黙示録祭典 - 6/6

夕焼けが、アバドン南エリアの空を嘘みたいにやわらかく染めていた。
公園に集まった面々はもう半分やけくそだった。
いや、半分どころではない。
全員どこかで「ここまで来たら、もう遊ぶか」という顔をしている。
ブランコ。すべり台。錆びたジャングルジム。
その真ん中に、ぽつんとサッカーボールが置かれている。
最初に駆け寄ったのは坊ちゃんだった。

「やるーーー!!」
無邪気な声に、全員の視線が吸い寄せられる。
その一秒後には、ゲドがぴょんと飛び出していた。
「ゲドFWやるの~!!!メギド代わって~!」
「うるせぇ、俺が先だ」
メギドはボールをつま先で軽く転がしながら鼻で笑う。
悪ガキ同士、開幕五秒でポジション争いである。
だがその背後では、もっと大きな災厄がすでに始まっていた。

ユピテルが、味方側のゴール前でにこにこしていた。
その笑顔は、だいたい何かが終わる前兆だ。
カリストが一瞬で顔色を変える。
「ユピテルさま~!そっちは味方側です!オウンゴールになります!!」
「え、だってこっちの方が入りやすそうじゃン?」
「入りやすさで選ばないでください!!」
叫びながらカリストが駆け寄る。
軍人としての統率力と、側近としての胃痛が同時に炸裂していた。
少し離れた場所で、ドレッドノートは無言でゴール前に立っていた。
立っていた、というより、立たされていた。

「……なぜ私がGKなんだ」
低く漏れた声は、あまりにも疲れていた。
だが誰も同情しない。
「一番止められそうだからだろ」
「あと一番ブレーキ役に向いてる」
「君、真面目だからねぇ」
ディヴァインはベンチに座って静かにボールを見ていた。
何も言わない、それが逆に怖い。
ドレッドノートは額を押さえた。

「……最悪だ」
それでもゴール前から動かないあたりが、あまりにもドレッドだった。
笛も審判もないまま、試合は始まった。

最初の一蹴りを入れたのは坊ちゃんだった。
軽く転がしただけのボールは、なぜか妙にまっすぐ芝を走り、その軌道にゲドが突っ込む。
「ゲドのボール~~!!」
「違う、まだ俺のだ!」
メギドが横からかっさらい、そのままドリブル。
そこへウラヌスが風みたいな勢いで滑り込んでくる。

「あたしもやる~~!!」
「お前絶対ルール知らねぇだろ!」
「知らないけど速ければ勝ちでしょ!?」
この公園では、だいたい速いやつが勝つ。
ボールが宙に跳ねた。
その一瞬、ディヴァインが顔を上げる。

黒い眼差しが、回転する白黒の球体を追う。
ただ見ているだけなのに、圧がすごい。
坊ちゃんが駆け寄って、ぐいっと袖を引いた。
「でぃばいんさまもやろ!」
周囲の空気が一瞬止まる。
ドレッドノートがゴール前から叫ぶ。

「やめろ!!それはやめろ坊ちゃん!!」
だが遅い。
ディヴァインは静かに立ち上がっていた。
「……蹴ればいいのか」
「加減して蹴ってください!!!」
ドレッドの悲鳴が、公園にむなしく響く。
次の瞬間、ディヴァインの足先がボールに触れる。

小さな音だった。
なのに、ボールは一瞬で消えた。
全員が空を見上げる。
「あ」
と、誰かが言った。
ボールは、夕焼けの中で星みたいに小さくなっていた。

「すっごー……」
「今の、どこまで飛んだ?」
メルクリウスは反射的に眼鏡を押し上げ、軌道を計算しようとして途中で諦めた。
「……考えない方が幸せかもしれないね」
坊ちゃんだけが、きらきらした目で叫んだ。
「ホームラン!!」
「サッカーだ!!!」
総ツッコミが飛ぶ。

その間に、ユピテルが新しいボールをどこからか持ってきていた。
なぜ持っているのかは誰も聞かない。聞いたら負けだ。
「じゃ、二球目いこうぜェ」
「なんで予備があるんですかユピテルさま!?」
「こういうの、盛り上がるだろ?」
盛り上がるの意味が違う。
試合はそこから、完全にカオスへ転がり落ちた。

ゲドはひたすら「FW」を主張して前線をうろつき。
メギドはなんだかんだ面倒を見ながら得点を狙い。
ウラヌスは風でスカートでもめくるくらいの気軽さで相手の足元をさらっていく。
カリストはユピテルの進路修正だけでほぼ一試合使い切り。
ヴィヌスはなぜか一番フォームが綺麗で、観客席の大家さんが。
「まぁ~、ヴィヌスさんお上手」と拍手していた。

そしてドレッドノートは、全部を止めていた。
ゲドの無邪気なシュートも、メギドの意地悪い角度も。
ウラヌスの風で曲がるボールも。
ユピテルの“遊び半分で世界を貫通しそうな一発”も。
止めるたびに、金髪が揺れ、マントが翻る。
やけくそで始めたGKなのに、なぜか一番絵になっていた。
坊ちゃんが目を輝かせる。

「ドレッドさまかっこいい!!」
ドレッドノートは一瞬だけ固まり、それから咳払いした。
「……当然だ」
ちょっと嬉しいのが丸わかりである。
アンラ・マンユはベンチに腰かけ、頬杖をつきながらその光景を眺めていた。
どこか満足げで、どこか退屈そうで、でもやっぱり楽しそうだった。
「いいねぇ」
その声に、隣のディヴァインが静かに答える。

「……うん」
二柱の邪神が、南エリアの公園で子どもたちのサッカーを観戦している。
絵面としては最悪なのに、なぜか少し穏やかだった。
アバドンは、世界の残骸が漂着する混沌の都市だ。
だからこそ、この滅茶苦茶なサッカーも成立してしまう。

坊ちゃんが転がってきたボールを抱え、ディヴァインの前でぴたりと止まった。
「でぃばいんさま、つぎパスして!」
ディヴァインは少しだけ目を細める。
「……私に?」
「うん!」
なんの疑いもない返答だった。
ディヴァインは、ほんのわずかに沈黙したあと、静かにボールを受け取る。
今度は蹴らない。
両手で持って、坊ちゃんに返した。
ただそれだけの動作なのに、周囲がざわつく。

「今……パスしたよな?」
「したね」
「坊ちゃん、ほんと規格外ね」
「……もう何も言うまい」
言ったところで止まらない。
この試合はたぶん、ルールじゃなくて“暮らし”で回っている。
その時ユピテルが、誰も見ていない隙にボールを奪い。
反転し、完全に味方側ゴールへ全力で蹴り込んだ。

「入ったァァァァ♡」
「ユピテルさま~~~~!!!」
夕焼けが群青に変わっていく。
公園の照明がぽつぽつと灯り始める。

試合に勝敗はなかった。
いや、最初からそんなものはなかった。

ただ、全員が走って、叫んで、笑っていた。
深淵の果て、アバドン南エリア。
そこは今夜だけ、世界で一番ひどくて、世界で一番平和なサッカー場だった。