ジオラマが東エリア・イセカイ美術館へ搬入された日。
“カプセル・アルカトラズ”は、静かな照明の中で異様な存在感を放っていた。
近づいた来館者の視線が、ふと塗装面に留まる。
滑らかでありながら、どこか不均一な陰影。
光の角度によって浮かび上がる、微細な色ムラ。
学芸員が解説パネルを指し示す。
「本作の塗装には、通常の模型塗料ではなく」
「化粧品――ファンデーションおよびマニキュアが用いられています」
来館者が息を呑む。
「えっ……コスメで?」
「はい。“実在した廃墟の風化”を想起させると高く評価されています」
展示室の奥から、物販スタッフが嬉しそうに補足する。
「人間の手による揺らぎ――それがこの作品の“ガチ感”を生んでいるんです」
「現在、“コスメ塗装”は新たな表現技法として注目されています」
その言葉どおり、ジオラマの壁面には、微妙な色差が幾重にも重なり。
まるで長い年月を経た石材のような質感を帯びていた。
光を浴びるたび、ファンデーション特有の粉質が淡い陰影を生み。
マニキュアの艶消し部分が乾いた鉄のように見える。
ヴィヌスは腕を組み、少し誇らしげに呟く。
「偶然でも、美しいならそれでいいのよ。舞台だって、完璧すぎると嘘っぽくなるもの」
メルクリウスが静かに頷く。
「不完全さこそが現実味を生む――実に興味深いね」
そして、例の学芸員が展示カードに新たな一文を書き加える。
“偶然の化粧は、廃墟に時間を与えた。”
「ガチャ素材なのに本物の監獄みたい」
「色ムラが逆にリアルすぎて怖い」
「コスメ塗装って発想が天才すぎる」
気づけば“カプセル・アルカトラズ”は、東エリアの話題作として来館者を引き寄せる存在になっていた。
中央エリア・電脳インフォカフェ《ドリフト》。
違法と合法の境目が眠そうなネオンで曖昧になっている店内。
アバターサタヌスは珍しく本気でげんなりした顔をしていた。
テーブルの上にはぬるいエナドリ、半分食われたスナック。
そしてなぜか東エリア美術館の簡易フライヤー。
表紙には、あまりにも見覚えのある監獄が載っていた。
《展示決定 カプセル・アルカトラズ》
《作者:A.Satanus》
サタはその紙を二本指でつまみ、向かいに座る“本体”を見た。
「なぁ俺。いまお前、カプセルトイ造形の神になったんだって?」
本体サタヌスは一瞬だけフリーズしたあと、コーヒーゼリーのスプーンを持つ手を止めた。
「は?」
即答。だが遅い。
すでにドリフトの壁面スクリーンには。
都市伝説掲示板《深淵BBS》の新着スレがでかでかと映っていた。
【速報】カプセルトイ造形の神、南エリアに顕現
【考察】“地下牢三十個”から監獄を立ち上げた男
【募集】即席造形部門、初期メンバー求む
303号がヘッドセットをずらし、指で画面を弾く。
「派閥出来てるぞ。即席造形部門」
アバサタは心底嫌そうな顔をした。
「部門って何だよ。競技かよ」
「競技っていうか文化だな」
303号はいつもの無表情のまま、どこか楽しそうにログを流していく。
「カプセルトイを組み合わせて“オリジナルの模型を作る”っていう、アバドンならではの部門だ。公式フォーラムも立ってる。東エリアの学芸員が食いついた時点で終わったと思え」
「終わったのはお前らの正気だろ」
アバメルが横から覗き込み、小さく笑う。
「でも、実際センスはあったよ。配置、対称性、視線誘導。アートに必要なものは揃ってた」
「うるせぇな……あれはただ余ったBパーツが三十個あったから仕方なくだろ」
「仕方なく作ったにしては、妙に良かったのよね」
アバヴィがネイルの先でフライヤーを軽く叩く。
「特にあの色ムラ。完璧すぎないから本当に怖いの」
「知らねぇよ。お前が勝手に塗ったんだろ」
「でも褒められてるのは主にあんたよ」
「おわってんな……」
303号はさらに別画面を開いた。そこには見たこともない作品群が並んでいる。
カプセルと割れたジオラマパーツだけで構成された要塞、半透明の殻を利用した温室。
どれもこれも、正気の人間が正気で作ったとは思えないのに、妙にうまい。
「俺のフレンドにも、RX-78ですら失敗するのに即席造形には強いのがいてな」
303号は淡々と言った。
「ランナー管理は壊滅的だが、“余り物で世界観を立ち上げる”才能だけ異常に高い」
「すでに天才的才能を開花させたものも現れだしている」
「何でそんな才能がアバドンで咲くんだよ……」
「そりゃあここ、廃材アートの街だからね」
アバメルの声は穏やかだった。
それを聞いたアバサタは、露骨に嫌な顔で椅子にもたれた。
「アバガイがガチャガチャ回すのに巻き込まれただけだ。二度とやらねぇ」
本体サタヌスは鼻で笑った。
「どうせまた巻き込まれるぞ」
「巻き込まれねぇよ」
「無理ね」
「無理だねぇ」
「ログ的にも無理だな」
三者三様に否定され、アバサタは机に突っ伏した。
「なんで誰も俺の意思を尊重しねぇんだよ……」
その瞬間だった。
ガチャガチャガチャガチャガチャ!!
コロン、コロ~ン。
ドリフトの奥、なぜか設置されている簡易ガチャ筐体の前から、聞き慣れた断末魔が上がる。
「あああああ!!レトロ空調機シリーズが揃わねええええええ!!」
全員が、ゆっくりそちらを向く。
アバガイである。
目を剥き、涙目で、足元には同じカプセルが山ほど転がっていた。
中身はどう見ても、昭和のビル屋上に置いてありそうな灰色の空調機ユニットばかり。
換気口、室外機、配管パーツ、謎のドレンホース。
誰が何の情熱で企画したのか分からないが、異様に出来がいい。
「なんで!?なんでC棟屋上用冷却塔だけ出ねぇの!?B棟換気ダクトもう六個いらねぇって!!」
303号が画面を確認する。
「レトロ空調機シリーズ、全六種。C棟屋上用冷却塔だけ排出率二%だな」
「低すぎるだろおおお!!」
アバサタはその光景を見た瞬間、表情を失った。
本体サタヌスが、憐れみ半分、楽しさ半分の声で言う。
「多分お前また作るぞ」
「作らねぇよ」
「絶対作るわ」
アバヴィが即答する。
「今度は監獄じゃなくて、終末都市のインフラ模型かな。展示タイトルは《呼吸する廃都》あたりで」
303号はすでに部門チャットへ打ち込み始めていた。
《造形神、第二作の気配あり》
「やめろお前!!」
しかしアバガイの悲鳴は続く。
ガチャガチャガチャ!!コロンコロ~ン。
転がるカプセル。増殖するダクト。積み上がる室外機。
本体サタヌスが静かに言った。
「ほら、見ろよ。もう素材集まってるじゃねぇか」
アバサタはしばらく無言だった。
やがて椅子から立ち上がり、深々とため息をつくと。
床を転がるカプセルの一つを拾い上げた。
半透明の殻の中に、妙に精巧な錆びた配管パーツが入っている。
その形を見た瞬間。
頭の中に、完成図が浮かんでしまった。
「ほらね」
アバヴィがにやりとする。
アバサタは眉間を押さえたまま、低く呟いた。
「おわってんな……」
だがその声は、前より少しだけ、職人の声だった。