帰還編-かくして勇者は追放された - 3/6

ガイウスは今日も相変わらずだった。
村の誰もが「元・勇者」としての復活に淡い期待を抱いていたが。
現実は、納屋の隅に“怨念を撒き散らす兄ちゃん”が一人増えただけだった。
ただし、村のおばさんたちは口を揃える。
「でもねえ、あの子、トマトだけはきれいに食べるのよ。
幸い体重も落ちてないし……健康って大事!」
納屋の壁には、“血文字”もとい、トマト汁。
「王政打倒」と「断罪者ガイウス・アルドレッド」の赤い字が滲んでいる。
その様子を見て、村の子供たちは日課のように騒ぐ。

「呪いのお兄ちゃん、また壁に呪い書いてる!」
「“断罪者”ってなんか強そうじゃね?」
「絶対あれ、魔王より怖いって……」
それでもガイウスは、ふと子供たちに見られると――微笑む。
ある子は固まり、隣の子は泣きそうになり。
奥の子が全力で友達を引っ張って逃げ出した。
「笑顔やめろこえぇよ!」
ロディのツッコミが響く。

村人は、井戸端会議で得意げに語る。
「アルドレッドさんちはホントええ人達やで」
「見たか?ガイウスちゃん、笑ったのよ!!」
「えええ!?あの“怨念がすげぇ”で笑ったの!?」
「笑ったのよ!笑ったのよおお!!」
と半ば都市伝説扱いで盛り上がる。

夕暮れ時、ロディは兄に剣を差し出す。
「兄ちゃん、剣。流石に刃こぼれしてんぞ」
ガイウスは刃を見つめ、静かに呟く。

「……殺意が込もってるほど、切れ味が増す」
ロディは一歩引きながらも即座にツッコミを入れる。
「もう宗教じゃん」
こうして“呪いのお兄ちゃん”は。
村の都市伝説から、日常の象徴へと昇華されていった。

アルドレッド家の朝は、今日もいつも通りに騒がしい。
納屋の方からは、ガリガリガリ……と何かを削る不穏な音が響いていた。
おかんは台所から顔を出し、ちょっとだけ怒った声で叫ぶ。
「ごはんできたよ〜!!また剣で地面ガリガリして!!」
納屋の暗がりから、ガイウスが静かに現れる。
その手には剣――だが、母の声を聞いた途端。
まるで小さな子供のように素直に剣を背負う。
ロディは思わず驚く。

「おぉ!?言うこと聞いた!?」
おかんは、その様子を見て嬉しそうに笑う。
「この子は昔から良い子なのよ〜!!」
村の噂話も日に日に加速している。

「アルドレッド家、神すぎない?普通なら村ごと滅ぶって」
「ロディ坊が『怨念がすげぇ』って毎日言ってるおかげで……なんとか保ってる」
夕方、ロディは机に散らばる紙を発見する。
「兄ちゃん、これ……演説の草案?」
ガイウスは淡々と答える。
「違う。王族をどう殺すかリストだ」
「怨念がすげぇよ!!!」
ディノス村には、代々伝わる一句があるという。

勇者様が、アルドレッド姓で本当に良かった。
でなければ今頃 血の雨が降っていた。
それは、村人全員が本気で信じている“平和の秘訣”なのだった。

ディノス村の春は、いつもより少しだけ、風が柔らかく感じられた。
「……兄ちゃん、ギロチン以外の話しようぜ」
ロディが何気なく投げかけたその言葉に、ガイウスは少しだけ長く沈黙した。
「……断頭台の前に佇むと、風の音がな……」
ロディは即座に反応する。
「戻った戻った!!」
このやり取りが、村の誰かにとってはホラーであり。
家族にとっては、何よりの回復の証だった。

元・勇者ガイウス。
断罪者と呼ばれたその男は、少しずつ、“狂犬”へ。
もう一度「人間」へと戻りつつあった。
ある日の朝、ガイウスがぽつりと呟く。

「あぁ……あの国王、スピーチしろ……て言ってた。今日からは家に戻る」
ロディは思わず、声を上げる。
「おおおお!?出た!!ついに納屋出た!!」
納屋の戸がギィと開く音――それはアルドレッド家にとって。
春を告げる鐘の音よりも尊い瞬間だった。
母は「ごはん二人分盛っとくからね!」と張り切り。
祖父は「ようやく孫が戻った」と目を細める。

「あの呪いのお兄ちゃん、納屋から出たらしい!」
「やっぱりアルドレッド家はすごい!」
と、村人たちが半ば伝説の更新のように騒ぎ立てる。
ガイウスが家に戻っただけで、村は少しだけ、明るくなった。
“元・断罪者”の男が、もう一度“家族”と“村”に溶け込んでいく。
それだけで、この世界は少しだけ優しくなった。

家の灯りが落ち、家族が寝静まった深夜。
ロディはふと、机の上に無造作に散らばった紙束を見つけた。
「兄ちゃん、まさか……もう演説書き始めたのか?」
壁にもたれている兄を見やる。
ガイウスは相変わらず、魂が抜けたような目で天井を見上げている。
「……おう」
数秒だけ静寂が流れた。
ロディは紙束を一枚、手に取る。

数行読んだだけで“字の汚さ”にまず脳がバグった。
だが問題は、字ではなかった。
「字きたねぇ!!!? いや字汚いどころか文法崩壊してるんだが!!」
ロディが拾い上げた紙に、びっしりと“怨念”が詰まっていた。

深月の彼方、月蝕より我等帰還セリ。
されどその四つの心、引き裂かれまとまることなく。
我、国外追放を言い渡される。

王は座にて、我が罪を問う。
何故、英雄の心は戻らず、瞳は血を宿すや?
答えよ、誰ぞ勇者に光を授けし者は。

刃は血を求め、断頭台は影を落とす。
王族よ、貴様の咎、天に届かず。
民草の呻き、裁きの風に消ゆ。

ギロチンは飢え、正義は沈黙す。
罪人の首、地に落ちて花咲くや?
否、地はなお、血潮を欲す。

断罪者、我が名はここに刻まれる。
アルドレッド、光と影を知る者。
王よ、貴様の座、終わりの時近し。

太陽は沈み、月は哭く。
星なき夜、我が歩みは続く。
絶望の彼方にて、我は問う。

この手は何を守り、何を断ち切るために在るのか。
返答なき王宮、虚ろな玉座。
民草は眠り、断罪者のみが目覚めている。

今ここに宣言す、王政打倒、正義断行。
血をもって罪を贖わん。
……そして、夜明けを拒み続けるよ。
我が剣により、その首、斬り落とされん。

ページ端には、謎の“ギロチン図解”が斜め上に描かれている。
ロディは、しばし絶句するしかなかった。
「何これ!? 怨念日記か!? スピーチじゃねぇだろ!!
ていうか“ギロチン図解”の挿絵いらないから!!」
ガイウスは、どや顔で返す。

「心が叫びたがっていたんだ……」
そのどや顔が一番怖い。
だがこの瞬間――ロディは「兄貴が帰ってきた実感」を妙に感じた。
もしも、兄ちゃんが“このカンペ”をそのまま読み上げたら?

壇上のガイウス。
真顔、目は完全にイっている。
もう勇者じゃなくて怪異だ。
「深月の彼方、月蝕より我等帰還セリ……
されどその四つの心、引き裂かれまとまることなく――」
静寂。王族も貴族も観衆も、何が始まったのか理解できない。
王は顔を引きつらせて呟く。
「…………何語だ!?」

大臣は焦って周囲に叫ぶ。
「通訳を!!今すぐ通訳を!!」
リアナ姫は半泣きでロディの袖を掴む。
「コワッ……!!」

「ギロチンは飢え、正義は沈黙す。
罪人の首、地に落ちて花咲くや?」
一瞬の静寂の後、会場はザワつく。
「今、“ギロチン”って言った!??」
「勇者が演説でギロチンの話し始めた!!」
「これ、反逆じゃね……?」
衛兵隊長は、剣の柄に手をかける。

空気がピンと張り詰め――王は震えながら玉座にしがみつき、
姫は涙目でロディの腕にしがみつき、大臣は白目を剥いて卒倒する。
そのとき、壇上のガイウスは完全に無表情のまま、
「王政打倒……正義断行……血をもって罪を贖わん――」
会場が騒然となる。
「衛兵~!衛兵~!!」
「誰か呪いを解けぇぇぇ!!」
「キャアアアア!!」
「剣抜けぇえええ!!」
「やだあああああ!!」
ユピテルは袖で腕を組み、涼しい顔で「傑作。永久保存版だコレ」と呟く。
多分“芸術点満点”のつもりだろう。
ロディは最前列で頭を抱え、絶望する。
――その瞬間、ブツンと唐突な音響トラブルSEが響いた。

† 呪 詛 完 了 †

画面はバグったように暗転し、禍々しいフォントが全てを塗りつぶす。
こうして“呪詛演説”は、王国史上最恐のカオス事件として語り継がれるのであった……。

(ダメだ!このまま読ませるのは余りにもダメだ!!)
ロディは机の上に山積みされた“怪文書”を前に、頭を抱えずにはいられなかった。
「このままじゃ村ごと王族討伐隊だよ!!」
「なんでトマト汁で真っ赤にしてんの!?」
ガイウスはどこか誇らしげに答える。
「……説得力、増すかと思って」
「ホラーやめろ!!てか村の子供が怖がるから!!」
兄はふと、手元の紙束を見つめる。
虚ろな目を伏せて、呟くように言った。

「……俺、演説とかやったことねぇからさ……」
「……カンペとか、書ける気しねぇ……」
ロディは怪文書を抱え、それでもふと優しい顔になる。
「いいよ、兄ちゃん。お前の“本音”は全部俺が訳してやる」
そう言いながら、にっこりと笑って見せる。

「だから、もうちょい“処刑”減らしてくれな?」
ガイウスはしばらく黙って考えると、ぽつりと呟く。
「……難しい注文だな」
ロディは即座に念を押す。
「努力目標で!!」
静かな夜の納屋に、兄弟だけの会話が小さく響く。
“呪いのお兄ちゃん”と呼ばれた男も“未来が見える”と言われた弟も。
この瞬間だけは――確かに「家族」だった。