大龍編-聖剣の試練 - 1/3

雪の夜明け。
帝都デリン・ガルは、まだ眠ったままだった。
街を覆う灰色の空の下、教会の尖塔が霧に溶け、
ただひとつ、中央区の旧議事堂だけが灯りを放っていた。
そこは、今や魔王軍の臨時司令拠点。
聖堂のステンドグラス越しに見えるのは、血のように赤い空。
それが雪に滲み、まるで世界そのものが蝕まれているようだった。

長い机の上に、帝国全土の地図が広げられている。
赤いピンがいくつも突き立てられ、そのひとつが――ゆっくりと動いた。
プルト・スキアが、指先で地図をなぞる。
黒いローブの袖口から覗く指は細く、冷たい。
「ガイウスの所在が、ついに掴めましたね」
低く、感情を抑えた声。
それに答えたのは、向かいの席に座る男――メルクリウス。
「あぁ。あとはサタヌスだけだけど……」
青い髪を指で整えながら、彼はわずかに笑う。
「プルト、わかるかい?」
沈黙。
プルトは目を閉じ、首をゆっくりと横に振った。

「いいえ」
その一言が、空気をさらに冷たくする。
ランプの火が小さく揺れ、部屋の影が形を変える。
メルクリウスは溜息をつき、頬の赤いヒビを指先でなぞった。
そのヒビはまるで“血の涙”のように、皮膚を裂いている。
「……本当に困った子だね」
声には笑みが混じっていた。
「サタヌス――あの子は、僕やヴィヌスに君たちがやったことすら克服しそうなのが恐ろしいよ」
その瞳が、わずかに赤く光る。
まるで獲物の居場所を嗅ぎ取ろうとする獣の目。

「勇者ズ屈指の異端児」
プルトが呟く。
「いまだ消息不明……早く捕まえなければ。
ああいう奴に限って、最後の最後で計画をぶち壊してくる」
メルクリウスは口角を上げた。
「理由?バーサーカーに“理由”なんて必要ないからね」
窓の外、雪が音もなく降り積もる。
白い街に、ゆっくりと紅が滲む。
それは夜明けの色ではなく――蝕の兆しだった。
メルクリウスの微笑は、氷のように冷たい。
「さあ、次は――帝都そのものを“再演の舞台”にしようか」
プルトは静かに目を開け、頷いた。
その刃のような瞳には“懐かしさ”のようなものが浮かんでいた。

目指すはエルフの里。
道中モンスターに襲われながらもなんとか撃退しつつ進んでいく、
しばらくすると深い森に入ったようで辺りは薄暗くなっていた。
エルフの森、そこはアルキード王国とは別の意味で神秘的な場所であった。
木々の隙間から漏れる光、どこからともなく聞こえる鳥のさえずり…
ルッツはちゃんと3人がついてきてるな?と確認するように振り返り告げる。

「この森は生きててね。来るたび景色が変わるのよ、
いい?絶対あたしを見失わないでね」
そう言うと彼女は風のように走り出した、それに続くように二人も走り出す。
(速ぇ……!)
思わず声が出そうになったがグッと堪えた、
何故なら今声を出してしまえば位置がバレてしまうからだ。
だが彼女の言う通りあっという間に風景が変わっていく、
木が動いたり花が増えたりと忙しない。
しかも走っているので風景がめまぐるしく変わる、
一瞬たりとも気が抜けない状況だ。
それでも走り続けると突然視界が開けた、どうやら目的地に着いたようだ。
目の前には大きな湖があり、中心にある小島に集落のようなものが見えた。
「あそこがルッツの故郷!?」
「ええ、二度と帰らないって決めてたけど…」
エルフの里-ソルーナは幻想的な景色が広がっていた
巨大な湖の上にマングローブのような木がそびえ立ち、
ツリーハウスの要領で家が建てられており、
さらに水流に乗って移動できる船もあるらしい。
一見すれば楽園のようだが…排他的な集落なことが
高い位置にある窓や木陰から常に監視されていることから伺える。
そんな居心地の悪い場所でも、ルッツは懐かしむように目を細める。

「相変わらずよそ者に厳しいわね……とりあえず族長に会いに行きましょう」
彼女が案内したのはひときわ大きな家だった、
中に入るとこれまた豪華な調度品が並んでいる。
そして奥に進むと金髪を長く伸ばした青年…
ルッツに何処か似たエルフが振り向いた。
「おじいちゃま、家出娘が帰ったわよ!」
「…なんだ急に?掟破りにくれてやる家はもうないぞ、ルッツ」
「おじいちゃま!?」
「そ。私のおじいちゃんよ、名前はジェード」
族長-ジェードは見た目こそ
20後半の美青年に見えるが実年齢は3桁を超えているそうだ。
彼こそが現長老であり、同時にルッツの祖父である。

「で、何の用だ?まさか里で暮らすわけではあるまい」
「エクスカリバーが必要なの。神殿の鍵ちょーだい」
「…聖剣か、魔王が蘇ったのか」
「ああ。性懲りもなくな」
ガイウスが呟く、ルチアは魔王の転生体だと知るその顔は苦々しい。
少し頼りなげであるが次期皇帝として彼女は歩みだしていた、
しかしそれは魔王の復活を目論む魔族に踏みにじられ、
今や恐怖の権化でしかない。だが、まだ間に合うかもしれない。

「で、教えてくれよ。なんで千年-聖剣は封印されてたんだ?」
「……簡単に言えば、人間に聖剣を振るうのは早すぎる。と判断したからだ」
ジェードは窓の外の湖を見ながら、静かに言った。
その横顔は穏やかだが、どこか深い悲しみを宿していた。
「テラは千年の暦の中でも別格。勇者という言葉を、最も正しく体現した存在だった」
木の床に沈む静寂。
焚き火の音が、ぽつりと間を繋ぐ。
「だが――人間どもは、テラがルナにとどめを刺さなかったという理由だけで、彼を追放したのだ」

ルッツが目を丸くする。
「え?? マジ? ルナって奴、千年前マジで殺されそうだったん?」
「珍しいな、食いつくとは。……座れ、少しなら話してやる」
ジェードはゆっくりと腰を下ろし、
長い指で木杯の水面を撫でるようにして言葉を紡ぎはじめた。

かつて王国に、二柱の王子あり。
兄は剣を学び、法を敬い、王道を継がんと欲した。
弟は静かにして強く、剣に愛され、星の声を聞いた。
弟の名は――テラ。
神の祝福を受けし者。だがその力、あまりに異質なれば、人は彼を恐れた。

やがて黒き月より落ちし魔、ルナ・エクリプスが地を蝕まんとした時、
王は弟をして討伐に遣わした。
テラは応じ、剣を手に立ち向かった。
ルナは敗れた。
だが、テラはその命を刈り取らず。
その一振りは、命を絶つものにあらず――ただ、静かなる拒絶であった。
魔王は逃げた。

そして王たちは言った。
「魔王を逃した者に、王位を継ぐ資格など無い」と。
弟は咎を背負わされ、王国を逐われた。
深き森と山々の果て――このソルーナの地に葬られたのだ。
人の記録にはこう記されている。
『敗れた勇者、誤った選択をした裏切り者』と。

だが、我らは見た。
テラは咎人に非ず。
命を断つ剣を、命を守るために置いた者なり。

語り終えたあと、
ジェードはしばらく黙っていた。
ルッツが静かに呟く。
「……だから、おじいちゃまは人間が嫌いなんだ」
「そうだ」
ジェードは頷いた。
「彼らは、救いを“結果”でしか見なかった。
恩も誓いも、都合ひとつで裏返す。
そんな者たちに、再び聖剣を握らせるわけにはいかんと思った」
焚き火が、ぱち、と音を立てた。
橙の光が、古の長老の横顔を照らす。

ジェードの長い語りが終わると、焚き火の炎が小さく爆ぜた。
森の風がそよぎ、囲む誰もがしばらく黙り込む。
最初に口を開いたのは、ガイウスだった。
「……テラって、スゲェ奴なんだな」
その声は穏やかで、どこか遠い敬意を帯びていた。
勇者という肩書きへの皮肉もなく、一人の剣士として憧れたような声音だった。
ジェードは口の端をわずかに上げる。
「そうだな。スゲェ奴だ」
そして、わざとひと呼吸置いてから、茶目っ気のある笑い方で続けた。

「お・ま・え・の・源流だよ」
「は?」
ルッツが思わず聞き返す。
「おじいちゃま、それどういう……」
ジェードは答えず、ただ肩をすくめた。
焚き火の光に照らされた横顔が、どこか愉快そうで、それでいて重かった。
「血は巡るものだ。時が流れ、形を変え、名を変えてもな。
勇者ってやつは、時々おかしなところから芽を出す」

ガイウスは小さく眉を上げる。
「……俺が、その“芽”だって言うのか?」
「さぁな」
ジェードの返答は曖昧で、どこまでも柔らかかった。
「けれど、あの目を見ればわかる。
お前の中に流れてるものは、人間だけのものじゃない」
焚き火の橙が、ガイウスの虹色の瞳に反射する。
それは確かに、星を宿すような光だった。
ルッツが首を傾げる。
「……おじいちゃま、まわりくどい言い方やめてよ。
結局ガイウスって、テラの末裔とか、そういうこと?」

ジェードはにこりと微笑んだ。
「そう思うなら、そうなんだろうな。“血”は証より強い」
それだけ言って、話を打ち切った。
炎がまた、ひときわ高く燃え上がる。
まるで何かを隠すように。
ガイウスはしばらく無言で焚き火を見つめていた。
胸の奥に、よくわからないざらついた感覚が残る。
懐かしさでも、恐怖でもない――ただ、何かが確かに“繋がった”気がした。

「ルッツ。お前がここへ帰ってきた理由は、テラの選択と似ている。
命を奪うためではなく、守るために剣を求めている。
ならば……行け」
ジェードの掌に、封印の鍵が光を帯びて現れた。
「封印を破る資格を、今、お前に預けよう」
「ありがとうおじいちゃま!それと……ごめんなさい」
「謝ることはない、いずれこうなることはわかっていたからな」
ジェードは少し悲しげに微笑むと、奥の部屋へと消えていった。
残された四人は顔を合わせて頷き合うと、さっそく行動に移ることにした。

森は、呼吸をしていた。
霧と緑の間を抜けて、冷たい風が頬を撫でる。
木々のざわめきがまるで囁きのように響き、
遠い昔の記憶を誰かがそっと語っているようだった。

森の奥――苔むした階段の先に、それはあった。
石の祭壇。
そして、その中心に突き立つ一振りの剣。
陽光が一本、雲間を抜けて降りている。
まるでこの瞬間を待っていたかのように。

ルッツが足を止める。
「……やっぱり、ここにあったんだ」
彼女の声は震えていた。
帰る場所を見つけたようで、同時に何かを失う覚悟のようでもあった。
ハオは小声で口笛を吹く。
「ウワサ通り、雰囲気は最高ダネ。まるで“RPGの最初の村”みたい」
「いや、ここが物語の“最後”だろう」
バルトロメオが呟いた。
その表情には、いつもの軽口ではない重さがあった。
ガイウスは無言のまま、階段を一段上がる。
目の前にあるのは――ただの剣。
だが、その空気には確かな“命”があった。

刃は光を反射していない。
光を“放っている”。
まるで剣そのものが、森の鼓動と呼応しているようだった。
ルッツがそっと囁く。
「エクスカリバー。千年の間、封印されてきた“森の心臓”」
「心臓?」
ハオが首を傾げる。
「うん。この森は“魂”を封じる楔なんだ」
言葉が落ちるたび、森がかすかに鳴く。
風が木の枝を擦らせ、葉音がまるで返事のように応えた。

「千年の封印は、森が人間を拒み続けた証。
……でも、もう誰かが引き抜かなきゃいけない。森が滅びる前に」
誰も口を開かない。
ただ、ガイウスが剣の前に立ち、ゆっくりと両手を伸ばした。
指が柄に触れた瞬間――風が止んだ。

空気が、森ごと吸い込まれたような静けさ。
そして、聖剣が微かに震える。
まるで誰かが、深い眠りから目を覚ますように。

「……おいおい」
バルトロメオが息を呑む。
「マジで反応してるぞ、これ」
ルッツは目を閉じた。
「そう。選ばれたんだよ――“森の外の血”に」
聖剣が光を放ち、それに応えるように森の木々がざわめいた。
それは祝福の歌のようでもあり、
千年の眠りを破る悲鳴のようでもあった。

「さて、それじゃガイ君、聖剣を抜いてくれ…時間はあまりなさそうだ」
「…ああ、そうだな」
こういうのは最悪の未来を考えておくほうがいいのだと、聖剣の柄を握るのだった。