ティータは駐屯地の管理室で、訓練報告書に目を通していた。
鼻を鳴らしながら、報告書の乱雑な字を読み流す。
(使えねぇガキどもが……これじゃあ実戦じゃ死ぬだけだ)
そこへ、部下が顔を出した。
「軍曹殿、ユピテル様から通信であります!」
ティータの表情がビクリと引き締まる。
すぐに通信機の前へ移動し、背筋を正して受話器を取る。
「ティータであります、六将ユピテル様。ご連絡感謝に存じます」
『よぉティータ。勇者は来たかい?』
ユピテルの声はいつも通りぶっきらぼうだったが、ティータはへりくだった口調を崩さない。
「はっ、勇者どもは現在、サハ・メキアに滞在中であります。確認されているのは三名でございます」
『三人かよ? 今度の連中は随分のろまなんだなァ、もっと早く来ると思ってたが』
「まったくもって、であります。が、三人とはいえ、油断は致しません。必ずや討伐してみせます」
ティータは背筋を伸ばしながらも、心の中では爪を噛むような思いだった。
(ちくしょう、さっさと片付けて功績立てねぇと……このままじゃ俺は一生“軍曹”止まりだ)
『そういやよ……1つだけ、忠告だ。色黒のガキに気をつけろ、そいつだけには気ィつけときゃいい』
ティータは一瞬、言葉に詰まりかける。
「……色黒、でありますか?」
『ああ。色黒のガキだ。そいつにだけは気をつけろ。あとは好きにやれ』
「……了解いたしました。六将ユピテル様のご慧眼、肝に銘じますであります」
『んじゃ切るぜ。今度こそ手土産ぐらい用意しとけよ? 羊でも人間でもな』
通信が切れる。
ティータは無言のまま、受話器をそっと置いた。
(……色黒のガキ?)
その言葉が、妙に耳に残る。
勇者にそんな奴がいたか?
(まさかな……いや、確かにあのキャラバンで一人、色の濃いガキが……)
ふと、自分とどこか似た目つきの少年の顔が脳裏をよぎる。
(クク……まさか、な)
ティータは嗤った。だがその笑みに、どこか張り詰めた緊張が滲んでいた。
「ユピテル様……必ず、結果を出してみせますであります。
俺が“万年軍曹”じゃねぇってこと、証明してやるでありますよ……」
通信室に一人、ティータは拳を握りしめていた。
——–
メキア駐屯地の訓練場。
炎天下の中、魔王軍の兵士たちが整列していた。
訓練の最中、ティータは兵士たちをじっと見下ろしていた。
「——お前ら、その鈍臭い動きは何だ?」
その声に、兵士たちはちらりと互いの顔を見合わせる。
「へいへい、軍曹殿。あんまりカリカリしないでくださいよ」
「俺たち、戦場に出てもどうせ『捨て駒』でありますし〜」
「万年軍曹殿のご指導なら、さぞ立派な捨て駒になれるのでありましょうな?」
—— パン!
銃声が響く。
さっきまで薄笑いを浮かべていた兵士の額に、小さな穴が開いていた。
周囲が凍りつく中、ティータはまだ銃を構えたまま、冷ややかに呟いた。
「誰が──万年軍曹だよ?」
ティータの唇がにやりと吊り上がる。
すぐそばで、撃ち抜かれた男の体から血がじわじわと滲んでいた。
けれど、誰ひとり声を上げない。
いや、上げられない。
「おい、お前ら」
軽い声色。まるで“掃除当番でも指名するような”調子で、ティータは言った。
「片付けとけ」
命令を受けた兵士たちは、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
その場の空気が張りつめ、喉の奥で“やめろ”と叫ぶ声が詰まる。
だがすぐに、二人、三人と駆け寄り、死体の下に布を滑り込ませ始める。
血の匂いに顔をしかめながらも、無言で。
手が震えている者もいたが、それでも手を止めようとはしなかった。
「……止まってたら、次は自分だ」
誰かが、小さく呟いた。
ティータは銃を肩にかけ、空薬莢を軽く蹴飛ばしながら踵を返す。
まるで“ただの勤務中の一幕”だったかのように。
ティータは 実力はある。
だが、彼はいつまでも「軍曹」のままだった。
理由は単純。
ユピテルは、ティータの野心を見抜いていた。
「こいつを上に上げれば、いずれ自分の脅威になる」と。
だからティータは駐屯地に押し込められ、前線には出られず、「万年軍曹」のまま燻っている。
本人もそれをわかっていたが、決して納得はしていなかった。
(……チッ、俺が六将だったら、こんなクソみたいな駐屯地で燻ることはなかったんだ)
怒りを抑えるように、手にした銃を雑に腰に戻す。
BB兵たちは、訓練の合間にヒソヒソと囁き合っていた。
「なぁ……いい年こいて軍曹止まりとか、マジで哀愁って感じっスよね」
「昇進できねぇまま死んだらどうすんだよアイツ」
「やめろって!聞こえたらぶっ殺されるぞ……」
一方のティータは、どこか拗ねたような顔で煙草をふかしつつ。
(……チクショウ、ガキどもめ……)と内心で毒づくしかなかった。
「……軍曹殿」
小隊の生き残りの一人が進み出た。
「なんだ、言いたいことがあるならさっさと言え」
「……先日のキャラバン襲撃の折、勇者どもと戦いましたであります」
「ほう?」
ティータは興味を示し、片眉を上げた。
「色黒のガキ……確か、名前はサタヌスとか言いましたな」
ティータの指が、無意識に銃のグリップを握りしめる。
ユピテルの言葉が頭をよぎる。
『色黒のガキにだけは気をつけろ』
(なんでわざわざあんな言い方を? まさか……)
兵士は続けた。
「奴と戦ったのか?」
「いえ、直接は交えておりません。ですが……奴が憤怒の表情を浮かべた時の目つき。
歯を食いしばる癖、怒鳴り声……どこかで見覚えがあると思ったら、軍曹殿にそっくりでありますな」
ティータは、思考を振り払うように兵士をじろりと睨んだ。
「くだらねぇ話はもういい。さっさと訓練に戻れ!」
「は、はっ!」
兵士は背筋を伸ばし、一礼して列へ戻る。
ティータは舌打ちしながら、砂漠の向こうに目を向けた。
そこには、勇者どもがいる。
ティータは考える。
勇者は兵士どもだけで手に負える存在ではない、自分が直接出向かねば。
そのためには兵士たちの士気を上げておかなくては。
(そろそろ“餌やり”しとかねぇとな)
鎖に繋がれた女の体が、訓練場の真ん中に蹴り出された。
日焼けでひび割れた足、破れた布を無理やり被せただけの服。
顔は見えない─いや、見せたくなかったのかもしれない。
ティータは煙草をくわえたまま、首を鳴らす。
「好きにしろ。順番守れよ。……壊すなとは言わねぇが、跡が残るのは困るんでな」
ただ、一番最初に動いたやつが叩かれないかを見ていたのだ。
やがて、隊列の端にいた男がゆっくり歩き出す。
すると、それを皮切りに、数人が立ち上がった。
女の身体に視線が群がる。
まるで、死肉に集るハイエナだ。
腰を落とし、牙を剥き、他者を押しのけながら喉元へとにじり寄る。
その群れを、ティータは面白くもなさそうに見下ろしていた。
「──なにビビってんだ。レアだって最初はそうだったろ」
誰も笑わなかった。
笑えなかったのか、笑う余地すらなかったのか─それはもう、誰にもわからなかった。
隅のほうで、遠巻きにBB兵たちがヒソヒソと噂していた。
「軍曹殿、もしかしてあの色黒の少年……お子さまでは?」
「17年前、アルルカン襲撃があったさいのこと、可能性が……」
ティータは露骨に顔をしかめ、煙草を押し潰した。
「……ありえねぇ、気のせいだ」
もう一人のBB兵が口を挟む。
「でもユピテル様も言われてましたよ。
鬼族は“遺伝子が強い”って。力も繁殖力も、規格外だって」
「てか鬼族は、ほぼ確実に妊娠させちまうんだとか……」
実際、ティータの角は目立たず隠れているが、彼も紛れもない鬼族の血。
普段は隠している腕力も、本気で殴れば。
駐屯地の魔導戦車の主砲すら圧倒するという伝説すら残っていた。
ティータは心の底から否定したかった。
「信じねぇ……いや、信じたくねぇ」
苦々しい声が、乾いた空気に溶けて消える。
その背中は、どこか寂しげで、
“鬼の遺伝子”というどうしようもない宿命だけが、じわりと重くのしかかっていた。