メキア編-親子 - 2/5

サハ・メキア中心部、白大理石のモスクに朝陽が射し込む。
ステンドグラス越しに差す光は、赤と青の美しい紋様を床に描いていた。
信徒たちは祈りを捧げる手を止めず、静かに唱えていた。
—その時だった。
扉が吹き飛び、銃声と怒号がモスクに響き渡る。

「——突入ぅ!! 祈ってる暇があるなら命乞いでもしてろやァ!!」
ティータが、軍刀を肩に担いで悠然と踏み込んでくる。
金属の足音が、礼拝堂の床に冷たく響く。
「逃げんな、誰一人通すな!」
魔王軍の兵士たちが、信徒たちを蹴散らすように突入する。
銃の銃床で叩き伏せられ、逃げ遅れた老人が呻いた。

「敬虔なご老人だぁ? 知ったこっちゃねぇな!」
ティータは何のためらいもなく軍刀を振り下ろし、血の花を咲かせた。
礼拝堂に響くのは、祈りの言葉ではない。
悲鳴と怒号、銃声、肉を断つ音。
高く掲げられたアーチ天井の装飾が、血煙の中でかすんで見えた。

「おいそこの! 足止めたら斬るぞ! 信徒も、兵士も等しく使い潰してやるよォ!!」
誰よりも戦場に馴染み、誰よりも狂っていたのが、この“鬼軍曹”ティータだった。
ティータの軍刀が横に薙がれ、信徒をまとめて切り裂く。
—信仰の場は、もはや屠殺場だった。

モスクの高窓から、朝の光が差し込む。
血と煙にくすんだ聖堂の中、ステンドグラスを透けた光が紅と黄金の筋を作っていた。
その中心で、軍服の男が静かに軍刀を構える。
「さて……お出ましか?」
ティータがニヤリと笑った瞬間——モスクの扉が吹き飛ぶ。
砂煙と共に、サタヌスが大ぶりの斧を肩に担いで立っていた。

「おい、追いついたぞクソ軍曹」
朝の強い光で、互いの顔は逆光に沈んで見える。
だがそのシルエット、仕草、空気の密度――一瞬でわかる、“血のつながり”。
ステンドグラスの虹色の光。
壮麗なアーチの天井、白い大理石の床に浮かぶ影と血痕。
ブルーモスクだけが、二人の親子の邂逅を静かに見守っていた。

「……お前、地獄で暴れてんな」
サタヌスの顔には、怒りと呆れが混ざったような表情。
ティータは一歩、前に出る。
その足音が、礼拝堂の床に血を踏む音と混じる。
「遅いぜ、ガキ。お前が来るまで、ここの住人にちょっと朝のご挨拶をしてたとこさ」
サタヌスの拳がわずかに震える。
ティータは、月光を思わせる軍刀をシュルッと抜き、構える。
切先が光を反射し、まるで英雄のような“絵になる”立ち姿。

対するサタヌスは、身の丈ほどもある斧を肩から下ろし、重たく地面に打ちつけた。
力任せの斧。無骨で、泥臭くて、不器用な武器。
ティータの笑みが、歪む。
「斧とは渋いな? 普通、こういう場面では剣でしょ?ま、お前にはその程度がお似合いだ」
「……黙れよ」
サタヌスが足を踏み出す。
その足元は血で汚れていた。
「てめぇのせいで、この街の“当たり前の朝”がメチャクチャなんだよ」
斧と刀、構えた二人の影がステンドグラスの光の中で交差する。
「さぁ、鬼軍曹。今度は俺がお前に“おはよう”してやるよ」

血の匂いと朝焼けの中、斧と刀が向かい合う。
ティータは軍刀を肩にかけ、ふっと薄く笑った。
「さぁて、始めようか? 勇者サマの到着を心待ちにしてたんだぜ」
向き合う父子。
睨み合うその顔は-似すぎていた。

違うのは目つきだ、ティータは蔑むように笑っているの対し。
サタヌスの瞳に宿るのは、激情を内に封じ込めた鋼の色。
「……レアって女、知ってるか」
その一言だけが、静かに放たれた。
ティータの眉が、ピクリと動く。
わずかに口元が吊り上がった。
「……レア、って言ったな?」
その声にはどこか懐かしむような、歪んだ響きがあった。
「覚えてるさ。あの夜のことは、なぁ……鮮明にな」
サタヌスの視線が、じりじりとティータを射抜く。
ティータはにやにやと笑いながら、左手で自分の眼帯をトン、と叩く。

「抱いてやったってのによォ、終わった途端にコレだ……目潰しだぜ? すげぇ女だろ?」
静寂が、場を凍らせる。
「あの時、アイツは濡れてたんだ。つまり俺を受け入れてたんだよ。違うか?」
それを聞いた瞬間、サタヌスの顔から一切の感情が消えた。
動きも言葉もない。
ただ、空気が重力を変えたかのように、モスクの空間全体が沈み込んでいく。
ティータは愉快そうに、なおも煽るように笑う。

「どうした? そんなに睨むなよ。まさかお前、自分がそっから生まれたなんて思ってねぇだろうな……?」
斧の刃が床に叩きつけられた音が、合図だった。
サタヌスの殺気が一気に炸裂する。
その目は赤く染まり、怒号ではなく——静かな殺意が滲んでいた。
彼は一言も返さない。
返す代わりに、次の瞬間には斧を振り上げていた。
ティータはニヤリと口角を上げる。

「いいねぇ、その顔だ。その血の目だ。
ようやく俺の“血”ってやつを思い出したか——息子よォ!!」
—斧と刀がぶつかり合い、モスクの空気が砕け散った。

ティータが軍刀を構えた瞬間、装甲の縁に雷光がパチパチと走った。
(……なんだ、あの装備……?)
サタヌスは距離を詰めようとするも、数メートル先で急に腕にビリッと焼けるような衝撃が走る。
「ぐっ……!」
肌に火傷のような痕が浮かび上がる。
ティータはにやりと笑い、装甲を撫でて見せる。
「へへ、驚いたか? これはなぁ、ユピテル様謹製、電光装甲ってヤツだ。
近づくだけで雷が叩き込まれる神装だぜ?」
「……てめぇ」
「どうした、勇者サマ。オレに触れる前に、燃え尽きちまうかもなァ?」
次の瞬間、ティータは軍刀を背中に戻し、背中から銃を抜いた。
一見ただの銃——しかし、その構え方は異様に洗練されている。
遮蔽物を探し、角度を見極め、低姿勢から跳弾を狙った射撃を仕掛ける。

「銃ってのはこう使うんだよォ、クソガキ!!」
サタヌスが避けきれず、腕をかすめる弾が炸裂する。
爆風の中、ティータは体勢を低くしながら前進、隙を見て軍刀を引き抜くと—。
一気に距離を詰め、斬りつけてくる。
「どうした? 腕力だけじゃ勝てねぇのを教えてやってんだよ、実の親からなァ!!」
サタヌスは息を荒くしながら、それでも突っ込む。
「関係ねぇ……てめぇが誰でも……ぶっ潰すだけだッ!!」
斧と雷、怒りと技術が激突する。
モスクのステンドグラスが振動で砕け、朝陽の中に稲妻が閃いた。
ティータの銃撃と雷の装甲に、サタヌスは完全に押されていた。
近づけば電撃、距離を取れば銃で撃たれる。

(くそっ……力押しじゃ埒が明かねぇ!)
ティータが軍刀を振り上げる瞬間。
サタヌスは急に体勢を崩したように、足元に転がる破片を蹴って視線を逸らす。
「はッ!? 目くらましかよ、チッ……」
その隙に——サタヌスは礼拝堂の柱を駆け上がっていた。
モスクの建築は高く、装飾の段差も多い。
彼は手すり、窓枠、像の肩を次々に踏んで、まるで猿のように天井近くまで登る。

「チョロチョロすんな、ガキ!!」
ティータが銃を構えるが、サタヌスは狙撃の死角から滑り込む。
そして、壁際の祭具台から布を引きちぎり、巧みに柱に結びつけた。
(今だ……!)
次の瞬間、布を伝って斜めに滑り降りながら、手に握っていた細工を投げる。
それは——ティータの装甲に盗み付けた“金属片”だった。
(あの時すれ違った時、あいつのベルトに引っ掛けてやった)

「……お前、何を——」
布の端に仕込まれていた魔力式電荷の罠が作動し。
金属片を通してティータ自身の電光装甲に“逆流”する形で雷が走る!
「う、がっ……!? テメェ、いつの間に——!!」
「へへっ……スラムじゃ背中を見せた時点で負けなんだよ。軍曹殿?」
サタヌスは着地と同時に斧を振りかぶり、今度は正面から——仕留めにかかった。

ティータの身体に雷が走った瞬間、サタヌスはすかさず滑り込んだ。
渾身の斧を、迷いなく——ティータの顔面めがけて振り下ろす!
「は、はははッ!! いいぜェ! やっぱり親子だなァ!!」
血を流しながらもティータは狂気の笑みを浮かべ、サタヌスを力任せに突き飛ばす。
サタヌスは体勢を立て直しながら、斧を構え直す。

「はッ、いい目だ……そうさァ、それでいいんだよ」
ティータは軍刀を構え直し、サタヌスに向き直る。
「さぁて、そろそろ終わりにしようぜ? “勇者サマ”よ」
「……っ」
「俺はな、お前と話がしたかったんだ。なぁ?」
ティータが軍刀を地面に突き立て、モスクの美しいタイルにヒビを入れる。
「俺はな? 確かにレアを犯した。だが鬱憤晴らしにしたんじゃねぇ」
「鬱憤晴らし……?」
「気に入ったんだよ、あの黒い髪も、浅黒い肌も……まさに俺の“理想の女”だ」
サタヌスは斧を構えながら、小さく舌打ちをする。

「てめぇの好みが生んだ悲劇だろうが……」
「そうさ! 俺が望んだんだよ!」
ティータの軍刀に魔力が宿る。
それは雷ではなく、炎のような赤黒い色だった。
「惜しかったなぁ。左目潰さなきゃ、一生俺の“理想の奴隷”にできたってのによ。
……まぁ、そのおかげで今じゃ最高の気分だがな」
サタヌスは斧を構え直し、ティータを睨みつける。
「お前と話すことなんざねぇ」
「そうかい? なら、さっさとくたばってくれや!」
そして、二人は同時に踏み込んだ。

“血塗れの勇者”と呼ばれる男には、2つの顔がある。
1つは、この街を戦乱から護る“英雄”の顔。
そしてもう1つは、暴力で街を従わせ、人を人とも思わない残虐な支配者の顔。
彼は信徒たちの憩いの場であるはずのモスクを戦場に変え、嬉々として人を殺す。
しかし——それは彼が悪人だからではない。
“最初からそうだったわけではない”のだ。

「うぐおぉ!」
先に膝をついたのはサタヌス。
肩で息をする彼に、ティータの手が差し出される。
軍服の袖が揺れ、その奥で笑う。
「今なら許す。跪け、サタヌス」
目線を合わせるように腰を落とし、ぐっと覗き込む。
自分そっくりな薄ら笑いが見つめていた。
「魔王軍に入れてやる。“أَب(アブー)”に、挨拶してみな─」
サタヌスの手が、斧の柄を強く握りしめる。
ステンドグラスの光が、床に赤く伸びた。
その中を、少年が疾風のごとく駆けた。

「俺の─أَب(アブー)は……テメェじゃねえええええッ!!!!!」
斧が唸りを上げた。
狙いは、顔面。父の顔を断ち切るために。
だが、剣と斧が交差したその一瞬─狙いは逸れ、眼帯が裂け飛んだ。