深淵怪文書-五 - 1/4

アダる

ネオンきらめくアバドンの夜。
ABSの巨大ビジョンに映るのは、またしても“例の”ニュース。
「魔王軍六将・ユピテル、今夜も謎のアノマリーとホテルIN!?」
街行く住民、勇者ズ、みんな顔が引きつる。

ユピテル、あいつ最近またウワサされてんのよ。
「ゼウスの転生」って説、まことしやかに流れてるし。
実際アイツ下半身ゆるすぎ問題マジで深刻。
もう下半身ゆるすぎ、ゆるすぎてゆるキャラだわ(?)

カリストはというと、膝を抱えて体育座り、真っ白なシャツに包まれている。
「今日もカリストは留守番です……私は連れて行かれないのに……」
本日、軍服はクリーニング中。
――着るものが、ない。
普通のメンズM、ピチピチで無理。体格は意外とガチ軍人。
ベッドの端にはガイウスがノリでバザール購入→一度も着てないオーバーサイズ白シャツ。
手に取ると、ちょっと顔が赤い。

「……これは……彼シャツ……?」
(※ガイウスは未着用、完全新品)
心の中でワタワタしてるの、誰にも見せず、外は無表情なのに。
内心は「私、こういうの一番弱い……」と激しく動揺。

ちょうどその時、廊下からバタバタ足音。
ドアが開き、サタヌス乱入!
「カー!お前まだ泣いてんの!?ユピテルまたホテル行ったぞ!」
カリスト、涙目で白シャツギュッ。

「……今日は、留守番ですから」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ!」
「私の情緒が……忙しいです……」
なかよしハイツのリビングは、夜の雨音と安物のソファの軋む音に支配されていた。
薄暗い照明、床に転がる食べかけのポテチ袋。
その片隅でカリストは体育座りのまま、膝に顎をのせてテレビを見上げている。

映画の中では、白衣の医者が重い表情で口を開く。
「精密検査を受けましょう」
ただのセリフなのに、どこか空気がヒリついていた。
サタヌスはテーブルに突っ伏し、目だけで画面とカリストを行き来している。
脳内は100%プルトで埋まっていた。いや、否応なく思い浮かぶ。
あの女たらしが、もしも…万が一…プルトに手を出すことがあったら?
それだけは絶対に許せない。許すはずがない。
サタヌスは内心、自分でもおかしいくらいにそわそわしていた。

「なぁカー、ありえるか? ユピテルがプル公に手出すの」
問いかける声は、無意識に低い。
カリストは微動だにせず、ただ分析するように虚空を見つめていた。
目の奥に走るのは、冷静な知性だけ。
「可能性は低いですね。お互いを知りすぎていますから」
「ただ……プルト側の不満が続けば、そうなる可能性は」
口調は冷ややかで、内容も理詰めだが、妙に現実味がある。
その瞬間、画面のヒロインが震える手で検査結果の封筒を開きかけていた。
音楽が絶望の予兆で満ちる。
地獄のタイミングだった。

医者は、ためらいもなく残酷な宣告を下す。
「……残念ですが、あと数ヶ月です」
ヒロインは小さく呻く。
「そんな……」
そのセリフがリビングの空気まで凍らせる。
カリストの顔色が、0.5秒で蒼白に変わった。
あの冷酷な冬将軍が、思考より先に動揺をさらけ出す。
体育座りの姿勢のまま、声だけが妙にでかい。

「ウラヌス!!!??? 彼女死にそうなんですけど!!!!!」
「幸せになれる映画って言ってませんでした!!??」
ウラヌスは、となりのクッションの上でポテチをつまんでいた。
悪びれる気配は1ミリもない。
口元に小さな笑み。声色もいつも通りのギャル。

「え〜?だってカーくんこういうの好きじゃん?」
「泣いてるカーくんウケるし(可愛いし)」
どこまでも悪ノリで、でも悪意だけはまるで感じられない。
ただの“メスガキ純真悪魔”。その言葉が空間を更にカオスに染めていく。
カリストは涙目でリモコンを握りしめ、膝をきつく抱えたまま、震える声で睨みつける。
「ウラヌス……あなた、後で廊下に正座ですからね……?」
リビングの空気は冷えきったはずなのに、どこか“家族”の生温さがあった。

ウラヌスのポテチバリバリ音が、リビングの空気をさらに悪ノリでかき回していた。
まったく悪びれる気配もなく、今日も“メスガキ純真悪魔”は超自然体だ。
「ていうか雑巾(プルト)がユッピー(ユピテル)に許しちゃう理由」
「雑巾側の不満ってさ、サタぬ(サタヌス)のせいじゃね?」
ピンポイントで刺してくる発言に、リビングの体感温度が急降下する。
サタヌスはソファの背もたれに突っ伏して、思わず絶叫した。

「いやお前!!!? 浮気はされる方も駄目だよね理論やめろや!俺反論できない!泣く!!」
カリストはリモコンをぎゅっと握りしめたまま、涙目でぼそっと割り込んだ。
「私は泣いています」
「割り込むな!だってよぉ俺、プル公何が好きか把握出来てねぇもん!!」
絶望の叫びと共に、思い出したくもない記憶がよみがえる。
「犬カフェ事件忘れたかお前らぁ!!」

‡犬カフェ事件‡
※サタヌス視点でお送りします。

――プルトは、犬が好きだと思った。
いや、正直、本人に聞いたことなんて一度もねぇ。
ただ“昔から支配欲が強い奴は犬を好む”って、なんかよく聞くじゃん?
テレビで見た坂○忍もそうだったし。
プルトも絶対そうだと思った。
……思った俺がバカだった。

「いらっしゃいませ〜!本日ご案内するのは、甘えん坊のハルくんと…」
元気な店員の声と同時に、小型犬が足元目掛けて猛ダッシュしてきた。
正直、ちょっとビビった。
(来た来た来た来た!!
プルトがこの犬を撫でたら――
それが“俺にもそういう笑顔を向ける可能性がある”ってことで……)
その期待は、二秒で地獄に落ちた。
プルトは一切動じず、静かにコーヒーを啜っていた。
顔ひとつ変えず、犬を見る目は「この生物は許しがたい」みたいな絶妙な表情。
店内の空気がピキピキと凍りついていく。

「……サタヌス」
「……はい」
「お前は、私が犬好きかも確認せず連れてきたんですか?」
「いや、それはその……」
「……愚か」
コーヒーカップを置く音が、銃声みたいに響いた。
犬たちは尻尾を下げ、店員まで固まる。
俺は一瞬、凍死を覚悟した。
あの冷房野郎(カリスト)より寒い。
奥の方で、店員たちの小声がかすかに耳に入る。
「クールを超えた何かじゃん……」
「いやあの冷酷さ……いい……」
後者はドMだ。間違いねぇ。
俺は今、地獄と天国の真ん中で宙づりにされてた。

「……早く、出ましょうか。」
それが、その日の“彼女の最長セリフ”だった。

ドアベルがチリンと鳴った瞬間、
俺は自分のスカーフが、首輪みたいに重く感じた。
(俺の方が犬にデレてんじゃん……)
――と思いながら歩く帰り道。
プルトはコートの袖をいじりながら、ぼそりと呟いた。

「……犬は嫌いです」
「でも……あなたは、まぁ」
顔は見せなかった。
でも、その瞬間、なんかリードが外れた音がした。
夕暮れの風が、生ぬるく吹き抜けていく。
息を吐きながら、俺は心の中で思った。
(プル公……犬よりお前の方が、人間を調教してるよ)

ウラヌスのポテチバリバリが唯一のBGM。
サタヌスは天を仰ぎながら、思わず嘆いた。
「マジで……俺、何やっても勝てねぇ……」
カリストは目を赤くして「うう……」と膝を抱え、
ウラヌスは悪ノリ全開で、
「雑巾は雑巾なりに頑張れって~!」
とか意味不明なエールを送っていた。

「いやマジで、プル公の不満募ったら可能性ありってお前の言葉」
「重てぇて……どうすればいいんだ俺は」
その声にかぶせるように、ウラヌスが絶妙なボリュームでポテチ袋をガサガサしながら囁く。
普通なら誰にも聞こえないはずの音量なのに。
なぜかサタヌスの耳にだけピンポイントで届く“ギャルパワー”が炸裂していた。

「雑巾どうせユッピーに傾いたりしないから大丈夫よ」
「つーか私あいつ本命にクソ重いこと知ってるし」
何気ない一言に救われたような、いや余計に刺さったような。
複雑すぎる心境でサタヌスは頭を抱える。

カリストは、映画の余韻に浸りながらティッシュで涙を拭っていた。
ぼそっと呟く。
「映画終わった…」
画面端では、ヒロインの人生もエンドロール。
その瞬間、サタヌスがリビングの片隅で絶叫した。
「おわってんな!!俺!今恋路がおわってんぞ!!」
画面のエンドロールとシンクロするように、リビングの空気まで終末感が漂う。

だが、ウラヌスだけは一人ケロッとしていた。
悪びれもせず、どこか楽しげな声でサタヌスに追い討ちをかける。
「ほらほらサタぬ、人生も映画も転機が一番盛り上がるってヤツじゃん?」
「転機で終わる映画はバッドエンドなんだが!?」
カリストはまだ涙が乾ききらず。
どこか夢うつつなテンションでリモコンを抱えたまま口を開く。

「サタヌスさん、終わったなら静かにしてもらえます?」
「俺の人生がエンドロールだよ!!!」
その瞬間、ウラヌスのスマホが“ぴこーん”と通知音を響かせた。
ウラヌスは即座にスマホのカバーを閉じ、妙にクールな顔で告げる。
「ユッピー。朝帰り決定だよカー君」
その一言が、リビングの空気をさらに絶望に染める。

カリストはリモコンを膝に乗せたまま、呟くように。
「……あぁユピテル様……」
声には力がなく、完全に絶望の波にのまれていた。
サタヌスは急に現実に引き戻され、変なテンションでカリストに振る。

「ていうかカー?ユピテルって細くてチビだろ?」
「で、お前はガチの職業軍人。筋肉量で押し倒せるだろ」
カリストは一瞬で顔が真っ赤になり、声が裏返った。
「ハアアア↑!?!?(声裏返り)」
ウラヌスはポテチを頬張ったまま、ニヤニヤが止まらない。
「すご★勇者ちゃん(ガイウス)がキレた時と同じ声出たw」

サタヌスはいつになく真顔になって、カリストをまっすぐ見る。
空気が一瞬だけ、珍しくピリッとした。
「だって絶対勝てるだろ。なんなら背負い投げいけるじゃん」
カリストは唇を噛んで、語気を強める。

「サタヌスさん、そういう問題では――!!」
しかし、ウラヌスが間髪入れずに茶々を入れる。
「ほらほら~カー君顔真っ赤~」
サタヌスも悪ノリが止まらない。
「え、マジでちょっと押したら勝てる説ある。」
「あ、やべ、今の発言でプル公から“愚か”って言われそう」

ウラヌスはスマホをいじりながら、口元にニヤケが止まらない。
リビングに“女児アニメ視聴中の小学生男子”みたいな不穏な空気が漂う。
「お前勇気出せよ、ガイウスなら巴投げしてるぞ?」
「ダメなリーダーを叱るのもNo.2の仕事ってメルクリ言ってた」
カリストは涙を溜めて、体育座りのままぷるぷる震えている。

「そんなぁ…カリストは巴投げなんて出来ません……」
目がうるうる。袖口で目をこすり、どう見ても“ぴえん顔”だ。
その空気を切り裂くように、ウラヌスが急にスマホから顔を上げて真顔になる。

「日向大尉、お前それでもヒノエ男児か?」
一瞬でリビングの空気が凍った。
そこだけ真冬の風が吹き抜けたみたいに静寂が降りる。
カリストの顔がバチンと切り替わった。

「俺はもう大和じゃねぇってんだろおおおお!!」
叫ぶなり、巴投げ一閃。
ウラヌスが「うわぁ~」と声を上げて、軽やかにソファごと一回転。
受け身も一流、どこか慣れている様子だ。

サタヌスは呆れながらもニヤつく。
「出来るじゃねぇか!!」
カリストは一転して、またしょんぼりモードに戻る。
袖口でゴシゴシと涙を拭きながら、半分甘えるような声を漏らす。

「出来ます。カリストはしたくないだけですぅ……」
ウラヌスはソファの上で逆さまになりながら、
「大和君モード怖くて好き♡」
と、どこまでも飄々と、悪ノリと愛情をリビングに撒き散らしていた。