新宿-飯テロ黙示録 - 5/5

街は、もはや胃袋の内側のように蠢いていた。
だが今、その“胃の中”に響いていたのは、呻きでも悲鳴でもない。
——音楽だった。

リリカーナの幻が飢餓の色を上書きしていく。
新宿の緑のネオンはカーニバルカラーに変わり、
瓦礫の街がステージへと変貌していく。
踊るハンバーガー、回るケーキ、飛び跳ねるアイスクリーム。
壊れた信号機の光がミラーボールのように回り、
崩れかけたビルが舞台装置のように揺れていた。

——空気そのものが、メロディを震わせている。
サイケデリックな光が煙のように立ち昇り、
通りを満たす音は、まるで胃酸の鼓動にリズムを刻むようだった。
リリカーナが軽くターンを踏みながら、マイク代わりのケーキを手に取る。
その笑顔はあまりに眩しく、同時に恐ろしい。

「はーい! 世界の終わりへようこそ〜っ☆
食べ物は踊り、欲望は笑うっ!」
ハンバーガーが手を叩くようにバンズを鳴らし。
ケーキたちはリズムに合わせて笑い声をあげる。
幻の観客たちが歓声を上げ、世界が胃液の代わりに音で満たされていった。

スマホでパシャリ、冷めたラテ。
フィルター越しの、しあわせランチ。
「#今日もおいしい」「#頑張る私」
ねぇ、本音はどこ?

その歌声は、明るすぎるほど明るい。
でも、どこか空虚で、胃の底を締めつけるような苦味を持っていた。
レイスが思わずツッコミを入れる。
「お前それ……今即興で歌ってんのか!?」
リリカーナはステップを踏みながら、満面の笑みで答えた。
「ボク、ミュージカルも得意なんだ★
だって“嘘”はリズムに乗せた方が可愛いでしょ〜?」
キガは片手で額を押さえながら、呆れたように笑う。
「ちょ、待て待て。オレの精神攻撃、エンタメ化すんなって!」
「飢餓の象徴がダンスミュージックって、誰が得すんだよ!」
だが、リリカーナは止まらない。
カラフルなノイズが舞い、音と光が渦巻く。
彼女の存在そのものが“嘘”でできたショーウィンドウのように煌めいている。

レイスは煙草をくわえ直し、苦笑いした。
「まぁいいじゃねぇか。
食えない飯より、踊る方が腹に優しいだろ?」
彼の靴先がアスファルトを叩く。
軽く足を鳴らすと、煙草の煙がビートの波に乗って。
まるで照明のように宙へ舞い上がった。

「ほらお兄さんダンス上手そう(100%偏見)だから踊って♪」
リリカーナがマイクを差し出すように笑う。
「なんで!!?」
キガが素でツッコむ。
街が歌い、街が食べ始めた。
チーズが伸び、ケーキが光り、バンズが踊る。
幻のリズムが現実を侵食し「飢餓」と「嘘」と「笑い」がひとつの旋律になっていく。
世界が終わるその直前、それはまるで最後のディナーショーのようだった。
リリカーナはマイクを掲げ、星の飾りをキラリと揺らす。
「ねぇ、世界! おかわり、いかがぁ〜?」
カーニバルの歓声が響き渡る。
胃袋の奥から、無数の声が応えるように蠢く。
光、匂い、リズム、そして……咀嚼の音。

レイスが呟く。
「……地獄で踊る連中は、案外楽しそうだな。」
マカの詠唱の声が、音楽の隙間に混じる。
幻と現実の境界が溶け、ステージが再び闇に沈んでいく。

街の色がまた変わった。
リリカーナの魔力が空間を上書きし、胃袋の中のカーニバルは一瞬で別の景色へと反転する。
ネオンが途切れ、音楽が歪み、光がやわらかく滲んだ。

かつて流行したカフェは、今や苔とヒビと朽ち果てた“夢のあと”だった。
ヒビ割れた窓から覗く都市の残骸と、崩れたケーキの残骸。
テーブルの上には、どろどろに溶けたクリームと、砂糖漬けの花。
白骨の客が無言でケーキを見つめ、その手元には“いいねマーク”の幻影が浮かんでいる。

だが、空気だけは妙に明るい。
サイケデリックな音と、カラフルな光がカフェを満たし、三人の影が同じ動きを刻む。
腹に手を当て、笑顔でワンステップ。
キガ、ジェスター、レイス——「飢餓ダンス」の始まりだ。

「兵どもが夢のあと~。てか?」
レイスが皮肉げに笑いながら、骨の隣でステップを踏む。
スマホに映る“かつてのカフェ飯”はもう腐っているのに、
画面の中だけは“おしゃれランチ”が永久保存されていた。
「インスタでバズるのだって戦いだよな!」
キガはキャップを弾いて、カフェの空間を一望する。
FAMINEのパーカーを揺らしながら、
「飢餓の神も“イイネ”も、結局みんな“満腹”を求めてるんだろ?」
と、軽く笑ってみせる。

ジェスター=リリカーナは中央でターン。
星飾りが揺れ、マイク代わりのケーキを手に掲げる。
「世界の終わりだって踊れるよ〜っ★
今日も“かわいいウソ”で満腹になろーっ!」
テーブルの上の“イイネ”たちは次々と浮かび上がり、
白骨の客もスマホの画面も、
まるで踊り子たちを応援するかのように“幸せなウソ”を連打していく。

レイスが片手を挙げて、肩を揺らしながら言う。
「ま、腹の底から踊れりゃ、地獄も悪くねぇさ。」
キガもリズムに乗ってウインク。
「#今日も満腹アプリ更新中 ってやつだな!」
「食うより“見せる”のが時代なんだと。」
飢餓の街が、またリズムを取り戻す。
そして三人は――気づけば踊っていた。

リズムに支配されているわけではない。
催眠でも幻術でもない、単純にノリが良すぎた。
レイスは片手を上げて肩を揺らし「ま、たまにはいいか」と笑う。
キガは踊りながら半ば本気で頭を抱え。
「俺、黙示録なのにっ!くっ……楽しい……!」
と、音に乗りながらも動きを止められない。
その表情は苦悩でも恐怖でもなく、純粋な“快楽”に近かった。

あ〜いいねいいねっ☆ 今日も満腹アプリ更新中っ!
食べるより、“見せる”がトレンドだよっ!
泣いてる胃袋にも、フィルターかけとこ♡

壊れた拍手音と子供の笑い声がどこからか混じり
音の波に泡のように消えていく。

映え映え♪ かわいいウソ〜♪
食べ物よりもキミがスイーツ〜♪
いいね♪もっと♪ ほら押して〜♪
幸福なんて 加工で充分〜♪

ねぇ、冷めたスープにも笑顔スタンプ。
今日もどこかで“いただきます”を撮ってるよ。
映えはウソ、かわいいウソ。
でも、ウソが可愛いなら、それでいいよね?♡

リリカーナの声が、胃袋全体に響く。
甘く、毒のように。
マカは詠唱の手を止めず、息を荒げながら小声で呟く。
「……召喚時間あと五分……
なんで戦闘がミュージカルになってるんですか……」
遠くのステージ上で、リリカーナがウィンクして手を振る。
「だって! 映えはだいたい楽しいウソなんだもんっ♪」
街全体がライトアップされる。
骨たちがリズムを刻み、腐ったケーキが光の粒に変わる。
それはまるで“幸福の亡霊”のパレード。
誰も満たされず、誰も空腹を思い出さない。
その“満腹なウソ”の中で、三人はまだ踊っていた。

――終わらない飢餓の、終わらないショータイム。
胃袋ミュージカル、最終楽章。
街が、息を呑んだように静止した。
ジェスターの声がワントーン上がり、ミュージカルの幕引きのように響く。

「映え映え♪ オシャレ〜♪ カロリーゼロ〜♪
罪も欲もデコレーション〜♪
さぁ、笑って! 飢えて! また笑お〜っ★」
最後の高音が空を裂く。
その瞬間、ステージ代わりのケーキが光に包まれ——爆ぜた。

粉砂糖のような破片が空を舞い、甘い煙が新宿の空気に溶ける。
だが、その甘さを裂くように、黒い雷光が奔った。
——ゼルグライド召喚完了の兆候。
レイスは口元に笑みを浮かべた。
「……お、主菜(メインディッシュ)来るぞ。」
キガは帽子のツバを指で弾き、満足そうに唇を吊り上げる。
「やっと腹減ってきた。」
リリカーナの歌声が、録音の残響のように空気を震わせながら消えていく。
飽食の幻がノイズ混じりにブツ切りになり。
街頭ビジョンが「ERROR: OVERLOAD」を点滅させた。
バグの走る空に、雷の影が蠢く。

マカの詠唱が、胃の蠕動のような地鳴りと重なった。
「ジェスター、リターン! ——ゼルグライド召喚ッ…10秒前!」
ジェスターは舞台のセンターに立ち、ピエロの敬礼ポーズで笑う。
「は〜い皆さんっ♪ ボクのショーはこれでおしまい、また次の公演で〜★」
パチン、と指を鳴らす。
紙吹雪のような幻影が宙に弾け、色とりどりの光が消えた。
残るのは、静寂と焦げた甘い匂いだけ。

マカの足元から複数の魔法陣が展開し、
ビル群の隙間に光の円紋が広がる。
それらが重なり合い、互いに干渉しながらゆっくりと回転を始める。
緑と金の光が絡み合い、空間そのものが“胃の奥”のようにうねる。
風が逆流し、空気が震えた。

キガが帽子のツバを弾き、笑う。
「さんざんおちょくってくれたんだ。こっからはマシなもん出してくれよ?」
マカは冷や汗を垂らしながらも、瞳の奥に決意の光を宿す。
「ゼルグライドは出すまでに時間かかるから……あんまり出したくないんです。」
「でも——相手が“大ボス”なら、仕方ないッ!」