまだまだ小さな角を撫でながらはにかむ。
その笑顔がとても可愛らしくてハオは胸を締め付けられた。
「寛寧、私と一緒に桃園で遊ばない?」
「……うん!いいよ!」
寛寧は角が短くて孤立していた。というのは本当なようで。
他の鬼っ子たちは角が長いからと、彼をよく揶揄っては泣かせていた。
「寛寧、大丈夫?」
「うん……平気だよ」
ハオは寛寧を慰めながら桃園で遊ぶ。そして日が暮れると2人は手を繋ぎ帰路につくのだ。
その日々が続くこと10年ほどだろうか?
ある日、桃園に歴史を研究しているという男が訪ねてきた。

「歴史について知るのはここがよいと聞きまして。お嬢さん、おうちに巻物等はございますか?」
「歴史って何ヨ」
「そうですね。とても……とても長く壮大な物語と言いましょうか。お嬢さんのお名前は?」
「ハオ」
「私は趙然(ちょうぜん)と申します、以後お見知りおきを」
男は自らを趙然と名乗った。彼はフーロン歴の研究者であり、学者でもあった。
そしてハオと寛寧はそこで「歴史」というものを学んだ。
今自分たちが生きているのは歴と言う、人類が歩んできた壮大な物語の一部にすぎないということ。
「私はフーロン歴を記し、後世の者に伝え広めるのが夢なのです」
「……ねえハオ、僕もっと知りたいな」
「うん……私もヨ!趙然様、お願いです!」
「何でしょう?私に出来ることなら協力しますよ」
2人は歴史を学ぶことへ夢中になった。
特に寛寧は鬼族ということもあってか、人一倍熱心に学んでいた。
だがそんな日々は長く続かなかった。趙然は人間、対して自分たちは魔族。
趙然は会うたびに皺が増え、白髪が増え、老いていった。

「ハオさん……寛寧君……私はもう長くありません」
「趙然様……」
「だから2人はどうか健やかに」
そして趙然は亡くなった。その死に際に彼は言った。
歴史は何があろうと続いていく。涙も、喜びも、怒りも内包し、なべて歴史となる-と。
そしてこの趙然の死が寛寧を大きく変えたのだなと、ハオはのちに知るのだった。

それから50年ほど経った頃、ハオは仙術を会得し、仙狐として仙界へ渡った。
結局背は伸びず子供のような背丈のままだったが妖狐特有の鋭い雰囲気は和らいで。
今のハオの原型となる外見となっていた。
そして……。
「ん?」
「へ?」
「寛寧……?」
「どうした。鬼族は背が伸びるというであろう」
久しぶりに対面した寛寧は桃園で遊んだ、はにかんで笑う少年でなくなっていた。
鬼族-特に男は背が伸びると聞いてはいたが、最低でも190は越えており。
小さかった角も今や頭より高く伸びている。

「……久しぶりだネ」
「あぁ、私もまた会えると思わなかった」
「背も伸びていい男になったヨ、モテるんじゃない?」
そうハオが茶化すと寛寧は少し困ったように笑う。
彼の姿を見て、本当に大きくなったんだと実感する。
そして眼前の寛寧も仙術を会得したものの証である、赤の布を肩から掛けている。

「ハオは仙界へ渡ったのか」
「うん、私は仙狐になったヨ」
「そうか、ではもう会えないな」
「どうして?」
そんな悲しいこと言わないでとハオは目で訴えるが寛寧は続ける。
「鬼族にとって仙術を会得したということは一人前になったということだ。
そして成人した男は桃園から去らねばならない」
「そんな……」
「だが安心しろ。私はまだ未熟だ、弟子が欲しい。門下生を取るつもりはないが……」
お前は例外だ。と寛寧は子供のころからの癖であるはにかみを浮かべた。
ハオはもちろん承諾し、寛寧の生涯一人の弟子となった。

彼と過ごす時間はとても幸福なモノだった。
寛寧が延々歴史の話をするのを桃を齧りながら聞く日もあれば。
「ハオ、お前……少し丸くなったな?」
「ん?太ったって言いたいのカ!?」
「いや違う。雰囲気が柔らかくなったと……」
「もう!失礼ネ!」
寛寧にからかわれることもあったけど、とても充実した日々だった。
だがそんな楽しい日々は突如として終わりを迎える。

「ハオ、今のままでは私は歴に名を残せぬ」
「十分じゃない寛寧様?ハオは満足ヨ」
「趙然を思い出せ、人間は脆い。私は鬼族として、一人の魔族として名を残したい」
「ハオは寛寧様の弟子ヨ?だから……」
「頼むハオ!私と一緒に……歴史へ名を残そう」
ハオの脳裏に浮かぶ趙然の言葉。
-涙も、喜びも、怒りも内包し、なべて歴史となる-と。
だがこれは……。

「……わかった」
「本当か!?」
「でも人間は脆くないヨ」
ハオと寛寧の目の前には漣江が今日も穏やかに、静かに流れている。
今のハオの心の如く……その手は自然と寛寧の皿にある桃へ伸び、数秒ほどして寛寧が笑った。
「……っふ」
のちの彼と重なる。息を漏らすように短く、そして嘲る嗤い声。
ハオは寛寧と目を合わせられなかった。

「お前は何年私の弟子をしてきた?私は共に魔王軍に入ろうと言っているのだぞ。
人間の寿命は魔族より短い。そしてお前は私を置いて先に死ぬ」
「……」
「暦に名を刻めぬなら仙道を学んだ意味がなかろうよ」
それからというもの、寛寧はハオを遠ざけるようになった。
そして……趙然が命を落としたあの年と同じ日。
ハオと寛寧はついに決別した。

シェンタオにこのような言い伝えがある。
桃の花咲き乱れる中で交わした契りは、桃花妖たちが祝福し、 決して離れぬ縁を紡ぐと。
そして桃花妖たちは契りを交わす2人を見守り続けると。
しかし、桃花妖たちは別れ話や離別の話を聞くと深く悲しみ。
冗談であろうと二度と和解できなくなるという。
「桃花妖の祝福」と「縁切りの呪い」は表裏一体。
そして寛寧が桃園に呼んだ時ハオは悟り。
覚悟を決めるように桃花のシュシュを髪に付け向かった。

「ハオよ」
「……はい」
「私は長話をせぬ男だ。私と来い、共に魔王軍に入ろう」
「ハオは寛寧様の弟子ヨ、一緒になんて……」
「弟子で居続けたければ来いと言っている。
仙道を修めたいなら何処か人のいない山にでも籠って修行するがよい」
魔王軍に入らぬなら去れと続けて言い放った。
その一言でハオの心は氷のように冷え固まった。
もうこの人とはいられない。そう悟った瞬間だった。

「……ハオは行きたくない」
「何故?」
「だって……」
魔王軍に入れば人間を脅かす悪しき魔族となる、それは仙道とは真逆の行い。
ハオは仙狐として、妖狐としてのプライドがそれを許さなかった。
だがそれ以上に……。

「寛寧様」
「……何だ?」
「ハオはもう弟子じゃないのネ」
「……」
「もう一緒にいられないヨ」
ハオは泣いていた、そして桃園から去ろうと踵を翻す。
その背に、今までずっと共に過ごしてきた男から最後の言葉がかけられる。

「お前は破門だ」
ハオは桃園を去ろうとした。だがその足は動かない。
寛寧との絆が切れてしまうという確信が駆け出そうとする体を止めていた。
「二度と私の前に姿を見せるな」
「っ……」
風が吹き上がり、花弁が舞う。
それはまるで桃花妖たちが嘆き悲しむように、ハオの髪を乱し桃園を吹き抜け。
風と共にハオは姿を消した。

それから逃げるようにシェンタオを飛びだし、ホアリンで傷心を癒すように。
無心で屋台を引いて料理をしていた時、客の一人がこんな話をした。

-魔王軍最高幹部「六将」に新たに炎将が入った事。
-シェンタオ桃園が炎将によって焼かれたこと。
-その名は獄炎将軍マルス。

「……マルス」
なぜかハオはその名に寛寧の気配を感じたが、気の所為だとまな板の葱を包丁で刻む。
規則正しく刻む音で心を落ち着けながら。
そして-今に至るのだ。

——–回想終了

「なんかごめんね?ハオ、辛いこと思い出させて」
「いいヨー。ハオはもう寛寧様生きてるかもわかんないしー。
寛寧様と過ごした家も火事で焼けちゃったし、ホアリンにお店も持てたしネ」
語るうちに日が暮れて、今の4人&シャオヘイは出前で持ってきた食材から。
今日の夕飯であるトマトの肉詰めを焼いている。
「なあハオ、寛寧って鬼なんだな」
「そうヨー。ガイウスは鬼の知り合いがいるの?」
「六将にマルスってヤツがいてさ、俺の顔焼きやがったんだ」
皿に焼き目がついたトマトを移しながらガイウスは鼻の傷を撫でる。
彼の顔は精悍なほうに入るが、その印象を一気に威圧的なものと変えているのが。
鼻を中心に走る稲妻のような傷だ。

「人の顔覚えられねぇからつってよ、こうガシッと掴んで焼きやがって」
「オーそりゃ酷いネ。マルスって鬼は、デモ魔王軍は鬼いっぱい居るデショ」
「気の所為かね。寛寧の話を聞くと疼くんだ、マルスの気配感じたときと同じにな」
そうこうしている内に肉詰めは焼き上がり、4人は食事を始めた。

「これ美味しい!」
「ほら、ご飯にも合うよ。シャオ君も食べな」
4人の反応を見て、シャオヘイは満足そうに笑う。
そして自分も一口食べると上出来だと微笑んだ。
「ハオ師匠。マルスは寛寧様と共通点が多過ぎます、ご本人かも」
「でもハオは寛寧様が魔王軍にいるのかも知らないしー。それに……」
「それに?」
「寛寧様は……もう優しい寛寧様じゃないヨ。ハオは破門されたから」
「そんな……」
シャオヘイはそれ以上何も言えなくなった、だが……。
「じゃさ、その桃園ってのに行けばわかるだろ?」
「……え?」
「俺はマルスの顔は知ってる、ハオは寛寧てヤツの顔を知ってる。俺とハオを照らし合わせれば」
マルスと寛寧が同一人物かを立証出来る。
そう余ったトマトを丸かじりするガイウスの案にシャオヘイは目を輝かせた。

「いいですね!俺実は大師匠様の顔知らないんです」
「……そうカ」
ハオはトマトの肉詰めを食べながら少し考えるように俯くと、顔を上げて笑った。
「翌朝シェンタオに行くヨ!シャオヘイも来る?」
「はい!師匠!」

シェンタオへと向かう道中。
ちょうど茶屋へ物資を届ける馬車と出会い。
護衛がてら5人は仲良く馬車の荷台に乗っていた。

「ハオ」
「何ガイウス?」
「俺、魔族について誤解してた」
「誤解?」
「俺さ。勇者やってただろ?出会う魔族は魔王軍か、人間を脅かす野良魔族ばっかでさ」
ガイウスはぺっと掌に桃の種を出しながら横目になる。
「だから自然とこう考えちまったんだ。魔族は人間じゃない、欺き喰らう事しか考えていないって」
「趙然よく言ってたよ。間違いに気づけるってすごく幸せなんだって」
趙然の持ち込んだ歴史書は時代考証が甘く間違いも多かった。
しかしハオやシェンタオの民が間違いを指摘すると彼はむしろ喜んだという。
間違えた者にだけ、歩きなおせる道がある。
趙然はそう言っていた。
それに気づいて、次は同じ場所で立ち止まらずにいられるなら。
それは幸せなことだ。

「そっか」
「魔族も人間と変わらないんだなーって。ハオは趙然の教え子だったんだろ?
俺なんかよりずっと昔から人間と接してきたんだよな」
「うん、そうネ」
「だから……俺はもっと知りたいよ、魔族のこと。その桃園に行けばわかるなら尚更だ」
ガイウスの屈託のない笑顔にハオはどこか救われたような気持ちになる。
勇者として彼がどんな悪辣な魔族を見てきたかは分からない。
しかしどうも、自分が彼の中にあった揺るがぬ魔族像を壊したのだろうとは感じ取った。

「ハオは嬉しいヨ」
「ん?」
「今のガイウス趙然と同じ顔だヨ、趙然は魔族が人間と変わらないって知って大喜びしてた」
「そうなのか?」
「うん。今のガイウスと同じ顔だった。だからハオも嬉しい。ありがとうネ!」
「ん?なんかよくわかんねーけど礼言われたな、どういたしまして?」
そう言って2人は笑いあい、同時に近づくシェンタオへ目を向けるのだった。