海編-まだ見ぬ蒼海 - 3/5

帆が風をはらみ、船体が大きく軋む。
水平線は遠く、波は規則正しく、エグゾスを追う航海は思った以上に“長い”。
ロコは甲板の柵に顎を乗せ、海を眺めながらふと疑問を口にした。
「そういえば海賊って、なんで全員アイパッチしてるんだにゃ?」
レイスが、待ってましたとばかりに口を開く。

「いい質問だロコ。実はな、本当に目を失ってるわけじゃない」
「暗いところに慣れるため、片目だけアイパッチで光を遮って――」
「いや、私ほんとに片目ないよ?」
マリーナが軽い調子で割り込む。
「海でやらかしてさ~」
ロコが勢いよく振り向く。

「え、ガチ!?」
ネプトゥヌスは扇子で口元を隠し、くすくすと笑う。
「オホホ……皆さん“様式美”かと思ってましたのに」
ユピテルは、いつの間にか甲板に積まれていた
“予備の眼帯セット”を指でいじりながら首を傾げる。
「……オレも、つける流れか?」
レイスは何も言わず、小さく「つよい……」と呟いた。
マリーナは満足そうに頷き、声を張る。
「野郎ども!アイパッチの装着は義務だ!」
モブ海賊たちが一斉に返事をし、甲板に黒い眼帯が配られていく。

「にゃ!」
ロコが勢いよく装着する、が――
結果、完全に動物病院でエリザベスカラーを付けられた猫。
耳はぺたり、目はきょとん。
「ちょっと落ち着かない……」
「魚、見えなくなっちゃうにゃ……」
マリーナが爆笑する。
「いい顔だ!新人感満点!」

レイスは無言で、さっと片目に装着。
……やけに似合う。
「……これはこれで、悪くないな」
ユピテルが即座にツッコむ。
「そのまま最終章に出てきそうな顔やめろ」

「やれやれ、また衣装チェンジか」
ユピテルも眼帯ON。
転生主人公オーラがさらに加速。
雷神・海賊・異世界――全部盛り。
「新しい転生先は“海賊王”か?悪くねぇな」
甲板のあちこちから。
「似合いすぎだろ!」「雷神が船にいるのズルい!」と野次が飛ぶ。

「まあ♡これが流行りなのですの?」
ネプトゥヌスも当然装着し、セーラー服 × 眼帯――完成。
本人、完全にノリノリ。
「漆黒の封印よ……わたくしの“蒼き覇道”を、今こそ目覚めさせますわ……!」
ロコが震えながら呟く。
「この人、楽しんでるにゃ……」
マリーナは親指を立てた。

「よし!これでイカスミ攻撃でも即時対処できる!」
「アイパッチはファッションじゃない、海の生存戦略だ!」
拳を握る。
「魂に刻め!」
四人、なぜかポーズが揃う。
「アイアイサー、キャプテン!」
帆は風を受け、船は進む。
――蒼海に向けて、勇者ズと海賊団の新たな冒険がいま始まる。

陽が沈みかける大海原、高く掲げられたマストの網に手をかけ。
それぞれの“戦闘服”も“普段着”もバラバラの仲間たちが
いまだけは全員、同じアイパッチを身につけて並んでいる。

ロコは猫耳をピンと立てて、真剣な眼差しで波の向こうを見る。
ユピテルは凛とした横顔、普段よりも少し少年っぽいワクワクを隠しきれない。
マリーナは海賊団長の威厳と誇りを湛え。
剣を咥えたオウム(スチーブン)が肩に誇らしく止まっている。
レイスはロングコートの裾をなびかせ。
網をつかんだ手だけは“これから”への闘志を握りしめている。

船は新しい冒険へと突き進み、仲間たちは地平線のその先。
未知なる海の世界を見据えていた。
エグゾスはまだ見えない。
だがこの航海が“ただの討伐”じゃないことだけは、全員が理解していた。

海面が不自然に跳ねる。
波の間から、金属光沢を放つ巨大な“トビウオ型機械”――
エグゾス-XXが甲高い機械音声を響かせて跳躍した。
「生体反応アリ…ヒューマン比率80%。攻撃開始。ターゲット・ロックオン」
マリーナは剣の柄をポンと叩き、すかさず声を張り上げる。
「……きた!総員!配備につけ!!マストを降りろ!」
乗組員たちが一斉に動き出す。その隙間を縫い、
レイスは双眼鏡を覗き、目を細めた。

「トビウオ……? いや違う、あれは完全に機械だ。背ビレがアンテナになってる」
ネプトゥヌスは甲板の柵から身を乗り出し、
瞳を輝かせて歓声を上げる。
「あれがエグゾスですのね!思ったより再現性が高いですわ~!」
「特にあの広げた鰭、芸術的!」
マリーナは即座にユピテルへ指示を飛ばす。
「油断すんなよ!こいつは逃げ足が早い!雷将ユピテル、アンタの本領を見せてやれ!」
ユピテルはイラッとしつつ、悪戯っぽい余裕の笑み。

「“様”をつけろっつってんだろ!!……まあいい、見せてやるよ」
「てめぇら、俺が雷呼ぶまでマストだけは絶対守れよ?全部焼けるぞ!」
ロコは目を丸くして感嘆。
「わー、なんかすごい展開にゃ!」
スチーブンも声に熱が入る。
「キャプテン、コレ生キ残ッタラ伝説」
「伝説は自分で作るもんだ!全員持ち場につけ!」
甲板上の空気が一気に張り詰める。

そんな中――ユピテルは仲間たちの混乱をものともせず、
ロープをザッと掴むと、一気にマストを駆け上がる。
太陽が沈みかける海、全員の鼓動が一つになる――
マストの最上部、潮風が容赦なく吹きつける中。
ユピテルはバランスを崩すこともなく、すっくと立っていた。

その細いシルエットが、空に向かって静かに片手を掲げる。
スッ──と伸びた指先が、雲ひとつなかった大空をまっすぐ指し示す。
その瞬間。
どこか低く、地鳴りにも似た音が大気を揺らす。
青かった空が、みるみる黒く渦を巻き、雲が重なり合い、
冷たい風がビリビリと甲板を吹き抜けた。
ロコはしっぽを逆立てて叫ぶ。

「嵐来てるにゃ!? さっきまで晴れてたのに!!」
レイスは思わず甲板に手をつき、
呆れと興奮の混じった声でぼやく。

「やべぇ。雷魔法じゃねぇ……ガチの雷呼んでる」
ネプトゥヌスは両手で髪を押さえながら、
その優雅な顔にわずかな緊張を滲ませる。
「漏れなく雨風も激しくなりますわ……皆様、お気をつけて──!」
マリーナは、興奮したように唇を吊り上げてスチーブンに声をかける。
「見ろよスチーブン、雷将の本領発揮だ!海の天気なんざ、今日はアイツのオモチャだね!」
スチーブンも羽をバサバサ震わせて叫ぶ。
「嵐来ル。エグゾス逃ゲラレナイ。アー!」
嵐の中、甲板を激しく叩く雨。
マストにしがみつきながら、海賊たちが風と水しぶきに必死で耐えている。

その頭上――マストの頂点、ユピテルは雷鳴をバックに指を天に突き上げ。
まさに“嵐の主”といった圧倒的存在感を放つ。
船が激しく軋む――暴風雨に煽られ、波しぶきが甲板を覆い尽くす中。
一際高いメインマストの頂上で、ユピテルはひとり仁王立ちしていた。
黒いコートが風に煽られて、大きくはためく。
膝まで濡れた白い制服、泥と海水が飛び散っても一切気にせず、
その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
彼はまっすぐ天を睨み、鋭い指先を空へ突き上げる。
厚い雲を切り裂くように、幾重もの稲妻が空を走り。
世界が“雷の支配”に変わった。

甲板の海賊団はマストを必死に押さえ、雷鳴とともに。
この船――この瞬間――ユピテルだけが世界の頂点に立っていた。
レイスはずぶ濡れになりながらも、じと目でマストを見上げてぼやく。

「ヴィヌスといい、あいつといい……」
「雷使いってのは、なんでみんな“指を掲げたくなる”生き物なんだ?」
脳裏に浮かぶ記憶。
ヴィヌスのド派手な決めポーズ。
さらには、見覚えのある雷術師たち――
誰も彼もが「サンダーブレーク型」の決めポーズを全力でキメていた。
ロコもあきれ気味に。

「いっつもやってるにゃあ、あれ……」
操舵士は頭を振りながら苦笑する。
「ある意味、雷撃の儀式なんじゃねぇか?」
ネプトゥヌスは雨粒を指先で優雅に払いつつ、微笑みを浮かべて答える。
「雷というものは、どうにも派手好きと申しますか……」
その瞬間、マストの上から雷と一緒にユピテルの大声が響く。
「聞こえてっぞォ!!お約束じゃねぇ、カッケェからやってんだよ!!」
マリーナは腹を抱えて爆笑。

「はいはい、派手で結構!雷神サマ、続けな!」
甲板の熱気と笑い声、そして空を裂く雷の轟音が混ざり合い。
伝説級の“嵐と宴”が、いままさに始まる。
嵐のど真ん中、マストの頂点でユピテルが冷たく笑う。
エグゾスXXが甲高い警告音声を響かせた。

「ダメージ予測計算…完了、危険!即時撤退を推奨!」
ユピテルは唇を吊り上げ、ぞくりとするほど“狩人”の顔で宣言する。
「ほぉ、逃げるか……俺はな、背向けて逃げるやつが!一番嫌いだ!」
海賊船の甲板に雷の轟音が響く。
嵐の主がマストに立ち、闇の底から光が溢れる。
選択肢はふたつしかない。
「向き合うか、逃げるかだ」
そのどちらも、“死”の先に繋がっている。

正面から挑めば「お前、いい度胸してんな」と褒めてくる。
でも、そのまま斬り伏せられ、雷で“記憶ごと消し飛ぶ”。
逃げたら最後、「背を向けるな!」と背中に雷、足元に稲妻。
さっきまで戦っていた“仲間”が灰になる光景を、誰もが目にすることになる。

「海に落とせば逃げられねぇなぁ!?行け、まとめて感電しろ!」
指先が再び天を指し――バチバチと海全体を奔る落雷。
轟音とともに、エグゾスの金属鰭が激しくスパークを撒き散らす。

「第二エンジン…大破……飛行不能!」
金属の悲鳴をあげながら、エグゾスXXは水面をジタバタ這い逃げ。
煙と火花を上げて、やがて海中の闇へと沈んでいく。
嵐の音だけが残る中、マリーナが思わず叫ぶ。
「おっしゃ!やったぞ、雷将!」
ロコも驚愕。

「スゴすぎて逆に怖いにゃ…」
ネプトゥヌスは涼やかに微笑む。
「やっぱり、雷には敵いませんわね」
スチーブンは羽を震わせて一言。
「エグゾス、サヨナラ。伝説ノ始マリ」