甲板に散らばった硬貨が、がちゃがちゃと鳴る。
マリーナの部下たちは慣れた手つきでそれを仕分け、袋に詰めていた。
そのすぐ横で、ユピテルは肘をつき、船縁に寄りかかって海を眺めている。
「……いいナ、これ」
完全に観光客の顔だ。
「キャプテン!これ!」
ミーハー気味の子分が、スマホを掲げて駆け寄る。
画面には、見慣れすぎた金髪と薄ら笑い。
《魔王軍六将 筆頭 雷将 ― ユピテル・ケラヴノス》
「えっ!?」
「マジで!?」
「六将って、あの六将!?」
甲板が一瞬でざわつく。
半歩、無意識に距離を取る者まで出る始末。
マリーナはその反応を楽しむように、ちらりとユピテルを見る。
「……ほぉ。あの“雷将”か」
腰に手を当て、値踏みする目。
「なるほどね。派手な顔してると思ったら、看板付きか」
「エグゾスはちゃちな雷じゃ仕留めきれない」
「腕試しには、ちょうどいい」
レイスがため息混じりに呟く。
「この世代、顔バレ早すぎだろ……」
「なぁ。このへん、アワビいそうじゃね?」
ひどくのんびりした、海賊団に捕まったと思えない様子。
マリーナは、海風に髪を靡かせながら口角を吊り上げた。
「決まりだ。野郎ども、この“雷将”を味方につける」
甲板を指で叩く。
「賞金首も、動く島も、全部まとめて仕留めるぞ!」
そして、わざとらしく偉そうに宣告する。
「本来。所持金を取られた連中は、数日はウチでこき使うんだが……」
「今回は特別だ」
「今、エグゾスって厄介者に手を焼いててね」
「あれを倒せたら――最速1日で解放してやる」
ロコの顔が一瞬で青くなる。
「えっ……エグゾスって、そんなに強いのかにゃ!?」
甲板の奥、帆柱の影から、少し場違いな男が前に出てくる。
油汚れの残る作業着。
片眼にゴーグルをかけ、首から工具袋を下げている。
「……質問いいですか」
レイスがちらりと見る。
「エグゾスって、結局なんなんだ?」
男は一瞬だけ間を置き、説明する覚悟を決めた顔で口を開いた。
「大災害の際に、魔王軍が製造した兵器です」
「正式分類は――対人用トビウオ型自立兵器」
ロコが目を丸くする。
「トビウオ……?」
レイスが眉をひそめる。
「つまり、機械の魚?」
「はい」
即答だった。
「人間と魔族は体温が異なります」
「エグゾスはその差を検知し、優先的に“生体目標”を襲撃する設計です」
甲板に、嫌な沈黙が落ちる。
「当初は複数機いましたが……ほとんどは破壊されました」
技師は、苦く笑う。
「問題は、残った一機です」
マリーナが腕を組み、続きを促す。
「学習型、ってやつか」
「その通りです。戦闘データを蓄積し、あらゆる攻撃への回避行動を最適化している」
ロコが思わず叫ぶ。
「ずるくない!?それ!」
「ええ、ずるいです」
「だから今も稼働している」
技師はちらりとユピテルを見る。
「特に雷は……過去に何度も当てられています」
「結果、雷が来る前兆を察知すると即逃走するようになりました」
レイスが小さく息を吐く。
「なるほど。“仕留めきれない”理由が分かった」
マリーナが顎をしゃくる。
「ルートナギサの漁業組合も、完全にお手上げらしい」
「船は壊す、獲物は奪う、人は殺さないが……海を荒らす」
「だから賞金首、ってわけだ」
その時。
ずっと黙っていたユピテルが、海を見たまま呟いた。
「……逃げるのが上手いってことはさ」
全員が見る。
「“逃げ場がなくなった瞬間”を一回も経験してねェ、ってことだよな」
指先に、静かな雷が走る。
「学習?上等じゃン。逃げ道ごと海を閉じりゃいい」
技師が一瞬、言葉を失う。
マリーナは、歯を見せて笑った。
「いいねぇ!その発想ができるなら、話は早い」
ロコが小さく震えながら呟く。
「……やっぱり、とんでもないヤツだったにゃ」
こうして“エグゾス”はただの賞金首ではなく、
海そのものを舞台にした知恵比べの相手として
勇者ズの前に立ちはだかることになる。
海は広い。敵は賢い。
そして雷将は、逃がす気がない。
「お前はエグゾス討伐の最重要存在となる。特別に頼みを聞いてやる。欲しいものは何だ?」
マリーナの問いにユピテルは一切迷いなく、即答。
「え?……アワビ食べたい」
次の瞬間、操舵士が大声で笑う。
「お前、そんなのそのへんの岩礁にごろごろしてるぞ!」
航海士も手を叩いて爆笑。
「オレらの朝メシより安上がりだ!」
別の子分がマリーナに向かって叫ぶ。
「マリーナ様!こいつ贅沢言わなすぎっス!」
マリーナは肩をすくめて苦笑しつつも、妙に気に入った様子。
「いいね、可愛いやつだ。……うちには人魚の船員も多いから、最高級のヤツ取らせるよ」
ユピテルは満面の笑顔で「マジ?やった!」と子供みたいに喜ぶ。
その姿を見て、ロコは困惑しながら呟く。
「……なんか地味に現実的だにゃ」
レイスもため息混じりに突っ込む。
「お前がラスボス顔でお願いする内容、毎回それだな…」
海賊船の甲板、討伐前とは思えぬにぎやかさ。
マリーナが腕組みでどっしり立ち。
子分たちは巻き上げた金を「サイコロ賭博」に使って盛り上がってる。
そのすぐ横、勇者ズと海賊団が即席の“前祝い鍋パーティ”を始めていた。
ユピテルは甲板の端っこで、焼きあがるアワビを見つめながらニコニコ。
操舵士や航海士たちが煙の向こうから。
「お前、それでいいのかよ!」「雷将の願いって小市民すぎ!」と爆笑する。
鍋からは潮の香りとアワビの香ばしさ、焼き魚や貝類の煙が立ちのぼる。
ロコは鍋の中身をひとくち食べて驚愕する。
「おい!?この鍋、地上で食うのよりうまいぞ!」
レイスも笑いながら答える。
「なんでだろうな? 塩か?塩が違うのか?」
海風に吹かれながら。
「これが世紀末の冒険――でも、思ったより悪くないかも」
そんな空気が、甲板を包み込むのだった。
甲板の熱気に誘われて、
潮の香りと白い泡をまとった“蒼海の女王”ネプトゥヌスが、
その優雅な足取りでゆっくりと船に現れる。
「あら?バーベキュー会場ではありませんでしたの?」
――その声は、どこか余裕と遊び心の混じったトーン。
周囲の子分たちは一斉にどよめく。
「え、あれ、海の女王!?本物!?」
「オーラが違う…!」
ロコは思わず肩をすくめてぼやく。
「なんか知らんけど今日の海、メンツ濃すぎじゃない?」
マリーナは最高の顔で腕を組み、片目でスチーブンをちらり。
「縁起がいいね。雷神だけじゃなく、今度は海の女帝もお出ましかい、スチーブン?」
スチーブンはドスの効いた機械声で応じる。
「キャプテン。今日シカナイ。奇怪島、沈メルチャンス」
マリーナはにやりと笑う。
「……あぁ、逃がしはしないさ。宴のあとで“伝説”を作るぞ、野郎ども!」
ユピテルはアワビにかぶりつきながら満足そうにつぶやく。
「なんか、もう全部来たな」
レイスも苦笑い。
「お嬢。今の俺たち、いわゆる“海賊”なんだ。ちょっと厄介なことになっててさ」
ネプトゥヌスはぱちっと瞳を輝かせる。
「あら、海賊さんでしたの? 衣装も合わせなくてはいけませんわね」
その手がひらりと舞うと、泡の粒がきらめき、彼女のドレスが。
一瞬で、爽やかなの海兵コーデに変わる!ロコは子供みたいに大興奮。
「うわー!海兵さんだにゃー!」
ユピテルはうらやましげにぼやく。
「水属性、こういう時ずりぃ……オレの短パンは変わんねぇのに」
マリーナは思わず大きな拍手。
「イカす変身だ!うちの船にも一人ほしいな、そういう便利能力!」
スチーブンも即座に持ち上げる。
「ネプトゥヌス。オシャレ最強。」
ネプトゥヌスはくるりと優雅に回ってみせる。
「ふふ、わたくし何着でも“海風コーデ”で合わせてみせますわ♪」
ロコは甲板の端で、まだ泡の残るネプトゥヌスを見上げながら首をかしげた。
「なんかさ、マカやメーデンが見てる“変身するアニメ”っぽいと思ったんだけど」
レイスは一瞬だけ考えてから、あぁ、と小さく相槌を打つ。
「あぁ、あれな」
そして、少しだけ視線を甲板に、少しだけ海に向けて続ける。
「でも、たぶんアレより現場感あるぞ」
「ちゃんと“海に出る人”の格好だ」
ロコは納得したように、しっぽをゆらりと揺らす。
「たしかに……キラキラしてるけど、仕事する気満々だにゃ」
そのやり取りを聞いていたのかいないのか。
ネプトゥヌスは三日月目のまま、軽くスカートの端を押さえ、
甲板に集まった海賊たちへと優雅に一礼する。
「では改めまして」
泡がきらりと弾ける。
「よしなに。皆様」
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、甲板は拍手と歓声に包まれた。
「女王が水兵だ!」
「いや、これ普通に船員だろ!」
「今日の海、情報量多すぎるぞ!」
レイスはその騒ぎを背に、苦笑しながら呟く。
「……ほんとだな」
「変身はしたけど、ヒロインってより――」
視線の先、海と同化するように立つネプトゥヌス。
「同業者だ」
そして船は進む。
討伐前夜の宴を背に、伝説を乗せて。
甲板の端っこで、討伐前の“事前ブリーフィング”が始まった。
「エグゾスの実物、見たことあるやつはいるか?」
マリーナの問いに、船員のひとりが「実は…」と。
やたら大事そうにスケッチブックを抱えて前に出る。顔がちょっと得意気だ。
「うちの叔父さんが、実際に目撃した時に“全力で描いた”絵があるんすよ!」
ロコとレイス、思わず前のめりになる。
「見せてみ!」
バサッとページが開かれた瞬間――
そこに現れたのは、やたら劇画調で厚塗り。
昭和プラモデル箱絵バリのド迫力イラスト。
波を切り裂いて跳ね上がる巨大メカトビウオの背には稲妻が走り。
背景は真っ赤な夕焼け、銀色の機体がギラギラと光を弾く。
妙に筋肉質なフィン、ありえんほど鋭い眼光。
そして右下には手描きで“EXOS”とゴシック風ロゴまで入っている。
甲板の空気が一瞬止まった。
ロコが目玉を見開いて叫ぶ。
「こんな厚塗りにする必要は!!?」
レイスは噴き出しそうになりながら突っ込む。
「その画力、別のとこで活かさないか!?」
マリーナも苦笑しつつ「昔のプラモ箱絵かよ……」と呟く。
ユピテルが半笑いで指差す。
「これ、絶対“誇張”入ってるよな?」
ネプトゥヌスはくすっと微笑んで。
「まあ、勇ましい姿で…実物もこんなに怖いのかしら?」
スチーブンが「全長三メートル。絵ハ参考程度ニ」と。
機械声で補足するが、もう甲板は爆笑の渦。
討伐戦を控えた青空は、どこまでも賑やかだった。
「ていうかさ、この画力、絶対どっかで見たことあるんだにゃ……」
レイス、じっとイラストを見て煙草くゆらせつつ…
「……気付いたか。これ、昔戦車のプラモで見たやつだ」
「そうそう、魔界限定のやつ!“MBT-99 ヘルダスター”シリーズの箱絵とか!」
「いや、その筋では有名人すぎだろ……」
「あら、きっとあの“飛び出す塗装”ね。迫力が違いますわ」
「無駄なところに熱量が…っていうか、エグゾスより箱絵の方が伝説になってないか!?」
甲板の全員、無言でその劇画イラストを見上げてしばし絶句。
──だがその後、全員で爆笑するのだった。
魔界でプラモ箱絵師やってる叔父さん”
実は“厚塗りの神”と呼ばれ伝説級の画力を誇る。
今日もまた、そんな伝説がひっそり甲板に蘇った――。