—-フーロン皇国「娘娘飯店」—–
「あぁ~傷が痛む、雨は嫌いだ…!」
「ほれキズ野郎、チャーシューやるわ」
「おう、だからタンメンにしろって言ったじゃないか」
「うるさいわ!タンメン飽きたからよ!!」
ルッツとガイウスは仲間であるハオのお店で雨を窓越しに眺めながら昼食をとっていた。
ちなみに今、ルッツはタンメンは飽きたと言ってラーメンを頼んで
来た後にチャーシューは要らないとガイウスの器に放り込んでいるところだ。
「じゃ貰うぞ。あーエルフに生まれなくて良かったわぁ俺」
「アホぬかせ」
そう言って二人は麺を啜る、流石パーティーいち料理上手の
ハオが打っただけにコシがあり美味い。
具もしっかりしていて満足感がある、何よりスープも美味かった。
具材もシンプルながら丁寧に作られており、味が染みているのがわかる。
「なぁハオ」
「是(はーい)」
「もう少し高くしていいと思うぞ俺。大龍祭で食った拉麺よりうまいもんこれ」
「この値段がいいのヨ。ハオ宮廷料理人とか堅苦しいし、冒険者ってお金ない人多いでしょ?」
「ああ確かに、あたし森から出た時金欠だった……」
「デショ?常連さんが増えてくれればそれでいいのよネ。結果的に儲けりゃいいのヨ」
流石飲食店構えてるだけに図太い、そう思いながら雨を見やる。
益々強くなっている、気づけば店内にマントや肩を濡らした人々が増えていた。
「ねぇキズ野郎」
「杏仁豆腐なら次のページだぞ」
「先読みするな!!…皇女様、元気かな?」
「あぁ。六将どもが全滅してないってのが引っかかるぜ…」
いっときの平和を楽しむように水を流し込んだ直後。
雷が堕ちたようで窓が昼のように明るくなる!
甲高い悲鳴とともにルッツが抱きついてきたものだから
思い切りむせて水をぶちまけてしまった。
「ゲホッゴホ……!何すんだてめぇ!!」
「だって怖いんだもん!!」
「だからって抱きつくんじゃねぇよ!!」
「なによー!あんただってさっきあたしの胸揉んだでしょ!」
「揉んでねぇよバカヤロー!!!」
言い争いながらも抱き合ったまま離れない二人。
それを見ながらハオはジト目になりながら、他の客へ料理を運んでいく。
ちなみに今は非番なので尸解仙の着物姿でなく、看板娘としての軽装姿だ。
その目は料理を運びつつも、地面を叩きつけるような雨と雷鳴に向いていた。
(デリンクォーラから流れきた嵐か…ずいぶんとイヤな嵐ネ)
ハオは厨房へ戻るとエプロンを結び直し気合を入れるのだった。
——
酒樽の上に座る人物がいた、その人物は人間ではなく魔族である。
名をプルトといい、影魔将と呼ばれている存在だ。
プルトは一人静かに酒を飲んでいたが、突然立ち上がると勢いよく窓を開けた。
途端に突風が部屋に吹き込んできて机の上のグラスや皿をなぎ倒す。
それでも酒場の客は驚きすらせず虚空を見上げている。
「おやおやぁ~?どうなさったんですか~?すいませんねぇ~暑かったもので、
私のようなカスが窓開けちゃって~、暑くて死にそうなんですよ~」
プルトの言葉を無視して客たちは窓を閉めていく、
しかし中には聞こえないふりをして窓を開く者もいた。
その目は全員ひどく暗く、何年も放置された井戸か地獄の入り口のように濁っていた。
「皆様、もう少し喜んでくださいよ~。
此処デリン・ガルについにあの御方が降臨されたのですから…
あ、人間だからですね?申し訳ありません、どうも最近忘れっぽくなってしまって……」
わざとらしく肩をすくめながら笑うプルト。
窓の向こうに見えるデリン・ガルの空は異様に暗く、どす黒く染まっていた。
—フーロン皇国—-
「皇様!皇様ァー!!」
「何事だ!?」
「で、デリン・ガルが…デリン・ガルが突如闇の結界に包まれました!」
帝都に黒い結界が降りたという報せは、
瞬く間に全土を駆け巡った。
将軍たちが次々に駆けつけ、玉座の間は緊迫の色に包まれる。
「闇の結界……あれを張れるものは魔族は数あれど、あの者しかいません」
「……魔王だ」
狼狽する声、剣を抜く音、慌ただしく鳴る靴音――。
騒然とした空気の中で、天狐皇はただひとり、静かに目を閉じていた。
「この時が来たか……」
その言葉は、誰にも聞こえぬほど小さかった。
右手は無意識のうちに、膝の上に置かれた漢剣の柄を撫でている。
他の将軍たちが息を荒げ「皇様!軍を派遣しますか!?」と叫ぶ。
その熱量は、場をさらに苛烈にしていく。
だが天狐皇だけは、まるで別の次元にいるような落ち着きだった。
玉座の端、ただ静かに座し、竹林の奥で瞑想する僧のように。
己の呼吸と、結界のざわめきだけを感じていた。
やがて、ゆっくりとまぶたを上げる。
その瞳には、迷いも恐れもなかった。
「ならぬ」
その声は、静かだが絶対だった。
「……あの結界は触れた者の心を蝕む。
廃人になるか、最悪、魔物に成り果ててしまう」
ざわめきが一瞬で凍りつく。
将軍たちが顔を見合わせ、息を呑む。
「今は動く時にあらず。静かに、結界の向こうを見極めよ」
天狐皇の声は、すべての混乱を静かに押し流していく。
その姿は戦場の只中にあって“世界の外側”からすべてを眺めているようだった。
「なら…大陸が闇に包まれるのを黙って待てと…?」
重い沈黙、それを破るようにドカドカと荒々しい足音がした、
ガイウスだ!ルッツとバルトロメオとハオも揃っている。
「俺たちが行く、あんたらは待ってろよ」
「し、しかし勇者どのは聖なる加護もないのでしょう?
あれ無しで結界に触れるのは危険です!」
「知ってる。だから…まぁ今なら帰っても
許してくれるでしょ、あたしの故郷に行くのっ」
「なんでだい?ルッツ。時間はあんまりないよ」
「あそこに、エクスカリバーがあるのよ!!」
エルフの里-ソルーナはエルフしか道案内できない
秘境中の秘境、くわえて排他的な集落である。
ルッツと、彼女と親密なもの以外は踏み入ることすら許されない。
麺をすする音が店内に響く。
窓の外は雷雨。
けれど、このテーブルだけはどこか日常の続きだった。
ガイウスは箸を止め、ルッツに向き直る。
「なあルッツ。俺が一年前に使ってた聖剣と“エクスカリバー”って何が違うんだ?」
ルッツはどや顔で胸を張る。
「それがさ、“勇者の聖剣”って、実はエクスカリバーのコピーなんだって!」
「つまり、あたしの故郷――ソルーナにあるアレが“正真正銘の聖剣”なんだよ!」
バルトロメオが笑いながら茶碗を傾ける。
「まさかの公式認定レプリカだったとは……」
ハオが軽く口元を拭い、笑いを堪えきれない様子で言った。
「あんさん、レプリカ聖剣で魔王倒したノネ?それはそれで凄いワ」
ルッツは顔を真っ赤にしながらも、ちょっと得意げに言い返す。
「今度こそ“本物”でぶった斬ってやるから!ついてきな!!」
ガイウスは思わず吹き出し、箸を置いた。
「……やっぱお前、頼もしいよ」
雷が鳴る。
けれどその音すら、どこか“冒険の合図”に聞こえた。
「師匠!俺を連れて行ってくれないんですか!?」
「おるすばんは慣れてるでしょ、シャオ」
「そうですけどッ……でも一大事なんですよ?俺は強くなりました」
向こうでガイウスたちが旅立ちの準備をする中-娘々ではハオと。
彼女についていきたいシャオヘイが揉めていた。
だがハオは聞く耳持たずで支度を続ける。
それを見たシャオヘイは師匠に嫌われたとショックを受けたのか。
部屋の隅っこで丸まってしまった。
そんな弟子の姿にため息をついたハオは。
突然何かを思いついたように手を止めるとニヤッと笑って近づく。
「シャオ」
「なんです?」
「シャオはハオの、仙人じゃなく料理の弟子でもあるんだから。
ハオいなかったときお店回せるようになっとかないとダメヨ」
「ッ……」
「それにシャオの点心はホアリンの人に評判いいそうだネ。不安には甘い物」
そういいながら、ハオは荷物を背負う。
不安なのは自分たちだけじゃない、ホアリンの人たちはもっと不安なはず。
そして-店主のハオが不在の間、誰が娘々を回していくのか。
「だから、シャオはここでお留守番」
「……わかりました。師匠!ガイウスさんたち、黄龍様のご加護を!」
「わかってるヨ~、シャオは心配性ネ」
いつもの調子に戻った弟子の頭をわしゃわしゃと撫でてやりつ4人は去っていく。
お気をつけて、とシャオヘイは4人が小さくなるまで頭を下げ続け。
「……よし!餃子の仕込みからだ」
ハオが言う通り、今の自分の役目は師匠不在の間この店を守ること。
気合を入れるように頬を叩いて、シャオヘイは厨房へ入っていった……。
ハオはテーブルの上で指を鳴らし、
「あ~、ソルーナって言えば……ソーセージとじゃがいもとビールの街ダネ?」
目を輝かせて、懐かしそうに笑う。
「じゃあ、あんさんが言う“故郷”ってアレね?“聖なる森”」
ルッツは静かに頷く。
「そう、“大森林”」
その横顔には、どこか遠くを見つめる影が差す。
「……家出してから絶対帰んないって決めてたけど、行くしかない」
窓の外、雷鳴が響く。
店内の暖かさが、外界の不穏を際立たせていた。
ソルーナ大森林。
それは、アンスロポス連合が作り上げた“聖域”とは異なる。
そこは、一日で植物が生え変わる“神域”。
地図も作れず、道もすぐに消える。
エルフ以外が案内すれば、森そのものに呑み込まれて二度と帰れない。
まるで、“この日”のためにこの半エルフと出会ったかのように。
勇者たちは再び席を立つ。
店の奥でシャオヘイが小さく手を振る。
「……大森林が、俺たちを呼んでる」
ルッツはそう言って、仲間たちの先頭に立った。
その背中には、不安も、決意も、すべて詰まっている。