翌日、Dスタでは例の「スプラッター過ぎるメロンパン」映像が爆伸びしていた。
コメント欄はすでに地獄絵図。
「かわいすぎて食べたい!」
「キガくん天使で悪魔なのエモすぎ」
「#メロンハイッテマセンチャレンジやってみた」
バグったタグと“可愛い”の連呼がタイムラインを埋め尽くす。
再生数は億を超え、投稿主(※勝手に撮ったモブ)は一夜にしてバズスターになった。
マカはその画面を見ながら、眉を寄せた。
「……コメント欄、可愛いで埋まってるんですけど。これ、可愛いんですか?」
レイスは肩をすくめ、煙草の火を指で弾いた。
「魔族基準じゃ、かわいいんだよ」
彼の声はどこか遠くを見ているようだった。
「オヤジ——アンフィスが言ってた。
“悪魔は『ただ可愛い』じゃすぐ飽きる”ってな。」
マカが視線を上げる。
レイスの父、アンフィス・バエナ。
人間社会に擬態して生きていた純血の悪魔。
「ただの愛玩」では満足しない、という言葉の意味を彼は痛いほど知っている。
レイスは続ける。
「悪魔ってのは、可愛いだけのもん見ると“中身を見たくなる”んだと。
どんな顔で泣くのか、どこまで壊せば壊れんのか、どんな音で助けを呼ぶのか。
“全部知ってはじめて、本当に可愛い”って思うんだ。」
マカは静かに息をつく。
「……だから、捕まえた人間にあんな酷いことを?」
レイスは頷き、苦笑する。
「嫌いだからじゃない。好きだから、壊すんだよ。」
その理屈の狂気を、マカは理解しきれない。
だが、キガがパンを握り潰して“可愛い”と呟いた瞬間、
確かに世界がひとつ、奇妙に“調和”して見えた気がした。
悪魔にとっての“かわいい”は、痛みと破壊、そして飢えの先にある。
壊すことでしか愛せない美学。その歪みこそが。
この終末の原宿を支える「新しいKAWAII」なのかもしれない。
「……あぁ!だからさ、イザナギのやつが読んでたマンガで!!」
いきなり声が大きい。
レイスは眉をひそめ、嫌な予感しかしない顔。
「悪魔側が“もっと泣いて♡”とか言ってたの、あれそういう意味なんだな!!」
読んでるやつ、絶対R-18。
「お前……勝手にあいつの本棚あさったな?」
「だって、表紙に“ANGEL BREAKER 4”って書いてあったし」
「いや明らかにタイトルが危険じゃないですか」
レイスは額を押さえ、深く息を吐く。
「やめろ、勝手に読むな。あいつ繊細なんだぞ」
マカが端末をスクロールしながら、ぼそり。
「……イザナギさん、繊細さと性癖が共存してるタイプですよね」
「だから余計に地雷なんだよ!!」
キガは全く悪びれず、にこにこと笑う。
「でもさ〜、悪魔が“もっと泣いて♡”って言ってるの、
あれつまり、“かわいい”の最上級ってことだろ?」
「アイツ、聞いたら心折れるからな」
「え〜でも理解できたよ。“泣かせたい”って“可愛い”とほぼ同義だろ?」
「説明しないでください」
レイスは煙草を咥えたまま遠くを見上げる。
「……お前らといると、サブカルの地獄ってのは案外底がねぇ気がする」
メロンパン事件から三日後の午後。
レイスはいつものようにカフェの屋上で煙草を吸い、
マカは隣で端末の画面をスキャンしていた。
沈黙を破ったのは、レイスの低い声だった。
「ん?」
マカが顔を上げる。
「どうしましたか」
レイスは片眉を上げ、端末を傾けて見せた。
「DM……俺のアカウントに来てる。珍しいな」
マカの視線がわずかに鋭くなる。
彼のアカウントに連絡が来ること自体が、まず異常だった。
レイスのSNSは、ほとんど“死んでいる”。
年に一度スパムが迷い込むかどうか。
そもそもポストすらしない「幽霊アカウント」と呼ばれるにふさわしい。
風がカーテンを揺らし、レイスの端末に浮かぶ通知だけが色を持っていた。
@fuwafuwa_HELL。
どこか甘ったるい響きと裏腹に、その名前には妙な圧がある。
マカは覗き込み、無表情に呟いた。
「……ふわふわ地獄ではないですか」
レイスが眉を上げる。
「有名なのか?」
「このバンド、三回聴いたら悪夢を見るって有名ですよ」
レイスは片眉を上げて半笑い。
「それ、褒めてんの?」
マカは少しだけ口角を上げた。
「夢魔的には、最高の誉め言葉だそうです。……開いてください」
レイスの指先が画面をタップする。
一瞬の間。彼の表情が、僅かに引き締まる。
画面にはカラフルなスタンプと絵文字が踊っていた。
ピンクのハート、星、雲、羊、そしてキャンディ。
文面は軽く、だが奇妙な引力を帯びている。
「こんにちわぁ〜♡ふわふわ地獄ですっ!」
「あなたたちの“地獄のKAWAII”、すっごく気になってます〜!」
「よかったらコラボしませんか?♡」
「撮影会、竹下通りでやろっ★」
レイスは顔をしかめ、スクリーンを指で滑らせながら呟いた。
「……文面が甘すぎて虫歯になりそうだな」
マカは頷く。
「毒入りわたあめ、ですね」
二人の間に一瞬の沈黙が流れる、風が止まり夕陽が斜めに差す。
レイスの指がDMを閉じることもできず、ただその画面を見つめていた。
——そこには確かに、“やみかわな毒入りわたあめ”の招待状があった。
その文面の裏で、なにかが静かに蠢いていた。
廃墟カフェの薄暗い一角、ポータブル端末の光が、3人の顔をぼんやり照らす。
レイスは顎に手をやり、キガはカッププリン片手に身を乗り出し。
マカは帽子の影からじっとスクリーンを睨む。
再生されたのは、ふわふわ地獄の代表曲MV——リリックが舞い。
色彩がチカチカ、どこか現実感を溶かすダークかわいいアニメーション。
「羊が999匹死んだ夜」のMV。
画面狭しと羊が駆け回り、北斗の拳よろしく“爆散”するコマ送り。チープなのに、妙に心に刺さる。
羊雲がスマホ通知で吹き飛ぶたび、キガは「脳に焼き付く…カワイイ~♡」と満面の笑顔。
マカはじっと見入ったまま、ポツリと呟く。
「この羊が北斗の拳みたいに爆散するの、絶対アニメーター遊んでますよね」
無表情だが、目の奥はキラリと好奇心で光る。
レイスはひとつ息をついて。
「なるほど……確かに、これは三回見たら悪夢観るって言われるのも納得だわ」としみじみ。
無造作に指を鳴らし、再生リストを「既読フラグメント」に切り替える。
LINE風のMVが始まり、恋人同士の会話がやがて“避難勧告”で途切れ、画面がノイズに沈む。
短い静寂。3人の脳裏にMVの断片が“カワイイ悪夢”のように焼き付いて離れない。
レイスは端末をパタンと閉じ。
「よし、返答するか」と頷いた。
その声は“やみかわ”カルチャーとの邂逅を祝福するような、妙な熱を帯びていた。
廃墟カフェの片隅で、レイスは即席でDMに返信する。
「写真使っていい。ただし——ヒットしたら売り上げの5パーセント寄越せ。
これでいいなら何枚でもジャケットになってやる」
返送ボタンを押した瞬間、マカとキガはじっと端末を見つめる。
キガはワクワクした顔、マカは「どーせ時間かかるでしょ」と冷静な風。
だが“ピロンッ”という電子音が10分も経たずに鳴り響いた。
まるで端末の向こうで“ずっと張り込んでいた”かのような早さで、ふわふわ地獄からの返信が届く。
画面に浮かんだのは、アイドルフォントでデコられたmermeRchanのアカウント名。
「ほんとぉ~!!?じゃ明日からでも撮影会やろっ!場所は竹下通りネ♡」
メルメルの返信は、文末にやたらハートが飛び、文字サイズがなぜかランダムで踊っていた。
「えっ、ガチで即決……?」レイスは目を見開き。
マカは「早すぎますよ。たぶん通知全部ONですね」と無表情で納得。
キガは「やったー!竹下通りクレープ祭りだ~♡」と一人はしゃぐ。
——その瞬間から、“原宿廃墟KAWAIIリバイバル”計画が、派手すぎるほどサブカルなノリで始動した。
明日は竹下通り。
「やみかわ」の新時代、ここに爆誕。