魔王討伐に旅立った勇者は、二度と戻らない。
誰もが心の奥底で、そう思っていた。
王宮に流れる静かな緊張。
本来ならば「凱旋式」の準備が進められているはずだったが。
アルキード王は玉座でため息をつくばかりである。
玉座の下、王の手のひらには一枚の紙――内容はごく簡単だ。
「勇者制度はもうおしまいです。アルキード王国は降伏します」
端的にいえば“全て終わった時用”の降伏宣言カンペ。
王自身、これを読み上げる日が来るなどとは、願っていなかった。
なぜなら、あのガイウス・アルドレッド。
ヴィヌス、サタヌス、メルクリウス。
四人の勇者パーティは「継承の果てに生まれた最強にして最後の勇者」なのだから。
彼らが戻ってこなければ、勇者制度も終わり。
もはや王国に希望はない。
そう、大臣も、兵士も、民も全員が悟っていた。
大臣(ちょびヒゲ)は、張りつめた沈黙の中で、ふと窓の外を見やった。
「おや……?向こうから誰か戻ってきますぞ!陛下」
一瞬、場がざわつく。
「まさか……?」
「勇者様が……?」
「いやでも、こんな早く戻るはずが……」
しかし、王の心は浮かないままだった。
なぜなら――“戻ってきた勇者”の姿は。
王国の誰もが想像しうる「勝利の英雄」のものではなかったからだ。
マントはボロ布のように引きずられ、赤い瞳は虚ろな光を宿し。
手には使い古された剣――どこか現実離れした空気を纏い。
その男はゆっくりと王宮の門をくぐる。
「お、おい……あれ……勇者、なのか?」
「いや、まるで……亡者じゃねぇか?」
王は、無意識に手の中の降伏カンペを握りしめる。
そして内心で、こう思った。
「……やべぇの来た」と。
勇者ガイウス・アルドレッド。
彼が“人間”として戻ってきたのか?
“怨念”として現れたのか、この場の誰にも分からなかった。
ここから、地獄の「裁判ショー」が始まるのである。
王は、凱旋の祝辞を述べるどころではなかった。
目の前に立つのは――英雄のオーラをまとった勇者などではなく。
赤い目を虚ろにさせ、ボロ布のようなマントを引きずる“何か”。
内心の叫びは一言、「やべぇの来た」。
「……勇者ガイウス。貴殿の戦果は確かに偉大なものである」
王は何とか声を絞り出す。
「だが、帰還後の貴殿の精神状態――このままでは式典の進行が困難であるな」
ガイウスは、顔を上げた。
瞳は“こちら”を見ていない。
いや、何か別のもの――光の彼方を、見据えているかのようだった。
「光……蝕の向こうに……確かに、あった……」
「……ロディ……俺……帰ってきたよ……帰ってきた……ッ」
その瞬間――王宮の空気は、限界を迎えた。
リアナ姫は明らかに一歩退き。
「……あの勇者様、ちょっと……こわ……っ」と本音を漏らす。
大臣は“職務責任感”を奮い起こし、震える声でガイウスに尋ねる。
「の、残る三人は!? 他の勇者方はご一緒では……?」
ガイウスの返答は、悪徳政治家の“証人喚問”のようだった。
「記憶にございませんね」
一同、固まる。
ガイウスの目は終始ガンギマリ。
“何か”が憑依しているとしか思えない。
「え、ええい!これでは演説どころか会話すら成立せませぬぞォ!!」
「これは一度、裁判にて精神の健全性を――もとい、職務責任を問うべきですな!!」
この瞬間、荘厳な王城は、勇者凱旋式から“地獄の裁判ショー”へと様変わりした。
「え!? あの魔王を倒したってのに追放!?」
「でも……あの目……怖い……」
「なんか呪われそう……」
ブラックコメディの極致。
王も、姫も、大臣も、観衆すら“英雄の帰還”より。
“心霊現象”のほうがトラウマになった日であった。
壇上のガイウスは、大臣から「残る三人の勇者は?」と問われた際、
一度は“記憶にございませんね”と、悪徳政治家のごとくしらばっくれ芸を披露した。
会場の空気は限界まで凍り付く。
しかし、証人台に立たされると、ガイウスはゆっくりと、ポツポツと語り始めた。
「なぜ……俺だけが帰ってきたのか……」
その問いは、彼自身にも未だ答えの出せない傷跡だった。
四勇者は、確かに四人で帰ろうとした。
ヴィヌス、サタヌス、メルクリウス、そしてガイウス。
「もう一度、アルキード王国へ還る」ため、必死に手を伸ばしていた。
だが、“蝕(エクリプス)”は残酷なまでに彼らの精神を蝕み。
負の情念を幾重にも増幅させていた。
もし四人が揃って帰ってきていたなら王城は、今頃廃墟と化していただろう。
「だが、それでも――俺たちは、託したいものがあった」
彼の声は、舞台上の亡霊のように響く。
その名は、ルチア。
――通称「魔王」ルナ・エクリプスの転生体。
魔王の“娘”とも言える存在を、勇者たちは。
「第一王子を亡くしたばかりの帝国皇帝」の養子に“託した”のである。
誰が考えても分かる。
“いつ爆発するか分からない爆弾”を、帝国の玉座のすぐ横に置いたのだ。
勇者が凱旋中にパーティが瓦解し。
その裏では「魔王の娘」が皇帝の養子になるという超異常事態。
どれだけ世界を救った英雄でも――もはや情状酌量の余地はない。
裁判官は、「予想していた」顔で宣言した。
「勇者ガイウス、貴殿の行動記録と仲間たちとの関係悪化を鑑み……」
「本日ここに、“追放”を宣言する!」
観衆は騒然となった。
「え!? あの魔王を倒したってのに追放!?」
「でも……あの目……怖い……」
「なんか呪われそう……」
ガイウスはすべてを受け入れた顔で呟いた。
「そうか……俺は、まだ帰って来られていないんだな」
「……わかった。行くよ、ロディ。もう少しだけ……俺は歩こう」
彼は一礼もなく、誰もいない空間に向かって剣を引きずり歩き去った。
それは、英雄の凱旋ではない。
亡者の彷徨いであった。
ここから“怨霊の1カ月”が始まる。
国外追放――“英雄”と呼ばれた男に下されたのは。
あまりにも静かで重たい裁きだった。
ガイウス・アルドレッド。
勇者として、正式なスピーチを行うまでには、約1ヶ月の猶予期間が与えられていた。
これは、その“空白の一ヶ月”に起きた。
ある兄弟と村人たちの、ちょっと心温まる(?)記録である。
その日、ロディの勘はいつになく冴えていた。
昔から彼の「予感」はよく当たる。
「雨が降りそう」と呟けば、10分後には本当に降り出す。
村ではいつしか、「ロディ坊は未来がちょっと見える」と噂されていた。
そして今日も、少年の直感は静かに的中する。
午後の静寂を破って、村の門前に誰かが立っていた。
最初はただの旅人かと思った。
埃まみれのマント。手には重そうな剣。
それだけなら、この国のどこにでもいる、ありふれた姿。
だが、顔をよく見れば。
その男の“目”は獣のように赤く、焦点が合っていなかった。
「うわ、誰だよ……って……え? 兄ちゃん?」
思わず薪を落とすロディ。
青年――ガイウスは、ぼんやりとロディを見つめた。
どこか遠くを見るような目で、乾いた声を漏らす。
「……ロディか。……帰ってきた。あぁ……」
どれだけ想像しても、こんな“再会”は思い描けなかった。
ロディは混乱しながらも、とにかく問いかける。
「お、お前。勇者パーティーどうした!? 魔王は!? オレらの希望は!?!?」
ガイウスは、しばし黙り込む。
何かを思い出すのに苦労しているような。
もしくは――思い出したくないような表情。
「……あの城で……全部終わったんだ」
「魔王を殺して、世界を救って、仲間とはバラバラになって……俺は、追放された」
ロディはしばらく絶句するしかなかった。
「…………いや、情報が多すぎる!!」
静かな村の午後。
そこに立つのは“希望”と呼ばれた男の、“残骸”だった。