駐屯地内をそれっぽく歩きながら、勇者トリオは周囲の様子を探っていた。
兵たちは忙しそうに荷物を運び、指示を飛ばし合っている。
どうやらサハ・メキアへの襲撃準備が進んでいるらしい。
そんな中、一人のブラックベレーがトコトコと駆け寄ってきた。
「そこの隊員! 何をしてるでありますか! 襲撃準備を手伝うであります!」
三人が固まった瞬間─。
「勇者の……散策任務を終え、帰還した所でありますゥ!」
ガイウスがまっすぐ姿勢を正し、完璧な敬礼を叩き込んだ。
「!?」
あまりにも完璧な敬礼に2人がビクッとなる中。
ブラックベレーは納得したのか。
「そうでありますか!」と敬礼を返してどこかへ駆けていった。
「……ちょっとあんた、敬礼なんでそんな上手いのよ」
ヴィヌスが目を細める。
「俺、剣術道場で型だけ教わったことある」
「型だけでアレ!?」
「なんなら発声もめっちゃ良かったぞ……」
サタヌスが呆れ混じりにぼそっと言った。
勇者ズは施設の奥を目指していた。
その先に、指揮官用の執務室─魔王軍の作戦の心臓部。
指揮室へと続く廊下の手前、勇者たちは立ち止まった。
壁の影に身を潜める。
そこから、四人の兵士たち─色の異なるベレー帽を被った一団がひそひそ声で話していた。
「……襲撃は予定では、1週間先のはずです。
ユピテル様の命令書にも、まだ“電光装甲”の使用許可は記されていません」
青のベレーにインカムをつけた通信兵の少女が淡々と事実を告げる。
「……軍曹の独断、だな」
その隣で、緑ベレーの青年はスコープをメンテナンスしながら短く、重く告げた。
「でもでも、ドカーン!って出来るなら、明日でも7日後でも最高だよ~♪
ね?どっちでも楽しいじゃん?」
そして3人の間では橙ベレーの少年兵が無邪気に、そして何とも物騒なはしゃぎ方をしていた。
「き、君たち声が大きいであります! 軍曹に聞こえたらまた誰か壁ごと撃たれるでありますよ……ッ」
「そういう話は……死体の後にしろ」
物陰で息をひそめていた勇者トリオ。
ベレーズの会話が途切れ、足音が遠ざかる……その直後だった。
「ッ……誰だ!!」
狙撃兵・緑ベレーが、鋭く反応した。
目が闇に向けられた。壁の影─まさにサタヌスたちが身を潜めていたその場所だ。
「……ッ」
ヴィヌスが息を呑む。
ガイウスは手を伸ばし、剣の柄に手をかけ。
その瞬間、サタヌスが喉の奥から搾り出すように、こう鳴いた。
「……にゃあ」
低く、湿った、やけにリアルな声だった。
空気が凍る。だが。
「……あ」
橙ベレーの工兵が小さく呟いた。
「僕さ、前におやつ盗られたことある。あの黒くてふとっちょの子に……」
「その猫ですね。通信室の機械の上で寝ていたこともあります」
青ベレーの通信兵がぽつりと続ける。
「かわいいですが……業務妨害でした」
「猫、好きなのでありますか?」
黒ベレーが小首を傾げた。
緑ベレーは影を睨みつけていたが、やがてふっと視線を逸らし、ぼそりと。
「……見間違い、かもな」
「でしょー!」
橙がケラケラ笑いながらその場を離れ、他のベレーズもそれに続いた。
「あんた……なにその妙にリアルな“にゃあ”……」
「スラム育ち舐めんな。猫と縄張り争いしたことあるわ」
「……なんのスキルだよ、それ」
——
重厚な鉄扉がゆっくりと開き、勇者トリオは静かにその中へ足を踏み入れた。
「……誰も、いない」
ヴィヌスが辺りを見渡す。
軍の指揮室らしい、整然とした配置。中央の円卓には地図が広げられ、複数の書類が綴じられていた。
「……通信機が点滅してる。誰かと通話中だな」
ガイウスが端末を覗き込み、呟いた。
ログには『最高幹部・ユピテル』と書かれている。
どうやらティータ軍曹は別室から通話中らしい。
それが、まさかの幸運を呼んでいた。
「やっべ……神が味方してんじゃん……」
サタヌスがすっ、と帽子を脱いで部屋の奥へ足を踏み入れる。
一方、机上の書類を手に取ったガイウスが、ピタリと動きを止めた。
その異変にヴィヌスも顔を上げる。
「……“計画名:繁殖拠点試験型・サハ・メキア”。これは……」
そこに書かれていたのは。
サハ・メキアを強化兵の供給源とすべく、民間人を収容・改造素材とするという。
あまりにも非人道的で、ぞっとする内容だった。
「牧場……人間の、牧場って……」
ヴィヌスの声が震える。
言葉の意味を知れば知るほど、体温が奪われていくようだった。
ガイウスは、静かにその書類を閉じた。
そのとき、部屋の棚からサタヌスの声が響いた。
「……軍曹、やっぱいいモン吸ってんなァ~~~」
彼はティータの私物である、洒落たケースを取り出していた。
中には上質そうな葉巻が数本。
そのうち一本をひょいと取り、ポケットに入れる。
ピッ。
通信機のランプがパチッと消えた。
「……やば」
サタヌスが即座に顔をしかめる。
「戻ってくる……ッ!」
ヴィヌスが棚に資料を突っ込みながら叫ぶ。
ガイウスは部屋のドアに駆け寄り、鍵を確認。
「急げ、奴は廊下を使ってくるはずだ、右手側から……!」
3人がそれぞれ慌ただしく作戦図や書類を元に戻していく。
その中で、サタヌスがまだポケットの中を気にしていた。
「お前……葉巻、吸うのかよ」
ガイウスが振り向きざまに聞いた。
「これでも大人だぞ」
サタヌスが小さく、でもどこか誇らしげに笑う。
「葉巻ってのはな、甘いんだぜ」
そう言って胸ポケットをトン、と叩く。
「……まーたそういうとこだけ背伸びするのね」
「吸って咳き込むに一票」
「うるせぇ!スラムの煙は全部吸ったぞ!」
そしてその直後─ドアの向こうに足音が近づき始める。
—-
指揮室から廊下に出て、あとは裏手の抜け道まで数十メートル。
3人は確実に逃げ切れる─はずだった。
しかし、廊下の角を曲がったその瞬間。
「……どこへ向かうのです?」
柔らかな声が響いた。
そこにいたのは、青ベレーの通信兵。
無表情で、静かにこちらを見つめていた。
「明日早朝、我が軍はサハ・メキア襲撃に向かいます。現時点での外出は許可されておりません」
場が静止する。
ヴィヌスが目を細め、サタヌスが歯を食いしばり。
ガイウスが僅かに身を低くした──その瞬間。
「……走れ!!」
ヴィヌスが叫ぶより早く、3人は走り出した。
青ベレーの目が見開かれる。
──3人が走り出した瞬間、その表情が一変した。
「ッ……侵入者在りッ!!」
無機質だったその顔が、怒気と憎悪で歪む。
口元が裂けるほど開かれ、目はまるで人間を敵としか見ていない機械のように冷たく光る。
それを背に、勇者ズはただ走った。
夜の駐屯地がアラームの音で騒然とする中、勇者ズは全力で駆け抜けていた。
鉄の靴音、兵士たちの怒声、後ろからは追跡の足音─。
それらを全部振り切るように、サタヌスが叫ぶ。
「こっちだ!抜け道はあのゲートの先だッ!」
そのとき─。
「……ってか、あんたが第二ボタンまで開けてるからバレたんじゃないの!?」
ヴィヌスが隣を走るガイウスに食ってかかる。
「はぁ!?そういうお前も、ガーターベルトつけてるだろ!風紀乱れるぞ!」
「はぁ!?これ正装よ!マントより役立ってるわよ!」
「なんだその主張!」
「風紀委員会かテメェらは~~~!!!走れェェ!!」
後方で銃声が響いた。
完全にバレている、おそらく正門は封鎖されてしまっただろう。
なんとかこの「魔の巣」から逃げ出さなければ……。
「ねぇ、もうバレてんだから着てる意味なくない!?」
ヴィヌスが叫ぶと、ベレー帽をぶん投げた。
「え、脱ぐの?今!?」
ガイウスも軍服の上着をバサッと脱ぎ、もはやランニングスタイル。
「じゃ俺も~~~ッ!!」
サタヌスも帽子を外しながら走り出す。
それはまるで─。
変装ミッションが終わったRPGのキャラたちが。
強制的にイベント衣装を脱ぎ捨ててるかのような“バグった脱出劇”だった。
正門の先は、すでに魔王軍兵で封鎖されていた。
銃を構える狙撃兵、走る黒ベレー、爆薬の準備をする工兵─。
「もう無理、正面突破は絶対無理!」
ヴィヌスが叫ぶ。
「……なら、抜け道だ」
サタヌスが辺りを見回すと、ふと視線が止まった。
そこに、ゴミ箱の上でこっちを見つめる“黒くてふとっちょな猫”がいた。
「……お前、まさか……」
サタヌスが近づき、しゃがみこむ。
「よぉ……ちょっと聞きてぇことがあるんだ」
猫がじっと彼を見返す。
「ニャ~」
「……そうか!!ダストシュートがそこにあるんだな!」
サタヌスが勢いよく立ち上がった。
「……わからん。ヴィヌス、わかるか?」
ガイウスがぽつりと呟く。
「わかるわけないでしょ……」
ヴィヌスが静かにツッコんだ。
「スラムじゃな、猫は一番の情報屋なんだよ!!」
サタヌスが得意げに指を鳴らした。
「行くぞ!こっちだ、猫についてけ!!」
ふとっちょ猫は、短い尻尾をくねらせながら走り出した。
3人と1匹の、大脱走が再び動き出す─!!
—-
ティータは、ようやく通信端末のスイッチを切った。
部屋には、ほんのわずかな静けさが戻った。
「……ったく、ユピテル様ったら“あれは報告したか、これは見せろ”って。
いっつも細けぇんだよな……」
口では文句を言いながらも通信中は腰を低く、声もワントーン上げていたのを本人は分かっていた。
「はぁ……どっと疲れた」
椅子の背にもたれかかり、ズルズルとジャケットを緩める。
「……葉巻でも……って、あれ?」
棚を開けると、ケースの中が1本だけ減っていた。
「……俺、3本残してたよな……?」
まぶたがゆっくりと上がる。
目の奥が、光を失っていく。
「……誰か、部屋に入ったか……?」
—–
ゴミ処理区画の裏手。
ひび割れた鉄扉の前で、ふとっちょの黒猫はぴたりと足を止めた。
「……ここか」
サタヌスが猫を見て、そっと息をつく。
「そっか、もう案内はここまでってか」
サタヌスは目を細め、立ち止まった。
「……また会おうなんて言わねぇぜ。ここに戻る気はねぇからな!」
言い残して、彼は一気に鉄扉を開けた。
中は薄暗い垂直のダクト─“落ちたら戻れない抜け道”。
「あばよ!!」
サタヌスが先に飛び込む。
すぐにヴィヌスがその後を追い、ガイウスも一拍おいて滑り込む。
後に残された黒猫は、小さく一声だけ鳴いた。
「……なー」
そして─尻尾を立てて、満足げにその場を後にした。
猫は振り返らない。でもその背中は、どこか誇りを感じさせた。
ゴウンッ……!
金属の軋む音を立てて、勇者たちはダストシュートの底に転がり落ちた。
「うわっ……いてて……」
サタヌスが先に立ち上がり、手で辺りを払う。
「っ……!」
彼の目に飛び込んできたのは─。
白骨化した腕。鉄製の腕輪がまだ、関節に絡みついていた。
「これ……ギルドタグ!?」
ヴィヌスが唖然と呟く。
あちこちに散らばる折れた剣、血に染まった布、焦げた魔導具。
それらは全て、“誰かがここで殺された”ことを証明していた。
ガイウスが壁に刻まれた焦げ跡へ手を当てる。
「……魔力衝突の痕だ。強い炎系……たぶん範囲呪文だな。逃げ場はなかった」
「これ……ゴミ捨て場じゃねぇ。虐殺の跡じゃねぇか……」
サタヌスが低く呟いた。
「……あの猫」
ヴィヌスが静かに言う。
「“ここなら誰も追ってこない”って、わかってたのね……」
「“来たくない場所”だからか……」
闇の底に、真実が転がっていた。
それは言葉にしなくても─3人の目が語っていた。
ダストシュートから地上へと這い出たとき。
東の空が、ほんの少しだけ明るくなっていた。
赤みを帯びた空の向こうに、うっすらと見える街の輪郭。
サハ・メキア─サタヌスの“母の故郷”。
「……あそこが、滅ぼされるってのかよ……」
サタヌスは静かに呟いた。
拳をゆっくりと握る。
その中には、奪われたものへの怒りと、守れなかった自分への悔しさ、
そして何より、“これから守る”という決意が込められていた。
ヴィヌスも、ガイウスも、何も言わなかった。
この瞬間だけは、彼の言葉を待っていた。
そして、サタヌスは─空を睨みながら、ただ一言だけ吐き捨てた。
「نَدْمِّرُكُمْ(ナダッミルクム)」
─ぶっ潰すぞ。
言葉の意味はわからなくても、その響きは朝焼けを割って世界に刻まれた。