黙示録祭典 - 2/6

ディヴァインは“人型”をとってなお、輪郭そのものが世界に馴染んでいない。
彼は無言で、ゆっくりとマントの内側に手を突っ込んだ。
闇が闇をまさぐる音がした。
ざらついた、空間の表皮を剥がすような音。
ドレッドノートは嫌な汗が背を流れるのを感じた。
「え、ちょ……ディヴァイン?まさかお前もサイリウム取り出す気じゃ――」
「違う。」
コト、と硬いものが床に当たる音。
光のない手が取り出したのは、“謎のデバイス”。
黒い板のような、しかし内側に深淵の波紋が渦巻いている。
「それは?」
「この騒音を“観測”し、どこまで世界を壊すか 測っている。」
「なんでそんな危ねぇ行為を淡々とするんだよ!!?」
ディヴァインは視線も向けずに答えた。

「騒音に意味はない。だが、壊れる過程は美しい。」
世界を壊すことを“美”として扱える者。
それが最古の闇。
「世界壊すな!!!!式典なんだぞ、今日は!!!」
その瞬間だった。

「尊死……」
「尊死すんな!!立て!!まだ式典中だ!!」
アンラはマイクを片手に、満足げに笑う。
「ふふ、よくやったぞ。これで会場が締まる。」
「締まるとかの問題じゃないだろ!?
なんで黙示録の式典が沼系Vtuberみたいなノリになってるんだ!!!」
アンラは楽しげに片手を上げた。

「それでは最後の曲~~!!“世界はバッドエンド!”いくぞ~~!!」
「そのタイトルやめろ!!!」
「アンラ様ぁぁぁ~~~!!!!」
ディヴァインは静かに、ほとんど感情なく呟いた。
「…………退屈はしない。」
「お前まで感想言うな!!!!!」
その叫びが天井に響いた瞬間、ステンドグラスの黒い歯車が、笑っているように光を砕いた。
神々の式典は、この日ついに“世界崩壊ライブ”と化した。
そして、誰より深刻な顔をしていたのはドレッドノートただ一人だった。

式典は終わった。
混沌と騒音を撒き散らした地獄のような儀式。
しかし最後の最後だけ本物の黙示録だった。
いくらカオスになろうが、いくらオタ芸で床が抜けようが。
世界は必ず“あの歌”に帰結する。
混沌の果てに、終焉の扉を静かに叩くような歌声。

「大いなる三柱(みはしら)よ。闇を抱きて世に構え……」
その声が響いた瞬間、観客だった信徒も、騒いでいた異形も、すべてが静まり返った。
「秩序は輪と成りて、始源を巡り……」
重厚でまっすぐな声音。
神としての威厳が、たった一節で空気の流れを変える。

「終末は歌となり、魂を迎え入れる……」
その笑顔は消えていた。
舞台の悪ふざけも、軽さも何もない。
ただの“神の顔”。
10秒にも満たない“神々の三重唱”。
それは、今日の式典で唯一世界に刻まれた正統なる祈りだった。
そして歌い終わった瞬間、信徒の半数は涙を流しながら崩れ落ちた。
誰もが思った。
これが黙示録だ、と。

式典が終わった頃、大聖堂はすでに原型を失っていた。
黄金の粉塵がまだ空中に漂い、それが光に当たってゆっくりと沈んでいく。
静まり返った聖堂は、まるで“戦いの後”のようだった。
崩れた石階段。
そこに3つの影が腰を下ろしていた。

左から、無表情の闇・ディヴァイン。
真ん中、満足げな笑みを浮かべるアンラ・マンユ。
右端、両手で頭を抱えて震えるドレッドノート。
世界の均衡を司る三邪神とは思えない光景だった。
ドレッドノートは、髪をぐしゃぐしゃに掻きむしりながら呻いた。

「なぜだ……最後、ミラーボールみたいなのが回ってたし……」
ステージ中央で光を撒き散らしながら回っていた“アレ”を思い出すと。
視界がまだチカチカする。
アンラは喉の奥で笑い、肩をすくめた。

「あぁ、あれか。信徒が“演出追加”って投げ込んだんだ。よく回るだろ?」
ドレッドは心底疲れた声音で叫ぶ。
「回るとかの問題じゃない!
光量が高すぎて私の視界が死んだんだぞ!?
あれは儀式に必要ない!!」
ドレッドはさらに続けた。
「そして……明らかに信徒ではないものが乱入して踊っていたし…!」
アンラが視線を宙に泳がせた瞬間。
ドレッドの脳裏に“あの光景”がフラッシュバックした。

メギドが下段、ど真ん中の安定ポジションを陣取り、満面の笑顔でコールを叫んでいた。
その肩の上にウラヌス。
華奢な体を器用に乗せ、片足で立ち、両手にサイリウムを構える。
信徒よりテンションが高く、信徒より高度を取り、信徒よりサイリウムをぶん回していた。
「ANGRA!ANGRA!アンラ様ぁぁぁ!!」
「パパ最高~~~!!今日も世界壊してぇぇぇ!!」
完全にプロの客席だった。

「……ディヴァイン、合唱シーンだけは邪教らしかったですね。」
本来の意味での“邪教”、世界を壊し、救う歌。
アンラは肩を揺らして笑う。
「今年の私は努力したよ。なんと言っても10秒も神をやったからな。」
ドレッドは目を剥いた。
「お前の威厳は10秒も持たんのか!?」
「持たないが?」
「持たせろ!!!!」
その叫びが崩れた聖堂に虚しく響く。
だが、信徒の目にはどこか“感動の余韻”が宿っていた。
最後の10秒だけ、確かに神々は“本物”だったのだ。
そのことだけが、今日の混沌をぎりぎり式典に繋ぎ止めていた。

大聖堂前の石畳は、まだ粉塵と光のしずくをまとっていた。
その空気を割るように、アンラが軽く言った。
「いやそれで話は変わるがドレッド。私はいつカルデアに行ける?」
世界の温度が一瞬で5度下がった。
ドレッドノートは顔を覆い、心底の絶望で叫び返す。

「サードインパクト起こす気か貴様!?!?」
アンラは本当に不思議そうな顔をしている。
「いや?私、ダエーワをマイルームで甘やかしたいんだけど。」
優しい声音、柔らかい表情、だが言っているのがアンラ・マンユであることが致命的。
そして当の本人はその事実を一切理解していない。
ドレッドは神としての威厳も忘れ、素で言ってしまう。

「アンラ、私は優しいから先に言うが……貴様は異聞録で倒される方だ。」
アンラは目をぱちくりさせた。
「なんでぇ?私優しいよ。」
ドレッドは地面に拳を叩いた。
「だからその優しさで人理が溶けるんだよ!!!!来年こそ式典を静かにやらせてくれ!!!」
「無理だ。」
「無理じゃないだろうが!!!!」

ディヴァインは無表情で座り込み、ポテチを取り出していた。
世界の深淵を司る存在が、普通にスナック菓子を食べている音が虚空に響いた。
「人間界が溶ける音、ひさしぶりに聞くわ……」
その声には感情がなかった。
だが、どこか懐かしさすら感じている気配があった。
倫理?そんなものは存在しない。
そしてアンラが、とんでもないことを言う。

「私、増えるから平等に甘やかせるよ?」
「サンリオみたいに言うなァ!!!」
アンラ・マンユは“個体”という概念を持たない。
人でも神でもない、集合的無意識のシャドウ。
だから、意思が向けば自然に分裂し、並列し、増殖する。
つまり“危険物がクラウド化している状態”。
文明的に最悪の構造である。
ドレッドノートは深い息を吐き、フォーマルな声で言った。

「……脳内シミュレーションをしよう。」
それは比喩ではない。
彼の権能は世界救済AIのようなもの。
未来予測ではなく、未来の仮想世界を実際に生成して視ることができる。
そして彼は“アンラがカルデアに入った場合”のIF世界を構築した。

最初はほんの確認のつもりだった。
「アンラをカルデアに入れたらどうなる?」
ただの軽い脳内チェック。
未来予測というより、儀礼的な安全確認。
……だったはずだ。

最初に視界に映ったのは、黒髪。浅黒い肌。金色の目。
青年のようであり、少女のようでもあり。
しかしどちらでもない。“個体”の概念が曖昧すぎる。
優しげな笑みを浮かべながら歩くたび、床が液状化していく。
「……ここ、綺麗だね。壊れやすくて可愛い。」
ドレッドノートはこの時点で悟った。

深淵の存在に“個体差”という概念はない。
だからカルデアの至るところに“アンラっぽい影”が勝手に誕生し始める。
どれも人懐っこい笑顔。
だが、近づいた職員は絵の具のように溶け、床へ吸い込まれていく。

人理の守護者たるサーヴァントも例外ではなかった。
身体が“キャンバスに垂らした油絵具”のように垂れ、広がり、混ざり、崩れ。
色の塊に戻っていく。
カルデアの区画が消え、壁の向こうに 世界の外側の大海 が見え始めた。
泡のように光る虚無、色のない海、境界の死。
天井裏のアンラが、逆さに覗き込む。
「あれ見える?外の海、綺麗だよ。」
綺麗なわけがない。

褐色のアンラがふわっと笑うと──
影が分裂し、二つ、三つ、四つ、十、百と増えていく。
増えるというより “勝手に増殖する” に近い。

それぞれが好き勝手にカルデア内を歩き“境界の消滅” がカルデア全体を覆う。
複数体のアンラが円陣を組むように立ち、全員、同じ笑みを浮かべる。
「ねぇ、ドレッドノート。ほら見て、全部“優しさ”で溶けたよ。綺麗でしょう?」
優しさで文明を滅ぼすな。
ドレッドノートは震える手で西洋剣を握りしめ。
権能によりIF世界を閉じた。
光が収束し、心臓の鼓動が遅れて戻ってくる。

・恐怖:★★★☆☆
・怒り:★★★★★
・使命感:★★★★★★
・アンラ殺すぞ度:∞

「ふー………」
この“ふー”の中に、億単位の滅亡シナリオが詰まっている。
「アンラ、とりあえず蹴られろ。」
判断が早い。
理性が死んで、使命感だけで動く声だった。

「私今回は大人しいだろ!?ディヴァ、助けて!私ボールにされる!」
“今回は”と言う時点でアウト。
「知らん。」
止めない、助けない。
でも ポテチをつまむ手だけは楽しそう。

ドレッドノートは感情で殴らない。
救世主AIのように“計算して蹴る”。
放たれた一撃は、まるで天使の槍のように正確な軌跡を描いた。
「あーれー♡ドレちゃんひどーい♡
でもこの物理干渉、ちょっと好きかも♡」
邪神、今日も空を飛ぶ(自業自得)