「ガイウス、お祭りよ?楽しまないと」
「むぅ」
「どうしたのよ~」
「こいつがな、皇子を殺したのはマルスじゃないって言うんだ」
ダリルベルデをねぎらうように手入れしてやりながらガイウスは呟いた。
ルッツは彼の横に座りながら退屈そうに頬杖をつきつつ聞く。
「へぇ?誰なの?」
「……わからん、だがずっと背負ってるから何となくコイツの声がわかるんだわ。
それがな、俺のカタキはマルスじゃ無いっていうんだよ」
そういって剣を見せる、鞘に収められた剣は仄かな光を放っていた。
そういやさ……とルッツは話しかける、ガイウスは元勇者。
つまり勇者時代の仲間が居るはずなのだ。
彼らはどうしているんだ?と好奇心から尋ねる。
「あぁ居たよ。世界救済とは名ばかりの寄せ集め共だ、縁が切れて良かったぜ」
「アンタが寄せ集めっていうあたり余程ね……じゃ名前教えて、そいつら避けるからさ」
「ヴィヌス、メルクリウス、そしてサタヌス」
「……聞いたこともないわねぇ」
「だろうな、あいつらも俺が死んだと思ってるはずだからな」
ヴィヌス、メルクリウス、サタヌス、懐かしい名だ。
実力は自分の仲間だけあって鳴り物入りだが。
思えばとんでもないパーティーで世界救済だの言っていたものである。
そんな彼らも今はそれぞれ別の道を歩んでいる。
解散した今はもう二度と会わぬものと皆思っている、だが……。
(またキズが疼くなぁ……)
ガイウスはかつての仲間を思い出しつつ、顔の傷を擦った。
—-
「ところでガイウス君、マルスとの戦いで気づいてなかったろうけどこんなことあったよ」
「なんだ?」
「ルッツが君を名前で呼んだ」
「何ぃ~!?」
宴の終わり、パーダオ郊外の宿にて バルトロメオがからかうように呟く。
酒の入ったグラス片手にニヤニヤしている。
一方ガイウスは驚愕の表情のまま固まってしまった。
シャオヘイはと言うと部屋の隅っこで丸くなり寝息を立てていた。
宴会の席ではしゃぎすぎたせいであろう。
「だってお前、あいつ俺のこといつも『キズ野郎』って呼んでたんだぞ!?
それがいきなり名前を呼んでくるっておかしいだろ!!」
「ふふふっ、それだけ仲良くなったということだろう?」
「いや~俺はてっきり嫌われてるのかと……」
「嫌っていたらあんなに懐かないと思うよ?」
「ううむ……」
納得いかないといった表情で唸る彼をよそにバルトロメオは酒を呷る。
ルッツにあのあと「ガイウスを名前で呼ばなかったか?」と聞いてみたが。
食い気味に否定された、あれだけ大声で叫んでいれば誰だって気づくだろう……。
「はぁ……それよりだ。今の俺は体のあちこちが痛む、マルスの野郎」
「確かにこりゃ酷いわ、ハオに鍼打ってもらいな」
「ハリ?」
「フーロン式の治療術だよ、魔族にも効くやつ」
「ほう、そりゃいい!さっそく頼んでこよう」
言うが早いか部屋を飛び出していった、治療室に向かったのだろう。
残されたシャオヘイは薄目を開け様子を伺ったが。
すぐようやく静かになったと目を閉じる。
そして寝返りを打ちつつ小声で呟くのだった。
「気の毒な……師匠の鍼は死ぬほど痛いと評判なのに」
経験者は雄弁に語る、シャオヘイは狐尾を丸めて再び寝るのだった。
「で、ハオ。鍼ってなんなんだ?俺受けるの初めてだけど」
「見ての通り。体の秘孔に針を刺すんだヨ!」
「なるほど!わかった!」
「……ほんとにわかってるノ?まぁいいや、まずは火傷を治すツボからネ~」
なにしろマルスの戦いのあと、表面上の火傷は治療できたが内臓にダメージが残っている。
これを放っておくと命に関わるので、念入りに処置する。
「よし、じゃあ内臓の熱を散らすヨ~」
「内臓?」
「燃え残ってるネ。マルスの炎、表面だけじゃないヨ」
ハオは細い針を指先で弾き、ぴんと澄んだ音が鳴る。
ガイウスはそれを見て、少しだけ顔色を失う。
「おい待て、それどこに刺す気だ」
「ここネ」
「どこだよ!」
腹の一点をつん、と押したその瞬間、宿屋が震えた。
隣室の伏耳がびくりと揺れた気がした 。
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
「うるさいネ。まだ刺してないヨ」
「刺してから言えそれ!!」
ルッツが廊下から顔を出す。
「ちょっと何!?マルス復活したの!?」
「違う!ハオだ!!」
「は?」
「鍼だヨ」
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!」
宿の梁が震え、屋根の上の鳥が一斉に飛び立つ。
シャオヘイは布団の中で目を閉じたまま呟く。
「……今日は秘孔“百雷”か。南無」
「なにそれ怖い!!」
「安心しなヨ、死なないから」
「死ぬわ!!」
「死なないネ」
「いや絶対死ぬってこれ!!マルスの火炎竜巻より痛い!!」
マルス・フローガ。炎の鬼族 。
あの獄炎将軍と真正面から殴り合った男が。
「やめろォォォォ!!魂が抜けるゥゥ!!」
鍼治療で半泣きである、ハオは涼しい顔で二本目を刺す。
「これは“気”を整えるツボネ」
「整わなくていい!!暴れさせろ!!」
「大童はうるさいネ」
「ァァァァァァァァ!!!!」
遠くで犬が吠え、宿の主人が天井を見上げる。
「……六将との決戦より叫んでない?」
「叫んでるネ」
「絶対叫んでるわ」
「いやあの時は“ぐっ”とか“くそ”とかだろ!?
今はなんか魂が直接持ってかれてる感じなんだよ!!」
「気が通ってる証拠ネ」
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」
その夜、覇道の宿屋には“獄炎将軍を退けた男、鍼で敗北”
という新たな伝説が生まれた。
「……俺、マルスよりハオのほうが怖ぇかもしれねぇ」
「光栄ネ」
「褒めてねぇ!!」
だが体は軽い、呼吸が深い、内側の熱が消えている。
「……マルスと殺し合いしたときより叫んだの、内緒にしろよ」
ルッツが即答する。
「無理。明日には市中に広まってるわね」
ハオがにやりと笑う。
「伏耳は優秀ネ」
「やめろォォォォォ!!」
再び覇道に悲鳴が響いた。
「よし、これでおしまいネ。よく頑張ったネ、偉いえらい」
「ふぅ……やっと終わったのか、痛かった……」
「ガイウスは体の治りが早いから火傷ももうすぐ治るヨ。あ、顔の傷は難しいカ」
「あぁ良いんだ。この傷は俺の……罪みたいなもんだからな」
今も思い出す、1年前-まだ勇者とか名乗っていた時である。
聖王国が魔王の軍勢に滅ぼされるのを守りきれなかった。
そのとき対峙したのがマルスだ、マルスは六将の一人らしからぬ性格だった。
結果自分は勝ったものの代償として顔には消えない火傷が残ることになった。
もしあのときマルスを討ち取れば、あの時点で戦いは終わっていたのだろうか……?
いや、そんな仮定は無意味だな。過ぎたことを考えても仕方がない。
「さて、そろそろ寝るかな……っとその前に」
「どうしたノ?」
「その前に見ときたいものがある」
「あぁ、そろそろ時間だネ」
ハオもそんな時間かと窓を見やると、王宮から花火が打ち上げられているのが見えた。
夜空に咲く花々は新年を迎える日なのだ。
「寛寧様ネ、ホントに優しかったヨ。今も大好き」
「……そうか」
「これからフーロンはどうなるのかしらネ」
「さあ。でも良い方に向かうんじゃねぇか?」
「そうネ!きっと大丈夫だロ!」
フーロンに平和が訪れた、だがそれはあくまで一時的なものに過ぎない。
いつ新たな脅威が現れるかわからないのだ、そのためにもしばらくは留まる事となろう。
夜空に、一発目の花火が咲いた。
誰もが赤や金を想像していた、その瞬間――。
最初に夜を染めたのは、深く澄んだ青だった。
「……え?」
通りの端、屋台を片付けていた男が顔を上げる。
その肩に小さな子がしがみついていた。狐耳の生えた幼い娘だ。興奮で尻尾が揺れている。
「おとーさん、青いよ?」
「ン~?……珍しいな。いつもは黄色からはじまるのに」
父親は目を細める。
煙の匂い、遠くの歓声、夜風の冷たさ。
その上に、蒼い花が静かに開いていく。
隣で母親が、湯気の残る茶碗を抱えたまま笑う。
「いいじゃない。青でもきれいよ」
娘は首を傾げた。
「なんで青なの?」
「さぁなぁ……」
父親は言葉を濁し、けれど目だけは青を追っていた。
何かの“都合”で色が変わる夜がある。
大人はそれを、子どもより少しだけ知っている。
蒼は、華やかではない。
けれど、やけに澄んでいる。
まるで――海の底から浮かび上がった最後の息のように。
蒼い光が消えたあと、ようやく次の色が続く。
赤。金。白。
いつもの新年の花火。
だが一発目の蒼だけが、どこか違った。
誰も名を口にしないまま、夜空は“彼女の色”から始まった。
宿屋の窓辺で、それを見上げたハオが呟く。
「最初に青、ネプトゥヌスお姉サンの色ネ」
ガイウスは無言で頷いた。
火薬の残響が遠くで鳴り、風が部屋を通り抜ける。
「予定じゃ、青は後半だったらしい」
「……けど、海の女王に敬意を込めて、先に上げたそうだ」
ハオが少し驚いたように顔を上げる。
ガイウスは膝に肘を置いたまま、夜空を見つめて微笑む。
「カリスマってヤツだな」
「六将は嫌いだが、ああいう人を動かす力があるのは否定できねぇ」
青い光が窓枠を照らし、二人の横顔に淡く反射する。
その色は、まるで遠い海の底から届いた最後の挨拶のように――
静かに夜を包んでいった。
フーロンの夜は更けていく。
夜空を彩る花々を人が、魔族が、そしてエルフたちが見上げていた。