竹下通りの残骸を、黒いパーカーの男が闊歩する。
足元には潰れたロリータ傘、ガラクタに埋もれたぬいぐるみたち。
「やっぱりKAWAIIは、生きてる証拠だな~」
キガは目を細めて、キティを両手でむぎゅっと抱きしめた。
そのまま、ほんのり歯を立てる。
“カワイイものは、壊したくなる。もっと近くで感じたくなる。”
隣で唖然とするレイスと、黙ってスケッチを続けるマカ。
「人間もサンリオも、どっちもKAWAIIで、どっちも…」
ひときわ強い飢餓の衝動が胸を焼く。
世界の終わりは、キュートでアグレッシヴな予感♡
夕焼けに染まる原宿・竹下通り跡。
崩れたカラフルな看板、奇跡的に無事なサンリオぬいぐるみが転がる路地裏。
“かつて”はKAWAIIの聖地だった場所。
レイスはふてくされた顔で、ぬいぐるみたちを横目に舌打ちする。
「なぁマカ、あいつのせいでよ……。
サンリオ好き見ると、つい半歩距離取る癖がついたんだが。俺、悪くねぇよな?」
振り返るマカの目線は妙に冷静だ。
「正常な反応だと思います」
「……アイツ、“食べない”って宣言してても、目が合った瞬間“終わり”だなって、わかりますし」
遠くでキガが屋台の焼き鳥を頬張りながら、サンリオぬいに愛おしそうな目を向けている。
しかし、時折キガの眼が「胃酸色」に煌めく瞬間があるのを、二人は見逃さなかった。
あの色になったらヤバい。丸呑みされるぞ——本能が警告してくる。
「なあレイス、KAWAIIってさ……壊したくなんない?」
無邪気な笑みで近づくキガに、レイスは額の汗を拭いながら乾いた声で応じる。
「……人間もぬいも、区別ついてねぇだろお前」
キガはニッと笑うとベンチのドワちゃんぬいを拾い上げ、瞳をキラキラさせて呟く。
「うわ、このドワって子可愛い♡齧りたい」
即座にキュートアグレッション。
KAWAIIが終末の主食になる世界線、ここに極まる。
レイスは自販機に腰を預け、煙草の火をつけた。
マカはその隣で紙コップのジュースを両手で包む。
遠くではキガが、ドワちゃんぬいを抱きながらはしゃいでいる。
レイスがぽつりと口を開く。
「……俺だって人の心あるからさ」
煙を吐きながら、視線はあの“飢餓神”の背中に向いたままだ。
「嬢ちゃん——メーデンには、“あいつが可愛い~って言ってても迂闊に近づくな”とは教えといた。」
マカは淡々と頷く。
「犬、食ってましたもんね。」
レイスの眉がピクリと動く。
「お前も覚えてたか……あの時の“新宿”。」
「忘れられませんよ。……食べる直前まで、優しかったですもん。」
二人の脳裏に浮かぶのは、あの胃袋の街。
空気が酸味を帯び、アスファルトが蠢いていた新宿。
“寝起き”のキガを倒した時——あれがどれだけの地獄だったか、
彼らは忘れていなかった。
レイスは煙草の灰を落とし、鼻で笑った。
「ま、あのとき“寝起き”だったのが唯一の救いだな」
マカは無表情のまま、紙コップを見つめる。
「……あの寝起きの目が、いちばん印象的でした。」
「獣でも、神でもなく、ただ“飢え”だけで動いてる感じ。」
レイスは苦笑する。
「だからお気に入りなんだよ。あのバカ、どんな怪物より正直で、どんな神より人間臭ぇ。」
マカは軽く息を吐いて微笑んだ。
「正直、“寝起きの地獄”を一緒に見た相手には、変な情が湧きますね。」
二人の間に、ほんの少しの静寂。
遠くでキガの声が弾む。
「ねぇねぇ!ドワちゃん、齧ってもいい?!」
レイスとマカは同時に目を逸らした。
廃墟竹下通り、夕暮れの残光がピンクに濁る。
壁の落書きは半分消え、アスファルトの割れ目からサンリオの残骸が覗く。
そんな中、三人の異形が並んで歩いていた。
レイス、マカ、キガ。——新宿トリオ。
歩いているだけで、どこか“異常が発生してるように見える”三人組。
マカが唐突に端末を見て足を止めた。
「……ていうか、私たちの歩いてる姿、誰かがDスタにあげてるぽいんですけど」
視線の先では、路地裏のモブ魔族がこっそりカメラを構えている。
露骨な“撮り魔”。
一瞬、マカの指先が光った。詠唱が始まりかける。
「肖像権で訴えます?」
「ほっとけよ、キリがない。」
レイスは煙草を咥え直し、軽く片手を上げて制止する。
無言で通り過ぎる二人を、キガだけが興味なさそうに見送り。
その直後、屋台の香ばしい匂いに鼻をひくつかせた。
「……メロンパン、ある。」
気づけばもう屋台の前。
竹下通りの端、崩れたビルの陰でひっそりと営業を続ける屋台がある。
看板にはデカデカとこう書かれていた。
メロンハイッテマセン。
(※メロンパンにメロンは入っていません。何卒ご了承ください)
観光客時代の名残らしく、手書きのポップには笑顔のメロンキャラ。
だが今、そのイラストは半分煤け、残りの半分は“焦げた何か”に見える。
屋台の親父は無言でメロンパンを焼く。
生地の香ばしい匂いが、崩壊した原宿の空気にほんの少しだけ“文明”の香りを残していた。
レイスとマカは列の端に立ち、焼き上がりを待つ。
「……こんな時代でも、パンは焼けるんですね」
「意外と逞しいよな、人間の胃袋ってやつは」
煙草の煙がオレンジの夕陽を切り裂く。
キガは目を輝かせ、手渡されたメロンパンを両手で受け取った。
「ふわふわしてて美味しそう……」
そして次の瞬間。
「……脳みたいで」
血ではない、ただのイチゴジャム。
だがキガの“食い方”が致命的にホラー、笑顔のままパンを握りつぶし。
ジャムを手首に垂らして口元を汚す様はスプラッター映画。
レイスは慌てて立ち上がった。
「お前!!その食い方、地上波じゃモザイクだよ!!」
マカは無表情でメロンパンを半分に割りながら呟く。
「……なんでジャムとピーナッツバター入りあげたんですか。
本当に“脳喰い”っぽくなってるじゃないですか。」
無表情だが、明らかに呆れている。
結果、その屋台のDスタ映像は“ホラー飯テロ”としてバズり、
コメント欄は「#メロンハイッテマセンチャレンジ」「#地獄のふわふわ」などのタグで溢れた。
だが、当の屋台の親父は気にも留めず、
いつも通り静かにパンを焼き続けている。
——“見た目が地獄でも、味は極楽”
それがこの通り最後の良心、「メロンハイッテマセン」の信念であった。
やがてモブ魔族が撮影していたDスタ動画には、
「#新宿トリオ」「#地獄の飯テロ」「#かわいくて怖い」などのタグが次々とつけられ、
再生数が跳ね上がった。
——その映像が、とあるやみかわバンドの琴線に触れるのは、
まだ誰も知らない話である。