「おじいちゃまね、一晩だけなら留まっていいって」
「なんだかんだ孫バカなのネ」
「何が!あんな偏屈じーさん」
ソルーナ-ジェードの家に久しぶりにルッツの声が響いていた。
明日にはデリン・ガルに向かうということで、最後の食事になるかも…なんて
ルッツが言ってしまったのが悪かった、料理人の血が騒いだハオが
ソルーナのエルフたちから「食えるもんを寄越せ」と食材を貰ってきたのだ。
鹿肉とキノコのシチュー、そして山菜の炒め物、川魚を香草で包み焼いたもの。そして。
「……なつかし。この林檎齧るのも1年ぶりだ」
デザートはソルーナにいたとき、ルッツがよく齧っていた黄色い林檎。
ジェードと喧嘩したあとは決まってこれだった。
「…」
「ガイ君どうしたの~?まずい?」
「いや、旨いけどよ。思い出すんだ」
ガイウスの手はスプーンを握ったままシチューをじっと見つめていた、
変わり果てたヴィヌスを見た時、ショックより先に
「やっぱり」という感情が湧いてしまったが
あとになってジワジワと悲しみが込み上げてきたらしい。
「別に仲がいいわけじゃなかったけどよ、厚化粧のブスだのウソつき野郎だのと罵りあって」
ガイウスと仲間たちは仲が悪かった。
だから記憶にある限り、4人で食卓を囲んで食べたのは魔王を討った凱旋帰りに
「この旅が終わったらお互い縁を切ろう」と言って別れたとき以来なのだ。
その時の思い出の晩餐と、奇しくも目の前の光景が重なったのだろう。
そんな彼にバルトロメオは優しく声をかける。
「ガイ君、ヴィヌスとはまた会うことになると思う。
だから…仲間との思い出とか話してくれるかな?」
「言ってどうする?ただの敵って認識してる方が楽だろ」
「まぁ楽だけど。でもキズヤローだけ
あのヒス女のこと知ってるのは不公平じゃない!言いなさいよ」
なんとなく言わんとしている事がわかった、気づけばポツポツと語り始めていた。
「サタヌスとの出会いはもう最悪だった。いきなり財布スラれて、殴り合いになって」
ああ思い出したきた、最初に仲間になったのはサタヌスだった。
メルクリウスとは聖王国で出会って、そうだ、そこから4人旅になった。
クズ4人で魔王退治だ、笑っちまうな。
口を開けば喧嘩ばかり、互いの悪口だけで半日潰れた事もあった。
ついに凱旋帰りに大喧嘩し、他の連中もそれぞれ別の道を歩むことになった。
そして……そこまで話してガイウスは言葉を切った、
話す事がなくなってしまったからか?
いや、違う。手を付けないまま冷めだしたシチューに涙が落ちる。
「…俺、本当はアイツらの事が好きだったんだ……
いいヤツなんだよ……!俺みたいなのについてきてくれた、いい奴らなんだ……!」
涙ながらに語る彼の言葉は本心なのだろう、だが今の彼らに届くことはない。
彼らは狂ってしまった、もう彼の言葉が届くことはない姿に。
「そうか……辛かったね、ガイ君」
「うぅっ……ぐっす……あぁ……」
泣き続ける彼を慰めるように、バルトロメオはそっと肩を抱き寄せる。
まるで親が子供をあやすように、優しい手つきで背中をポンポンと叩く。
(うぅ~なんだか居心地悪いわ)
(同感ダネェ)
2人が見守る中、しばらく嗚咽が続くが次第に落ち着きを取り戻す。
涙をぬぐい鼻をすすり、小さく息を吐いたところで
ようやく落ち着いたようだ。
「……すまない、みっともないところを見せてしまったな」
「気にしないヨ、溜め込むのは良くないからネ。おかわりイカガ?」
「…ああ、頼む」
ハオから皿を受け取り、再び食べ始める。
心なしか先程より美味く感じるのは気のせいではなかった。
—-回想—
はじめて四人で同じ食卓囲んで、
好物も頼んだのに味がしなかったのを覚えている。
メルクリウスの言葉に最初に反応したのかサタヌスだった。
「は?はああああああああ!?
まだ凱旋中だろうが、なんで今解散するんだよメガネ!?」
いつも怒ったときのクセである、声が裏返る程の大声で叫んだのだ。
おかげで周りの視線が集まり、メルクリウスは俯いてしまう。
こうなると今度はヴィヌスがキレだすのだが、今回ばかりは違った。
「サタヌス、今までのあたし達の空気を見ればわかるでしょ。
魔王を倒してから益々険悪になってきてるわ、凱旋どころか
このままじゃ殴り合いになりそうで怖いのよ」
「だからって今から別れなくてもいいだろ!
これからずっとこのままかよ!?ふざけんな!!」
珍しくサタヌスがまともな事を言ったので思わず驚いてしまったが、
どうやら彼も彼なりに思うところがあったらしい。
普段は子供っぽいくせに、こういう時だけ
大人びて見えるのだからズルい男だ。
「あたしは……それでも構わないわよ、これ以上
ギスギスした関係を続けるぐらいなら
いっそ解散した方がいいと思ってる」
「お前なあ!そんな簡単に言うんじゃねえよ!」
「じゃあどうすればいいのよ!あんたは答えられるの!?」
ヴィヌスが机を叩いて立ち上がる。
その激しい音に周囲の客も何事かと目を向け、視線が一気に集まる。
だが誰も助けようとはしなかった、関わりたくないというのが本音だろう。
「…僕も四人で凱旋したかったさ。でも六将が言う通りだった、
僕たちは共通の敵が居るからギリギリの状態で成り立っていたんだ」
「……」
「それに昨日は君たち。過去最悪レベルの
大喧嘩をしたそうだな、記録を更新したいのかい?」
メリクリウスがメガネを拭きながらガイウスとサタヌスを交互に見つめる。
事実なのでいつも通り嘘でごまかせない、
確かに昨日の喧嘩は過去最悪といっていいものになってしまった。
というかコイツよく知ってるな?誰か密告者が居たのだろうか?
そんなことを思っている間に話は進んでいく。
「僕はこの関係を終わらせたい、
正直うんざりしているからね。だから今日ここで解散しよう」
「私も賛成だわ、メルクリウスの意見に賛成する」
「ちっ……俺もそれでいいぜ、ガイウス…お前は」
「…あぁ、このままじゃ殺し合いが始まりかねない」
「…」
あとはそれきり、誰も口を開かず注文した料理を黙々と食べていく。
評判がいい店らしいが味が全然しない、
ただ腹を満たすだけの作業のように思えて仕方がなかった。
そうして食事を終えた後…宿屋へ戻るが
道中会話は一切なく、終始無言のままだった。
「アルキード王国まで…そこまで喧嘩はやめて、いい?」
「…わかった」
「よろしい。アルキード峠に付き次第各自解散だ、いいね?」
メルクリウスの言葉に全員が頷く、すぐに解散はしなかった。
魔王軍残党がお礼参りをしてくる可能性があること、
もう一つは千切れる寸前の絆でも繋ぎ止めたままにしておこうという判断だった。
もっとも、この時にはもう手遅れだったが……。
—回想終了—-
ソルーナの夜は神秘的な光景が広がる、エルフたちの集落だけあって
蛍のように発光する花々が夜の森を照らしている。
幻想的であり、まるで夢の中にいるかのような錯覚を覚えるほどだ。
ガイウスはその光景を窓越しに眺めつつ、ベッドの上であぐらをかいたまま考え込んでいた。
「キズ野郎~寝てる~」
「寝てる」
「嘘つけぇ!!寝れないんだけど」
「ああ、鍵は開いてるぞ」
いつものコントをやりつつルッツが入ってくる。
追放された身とはいえソルーナは故郷、
一人で寝ようとすると色々思い出してしまうのだろう。
「にしてもさっきの泣き顔すごかったわよ。
お父さんが死んだ時のあたしといい勝負じゃない」
「ああ、お前の親父は族長の息子だっけ」
「そーよ。それが人間と恋して子供まで作ったって、
もうおじいちゃまカンカンで大変だったんだから」
当時を思い出しているのか
クスクスと笑う彼女だったが、すぐに真顔になる。
きっとその時の怒り具合を思い出してしまったのだろう、
無理もない話だが同情を禁じ得ない。
「思えば不思議な人だった、里を追い出されたのにいつも幸せそうだったし」
「……そうか」
やはり父親を思い出したのか少し寂しそうな
表情を見せる彼女に相槌を打つことしかできない。
ルッツの両親がどんな人かはわからない、
だがハーフエルフというのはたいてい何処か影があるが
この少女は余りそういうものを感じさせない、
愛されていた事は確かなはずだ。
だからこそ寂しい、自分の父親が里を追われたという
事実が突きつけられてしまう事が。
「消灯時間だよ~。明日は早いから早く寝なさい~」
「バルトロメオだわ。あのチャラ男、お母さんみたいなとこあるわよね」
「確かになー」
バルトロメオの声に促され、2人はそれぞれ寝床につく。
布団にくるまって眠るまでの間、
お互いに無言だったが不思議と居心地の悪さは感じなかった。
—–
翌朝のソルーナ-
精霊の森は旅人を導くように、来たときの迷宮のような道のりでなく真っ直ぐの一本道となっていく。
ガイウスたちはまだエルフたちが目覚め出す前の朝霧の中、集落を出ていく。
排他的な集落なことと早朝なのもあって見送る影はなかった。
ルッツは一人少し遅れ見上げる。祖父-ジェードが窓から孫娘と朝の森を見ていた。
(おじいちゃま)
ルッツは声は出さず口だけパクパクと動かすと、
彼も伝わったようにこちらを見下ろしてくる。
(いってきます)
精一杯の気持ちを込めて手を振る、ジェードは微笑み手を振り返すと小さく頷いた。
それを見ると安心したようにルッツも前を向き、早歩きで森の中に消えていく。
森は、静かだった。
朝霧はまだ晴れきらず、湿った空気が地を撫でていく。
ソルーナの精霊たちもまだ目覚めぬその時間帯に、ルッツは森へと駆け出していた。
振り返らなかった。
もう一度見てしまえば、帰りたくなってしまう気がした。
あの冷たい祖父の目も、本当は優しさを孕んでいたこと。
わかっている。でも、だからこそ背を向けるしかなかった。
森の木々はまるで知っていたように、彼女の進む道だけを照らしていた。
昨日まであんなにも複雑で、迷路のようだったはずの大森林が、
いまや「まっすぐ進め」と言わんばかりに一本道を示している。
(もう、迷わせてはくれないんだ)
そう気づいたとき、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
短く刈り込まれた草を踏みしめる足音が、孤独を刻むリズムのように響く。
無理やり抑え込んだ涙のかわりに、呼吸だけが早くなる。
「また帰ってきてやるんだから」
ぽつりと、誰に言うでもなく呟いたその言葉が、風に乗って蝶を呼んだ。
淡い紫に輝く蝶たちが、まるで送り火のように彼女の後ろを舞い始める。
少女は再び走り出す。
前を向いて、心を振り切って、ただ進む。
故郷郷を捨てた少女が、故郷を超えていく。
その背を照らすのは、夜明けよりも少し早く目覚めた蝶たちの光だけだった。
それは幻属性の蝶──ソルーナの精霊たち。
言葉もなく、風と共に舞うだけの彼らが、確かに伝えてくる。
「出ていけ」じゃない、「戻ってくる日を待っている」と。
そう感じたからこそ、少女は振り返らなかった。
泣きそうになる自分に、負けたくなかったから。
こうして聖剣の破壊に失敗したヴィヌスは帝都へ戻り。
ルチアを救うべく追放者パーティーも帝都へ急ぐ。
最終決戦が近づいている事を感じながら。