廃ビル街の一角。ネオン管が半分だけ点滅し、
看板にはかろうじて「DREAMLAND ARCADE」と読める文字。
雪と埃が積もった入口には、ぬるく光るクレーンゲームの筐体がひとつだけ、まだ稼働している。
だが、景品は全部“影”。ぬいぐるみも、プライズも、掴んでも掴んでも溶ける幻影。
ハオが覗き込み、懐かしそうに笑う。
「ここ、昔は賑やかだったノヨ。音楽もピコピコ、光もキラキラ」
「でも、いまは誰も遊ばない。夢が“置き去り”になってるノネ」
レイスが軽口を叩く。
「お前、ゲーセン常連っぽいもんな」
「俺はもっぱらクレーンで景品盗る側だったけど」
そして、ふとカリストが――慎重に筐体を覗き込む。
彼の指先が、スイッチのようにそっとボタンを押した。
壊れかけた基盤が、わずかに反応する。
画面がノイズと共に点き、懐かしい8bitのスタート音が流れる。
レイスが振り向く。
「お? お前、操作できんのか?」
カリストは静かに首を横に振る。
淡く光る画面を見つめながら、ゆっくりと言った。
「……ゲームセンター、というのは……娯楽施設、なのですか?」
ハオとレイスが一瞬顔を見合わせる。
プルトは、吹き出すのを必死でこらえながら肩を震わせた。
「まさか……行ったこと、ないんですか?」
「“軍”の施設にそんなものはなかったもので」と、カリスト。
彼の視線は、ただ光るボタンに釘付けになっていた。
そこに映る“反射”は、少年のような純粋な好奇心。
だが同時に――人生の中で、何かを「遊びとして失った人間」の空白でもあった。
ハオは優しく微笑み、残った電飾の下で言った。
「じゃあ……今日は、初めてのゲーセン体験ノネ」
「“死者の街のアミューズメント”、開店ヨ~」
レイスが煙草をくわえたまま笑う。
「やめとけ、あんたが遊んだら“電源ごと成仏”しそうだぞ」
“生前の笑い声”がノイズ混じりに蘇り。
メダルの音、シューティングの効果音、アナウンス……
すべての記憶が一瞬だけ現世にフラッシュバックする。
だが、すぐに光は消え、音も途絶える。
そこに残ったのは、カリストが押し続けていた赤いボタンの光だけ。
「……これが、“遊ぶ”ということですか」
「ええ、“少しだけ楽しい”ということです」
かつては歓声とネオンに彩られていた通りが、今はただ“静寂”の器になっている。
アスファルトの地面には、砕けたネオン管やアーケードの看板が瓦礫となって散乱し、
その隙間に、もう二度と誰も遊ばない“ゲームセンターの亡骸”が口を開けている。
入口には半壊したゲート。
中に足を踏み入れると、焼け焦げたコントローラー、脱線したレールゲーム、
割れた画面に薄くホコリが積もった筐体がずらりと並ぶ。
どれも今は“動くはずがない”ものばかり――
なのに、一角だけ、奇妙なほど現役感を残したクレーンゲームが煌々と光っていた。
ハオ・ランフェイは、その違和感に目を輝かせる。
「動いてるヨ!ちょっとやってみても……」
無邪気にボタンを押した――その瞬間。
クレーンのアームがボキッと乾いた音を立てて折れた。
「うわぁぁぁっ!?」
ハオが硬直する。アームは力なく筐体の中に転がり落ち、機械全体がエラー音を鳴らし始める。
レイスは両手を広げて叫ぶ。
「まじで壊した!今の修理できんの!?……いや、マジで?」
どこか本気で焦っている。
だが、プルトは冷静そのもの。
ガラス越しに中身を見て、「正確には……最初から壊れてたように見えますね」
無表情で淡々と分析する。
その横でカリストが肩を揺らして笑いを噛み殺している。
しかしクレーンゲームは、なぜか強制再起動。
アームの代わりに、下の投入口から何かポトリと落ちてくる。
封もされていないキーホルダー、焼け焦げた手紙の断片、
見覚えのない学生証、色褪せたゲームソフトの箱。
そのどれもが、「かつて誰かが遊び、夢を託した記憶の遺物」だった。
BGMの代わりに、どこか遠くからオルゴールのような音が流れる。
夢の跡地、かつての賑わいが、静かに胸の奥を打っていた。
廃墟ゲーセンの奥、割れたガラスケースに三つの“記憶の欠片”が揃った。
ひとつめは、古びたファミレスのクーポン券。
色褪せ、角が折れた紙片には「ファミレス・カリヨン」の消えかけたロゴ。
裏には、子どもの丸い筆跡で――
「○○ちゃん、また一緒に来ようね!」
けれど使用期限は、世界が災害で断ち切られた“前日”で止まっている。
ハオが小さくため息をつく。
「うーん……ごはんの匂い残ってないヨ。残念」
カリストはクーポンを光にかざし。
「“また”という言葉ほど、儚いものはない」と静かにこぼした。
ふたつめは、学生証のようなもの。
擦れたラミネート、ICチップだけがしぶとく残り、
名前もほとんど判別不能だが、写真部分だけが異様なリアリティをもって主張してくる。
そこには片目だけが映った幼い少年の顔――
所属校は「第七学区・中央支部中等教育機関」。
プルトはじっとIC部分を眺めながら呟く。
「記録されていたのは“学籍”ではなく、“命”だったのかもしれませんね」
レイスがその写真をじっと見つめる。
「……これ、片目しか映ってねぇ。なんか、妙に残るな……」
それは“何もかも未完成のまま終わった人生”そのものだった。
みっつめは、誰かの手紙の一部。
焼け焦げた便箋に、インクが滲む。
「……それでも、あなたのことを信じているよ。◯より」
文字の残りは、熱で炭化した断片が静かにひらひらと落ちていく。
カリストは便箋を手のひらで包み込み。
「信じる者の言葉が、最後に残る……皮肉な奇跡ですね」と呟く。
「“信じてる”ってすげぇ言葉だよな。あんだけ都合よく使われて、まだ信じられてんだもんな」
レイスは手紙を遠く眺め、どこか少しだけ笑っていた。
三つの記憶が集まったとき、廃ゲーセン奥のモニターが、にわかに唸りを上げる。
映し出されたのは――かつてこの地にいた少年少女たちの一日。
放課後、クーポンを握りしめてゲーセンとファミレスを駆け抜けた、“あの日”の残像。
明るい声、笑い、些細な喧嘩、約束、なんでもない“生”の記憶。
今やそこに生者はいない。
画面の中で朽ちていく笑顔、“遊びの亡骸”だけが、虚しく残る。
誰かの思い出が冥界の闇をほんのわずかに照らし。
またひとつ、境の層の扉が静かに開かれていく。
かつて子どもたちの笑顔と歓声で満ちていた廃アーケードの空気は、
記憶の欠片がモニターに映されたあと、すっかり静まり返っていた。
どこかでパチパチと蛍光灯が明滅し。
壊れたクレーン筐体が名残惜しげに“ガコン……”と最後のノイズを響かせる。
カリストが足元の瓦礫を踏みしめ、
「もうこのエリアには何もないようですね」
そう断言する声は、どこかで“死者の街”を見慣れたプロの響きだった。
「黄泉平坂に戻りましょう。虱つぶしに行くしかありません」
レイスが後ろ手にドアを押しながら、ふと問いかける。
「なー軍人。お前、ゲーセン行ったことある?」
カリストは、ぴしっと首を振り、キッパリと言い切った。
「ないです、明治にゲーセンはありません」
どこまでも潔い、“元人間”らしい返答だった。
ハオが両手を頭の後ろで組み、悪戯っぽく笑う。
「じゃカタついたら、みんなで行こうネー」
その無邪気な調子が、異様な空虚を和らげる。
妙にほのぼのした会話が、廃墟の中にかすかな温もりを残す。
だが、出口へ向かう途中――
割れた電柱に、色褪せた避難誘導ポスターが貼られているのが目に入る。
「強盗殺人事件多発、子どもだけで外出しないでください」
手書きの赤い文字、警告のマーカー。
どこかで切り取られたままの“あの日”が、生々しく道端に刻まれていた。
現世の残響、夢の亡骸、生きることと終わることの狭間で。
四人の影だけが、静かに次のエリアへと伸びていく。
思い出も、街も、全てがもう「帰れない場所」になっていた。