メキア編-砂の海 - 1/5

ガイウス、ヴィヌス、そしてサタヌス。
アルルカンだけで勇者が三人も揃った。
しかしー順調なのはここまでだった。

ここはソラル大陸で最も過酷で、最も暑き大地-メキア砂漠。
今現在勇者3人は、ほぼ遭難というべき状態で砂漠を歩いていた。
何故大陸で最も過酷な地に踏み入ったのか?
それは3人目が揃って早々に暗礁に乗り上げてしまったからだ。
4人目の勇者の所在をガイウスの羅針盤はぴたりとも示さなくなり。
今3人は「1,000年生きている」と噂される砂漠の賢者の元へ向かっていた。

真昼のメキア砂漠。
三人の勇者は、砂丘の上で完全に明暗を分けていた。

ヴィヌスは汗だくで首元パタパタ。「日陰どこ!?マジで無理!!」
ガイウスは無表情だが、すでに顔色が死んでる。
額の汗も止まらず、もはや一歩ごとに倒れそう。
だが――サタヌスだけは、妙に元気。
スカーフ巻き直しながら砂紋を眺めて、やたらハイテンション。
「おい!!ヴィヌス、お前綺麗なものに目がないんだろ」
「砂紋だぞ砂紋!芸術だろ?」
急にユピテルの口調を真似て、片眉をクイッと上げる。

「強いものは美しい……単純だろ?」
ヴィヌスとガイウスは、サタヌスの背中を半分引き攣った顔で見つめる。
「なんだあれは、妖怪か……?」
「妖怪スラムキッズよ……」
サタヌスはまるで聞こえていない。
砂紋に夢中で、完全にユピテルごっこしてる。
砂に跪いて「これは芸術だ……」と悦に入り、ひとりだけ砂漠を満喫モード。
乾いた空気に、ギャグと本気のサバイバルが絶妙に混ざり合う。
……この時ばかりは、サタヌスが真の“異常者”に見えた。

「ガイウス……でもその暑そうなマント、そろそろ脱いでもいいんじゃねえの?」
サタヌスが汗だくの顔をしかめながら言う。
ガイウスは軽く一瞥を返すと、首を横に振った。
「これは……正装だ。勇者としての」
「バッカじゃねえの……じゃあ俺も脱いじゃおっかな〜?」
サタヌスが不敵な笑みを浮かべると。
自慢の長いマフラーをバサッと外して首から投げ捨てた。
ヴィヌスは眉をひそめる。

「ちょ、なんであんたが先に脱ぐのよ」
「なんかこう、マウント取れそうだったから?」
「暑さに対してのマウントって何よ!?意味不明すぎるわ!」
「それを言うならマントにこだわってるあいつのほうが意味不明だろ」
ガイウスはノーリアクションだった。
完全無視である。

「ほら、見ろよこの自由さ。通気性の暴力だぜ?」
「いいから黙って歩け!!」
ガイウスの無反応な背中を見送ったあと。
ヴィヌスはふと自分の服の襟元を引っ張ってパタパタと風を入れた。
「マジで、暑いったらないわ……」
それを見たサタヌスがニヤニヤと寄ってくる。

「なあ、ヴィヌス。お前は脱がねぇのか?」
「──は?」
ぴたりと動きが止まる。ヴィヌスが眉をひくつかせてサタヌスを見た。
「……あんた、今絶対いやらしい意味で言ったでしょ?」
「え?いや、そういうわけじゃ──」
「期待してたでしょ!?絶対いやらしいもの期待してたわよね!?」
「……してる」
「てめぇは黙ってろッ!!」
ズガァッ!!とサタヌスの鳩尾にヴィヌスの強烈な蹴りがめり込む。

「へぶっ!?──おぉぉ……胃が、胃が逆流して……ッ」
「自業自得でしょ!」
砂の上に転がり呻くサタヌスを見下ろしながら、ヴィヌスはマントの端で額の汗をぬぐった。
「……でもマジで、そろそろ誰か助けてほしいわね……キャラバンでも流れ商人でも……」
蜃気楼に踊らされ、謎のマウント合戦とスケベ発言の末に蹴り飛ばされ、そして。
砂漠は、なおも容赦なく三人を焼いていた。

「……うぅ、ちょっと待って。ほんとにヤバい……視界グラグラする」
「ガイウス、あんた顔白い……というか、無表情だから余計怖い……」
ヴィヌスは自分の額に手を当て、額から滴る汗を拭う。
口調は軽いが、その顔は赤く火照っていた。
ガイウスも黙ってその場に膝をつく。
「はー……砂ってこんなに熱持つのかよ……下からも攻撃されてる気分だ……」
「……はは、何が“勇者一行”よ。こんなザマで……」
「おいおいおい、ちょっと待て!お前ら、まさか熱中症じゃねーだろうな!?」
サタヌスが目をまん丸にして慌てる。彼の顔はと言えば、赤くなるどころか逆にツヤすらある。

「……なに、その元気さ」
「バカなの?ていうか暑さに強すぎない!?あんた砂漠から来たの?」
「俺ぁスラム生まれだって。あそこもまあまあクソ暑かったけどよ。
あと……たぶん、色黒いからじゃね?」
「いや、それは雑すぎるわ!!」
ヴィヌスがツッコミを入れた瞬間、ガイウスがぼそりと呟く。

「……ヴィヌスも肌黒いけど、滝みたいに汗かいてるぞ」
「ねぇ、言い方ァ!!」
「つまり……色じゃなくて、体質だ。サタヌス、お前……絶対、メキア系の血、混じってる」
「知らねーよそんなの!日焼けだって、俺!焼けてんの!」
「いや、日焼けっていうより……地の底から焼き上がった感があるのよね」
「お前ら失礼すぎね!?勇者に対して言うことかそれ!」
三人の暑さバトルがくだらない方向へ進む中、ヴィヌスがふと遠くを見つめた。
砂の向こう、ゆらりと動く影……それは──。

「……ねえ、見える?あれ、本物よね?また蜃気楼じゃないわよね!?」
「動いてる……ラクダだ!」
「やっべぇ!キャラバンじゃねえか!!よっしゃ!命拾いしたあああああ!!」
間違いない。蜃気楼じゃない本物だ!
幾つもの駱駝と荷車に、人の姿も大勢見える。

「……人だ!」
ガイウスが声を上げる。
「助かったわ……水分が限界だったのよ」
ヴィヌスも、やれやれと息をつく。
キャラバンが近づくと、年嵩の男が話しかけてきた。
「كذٰلِكَ نُخْرِجُ الْمَوْتٰى لَعَلَّكُمْ تَذَكَّرُونَ」
「فيمَ أنتم سائرونَ، أى سُبلٍ تطلبون؟」
「……わからん、何言ってるんだ?」
ガイウスが眉をひそめる。
「文字も記号みたいだし……これは厄介ね」ヴィヌスも肩をすくめた。

だがサタヌスは、じっと耳を傾けると、ゆっくり顎に手を添えてつぶやいた。
「フィーマ・アントゥム・サーイルーン……アユ・スブルン・タトゥルブーン……」
初めて聞く異国の言葉。
アルルカンのスラムでも聞いたことない言葉。
しかしサタヌスはまるで何か掴もうとするように、彼等の言葉を理解しようと唸っていた。
単語を切り離し、再びゆっくり復唱し……多分こうだと頷いて2人へ向き直る。

「どこへ向かう? 何を探している? ……そんな感じだ」
「なっ……!? お前、わかんのかよ!?」
ガイウスが思わず叫ぶ。
「……発音も完璧。真似どころじゃないわ」
ヴィヌスも目を見張る。
そのとき、キャラバンの中の子どもが、好奇心いっぱいの目でサタヌスに駆け寄ってきた。
「おにいちゃん、メキア人なの? わたしたちの言葉、他の人ぜんぜん分かんないのに……」
「……知らねぇよ。でも、なんか懐かしいっていうか……身体が覚えてる感じする」
子どもがサタヌスの手をとる。
「じゃあ教えてあげる! わたしたちの言葉、もっとたくさん。だから、一緒に来て」

後ろの女性が慌てて駆け寄ってきて、サタヌスの腕を引く子どもをたしなめる。
「! ラーヒラ、失礼よ!……申し訳ありません、この子は……」
するとサタヌスが、片膝をついてその女性と目線を合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「لَا تَخَافِي، نَحْنُ لَا نُرِيدُ شَرًّا」
「……怖がらないで。俺たちは敵じゃねぇ」
女の目が大きく見開かれ、次の瞬間、静かに頷く。
「أَهْلًا وَسَهْلًا، يَا فَتَى غَرِيبٌ」
(ようこそ、旅の若者)
その一言に、周囲の空気がふっと和らいだ。

キャラバンの年長者が笑みを浮かべながら言った。
「この子は“風の血”を継いでいるのかもしれませんね。
古い言葉でそう言うんですよ、遠く離れても故郷の風を忘れない者のことを」
サタヌスは目を伏せたまま、乾いた風を胸に吸い込む。
「……風、ねぇ。悪くないな、それ」

砂塵が巻き上がる中、キャラバンに迎え入れられた三人。
その中心にいたのは、サタヌスだった。
キャラバンの駱駝に揺られながら。
ガイウスは水袋をラーヒラに手渡され、思わず「サンキュ」と呟いた。
だがラーヒラは首を傾げる。
「それ、わかんない」
「はは、通じねぇか。なあサタヌス、メキア語で『ありがとう』ってなんて言うんだ?」
「……“シュクラン”。“شكراً”って言うらしい」
「シュクラン……なるほど。おいヴィヌス、覚えとけよ?」
「ふん、あたしは通訳がいるからいいの」
そんなヴィヌスの強がりに、ラーヒラがにっこりと笑った。
「ヴィヌスさん、“ありがとう”は“シュクラン”ですよ。おぼえて!」
「う……あんた発音よすぎんのよ」
ラーヒラはキャラバンの中でも最年少、商隊で育ったからか年上相手でも全く物怖じしない。
旅人に興味津々で、特に言葉を「教えること」にすっかりハマってしまったらしい。

「ねぇ、じゃあ“ごはん”は“タアーム”だよ。タ・アーム。みんな、言ってみて!」
「……タアーム」
「タアーム……これでいい?」
「……ったく、子どもに授業されてんのかよ俺たち」
ガイウスは苦笑しながら額の汗を拭った。
サタヌスは少し離れた位置で、そのやりとりを見守っていた。
笑顔で発音を直すラーヒラの姿と、言葉が通じて笑い合う二人を見て、胸が少しだけ温かくなる。
(……変なの。こんな場所に、懐かしい気持ちなんて)
ふと、ラーヒラがこちらを向いた。
「ねぇサタヌスおにいちゃん、“おかあさん”って言葉、知ってる?」
「……あ?」
「“おかあさん”は、“ウム”。“أمّ”って言うんだよ」
ラーヒラの無邪気な声が、砂の風に紛れて響く。
「……う、む……」
サタヌスは、その言葉をゆっくりと繰り返す。
胸の奥に、ぴり、と小さな痛みが走った。

呼んだことも、呼ばれたこともないはずの言葉なのに、なぜか体が反応した。
それはまるで、古傷の場所に偶然当たったような、ほんのわずかな、しかし確かな痛みだった。
「じゃあ、“おとうさん”は?」とヴィヌスが何気なく口を挟む。
「“アブー”!“أبُ”だよ。そこのお兄さんみたいだね」
「——っ」
一瞬だけ、サタヌスの目が揺れた。
風が、まつ毛をわずかに持ち上げる。
だが彼は、すぐに口元を片方だけ吊り上げて言った。

「へぇ、俺が“おやじ”に見えるか? そりゃ頼もしいな」
「ちがうってば! 響きが、だよ〜!」ラーヒラは頬を膨らませた。

サタヌスはその様子に苦笑を漏らす。
ラーヒラの視線が、一瞬だけ彼の表情をじっと探るが。
そこには、もう何の影もなかった。
ただ、遠くへ向けるように視線を逸らしたまま、彼は言う。
「……で、“トイレ”はなんて言うんだ? それも重要だろ」
「もうっ、ほんとにおにいちゃんってば!」

キャラバンの駱駝たちが、のんびりと砂の坂をくだってゆく。
その背で、言葉を教わる声と笑い声が交差し、少しだけ、風がやわらかくなった。