「ガイウス、その首貰い受ける!!」
「させるかよカリスト!!お前の剣ごとぶった斬ってやるぜェエエッッ!!」
互いに間合いを詰めていき、互いの刃が交錯し火花を散らす。
だが今度は一方的に押されるだけではない、鍔迫り合いに持ち込む事に成功する。
それは同時に至近距離で向かい合うことをも意味していた。
しかしそれも長くは続かない、カリストの体がぐらりと傾き始める。
これまでか、一瞬下唇を噛むが直ぐ動いた。
「貴様の剣では…死なんッ!!」
「キズ野郎!」
「ぐぅっ…」
カリストは鬼神の如く斬りかかり、回避こそできたが足が縺れその場に倒れこんでしまう。
だがこれで終わりではない、カリストは剣を振るい続ける。
「死ね!死ね!!死ねぇええッ!!」
「っぐ……!」
何度も斬り付けられる、その度に苦悶の声があがるが決して致命傷には至らない。
そんな様子を前にしても誰も手出しできなかった、下手をすれば巻き込まれかねないからだ。
数分間に渡る激しい攻防の末とうとうカリストの剣を弾き飛ばしてしまうガイウス。
(勝ったか……)
と安堵したのもつかの間-その程度では諦めないとばかりに身を乗り出して掴みかかってくる。
そして、悪鬼の如き表情を浮かべガイウスの首を絞め落とさんとばかりに力を込めてきた。
「ぐぁっ!ぐぅうう……!!」
「見たところ寄せ集めのようではないか、貴様から斬り殺し、あとの人間も殺してくれよう!
否、ユピテル様のいない世界に価値はない!一人でも多く斬り殺す!!」
「…そうやって、罪悪感から目を逸らすのか?」
「な…」
ガイウスは息苦しそうに目を細くしているが、その虹色の瞳はじっとカリストを見据えていた。
「1年前からそうだな。何に付けてもユピテルの命令ありきだ。
お前は生きていない、死んでいないだけだ」
「知ったふうな口を叩くなぁあ!!」
激昂しながらさらに力を込めるカリスト、しかし絞め殺すことはできなかった。
その疑問は直ぐに氷解した。
自分の腕が震えているのだ、まるで怯えているかのように。
「俺は世界を救うなんて大層な夢は持っちゃいない、
ただ俺が救いたいと思うもの全てを救うだけだ」
「っぐ……!?」
「お前はユピテルの遺志を継ぐというが、それは本当にお前が望んだものなのか?」
カリストの動きが一瞬止まる。その隙を見逃さずガイウスは突き飛ばすと距離を取り、
そしてそのまま喉元に刃を突きつける。
「俺はもう迷わない、自分の信じる道を行くと決めたからな!だからお前も」
「私は……」
「答えろ!カリスト!!」
「わ、私は……私は……」
言葉にならない言葉を呟きながら、カリストはその場に崩れ落ちた。
それはまさに敗北宣言のようにも見えたが、彼の心は折れていなかったようで
ゆっくりと起き上がるとこちらを睨みつけてくる。その目にはまだ闘志が残っているようだ。
それはまさに敗北宣言のようにも見えたが、彼の心は折れていなかった。
むしろ……。
「私はあああぁっ!」
「きゃあー!?」
「ヒスエルフ!!」
勢いよく飛び掛かるとルッツを拘束し。
カリストは羽交い絞めの姿勢のまま崖のほうへと移動する。
もはや勝ち目はないと悟ったカリストの顔は。
「死なばもろとも」と言うべき形相で その目は狂気に満ちていた。
「私は、カリスト……魂まで外道に落ちたのだ!今更になって後悔などできるかぁあ!!」
バルトロメオが弓を構える、狙いはカリストの脳天だ。
だがそれを制止したのは他でもないガイウスだった。
あいつは俺に任せろ、と目が告げている。
「さぁ勇者よ!!私と共に死ぬがいい!!」
「……ああ、そうだな」
「っ!?」
その返答にカリストは驚愕の表情を浮かべた。
だがそれも一瞬のこと、次の瞬間には笑顔となった。
「ふ……ふふふ……そうか、ならば共に逝け!勇者!!」
「うぐぇ」
ルッツを放り投げ、カリストはガイウスに勢いよく組み付いて2人の体が崖から落ちていく。
その様子を仲間達はただ見守ることしか出来なかった。
「ここまで来て何も出来ないなんて……」
「ガイウスッ……そんな、帝都目前で」
「くそっ!また救えなかったのかよ!」
それぞれが悔しさを滲ませながら、しかしどうする事もできずにいる中。
ただ一人、ガイウスだけは冷静でいた。
崖際で、二人はもつれ合うように倒れ込んだ。
カリストの手は、決して離さないという執念でガイウスの腕を掴み続けている。
「死にたくない、俺だけ死ぬのは不公平だ」
カリストの目が、切実な絶望と狂気で濡れていた。
雪の中、ガイウスは必死にもがきながら周囲を見やる。
ふっと腰に触れる感触――巴桜から預かった“縁切りの小太刀”がそこにあった。
ルッツやバルトロメオの言葉が、脳裏に甦る。
「ガイ君、気を付けて。縁切の神様は容赦ないからね。
良い縁でもバッサリ断つ。人間の都合を考えてくれない神だよ」
一瞬、冷たい風が吹き抜け、ガイウスの背後に“スタンド”のように巴桜の霊が現れる。
白い手がそっとガイウスの手に重なり、小太刀の柄を導いた。
「そんな馬鹿な真似はさせん!!貴様は堕ちるのだっ!このカリストと共に地獄へなぁあっ!!」
「いいや、俺は地獄に堕ちないさ」
「っは……?」
それはカリストにとって予想外の言葉だった。
次の瞬間にはカリストの右手首から先が消え、ガイウスの手はハオたちが投げ込んだ魔法の縄を掴んでいた。
「俺には手を差し伸べるやつが居る」
「あ……あ?」
「お前にはいるのか?」
「ゆ……ぴて……ユピテル様あああぁあ!!」
カリストは一人地獄へ堕ちていった。
その叫びは慟哭にも、断末魔のようにも聞こえ。
「ユピテルは死んだんだ」
ガイウスはそう呟くと、仲間たちに引き上げられる感覚を確かに感じながら目蓋を閉じた。
-ユピテル様
-申し訳ございません
-何も果たせぬまま、貴方様の御許へ逝く事を
-どうかお許しください
カリストはまだ生きていた。
しかしもう死んでいるのと同じだった。
雪が深く積もる崖下、カリストの体は血と氷にまみれ動かなくなっていた。
それでも彼の手には、かろうじて氷哭の柄が握られている。
氷哭――誰にも、何も応えてはくれない刀だ。
それでも刀身はまるで寄り添うように、静かに倒れていた。
夜の空気がひどく冷たく、刃が青白く輝いた。
カリストは視界の端で氷哭の刀身を見つめる。
途切れ途切れの息で、微かに笑う。
「氷哭……おまえは、優しいな」
「こんな姿になっても傍にいてくれるのは、おまえだけ……」
唇からこぼれるのは血と、それでも最後まで捨てきれなかった愛惜の色。
氷哭は、何も答えない。
ただ、凍てついた刃先を夜空に向けて、その身を主の隣に横たえている。
カリストの意識が遠のくなか、
唯一寄り添い続けてくれるのは、どこまでも無言で優しい――この“氷の刀”だけだった。
死にゆく彼は幻視していた、いつも通り刀を肩に担いで笑いかけてくるユピテルの姿を。
「私は……貴方様を」
幻のユピテルが手を差し伸べてくる。
カリストの手は虚空に伸ばされ、 しかし届くことなく空を切った。
「愛し、て……」
カリストは息絶えた。
同時に核がぱきりと砕け、氷の悪魔は雪となって散っていった。
—-
「カリスト様が……カリスト様が」
わずかに生き残った魔王軍残党は「指揮官」の死を魔力として感じ取り。
絶望しきった顔でその場にへたり込んだ。
もはや戦う意思も気力もないのだろう、それは魔王軍にとって致命的だった。
「カリスト様が……死んだ?」
「そんな……」
「うああぁああっ!!」
魔王軍の残党は散り散りに逃げ出していく、ルッツ達は彼等を目では追ったが。
今はガイウスを引き揚げるのが先だと縄を掴む。
もう彼等は戦えないと感じ取ったからだ、復讐心すら叩き折られてしまっているのだから。
「さっ僕達も無茶な勇者様を引き揚げるよ。オーエス、オーエス」
「何その掛け声」
「水夫が帆を上げる時に言う掛け声だよ」
「なるほど、息合わせられそうネ。ほらルッツも、オーエース」
「お、オーエ……オーエス!」
3人はというと、ガイウスを引き上げるため。綱引きのように3人で縄を引っ張っていた。
かつての「何者でもなかった」自分を思い起こすように、バルトロメオは縄を引く。
「それにしても、あのカリストって奴……最後までユピテルのことしか言わなかったね」
「気持ち悪い男だったわ」
「ルッツ!……まあでも、死人に囚われ過ぎて哀れだったよ」
「はいはい、お喋りはそこまでネ。奴さん、1人で上がれる?」
「ああ、いける」
既に縄はガイウスの顔がはっきり見えるぐらい引き上げられ。
ハオにこの先は1人でいいと合図するとガイウスは魔法の縄で体を振り子のように振り。
うまく勢いをつけながら崖の上へと飛び出した。
「あでっ!!」
勢いをつけすぎ着地に失敗はしたが、無事戻ってきたことに全員安堵する。
カリストの気配はもうない、この目で死体は見ていないがきっと死んだのだろう。
魔王の復活は近い。
感傷に浸りたい気持ちを切り替え、ガイウスは地平線の赤黒い雲を睨んだ。
神主――仁和は、もう迷いのない澄んだ目で四人を見つめていた。
雪に包まれた天涙ノ社の境内に、夜の静けさが沁みわたる。
「……ありがとうございます。旅の御方」
「私がこの神社に留まる理由は、今日の為にあったと気づけました」
ルッツは、少し照れたようにうつむく。
「いや、私達なにも……お祓いしてもらっただけ…」
雫宮は、かすかに首を振る。
「いいえ。私の中ではとても、大きなことですよ」
「この神社に別れを告げる前に、絵馬を奉納されていかれませんか?」
囲炉裏の火が、静かに四人の横顔を照らす。
「天涙ノ社に奉納した願いは、必ず叶うと言われているのです」
その目には「この社を離れる」という決意が、しっかりと宿っていた。
押し出されるように、四人はそれぞれ筆を取る。
風の中、白木の絵馬に願いが記されていく。
――ガイウス「ルナ完全討伐」
真っ直ぐな字で、戦いの終わりを祈る勇者の決意。
――ルッツ「おじいちゃんと仲直りしたい」
どこか子供っぽい丸文字で、素直な気持ちを込めて。
――バルトロメオ「誰も大ケガをしませんように」
家族と仲間への優しい祈り。
――ハオ「商売繁盛」
いつも通りの笑顔で、現実的な夢をさらりと書く。
奉納された絵馬が、澄んだ冬の風にそよいで揺れた。
その音は、春を待つ鐘のように、静かに夜空に響いていた。
雪が静かにやみ、天涙ノ社の鳥居が夜明けの色に溶けていく。
四人は奉納した絵馬を背に、ゆっくりと椿橋を渡る。
踏みしめる板の音とだけが、ここが戦いの地だったことを静かに教えてくれる。
石段を降りるその足取りは、どこか新しい旅立ちのようでもあった。
境内の奥に、もう神主――仁和の姿はない。
天涙ノ社は、役目を終えた聖域として、また静けさの中に還っていく。
絵馬が冬の風に揺れ、次の戦いを告げていた。
六将カリスト、ここに散る。
残すはついに、あと一人。