抜こうとした瞬間-自分以外の時が止まり。
ガイウスの眼前には翼を背負う中性的な人物が立っていた。
「勇者よ、聖剣を振るう資格は力に非ず。私はお前の心を試す」
「……俺の強さは御上も認めてるってわけだな」
「そうだ。しかしお前は勇者たちの絆を絶った、故に試す。お前の心を」
「絆を絶った?俺はあいつらとの絆は切れてねぇぞ?」
「……そうか。ならいい、では試練を始める」
天使が手を挙げると無数の剣が現れガイウスを取り囲むように地面に突き刺さる。
そして一斉に刃が光り輝き、その眩しさに思わず目を瞑る。
次に目を開けた時、そこには誰もいなかった。
いや……正確にはいるにはいるが、それは自分だ。
鏡のように自分の姿をした者が無数に立ち並んでいるのだ、まるで合わせ鏡のように。
「なんだこれ……気持ち悪っ」
「これはお前の心を映し出すもの、お前が本当に望むモノは何か。それを見出だせ」
天使の声が反響する、まるで頭の中に直接語りかけられているような感覚だった。
そして同時に自分の中に何かが入ってくる感覚に襲われる。
それは記憶の断片のようなモノで……。
「これは……」
『ガイウス君、魔族相手に容赦しない気持ちは理解できるが、何もそこまでしなくていいだろう?』
『手を抜くなよメルクリ。魔族は人間じゃぁないんだよ』
(俺だ……!1年前の)
魔族の腹に剣を刺して、足で柄をぐりぐり踏んで無理やり奥へ押し込む。
その間、魔族の悲鳴を聞いても眉1つ動かさずに見ていた自分に驚く。
(俺だ!でも俺じゃないみたいだ……!)
これは走馬灯だろうか?次から次へと光景が流れていく。
だがそのどれもが無慈悲で残酷で、まるで別人のような自分がそこにいた。
そう、言った。確かに言った。
魔族は人間じゃないバケモノだと、だから殺しても罪にはならない、と。
そう嘯いたのだ。俺は。
魔族が人間を殺していた、いや殺すだけならいいほうだ。
あいつらは欺いて、言葉巧みに弄んで、泣きじゃくる姿へ愉悦に抱く。
だから当時の俺は……あんなことを言ったんだ。
『このバケモノ共め!!』
『……ッ』
(あ……!)
悪魔が、いやヴィヌスの顔をした悪魔が俺を見る。
その瞳は憎悪と絶望に満ちていて、まるで呪いのように心にまとわりつく。
思わず目を瞑る、次に目を開けた時には戦場にいた。
いたるところに血痕と折れた武器が散らばる、まさに地獄絵図。
『お前のほうが化け物だろ』
(やめろ……!)
今度はサタヌスの顔をした悪魔だ。
呆れた時の癖である、オールバックに撫でつけた額から1本だけ垂らした髪束を。
中指と人差し指でクルクル弄っている。
だがその目はいつものような人懐っこさはなく、ただ冷たい光を放っているだけだ。
『お前なんか人間じゃない』
今度はメルクリウスの顔をした悪魔だ。
もう1人いるが……あれは誰だ?顔が見えない、黒い靄のようなもので覆われている。
でも分かるんだ、あれは俺だと。
『あんまり僕を失望させないでくれ』
「メルクリウス!お前たちといる時は確かにそう言ったよ、でも違う……今は違う」
『何がだい?君は魔族をバケモノだと蔑み、弄び殺した。事実だよ』
「俺は確かにそう言った……でもな……」
『?』
「お前たちといる時は楽しかった、本当に」
メルクリウスが目を開く、いつもは冷静で温和な雰囲気を持つ彼だが。
この時ばかりはひどく冷たい目をしていた。
そして次にヴィヌスの顔をした悪魔が口を開く、その目は怒りに染まっていた。
『じゃあなんで私たちから離れたのよ!!』
「違う!離れたんじゃねぇ!あのまま一緒にいたら……俺達きっと」
魔王の本体-「蝕」は勇者たちの心を蝕んだ。
悪意や負の感情を何倍にも増幅された彼等はもはや。
「魔王を討った凱旋」ということも忘れ、罵り合い取っ組み合い、時に殺し合いまでする始末。
「蝕」は精神攻撃だ、それは肉体的ダメージより遥かに深く心を傷つける。
だから俺は……いや俺たちは離れたのだ。
「殺し合っていた……確信をもって言える、凱旋中の俺達は正気じゃぁなかった」
『正気じゃなければなんだってんだ。
あの時、アンタは率先して魔族を殺したんだぜ?正義のためだとか言ってな』
「ああ……そうさ。俺は正しいと信じていたから殺した……いや違う!」
ヴィヌスの顔をした悪魔が笑う、その笑みは悪意に満ちていてまるで毒のようだった。
『君は勇者としての責任感に押し潰され、その責任から逃れた。
そして「蝕」に心を支配された……違うかい?』
「そうだ!でもな……俺は……」
『君はただ逃げただけだ、勇者としての使命も、責任も放り捨ててね』
(ッ……!)
『だから追放なんかされるんだよ、君は』
「違う……俺は……」
(もうやめてくれ!)
『じゃあどうして、どうして私たちを捨てたの!?答えなさいよ!!』
『追放されろ』
『お前なんか追放されて当然だ!』
「ッ!!やめろおぉぉぉ!!」
目を開けるとまた景色が変わっていた、血みどろの戦場は消え今度は神殿の中だ。
目の前には天使が立っている、その翼を羽ばたかせると突風が吹いた。
思わず目を瞑る、次に目を開けた時-そこは戦場ではなく。
(ロディが、そうだ……アイツに出会った)
雨の中でも聞こえるぐらい酷い夜泣きに導かれるように、少年はロディの家に辿り着いた。
そして……その日からだ。
虹の少年が「ガイウス・アルドレッド」となったのは。
もう両親は殺されていたと知るのは後の話。
その日から彼は心に誓ったのだ-いつか勇者となり。
魔王を討ち滅ぼし両親を殺した奴らに復讐してやると。
-勇者に相応しくない。
追放宣告のとき告げられた言葉だ、確かにそうだなとガイウスは妙に冷静になって反芻する。
『ようやく理解出来たんだね?君は追放されて当然の人間だ』
「ああ、俺は勇者失格だ」
『ならどうする?また逃げるのかい?』
(そうだ……逃げればよかったんだ)
あの時も逃げた、でもそれは「勇者」としての責任からだった。
『君はもう「勇者」じゃない。なら何をしてもいいよね』
「……ああ、そうだ」
『じゃあ……殺してもいいよな?』
「あ……」
メルクリウスが手を翳す、すると剣が現れる-聖剣だ。
そしてそれはゆっくりと振り上げられて、切っ先を向ける。
-お前なんか人間じゃない!
-このバケモノ共め!!
もう見たくない、聞きたくない。
ガイウスは全てを遮断するように、腕で顔全体を覆った。
—
「……ここは」
目を開けるとまた神殿だ、だが今度は1人だけ。
目の前に天使が立っている、そして手には……聖剣。
「ルシウス・ テルース・ アルキードよ」
(……一度もそっちの名言ってねぇのに)
「全てを忘れ、この聖域にて留まるか?」
「……俺に人柱へなれって?」
「最早ルナ・ エクリプスの再臨は回避できぬ。歴代最強の勇者であるお前が軛(くびき)と成れば。
ルナを半永久的に封じることが出来る。しかしそれはお前自身の消滅を意味する」
ルナの復活は阻止できないと言い切られ、人柱も悪くないかと思って。
ふと目をやった先を見て「あ」と声が出た。
其処にはルッツ達が、自分が聖剣を抜く直前のまま時が止まっていた。
「俺が人柱になったら、あいつらどうなる?」
「私が説明をしてやる、魔王封印の尊き犠牲となったとな」
「そうか……」
「ルシウス・テルース・アルキードよ、人柱になるか?」
「……いや、俺は勇者じゃない。ただの人間だ」
「ではどうする?」
天使が聖剣を構える、だがガイウスは臆せず前に出る。
そしてそのまま天使の手を取り-自分の心臓の位置へ押し当てた。
「俺は勇者じゃない化け物だ」
天使は無表情のまま。だが拒絶の様子もなく見つめていた。
「だがね、化け物には化け物なりの矜持がある」
「……」
「俺は勇者に相応しくない!人柱にもなれない半端者だ!」
「だからどうした?」
天使が問う。その問いはどこか優しく-まるで人間のように。
「なら化け物らしくルナの野郎を何処までも追い詰めて、ぶっ殺してやる!
この手であいつを葬ってやる!!」
「……」
「俺はもう勇者じゃねぇ、だから勇者の使命も、責任も知ったこっちゃない」
「だがお前は魔王を討ち滅ぼし、世界に平和をもたらした英雄だろう?」
「……それは俺1人じゃない。仲間がいたからだ、皆がいたからできたことだ。
……俺がいなくてもいずれ誰かがやったはずだ。でもな」
ガイウスは天使の顔を見上げて言う、その目には決意と覚悟が宿っていた。
「それでも俺は俺なりのやり方であいつをぶっ殺す、誰かがやってくれる?
そんなわけねぇだろ!!これは俺の復讐だ!俺がやる!!」
「……いいだろう」
天使は聖剣を振り上げた。
もうかつての仲間たちによる罵声は聞こえなくなっていた。
—己が信念に従い剣を振るい続けるがいい。
「己が命運を他者に委ねるな」
-聖剣よ、もう一度力を貸せ!
ガイウスは改めて時が凍りついた神殿にて聖剣の柄を握る。
今度こそ抜ける、そう確かな確信を以て強く。
—我、復讐の道を進みし者
—我、国追われし者
—我、人の祈りに応えし者
「聖剣よ–」
手に吸い付くような柄の感触。
これだと思った-この感触だ。
今までずっと感じてきたものだったが、何故かそれは新鮮な感覚として感じられたのだ。
そして引き抜くと、刀身から眩い光が溢れる。
まるで闇を祓うかの如く、その光で神殿内が満たされる。
『さあ行くがいい……深淵へと足を踏み入れるのだ』
「は、どっちの意味だか分かんねぇな」
-旅立ちの刻だ。
天使が消えていく。
相変わらず無表情だった、だがその手は試練を乗り越えたガイウスへ賞賛を送るように拍手していた。
そして最後に、天使はこう告げたのだ。
『ルシウス・テルース・アルキードよ』
-お前はもう勇者ではない。
—ならば……「魔王殺し」の英雄として、その剣を振るい続けるがいい。
「……ああ、そうさせてもらうぜ!」
光に包まれながらガイウスが答えると、時計の針音が聞こえだし。
自分以外の全てが凍りついていた時が動き出す。
「思ったよりあっさり抜けたね」
「……ぁ」
バルトロメオの声にガイウスは小さく声が漏れた。
そうだ、あとの三人は時が止まっていたのだから先ほどの試練等知る由もない。
「やっぱり勇者なんだ」
「ああ、1年ぶりなのに俺の顔しっかり覚えてやがった。まったく律儀な天使だぜ」
「何かキョトンとしてるけど、どうしたノ?何かあった」
「何もなかったよ」
先ほどのものはガイウスの心の世界で起きたこと。
今の仲間たちに話す必要はない、そう判断して誤魔化した。
だがマントを翻し足早に神殿を出るガイウスを見て、残る3人は何となく感じ取った。
「いい顔になったネ」
「え?いつものキズ野郎でしょ」
「うん。そうだけど……すごくいい顔」
「なんだよ、気になる!」
ガイウスは階段を駆け上がり、一足先に外へ出た。
変わり果てたヴィヌスとの戦いが思ったより長引いたからか。
既に昼下がりの空は西からオレンジ色になっており。
夕風に髪を揺らすガイウスの瞳も空と同じ、青からオレンジに染まる美しいグラデーションだった。
「さて、と」
-もう後戻りはできない。
そう心に決め、聖剣を夕日に翳す。
その輝きはまるで、これから決戦に挑む彼等を鼓舞するかのように眩いものだった。