アルドレッド姓じゃない説
ディープスコの自動ドアが開くたび、地獄の寒気がフロアを滑っていく。
誰もが魂のセールに目を奪われ、命の底値を競り合う世界。
「今日誕生日じゃない人はケーキ三割引!」
意味がわからない。だけど全員買う。
気づけばショーケースには空箱と値引き札だけ。
ケーキは世界から消えた。
正しさより勢いが勝る、それが深淵の商習慣だ。
パンが自律移動でトングを回避し、
地下牢ジオラマのパーツだけが床をカランカランと転がる――
そんな異界の朝に、ありえない新説がぬるっと発生した。
「アバターガイウス、実はアルドレッド姓じゃない説」
パイプの隙間を闇が這い、気配だけが形を取る。
「俺、疑問なんだ」
声はやけに近い。振り返ると。
ガイウスは“自我ピーリングパック”の貼りミスを直そうとしていた。
(今日の特売札がどうしても曲がる。理由は特にない。)
「ほら、俺、ブラコンじゃん」
それは最近自己申告するようになった持病だ。
「けどさ、俺のアバター領域にロディいなかったんだよね…」
兄弟であるはずの“ロディ”。
現実では四六時中くっついて、ガイウスの外付け良心を担当していた。
なのに“アバター領域”――ガイウスの闇、その底には、ロディだけがいなかった。
ロディはどこに行った?
もしかして、初めから“いなかった”のかもしれない。
いや、違う。違う、はずだ。
ディープスコの天井パイプの隙間から、
ねっとりとした“何か”が這い寄る。
思考の隙間に現れる疑念は、既に商品棚の間に潜んでいたのかもしれない。
本当に「アルドレッド家のガイウス」なのか?
フロアのBGMが突然逆再生になったような、世界の裏側が滲み出す感覚。
そのタイミングでヴィヌスが空気を読まずに口を挟む。
「実はあいつ、アルドレッドさんちのガイウス君じゃないんじゃないの?」
唐突すぎるカットイン。
ガイウスの反射神経が、もはや避雷針レベルで発火する。
「ハァ↑!?」
その一言でディープスコの物理法則が3フレームほど揺らぐ。
棚の陰でパンが悲鳴をあげて崩落。
まるで世界の耐久値が一瞬だけゼロになったみたいだ。
だが現実は何事もなかったかのように動く。
パンは袋詰め機に自力で這い上がり、BGMは普通に流れてる。
ガチャコーナーからはカプセルの乾いた音が響き続ける。
この街の日常は、どんなに狂っても“続行”が正義だ。
棚の向こう側、光源が青白く揺らめく入口付近。
アバターガイウスがひとり、血眼になってガチャを回し続けている。
「A……B……あとEが出れば魔王城セット完成なんだけどおおおお!」
声がひび割れ、指がカプセルにめり込む。
悶絶するその姿は、もう“ただの幼児退行勇者”。
記憶の連続性すら怪しい。
ガイウスの声が跳ね上がる。
「なぁお前、ディノス行ったことある?」
アバターガイウスは、反射的に即答した。
「ない。俺ずっとレプリカアーク育ち」
ほんの一瞬、ガイウスは呼吸を忘れる。
自分はディノスで拾われた。アルドレッド家の養子になった。
その事実が、自分の人格と記憶の根幹だったはずなのに――
目の前のアバターは違う。
同じ顔、同じ声、でも決定的に“何か”が違う。
つまり。
「ハアアアアアアアア↑!?」
感情の叫びが、店内の重力を1.3倍くらいに歪ませる。
周囲は驚かない。
パン売り場のモブも、全く動じずに袋詰めを続けている。
“異界の常識”があまりにも強すぎて、
世界の根っこが崩れても誰もパニックにならない。
ガチャのカプセルだけが、カラカラカラ……と床を延々と転がり続ける。
それだけが、この現実で一番リアルな“存在証明”。
ガイウスが額に青筋を浮かべながら問い詰める。
「だいたい魔王城セットってなんだよお前!?勇者だろ!」
声が天井のパイプに反響して、半額シールが一枚ペロンと落ちた。
異界の空気はピリついている。なぜなら今、魔王城ジオラマ論争が勃発しているからだ。
アバガイは鼻息荒く反論。
「めっちゃ完成度高いんだぞ」
「Aは魔王城正門、髑髏と鉄柵、Bは地下牢…」
「ていうかお前が変なこと言うからガチャガチャ集中できねぇじゃねぇか!!」
声はヒステリック、指先にはカプセルの痕がくっきりと刻まれている。
世界の存亡がジオラマパーツにかかっていると本気で信じてる目だ。
ガイウスは半泣きで叫ぶ。
「俺のせいにするなああぁ!」
語尾がビリビリに震える。BGMが一瞬だけ8ビットになる。
カプセルは今日もカランカランと床を滑り、在庫が増殖していく。
ジオラマパーツは際限なく増え続け、ついにはパン売り場の隅まで侵食し始める。
魔王城セットとは何か?
旧魔王軍メンバーが全力で監修、異界随一のクオリティを誇る魔王城ジオラマセット。
パーツは6種類。しかし、その全てが世界の終わりを約束している。
A:魔王城正門(髑髏つき鉄柵)
B:地下牢(異様な出現率、地獄の量産型)
C:玉座の間(小物ギミック満載)
D:処刑台(危ない仕掛けつき、ダミー血糊付き)
E:見張り台(なぜかラブレターの隠し場所がある)
F:深淵のドア(何かが覗いている、気にしたら負け)
なぜかB(地下牢)だけ異常にダブる。
パッケージ裏の「レア率詐欺」を誰も咎めないのは、この世界が異常だからだ。
それもそのはず、ユピテルが「俺の趣味で」と。
Bだけ出現率を15倍に設定した結果、アバガイが握りしめるカプセルはほぼB。
横でアバサタが無言で待ち構えているのが今日の流儀。
アバサタは淡々とBパーツを積み上げながら言う。
「おわってんな」
その横顔は、地獄の王か何かみたいな諦観に満ちていた。
ディープスコの片隅、商品棚の影で繰り広げられる無限増殖地獄。
魔王城セットのBは今日も止まらない。
パンが一つ、脱走しようとして地下牢に転がり込んだ。
ヴィヌスがケーキの空箱を持ちながら歩いてくる。
「ねぇそういえば聞きそびれてたけど」
「シェパードってなんでアルドレッド家の養子になったのよ」
ガイウスの目線が遠くなった。
「レプリカアークが崩壊した日…」
「俺は無意識に、人がいる場所に向かっていた」
「そこでロディの泣き声を聞いたから引き寄せられた」
脳裏に浮かぶのは、真っ暗な廃墟。
冷たい空気と誰かの泣き声だけが鮮明だった記憶。
サタヌスがBパーツでピラミッドを作りながら言う。
「つまり、ガチの偶然…」
メルクリウスが静かに眼鏡を押し上げる。
「ふむ、つまり」
「その日もしもロディ君が夜泣きしなかった場合は?」
ガイウスは即座に跳ねる。
「ハァ↑!?つまり…俺は…」
言葉が詰まる。世界がグルグル回り始める。
誕生日の定義も、家族の在り方も、全部ガチャガチャの確率の上に乗っている。
その時――向こうでアバガイ、ついにEが出て大絶叫。
「Eがでたあああああああああ!!!」
「やっぱオレ勇者だわ!!」
グシャァ――カプセルを握りつぶす音がフロアに響く。
指の間からプラスチックの残骸がこぼれ落ちていく。
パン売り場のモブが「また始まった」と呟く。
アバサタはBパーツの塔を見上げながら、淡々と言う。
「勇者は関係ないぞ」
世界の崩壊は今日も静かに進行中――。
ディープスコの冷蔵ケース、その陰は異様に長い。
ガイウスは静かに問いかける。
「なぁアバガイ」
この問いだけが、ガチャカプセルのカランという音を一瞬だけ止めた。
アバガイはEセットが出たカプセルを握りつぶし、プラスチック片の破片をかき集めている。
勝者のはずなのに、手元だけがどうしようもなく不器用だ。
「そもそもお前、ガイウスか?」
音が、途切れる。
その名前には“大地の神”という意味がある。
養子になった彼に与えられた“新しい名札”。
だが、アバガイには名付け親はいなかった。
無数のコピーの中で“誰にも名前を与えられなかった”もう一人の少年。
この瞬間、ハッピーバースデートゥーユー♪(逆再生)のBGMが鳴り出す。
なぜ逆再生なのか、誰も突っ込まない。
誕生日が“祝われる”ものか“奪われる”ものか、たぶんその日によって変わる。
「だからぁ!ジオラマ確認中にそういうこと言うのやめてくんねぇ!?」
アバガイの声は裏返り、指にはカプセルの残骸。
頭の中にヒビが走る。
アイデンティティの亀裂、その音が外に漏れている気がする。
「うわああああ~!!」
「ガイウスが!ガイウスが俺のアイデンティティ壊してくる!!」
叫びが、ディープスコの店内に反響してBGMも一瞬だけノイズ混じり。
アバサタは両手にダブった地下牢パーツを持って、完全に他人事。
「言うて俺も、スラムのボスに土曜日に拾ったからサタヌスって名付けられたからな」
「ボスいねぇ世界線なら俺も名無しだぞ」
「ガチャガチャ君とでも名乗るか?」
即否定。アバガイの涙はMAX、声は最早崩壊気味。
「カッコよくねぇ!!ガイウスでいい!絶対ガイウス!!」
通路の端からヴィヌスが顔を出す。
手には“ケーキ三割引”の札(誕生日ではない日限定セール中)。
「良かったわね、名前はカッコいいそうよシェパード」
むくれるガイウス。
「言い方ぁ!」
ディープスコの棚の影、“名前”ひとつで世界が揺れる夜。
カプセルがまた、カラン、と床を転がる。
アバサタは口の端を吊り上げて「しょ~がねぇな」と手をポケットに突っ込む。
「じゃ俺が考えるよ、お前の別案」
「別案じゃねーよ!俺はガイウス!!!」
アバガイは泣き声MAX、カプセル片を握りしめる手も震えてる。
その騒ぎを、冷蔵ケースの陰で遠巻きに眺める影。
目が死んでるイケメン、アバターメルクリウス。
音もなく、ほぼフレームインのタイミングで忍び寄ってきて、
「どうしたの?お店前で大騒ぎして」
アバガイはカプセルの破片を掲げて訴える。
「サータが!サータが!!お前今日からガチャガチャ君な、とか言うの!」
深淵コスメ棚を優雅に物色してたアバターヴィヌス、即座に参戦。
「芸名ってやつかしら?それなら考えるのは得意よ、何にするの?」
「アバターガイウス別名案」
(悪意100%でお送りします)
ガチャガチャくん
→異論なし。パーツダブり地獄&勇者ズNo.1ガチャ狂人。
災害
→メンタル年齢5歳の最強破壊神。どこに出しても恥ずかしい天災勇者。
エターナル幼稚園
→本人の“幼児退行”っぷりを煽る絶妙ネーミング。ヴィヌスは絶対ツボる。
トマトジュース
→“スプラッター行動”で周囲を真っ赤に染める&本人トマト好き。
ゼロ(アバメル提案)
→一瞬カッコいいけど「識別番号」と聞いて大号泣。
案の定、アバターヴィヌスが追い打ち。
「本名で呼ばれる資格がない子供って感じでピッタリね♡」
「やだー!ガイウスって呼んでよお!!!」
アバガイの号泣がディープスコ全域に響き渡る。
カプセル片と勇者のプライドがバラバラに転がる床。
それをBGMに、モブ客たちは日常のようにパンをトングで殴り。
ケーキを掴み、カプセルを踏みつける。