奇怪島の体内、うごめくピンクの壁に“違和感”が混じる。
スチーブンが急に羽をバタつかせ。
「船長、コレ。客船ノパーツダ!注目!」と叫ぶ。
マリーナが身を屈めて拾い上げると、それは青と金のエンブレムが入った金属片。
ユピテルはそれを指で弾き。
「ふぅン……なかなかの豪華客船だったみてぇだネェ……ブルー・カナリア号か」
と、軽く鼻で笑う。
レイスは一歩前に出て、「あ、聞いたことあるわ」と真顔に。
「ブルー・カナリア号沈没事件――確かクルーズ中に大災害が起きて……」
ネプトゥヌスは静かに「……乗っていた方々は、どうなったのかしら」とつぶやく。
壁に埋まったままの青いカーテン、ひしゃげた銀の食器。
かつての“贅沢”の残骸が、静かに“生き物の腹”の中に沈んでいた。
船の残骸が眠るピンク色の体内迷宮。
床や壁、あちこちに散らばる“かつての楽園”の名残たち。
マリーナが指示を飛ばす。
「――宝島の本懐は宝を持ち帰ること」
「全部は難しそうだ、厳選したものを持ち帰るぞ」
「あいさ~」
それぞれが静かに“宝物”を探し始める。
レイスは周囲をきょろきょろと見回しながら、金細工のオルゴールを発見。
蓋を開けるとサビた歯車がゆっくり回り、懐かしい旋律を奏でる。
一瞬だけ、沈没前の“幸せな夜”の残響が辺りに満ちた。
ネプトゥヌスは崩れた食堂の椅子の陰で、船員が大事にしていたらしい。
金糸雀(カナリア)のブローチを拾い上げる。
手のひらで優しく光るその小さな装飾に。
「きっと、どなたかの大切な宝物でしたのね」と静かに微笑む。
ブルー・カナリア号の残骸が眠る体内迷宮。
瓦礫や泥の中から、ユピテルがふとしゃがみ込む。
――まず手に取ったのは、割れた陶器のティーカップ。
白磁に金の唐草模様、けれどカップの縁は大胆に欠け、ヒビも何本も走っている。
普通なら「ゴミ」として見向きもしないそれを、
ユピテルはためつすがめつ眺めて、にやりと笑う。
「割れてるのが、いい。“死にかけの美”ってヤツだよ」
「完璧なモノなんて、つまらないからなァ」
“芸術”と“死”を同列に愛でるサイコ美学、全開。
さらに、寝台スペースに入り込むと、彼が狙うのはカーテンの房飾りだけ。
ふわふわの金糸のタッセル、ユピテルは指で房をいじりながら満足そうに頷く。
「この揺れ方……こういう細部が、宝石より好きなんだよな」
レイスが呆れた顔で、「……お前の“美的センス”は一生理解できねぇ」とぼやく。
ネプトゥヌスはくすっと笑い。
「美しいものを見つける才能も、ひとつの個性ですわ」とフォロー。
他人には理解されなくても、“壊れた美”と“どうでもいい部分”こそが、
ユピテルにとっては最高のお宝だった。
体内の船残骸、泥やガラクタを掻き分けながらロコが何かを探している。
ひときわ大きな物体をズルズル引っ張り出してくる。
それはでっかい救命浮き輪。
色は褪せてボロボロ、だけど丈夫で大きい。
ロコはそれを両手で掲げ、キラキラの目で掲げる。
「これ、ルートナギサのガキにあげたら絶対喜ぶんじゃね?」
さらにキッチン跡地を漁って見つけたのは――
錆びたお玉と、変形フライパン。
「魚釣った時に使えるやつだ!」
「こっちのほうが“うちの”より大きいぞ!」と、
ボロ具材に大満足で、しっぽをぶんぶん振っている。
ユピテルやレイスが「それ、ホントに宝か……?」と首をひねるのを尻目に。
ロコはまったく気にせず「宝だろ!」と胸を張る。
瓦礫に埋もれたサロン跡で、マリーナはじっと。
「何が高く売れるか」を考えていた。
「宝石じゃダメだね」
「ダーティフリーのマフィアは“音が出るもの”じゃなきゃ首をふらない」
体内サロンの奥、誰もいないはずの空間――ロコが小さく首を傾げてつぶやく。
「……なんか、誰か演奏してね?」
洞窟の奥に残る金糸のカーテン、その向こうから。
どこかで聴いたことのある、けれど初めて耳にする“旋律”がふわりと漂う。
レイスは肩をすくめ。
「そりゃあな、これだけの客船が呑み込まれりゃ、幽霊の一人や二人――そりゃいるだろ」
と冗談めかして返す。
静けさの中に確かに、誰かが奏でるバイオリンの音が響いている。
音はどこまでも柔らかく、決して“恨み”でも“未練”でもなく。
ただそこに「誰かがいて、演奏を続けていた」――そんな空気。
ネプトゥヌスが、そっと目を細めて呟く。
「あら~……美しい音色ですわ」
その声もまた、ひそやかにサロンに溶けていく。
音色に誘われるように五人が奥へ、奥へ導かれる。
そこにあったのは、誰が見ても“超高級”だと分かるバイオリン。
象嵌細工入り、豪華な木目、真鍮のペグ。
弦は切れているが、ご丁寧に“純正弓”まできちんとケースの中に残されている。
マリーナは思わずニヤリと口元を吊り上げる。
バイオリンを手にしたマリーナの背後。
レイスはスマホをサッと取り出し、指で画面をポチポチ。
「ブルーカナリア号沈没事件……生存者なし」
「アドリアン・ルベール氏も乗船していた……と記録に」
画面を横目で覗いたスチーブンが、羽をバタバタさせながら続ける。
「アドリアン、バイオリンノ女神ト言ワレタ奏者」
アドリアン・ルベール、享年46歳。
“バイオリンの女神”と謳われた奏者。
技巧や理論で語られる以前に、旋律そのものが基準になってしまった人だ。
彼女の演奏を一度でも聴いた者は、音の入り方、弓の返し。
間の取り方――すべてを無意識に参照点として刻み込まれる。
だから、彼女の評価は簡単だ。
難しい批評はいらない。
「アドリアンをきっかけに、バイオリンを始めた人間の数」
それだけで、どれほどの存在だったかが察せられる。
ブルー・カナリア号に残された一本のバイオリン。
切れた弦と、擦り切れた胴。
命より大事にされていた痕跡だけが、いまも確かに残っている。
彼女の音は、海に沈んだ。
だが基準になった旋律は、まだ生きている。
マリーナはニッと笑う。
「マフィアどもが泣いて喜ぶのが想像ついたよ」
ブルーカナリア号の“奇跡の遺産”が、ここにある。
瓦礫とピンクの膜に埋もれた“元・サロン”。
マリーナが伝説のバイオリンをそっと手に取った瞬間。
誰にも聞こえない“気配”がふわりと漂った。
湿った空気の中に、たった一人、誰とも違う声が微かに響く。
「あら……持っていくの?」
振り返っても、そこには誰もいない。
でも確かに、“ここ”で演奏を終えた女性の気配が残っていた。
指が弓に触れた時、ふっと浮かんでくる記憶の残滓。
騒がしかった船上の夜、幸せそうな人々のざわめき。
その全てが突然“無音”になった、あの日の静寂。
「……いいわ。わたくしの演奏は――ここまで。」
それは諦めでも、恨みでもない。
“美しいものを、誰かが受け継ぐ”ことだけが彼女の本懐だったのだろう。
バイオリンの胴に刻まれた傷跡、磨き抜かれた指板。
すべてが「生きていた証」として手の中に重みを残す。
その気配は、マリーナの指先に、ネプトゥヌスの耳元に。
一瞬だけ柔らかな温度を灯して――潮の香りとともに、静かに消えていった。
レイスが腕を組みつつ、どこか困り顔で呟く。
「……なあ、俺ら陸に戻ってもアイアイサーって言ったらどうしよう」
ロコが耳をぴくぴくさせて即ツッコミ。
「絶対イザナギやメーデンに爆笑されるにゃ……」
「ていうか、船に染まりすぎだって!」
ユピテルはにやりとしながら、「てか、女にはサーじゃなくてマムじゃなかったか?」
「時代劇とパイレーツ映画の知識で頭ごっちゃになってるぞ、お前ら」
みんなの空気が一気にゆるくなる。
だが、マリーナは片手でバイオリンを掲げたまま――どこまでも堂々と笑う。
「いいんだよ、こまけぇことは!」
「宝探しは済んだ。……いよいよ深層だぞ」
かつて、青と金のエンブレムを掲げた豪華客船――ブルーカナリア号。
世界が“まだ終わっていない”と思われていた。
ほんの数時間前まで平穏なクルーズを続けていた。
だが運命は無情だった。
航行の最中、突如として「大災害」が発生。
大地が割れ、津波が都市を飲み込み、“日常”が一瞬で崩壊したその日。
ブルーカナリア号は、“まだ地獄を知る前に”海の底へと飲み込まれた。
それは、ある意味では“幸運”だったのかもしれない。
あの日の生存者たちは、大災害という終わりの苦しみを体験しないまま。
静かに海の闇に沈んでいったのだから。
だが、その“海の忘れ物”たちが静かに眠った先。
奇怪島は、その全てを「自分の中」へと取り込んだ。
巨大クラゲのように、沈没した船も人も、記憶も思念も。
“消化”するのではなく、“包み込む”ことで肥大化し。
やがて“生き物”のような島へと進化した。
今、奇怪島の体内には、贅沢と幸福の記憶と。
大災害の絶望を知らずに沈んだ魂たちが。
静かに“夢の残り香”を残し続けている。
全てが「かつての楽園」の記憶。
――それは、地上で生き残った者たちよりも。
むしろ“幸せなまま眠る”権利を与えられた者たちかもしれない。
奇怪島がこれほど肥大化したのは。
“ブルーカナリア号”という夢と、その乗客すべてを丸ごと呑み込んだから。
海の底で眠る夢――それが、今も島を支えている。