原宿-もう“カワイイ”だけじゃ生き残れない - 3/4

竹下通り。
崩れかけのアーチゲートの下、
「集合場所:あの壊れたクレープ屋の看板前」とだけ書かれたDMを頼りに集まった面々は、
一見して——何のグループかわからない。

ロリータ服の夢魔(メルメル)
泣き笑いメイクのパンク少女(リリリ)
無表情な糸目少年(ネムネム)
黒革ジャケットの無精髭ベーシスト(ユルル)。
誰がどう見ても同じ世界観にいない四人が、それでも不思議と並んで立っている。
メルメルはわたあめを抱え、リリリはテンションMAXでスマホを構え。
ネムネムは立ったまま半分寝ており、ユルルはため息をついて煙草を指で回していた。

そこにやって来るのが——例の三人。
青白い三白眼のレイス、帽子の影に沈むマカ、そしてクレープ片手のキガ。
マカが一歩前に出て、眉をひそめた。
「……なんの集まりですか?」
声のトーンは真面目すぎて、逆にボケみたいになった。

ユルルは目だけ動かして、淡々と返す。
「あんたらに言われたくはないな」
その瞬間、リリリが。
「ちょっと!?そのFAMINEてパーカーめっっちゃかわいい!!どこで売ってるの!?」と爆発。
キガは口いっぱいにクリームを詰め込みながら首を傾げ。
「え~?これ魔力で刺繍してるから非売品」

(非売品……?)
「……うちのドラムと気が合いそうだな」
「いやもう全員ジャンル違うのに混ざり合ってんの怖いわ」
ネムネムは相変わらず糸目のままギターケースを抱え。
「今日もいい天気ですね」と誰にともなく呟いた。
空は曇り。
だが、その瞬間、魔界と地上のKAWAIIがほんの少し交わった気がした。

竹下通りのクレープ屋前。
ロリータ、夢魔、糸目少年、渋いおじさん、そして半人半魔二人と飢餓の神。
その場にいた誰もが思った。
「これはたぶん、奇跡という名のコラボ事故だ」

廃墟の竹下通り、その一角。撮影隊とバンドの合間、ふと話題が逸れる。
機材の準備中、リリリが自撮り棒を振りつつボソリと語る。
「もともとね、悪魔が歌うのってさ、人間を騙すための声——つまり擬態だったのよ。
“心を溶かして、騙しやすくする”のが本来の目的だったから」
マカはその言葉に即座に反応。
「フリーレンみたいですね」
目線は端末の画面越し、だが心なしか興味津々だ。

レイスは肩をすくめて煙草を弄び「魔族、昔はガチ目に共存不可能だったもんな」としみじみ。
かつては共に歌うどころか、互いを理解する術すらなかった。
歌声も、踊りも、全ては“異物を欺くための仮面”。
それが、今では原宿の路上で、悪魔も人間も、推しのライブに黄色い歓声を上げている。
その空気をふわっと壊したのは、メルメルだった。
ハートのアイコンと語尾が踊る声で宣言する。

「それを“歌いたいから歌う”に変えたのが、ストラスちゃんなのぉ。
あの子より前もアイドルっぽい子はいたけど、“本物のアイドル”が現れて一気に変わったの★」
ストラス——炎の蝶を纏う、現象系ウザカワアイドル。
あの笑顔が「擬態」じゃなく「本心」だった時、魔界中の誰もが“楽しむために歌う”自由に気づいた。

「推し」ができる時代。
魔界でアイドル文化が根付いたのは、“歌が嘘じゃなくなった”からだ。
竹下通りの廃墟に、今日も誰かが口ずさむ。
それは誰かを騙すためのメロディじゃない。
ただ、ここに生きている“証”としての歌だ。

グラットンバレー。
いまや廃墟とカオスが同居する魔界最大のサブカル・メガスラム——
だが、その魔族たちのルーツは“ガチ目にフリーレンの魔族”だった。
かつて、魔族は人間社会を“真似する”ことで生き残ろうとした。
だが、その模倣にはいつも「ズレ」があった。
人間の笑い方、会話のテンポ、挨拶や祭り——
外側だけコピーしても、“中身”の感情や価値観までは理解できない。

「悪意はない。ただ“効率的だから”やってるだけ」
魔族たちは淡々と、効率最優先の“合理”だけで行動した。
人間の歌を歌うのも、踊るのも、目的は「油断させて捕食しやすくするため」。
本気で仲良くなりたいわけじゃない。
——ただ、生き延びるにはそのほうが楽だっただけ。

だが大災害が“世界の境界”をぶち壊した。
魔界と人間界を隔てていた壁が消え、「お互い」が物理的にも思考回路的にも混ざりはじめる。
魔族たちは、人間の心の動きや感情に「興味」を持ち始めた。
一方で人間も、異形のロジックや合理主義に触れ、無自覚に魔族的な思考を身につけていく。

やがて、真似だけだった模倣は“共感”や“理解”へと変質する。
歌いたいから歌う、推しを推したいから推す。
魔族の“カワイイ”は人間の“カワイイ”に混じり、境界の意味を失っていった。
グラットンバレーの今のカオスは、「人間的であり魔族的でもある」——
どちらかだけじゃ、もう説明しきれない。
ズレた仮面が外れ、素顔で笑える魔族も。
仮面ごと騒げる人間も、どちらも“ここ”の住人になった。

夜の廃墟竹下通り、いつものふざけた撮影ノリがふと静まり返る一瞬。
遠くでネオンがチカチカ、魔界SNSの通知音がかすかに響くなか、レイスはふと思い出したように口を開く。
「俺の親父——アンフィス・バエナもさ。
人間界で一緒に暮らしてたとき……変なタイミングで笑ったりしてたなぁ……」

——遠い昔。
まだレイスが“地上”の空気に慣れていなかった頃。
買い物袋を抱えた蛇親子が、人混みの中を並んで歩いていた。
市場の奥では、人間たちがざわめき、群衆が円を描いている。
中心には粗末な木製の台。
そこに、ギロチンが据えられていた。

アンフィス・バエナは立ち止まり、細長い瞳を細める。
「見ろ、レイス。あれが“人生の幕引き”というやつだ」
子レイスは買い物袋を握り直しながら眉をひそめた。
「処刑されてんぞ」
「だからいい」
アンフィスは実に満足そうに頷く。
木製の台に陽が差し、刃が冷たく光る。
次の瞬間——ごろり、と音がした。
観衆が息を呑むなか、アンフィスは静かに微笑んだ。

レイスは慌てて腕を引っ張る。
「オヤジ、今あんたギロチン見ながら笑ってるヤバイ男だからな?!」
「そうか?」
アンフィスは首を傾げ、何食わぬ顔で答える。
「人間は、終わりを恐れるが……“終わる”という行為自体が完成だろう?
破壊されることで物語は閉じる。美しいではないか」
「いやいやいや、周り見ろ!誰も笑ってねぇから!!」
子レイスは頭を抱えた、人間の視線がじわじわと集まる。
群衆の一部が、蛇の目を見て青ざめた。

その刹那、アンフィスは軽く咳払いをし、すっと笑みを消した。
「……感情の表現を間違えた。すまんな。修正する」
言葉は淡々としていたが、その場の空気が僅かに冷え。
人々の“違和感”が押し潰されるように薄れていった。
——まるで感情そのものを食われたかのように。

レイスは小声で呟いた。
「……だからオヤジ、人間界でバレかけるんだよ……」
アンフィスは淡々と歩き出す。
「学習はした。次からは笑わない。」
「いや、笑うタイミングを覚えてくれ……!」
あの“ギロチンの午後”。
それが、レイスが初めて「悪魔は笑う場所を間違える」ことを知った日の記憶だった。

——たぶん、オヤジはあの瞬間も本気で“美しい”と思ってたんだろう。
だから、あの笑みは“純粋”だった。
……それが一番タチ悪いんだよな。
思い返せば、日常の何気ない場面でも「どうしてそこで?」と首を傾げたくなる父の姿。
怒っているのか、楽しいのか、ただ黙っているだけなのか?
魔族独特の感情表現は、レイスですら完全には読めなかった。

マカは端末をいじりながら小さく首をかしげる。
「レイスさんのおとうさん、今の時代見たらどんな顔するでしょうね」
レイスは短く息を吐いて、ちょっとだけ苦笑い。
「さぁ。あいつ、無表情すぎて、俺でも何考えてるかわかんなかったから」
思い返せば、父の“笑顔”も“沈黙”も、どこか人間の真似に見えた。
けれど、いまのこのカオスな魔界やKAWAII全開の竹下通りを見たら。
彼はどんなリアクションをするのか、レイス自身も想像がつかない。

それでも、「きっと変わる。きっと驚く」。
今のグラットンバレーには、昔はなかった“笑い”や“混ざり合い”が満ちている。
たとえ、無表情のままでも彼の中で、何かが変わるのかもしれない。