大龍編-その名は虹瞳 - 1/5

「負けたじゃないの!!ハオどうするのよ!」
「う~ん困ったネェ、この作戦。ガイウスに勝って貰わないと成立しないのヨネ」
「んなのんきな事言ってる場合かぁ!キズ野郎!立て!!立ちなさいよぉおお!!」
「そうだぜ!立ってくれぇええええ!!」
「ガイウスーーーー!!」
ルッツに続きバルトロメオも、さらにガイウスを応援していた観客たちが立ち上がり声援を送る。
その声に応えるためか、ふらつきながら立ち上がると構えを取る。
追放されてもカリスマは健在らしい、今度こそ心を折ってやろうとマルスは腕組みし笑いかける。

「ぜぇー……ぜぇー……」
「この状態でよく立てたものだ、だがあと一撃持てばいいほうだな?降参してもいいんだぞ」
「お断りだ。てめぇら六将のことは俺が一番知ってるんでね……!」
ガイウスは痛みに顔を歪めつつも、まっすぐマルスを指さす。
「一撃で決める……!」
その言葉にマルスは鼻で笑う。
「この状況でか? 貴様がどれだけ粋がろうと、今の貴様には何もできん!」
「そうか……だったら、試してみるか?」
舞台に立ち上がったガイウスは、もうまともに歩けるようには見えなかった。
肩を揺らし、視線は宙をさまよい。
その姿はまるで——祭りの帰りに酒場を十軒はしごした男そのもの。

「なぁマルスぅ?俺早く宴会行きたいんだよぅ〜」
「……どうした?酒か」
「え?酒ェ?酔ってない……酔ってない……」
足がふらつく。
一歩踏み出すたびに身体が傾き、倒れそうになっては、なぜか持ち直す。
重心が読めない。
観客から見ればそれは、ただの千鳥足の酔っぱらいだ。
「うおい……立ってんのか倒れてんのか分かんねぇぞあいつ……!」
「パーダオの飲んだくれと変わんねぇ顔してる……!」
観客のざわめき。
けれどその中で、ハオだけが目を細めて笑った。

「……あれは“ふざけてる”んじゃない、呼吸が変わったヨ」
ガイウスの目が、妙に据わっている。
焦点が合っていないようで、実際には全てを見通していた。
一歩、また一歩。
あまりにも無防備なその姿に、マルスは嘲笑しながら拳を振り上げる。
「貴様……愚か者め! ならば潰してくれる!!」
赤き炎を纏った拳が振り下ろされる——その瞬間。
ガイウスは、フラリと腰を落とす。
目はどこを見ているかわからない。
だが、次の瞬間だけは――確かに、標的を捉えていた。

「——待ってたぜ」
拳が唸り、酔いの揺らぎが“風”になる。
風が火を断ち、炎が止まる。
一見ふざけた男の姿勢が、武神の型へと変わる瞬間だった。
マルスの拳は、狙いを誤って空を裂いた。

「なっ——!?」
その瞬間。ガイウスの全身が、バネ仕掛けのように弾けた。
渾身の踏み込み。
その拳は、マルスの腹部に一直線に突き刺さる。
「がっ……!!」
ガイウスの拳が突き刺さった瞬間、マルスの全身に衝撃が走った。
鬼の肉体をもってしても、避けられぬ一撃。
拳は突き刺さり、そのまま——。
——マルスの巨体が、宙を舞った。
「ば、ばかな……!!」
舞台の端へと弾き飛ばされたマルス。
観客が息を呑む。

「……酔拳とは通だネ」
ハオが呟く、武闘の稽古としてガイウスに拳法を叩き込んだが。
まさか酔拳をチョイスするとは。
確かにあれは、マルスのようなパワーファイターには効果抜群だ。
「ぐ、あ……っ」
もう動けない。体が動かない。
マルスは膝から崩れ落ちると同時に血反吐を吐いた。
その赤い核は瀕死である証に、危険信号を鳴らすように点滅を始めていた。

「マルス」
「はぁ……はぁー……私は、私は……」
「聞こえてるかい?」
「ようやっと上り詰められたのだ……角なしと嗤われ、追放され……」
「そうだな」
「そして……その世界へ舞い戻り……私は……!」
「……マルス」
「はぁー……はぁー……」
マルスは肩で息をしながら、舞台に寝転がったまま。
ガイウスは追い打ちもせずただ静かに。彼の目の前でしゃがんで覗き込む。

「この顔の傷、お前がつけてくれたな」
「はぁ……は……ぁ……」
「ようやくてめぇに一本とれたな」
ガイウスの言葉にマルスの表情が変わる。
激痛に顔を歪めているのは同じなのだが。
まるで何かに納得したような。何かに安堵するような、穏やかな笑顔だった。

「そうか……私は、敗けたか」
「あぁ。そうだ」
「ガイウスよ、1つ約束してくれ、私の名を……後世に語り継いでくれ、50年先も、100年先も」
「安心しな、こんだけやらかしたんだ。フーロンを滅ぼそうとした大悪党として語り継がれるだろうよ」
「フフ……そうだ、な……見事、見事……だ」
マルスは大悪党としてであるが、歴史に名を残すという自身の夢が叶ったことに満足し。
苦痛に耐えながら微かに微笑んでいるようだった。
そして、向こうから黄泉送りの為ハオが近づこうとしたのを横目に見て手で制す。

「構わんハオ。地獄には私の手で逝く」
「マル……寛寧様!」
「さらばだ」
六将になる前の名を呼ばれ、ずいぶん久しぶりに呼ばれたという顔をしつつ。
マルスはそれまで脱力していた姿から一転、自身の核を指で挟むとそれを自ら引き抜いた。
摘み出した自身の核にフッと笑ってみせると、それを握りつぶす。
「マルス!!」
ネプトゥヌスの声が舞台に響くと同時に、彼の肉体は燃え上がり。
やがて、炎は灰となり……消滅した。
時が止まったかのように静まり返る舞台上、皆の視線の先で。
炎は風に吹かれて消えていくように静かに消え去った。

「……決まった。これで俺も老師の仲間入りかぁ?」
ガイウスがそうおどける、六将マルスは倒れた。
同時にネプトゥヌスは演舞の終了を告げるように泡の結界を解除する。
舞台はマルスが先程まで暴れ狂っていた証に。
柱は焼け焦げ、床は煤で汚れていた。