竹下通り。
崩れたアーチゲートの下、ふわふわ地獄×新宿トリオの「撮影会」が始まった。
だが――打ち合わせも説明も、誰も理解していなかった。
レイスが煙草を咥えながらぼやく。
「で、ジャケット撮影会って言うけど、何すんの? 俺スタジオとかいやだよ」
糸目のままギターケースを抱えたネムネムが、穏やかに微笑む。
「簡単です。貴方たちはいつも通りすごしてください……ぼくたちが、“ここだ”ってタイミングを撮るので」
マカが無表情のまま頷いた。
「つまり、ただ歩いてるだけで“おもしれーそう”です」
「……お前、皮肉言ってるだろ」
一方その頃、すでにキガの視線は屋台に釘付けになっていた。
「わー!!ゾンビクレープだ!食べよう?俺奢るから!食べよう!!」
看板には血糊まみれのデコレーション、
「#期間限定 #死後も甘い」を掲げた悪趣味なカフェ屋台。
メルメルが「かわいい〜♡」と叫び、リリリが「撮る撮る撮る!!」とスマホを構える。
ネムネムは穏やかに「いいですね、テーマ“死の甘味”……完璧です」と呟き、
ユルルはため息をついて「……おい、止めなくていいのか」
レイスは肩をすくめ、ぼそり。
「いや、俺もう知ってんだ。“止めたら負け”ってやつ」
——その瞬間、カメラのシャッターが切られた。
「撮れたっ!!!」
「すっご〜い♡」
そこには、ゾンビクレープを掲げて無邪気に笑うキガと、呆れ顔で目を逸らすマカ、
後ろで煙草をくわえたままため息をつくレイス、そしてその光景を俯瞰する四人のやみかわバンド。
色味は狂っているのに、構図だけは完璧だった。
――この瞬間、例の「謎のジャケット」が出来上がる10秒前である。
竹下通り、夕焼けのネオンに染まる屋台前。
血飛沫みたいなイチゴソースが飛び散るなか——例の男がいた。
キガ。両手にクレープ、口元どころか頬までソースまみれ。
「うまっ!これ、超うまい!」
笑顔、満点。けれど絵面、完全に事件現場。
レイスが絶叫する。
「はぁ!!? きったねぇ! 食い方汚すぎるだろお前!! もう血じゃねぇかそれ!!!」
リリリが横からぴょこんと顔を出し、スマホを掲げる。
「いいじゃ〜ん♪ ほらポーズポーズ!!」
マカが冷静に指を立てかけ、慌てて止めた。
「え? あっ、中指はダメです中指は!」
「中指以外!? じゃあこれだ!!」
「それ、理科の授業!!」
「えっ何それ? おもしれー!」
——次の瞬間。
血みどろでクレープを頬張る男を中央に、両脇の男女が真顔でフレミングの法則ポーズ。
光の角度も完璧。街の残骸ネオンが三人を囲い、どこか神々しさすらある。
メルメルが画面を覗き込み、目を輝かせる。
「え〜!? めっちゃいいじゃ〜ん!! これ次のジャケットにしよ☆」
レイスとマカが同時に振り返る。
「やめろ!!!」
だがその願いは虚しく、
後日、ふわふわ地獄公式アカウントに投稿されたその一枚は——
『地獄のKAWAII、竹下通りで開花♡』
#新宿トリオ #やみかわ革命 #FlemingIsArt
再生数:爆伸び。
「怖いけどかわいい!!!」
「血の味するクレープどこで買えますか?」
「物理と地獄が融合してる……」
——こうして誕生した、伝説の“謎ジャケット”。
誰も狙っていなかった。だが、あまりに自然すぎた。
ふわふわ地獄の新アルバム名は、後にこうして決まる。
『毒わたあめ -The Sweetest Apocalypse-』
撮影が終わった直後。
竹下通りに静寂——は、訪れない。
ユルルは額に手を当て、心底疲れた声を漏らす。
「……俺、このバンド抜けていいか?」
その横でレイスが煙草を咥え直し、
「いや、今この流れで抜けても止められない気するぞ」
と真顔で返す。
マカは黙ってうなずいた。
(現場の空気が完全に手遅れ……)
だが、メルメルはそんな空気を一切気にしていなかった。
目を輝かせ、両手をぱんっと叩く。
「せっかくだからぁ♡ 公式ジャケット担当トリオとの出会いを祝して——」
「一曲、作っちゃおう~♪」
「出た〜!メルメルちゃんの勢い企画!!」
「音源にするのですか?」
「もちろん! 出来よかったらCDにフル音源収録する感じでね☆」
ユルルが絶句した。
「……え、まじで今の“血まみれクレープ事件”を? 歌にすんの?」
メルメル「うんっ♡ タイトルはね、“毒わたあめ”!
“ふわふわしてるけど 食べたら死ぬかも”って感じでっ!」
「最高じゃん!!!」
即座にノってくる飢餓神。
レイスが額を押さえた。
「お前は“食う側”だろ……」
マカは淡々と補足する。
「毒わたあめ……確かに、魔界で流行りそうなタイトルですね。」
メルメルはすでにキーボードを取り出して鼻歌を始めていた。
リリリはスティックを鳴らし、ネムネムがギターの弦を軽く弾く。
やみかわバンドが一瞬でセッションモードに入る。
メルメルがマイクを掴んで、くるりと一回転。
ピンクの光がネオンの残骸に反射し、風が舞う。
「いぇ〜い♡ タイトルは“毒わたあめ”!」
「歌詞は〜、その場のノリで考えたのっ♡」
「それがいちばん怖いんだよぉ!!!」
「……行きます」
——ギターが鳴った。
低く、甘く、夢の中みたいに、そこにベースとドラムが重なる。
レイスの雷みたいなギター音が割り込んだ瞬間、
竹下通りの空気が歪む。
中指立てちゃダメなの かわいくないから
ふわふわして 血塗れで 笑顔満点
リリリがリズムに合わせてスティックを叩く。
“かわいくない”の裏で響くのは、地獄の拍動みたいなビート。
キガはクレープを食べながら(※食べてる)リズムを取っている。
レイスは頭を振りながら笑った。
「これ……なんだよ、地獄のCMソングか!?」
マカは腕を組んで聴いていた。
無表情のまま、ぽつり。
「……恐ろしいほど耳に残りますね」
ネムネムは静かに弦を滑らせ、
その音が、まるで“悪夢の終わりに流れる子守唄”みたいに染み込んでいく。
——ふわふわして 血塗れで 笑顔満点。
竹下通りの終末を照らす、最もKAWAIIで危険な一曲が生まれた瞬間だった。
ステージライトが落ちたあとも、ネオンは止まらない。
夜の竹下通り。
瓦礫の上、ふわふわ地獄と新宿トリオは笑っていた。
メルメルがマイクを高く掲げ、ふわっと微笑む。
「できたっ★」
「来月CD出すから、良かったら聴いてね♪」
レイスが煙草をくわえながら、片手を挙げる。
「売り上げでプリン買えるなら協力する。
でも“クレープ食い方スプラッター”は直せねぇからな」
マカは冷静に画面を見ながら呟く。
「撮るたび違うジャケットになるの、普通にすごくないですか」
キガはゾンビクレープを掲げてにっこり。
「カワイイは食べてナンボ★ みんなでゾンビクレープ食べよ!」
笑い声とフラッシュ、血のように甘い香り。
ふわふわした風の中、誰もが悟っていた。
“ただ可愛いだけじゃダメだ”。
毒が混じるほど、唯一無二になる。
やみかわ(病みかわいい)。
こわかわ(怖かわいい)。
魔KAWAII(魔界的かわいさ)。
それらは、滅びた文明の残骸の上で再び息を吹き返す。
可愛いは生き延びる。
痛みを喰い、恐怖を呑み込み、
再構築されていく。
世界が終わっても、KAWAIIだけは進化をやめない。
瓦礫の街に、闇と毒を纏った新しいKAWAIIが咲く。
それは決して後戻りできない、“侵食”と“再発明”の物語。
KAWAII再構築──新宿トリオとふわふわ地獄が、その最前線だ。
夜の廃墟原宿。
壊れた看板が風に鳴り、星の見えない空を、ネオンの残光が照らしている。
瓦礫の影でレイスは煙草をふかしながら、天を仰いだ。
街の残骸に、ふわふわ地獄の残した音がまだ微かに響いている。
あの“毒わたあめ”の旋律。
耳に残るほどに甘く、苦い。
「ユピテルが何で魔界基準じゃ絶世の美男子なのか、マジで納得いかねぇんだが……」
ぼそりと呟く。
その横顔には、どこか敗北感すら漂っていた。
地獄の美学に抗ってきた男が、ついに理解してしまったような顔。
そして、路地裏でスプラッターにクレープを喰らう男——キガを見る。
頬にソース、笑顔は無垢。
その姿に、レイスは息を吐いた。
「……キガ見てたら、わかってきた気がする……悔しい……」
理性じゃ測れない。清潔感も、バランスも、美意識も。
たったひとつの“危うさ”で、全部ブチ抜ける。
その圧倒的な“本能”が、美を支配している。
それが、魔界がもたらしたKAWAIIだった。
少し離れた場所で、マカが無表情に帽子の“モンスター口”をいじる。
「……正直、この先。たとえ人間界が復興したとしても、完全に“元の世界”には戻れないですね」
レイスが目を細める。
「……文化の問題か?」
マカはうなずく。
「はい。もう文化が侵食されてます。
グラットンバレーじゃ“コワかわいい”が正義です。」
誰も“正しさ”を信じていない。
けれど、みんな“美しさ”を信じている。
かつて“普通”だった価値観はもう、どこにもない。
魔界がもたらした“毒入りKAWAII”は、静かに書き換えていく。
遠くで、ふわふわ地獄の新曲が流れ始めた。
メルメルの声が風に混じり、夜に溶ける。
「ふわふわして 血塗れで 笑顔満点——」
そして誰もが知る。この世界は、もう一度“再構築”されていくのだ。
KAWAIIという名の、毒と美の手によって。
ピンクのノイズが走る、原宿の廃墟
ネオンの残響の中を、レイス・マカ・キガの三人が無言で歩いている。
メルメルの声が囁くように始まる。
「かわいいって、なにでできてるの?」
「血と涙と、少しのシュガー」
ギターがゆっくり立ち上がり、ドラムの心拍数が重なる。
中指立てちゃダメなの かわいくないから
ふわふわして 血塗れで 笑顔満点
カメラの外で泣いてる子 映らなくていいよ
私たちがかわいく死ぬから
すりガラス越しの世界 夢が腐ってる
甘いだけじゃ 生き残れない
ねぇ 食べてよ この毒わたあめ
ピンクの嘘で包んだ真実
かわいいだけじゃ 満たされない
わたしの中の地獄が笑う
鏡の中のわたしが 誰かを喰べてる
でもね、それが愛なんでしょ?
かわいいを信じて壊した世界で
今日もまだ、心臓が踊ってる
甘くて痛くて 息ができない
この街が飲み込んでく
KAWAIIって、祈りのカタチ
世界が終わっても 溶けていく
毒わたあめ かわいいの亡霊
ピンクのノイズが完全に画面を覆う。
やがて音が止まり、無音。
一拍遅れて、メルメルの囁きが残る。
「かわいいは、死なないよ」
KAWAII再構築 ─ End of Harajuku.