舞台での演舞-いや炎舞はさらに激しくなり、民は食い入るように見つめる。
「マルス様があんな顔をするのは初めてではないか!?」
「一体あの男は…」
「はいはいはい民ども!ルッツちゃん達が
教えてあげるから刮目しなさいよー!」
民たちがざわめく中、ルッツはマイクを手にして真実を告げていく。
マルスの正体は六将であること-皇を唆し。
アルキード王国に言い掛かりをつけ滅ぼさせようとしていること、
そのためにフーロン皇国の民を人質にしようとしていること。
これらを話す間も戦いは続いている、ネプトゥヌスはその間も。
2人の戦いに水を差さぬようあくまで中立に、真剣な面差しのまま審判を務めていたが……。
「ッ……いけません!」
泡の結界に綻びが生じたのに顔が一気に険しくなる。マルスは加減と言うものをまるで知らない。
このまま結界の綻びが大きくなれば炎が会場を包み込み大惨事だ。
2人の戦いに水を差すつもりはなかった。
というかガイウスは勇者としても、個人としても大嫌いであるが。
「およしなさい!マルス」
水が、割り込んだ。
轟と音を立てて展開された水壁が、炎を呑み込んで蒸気が爆ぜ、白い霧が舞台を覆う。
「……ネプトゥヌス。何をした?」
ネプトゥヌスは振り返らない、ただ片手を掲げたまま結界を維持し続ける。
「わたくしは、ただの審判ですわ」
「裏切るのか?」
マルスの声が変わる、もう確認ではなく断罪の声音となっていた。
ネプトゥヌスは、ゆっくりと振り返る。
その瞳は――冷たい海だった。
「いいえ。“選びましたの”」
その一言で、何かが完全に断ち切れた。
「ガイウス、わたくし結界の保持くらいしか致しませんからね」
「知ってるよ。ありがとな、ネプ」
マルスの口元が歪む。
「……この裏切り者どもがあああ!!」
――その声はもう、理性を失っていた。
彼の足元に炎陣が浮かぶ。
舞台の木板が焼け、煙が立ち上る。
「ネプトゥヌス!ガイウスを討ったら次は貴様の番だ」
「ハッ!俺を打ち負かす前提か。大した自信だな」
「貴様は強い、だが私には及ばん。
マルス・フローガは魔王の右腕として-そして勇者に復讐する男として。今ここで!貴様を討つ!!」
マルスは構えると魔力を練り始める。
-この演舞は1年前と似ているようで全く違うものになっていた。
「うおお!」
「すごいぞマルス様!」
「いけー!」
舞台ではマルスとガイウスが剣を交える、 ガイウスはダリルベルデを。
マルスは漢剣を、異国同士の剣技がぶつかり合う。
「はあっ!」
「うおお!!」
2人の戦いに民たちは熱狂する、そしてそれはネプトゥヌスも同じだった。
彼女はどこか楽しそうに2人の演舞を見守っている。
「マルス、楽しいのか?」
「お前もな」
マルスはガイウスの顔を見て軽く驚いた。
この男はこんな風に笑えるのか、と。
1年前のガイウスの笑顔は何処か仮面のようだった、良くも悪くも勇者らしい作り物の笑顔。
だが今の彼は狩りを楽しむ獣のような、獰猛でいて純粋な笑顔をしている。
「いい顔になったな」
「ハッ!お前に褒められても嬉しくねぇな!」
「それは残念」
2人の戦いは更に激しさを増していく。
しかし楽しい時間は永遠には続かない、マルスは眉を寄せ核に触れる。
「チッ……」
「マルス!」
「残念だ。これ以上は遊んでいられん……本気で行かせて貰う!!」
マルスが漢剣を放り構えを変える。
本気を出した合図だ、彼は鬼-如何なる武器より、己が肉体が勝る鬼神。
そしてマルスの足元からは赤い火花が散る。
「マルス!結界が壊れたらどうしますの!死人が出ますわよ」
「構わん」
「構わんですって……」
「私は暦に名さえ刻めればよい!魔王復活など大義名分よ!!」
追い詰められいよいよ、マルスの冷静な顔に隠された「本性」が剥き出しになった。
歴史に名さえ刻めれば名声でも悪声でも何でもよい。
フーロンを潰した「勇者殺しの」という汚名さえ甘んじて受ける。
それほどまでに彼は焦慮にかられていたのだ。
(マルスは……俺だ)
ガイウスは深呼吸し正眼の構えを取る。
容姿が似ているというわけではない、だがガイウスは過去の自分をマルスに重ねていた。
(魔族は死ねとしか言えなかった頃の俺に、こいつは似ている)
「皇様。演舞も大詰めにございます!我が最大の奥義にて締めとさせて頂きましょう」
「うむ!許す!」
マルスはその場で舞を踊るように回りだし、彼を中心に火炎が渦を巻き始めた。
そして彼は両手を広げて天を仰ぐと、高らかに叫んだ。
「我が奥義にて焼き尽くしてくれるわァアアアッ!!!!」
「ネプ、あれ食らったらどうなる?」
「死にますわね」
あまりにも静か、そして絶対の断定にガイウスの頬に冷や汗が垂れる。
「四の五の言ってる場合ではありません、わたくしの後ろに隠れなさい」
「大丈夫なのかよ!?」
「フン、蒼水将軍を甘く見ないでくださいまし!!」
そう言うとネプトゥヌスは自分の体を水の膜で覆い、さらに防御壁を展開した。
その様子を見ていたマルスは勝利を確信する。
もはや炎の竜巻と化したそれは二人を飲み込んでいった。
泡の結界越しにも感じる熱波、赤く輝く舞台、水と炎が衝突したときの黒煙と共に。
「……まずい!炎が…水蒸気爆発が起きるよっ!」
「キズや……ガイウスーっ!!!!」
思わずルッツがいつものあだ名で呼ぶのを忘れ、身を乗り出した直後。
その頭はバルトロメオによって強制的に伏せられ。
舞台に凄まじい爆発音と、衝撃波が響き渡った。
爆発の余波が舞台を揺るがし、辺りは黒煙に包まれた。
観客たちは身をすくめ、目を凝らす。
誰よりも早く立ち上がったのは、赤い羽衣を纏う男だった。
「ふん……終わったか」
マルス・フローガがゆっくりと煙の中から姿を現す。
衣が焦げ、腕には幾筋かの切り傷が走っていたが、決定打には程遠い。
彼は冷たく笑い、舞台を見渡した。
その場に、ガイウスの姿はない。
ルッツが口元を押さえ、バルトロメオは拳を握る。
ハオでさえも、顔を曇らせていた。
その時——。
「余所見とは余裕ですこと!」
黒煙の中から響く、澄んだ声。
「ッ!?」
マルスが振り向く。
次の瞬間、水の刃が彼の視界を裂いた。
ネプトゥヌスが宙を舞い、水流と共にマルスへと迫る。
彼女の足元には、もう1つの影——。
——ガイウス。
燃え盛る煙の中、彼は静かに剣を構えていた。
「遅かったな、マルス」
「ばかな……」
思わずマルスは言葉を失う。
あの火炎竜巻は勇者と言えど人間ごときが無傷で耐えられる威力ではない。
しかし彼は生きていたどころか、傷すらも負っていなかった。
「私の炎を耐えただと……!?」
「ええ。わたくしだけでしたら焼き魚にされて終わりでしたわ」
黒煙が晴れてきて、直ぐ耐えた理由を察知する。
ネプトゥヌスの手をガイウスが強く握っていたのだ。
咄嗟にこのままでは魔力量が足りないと手を重ね、互いの魔力を合わせ何とか防ぎ切ったのだ。
だがネプトゥヌスの疲労も大きかったようで、その場に膝をつく。
流石というか、頭を押さえ膝をつくその動作すら優雅であった。
「少し魔力を使いすぎましたわね。わたくしは結界を保持することに専念させていただきます」
「珍しいな、お前が弱音とは」
「ええ我ながら。相手はマルス、ユピテルのようにはいかなくてよ?」
ネプトゥヌスが言う通り、マルスは拳をわなわなを震わせていたが。
苛立ちを紛らすように深呼吸すると。
すでに冷静さを取り戻したのか独特のポーズを取る。
「改めて1年ぶりだな虹瞳。顔の傷もそのままか、つけた側としては嬉しい限りだ」
「あぁマルス。お前こそ俺がつけた傷はそのままか。似た者同士だな」
「互いに平行線なのが惜しい限りだ、獄炎将軍!参るッ!!」
再び始まる攻防、両者一歩も引かずぶつかり合う度に火花が飛び散り、衝撃が地面を揺らす。
舞台を割るほどの踏み込みと共にマルスの拳が唸りを上げる。
空気を裂くような衝撃音。鋭く踏み込んだ彼は、まるで獣のようにガイウスへと飛び掛かった。
その勢いは暴風の如し。乱暴な拳撃、まるで躊躇のない鬼神の猛攻。
ガイウスは冷静にそれを躱しながら、反撃の機を探る。
マルスの拳が舞台に叩きつけられる。途端に床が抉れ、亀裂が走る。
「ちっ……!馬鹿力が過ぎるぞ」
「貴様が避けるからだろう!」
マルスは一歩も引かず、続けざまに拳を繰り出す。
剣士と拳士の差——それを超越するほどの破壊力。
ガイウスは確実に見極める。
「甘い!!」
逆にガイウスの足を掴み、そのまま思い切り舞台へと叩きつけようとする。
「くっ……!!」
重力がのしかかる。だがガイウスは咄嗟に剣を支点にし、空中で体勢を立て直す。
そして刹那——。
「そこだ!」
ガイウスは隙を突き、マルスの肩へ斬撃を放つ。
赤い羽衣が裂け、鮮血が舞う。
「ぐぅ……!」
マルスは初めて明確な傷を負った。
だが、彼の目はますます爛々と輝き、口元には獰猛な笑みが浮かぶ。
「いいぞ……それでこそ勇者だ……!!」
渾身の一撃をぶつけ合い、鍔迫り合いとなる。
しかし人間と鬼族、いくら魔法で筋力を増強しようと上回ることはできず。
ガイウスの剣は徐々にマルスの並外れた腕力に押され始める。
マルスはニヤリと笑うと一気に畳み掛けるべく力を込めると、更にガイウスの顔が苦しそうに変わる。
「ぐ、うぅぅ……耐えろ、ダリルベルデ……!」
「ほう。この剣の名か?前は剣など使い捨てとしか
思っていなかった貴様がな……よほどその剣に惚れ込んでいるようだな!だが……」
「っ!しまった!!」
「所詮は一度折れた剣!私の敵ではないわ!!」
ついに押し切られ、ガイウスの手から剣が弾き飛ばされてしまった。
そして彼は剣を追うようにバランスを崩し倒れそうになる。
「もらったァァアッ!!」
それを見逃すはずもなく、マルスはトドメとばかりに殴りかかった。
しかし相手はガイウス。とっさに身をよじり回避すると。
1年前とは全く異なる-否、出来はしたが拙いものだった構えを取ると拳を喰いこませてきた!
どういうことか?1年前のこいつといえば、剣さえ折れば勝ちだと思っていただろうに。
今は剣を失ったというのに闘志に満ち溢れているではないか!
どういうことか?1年前のこいつといえば、剣さえ折れば勝ちだと思っていただろうに。
今は剣を失ったというのに闘志に満ち溢れているではないか!
「ど、ういうこと……だ……!?」
「向こうの尸解仙に手ほどきを受けたのさ」
ガイウスが指さす先を見て仰天する、ハオじゃないか!
目を丸くし硬直したマルスに対しハオは試合を観戦するような笑顔で。
「好久不见(ひさしぶり)。ハオ生きてるヨ~」
などと、呑気に手を振っていたのだった。
「ハオ……貴様が師事したのか!?」
「そうヨ寛寧様」
「悟りながら地位を捨てるなど愚かな……!貴様も、皇も、救いようのない愚か者よ!」
「アナタに言われると説得力あるワ」
「おいマルス!俺の前で2回も余所見たぁ鈍ったか!?」
「ッ……ふんっ!」
ガイウスの蹴りが飛んできたので咄嗟に腕を交差させて防ぐ。
だが重い、明らかに前より威力が増している。
さっきのやり取りから察するに、どうやらこの男。
自分が想像していた以上に武闘を極めつつあるらしい。
これは面白いことになったぞ……!
「来いッ!」
「行くぞッ!」
二人は同時に駆け出す。そして間合いに入るなり拳や蹴りを繰り出し始めた。
激しい攻撃の打ち合い、両者一歩も引かずという姿勢だったが。
ガイウスは先ほど炎の竜巻を防御するのに。
魔力を割いたのが大きかったのか、息切れが混ざり出す。
「やば!?キズ野郎スタミナ切れじゃない!」
「いや、バフが切れ始めたんだ!今がチャンスだぜ!」
観客たちも盛り返し始め、歓声が響く。
それに気を良くしたのか、それとも勝負を決めようと。
マルスが仕掛けたのか 二人の技の応酬は更に激しさを増す。
「食らえぇぇええええ!!」
「ぐっ、ああぁぁあああッ!!!」
マルスのアッパーカットが綺麗に決まり、仰け反るガイウス。
そこへダメ押しと言わんばかりに左ストレートを叩き込むと。
彼の体は宙を舞い、舞台の上を転がる。
倒れた彼を見守るように、ダリルベルデの刃に仰向けになったガイウスが映った。