怪文書-ユピテル・和太鼓で来る説
古来より、我が国において雷は太鼓と結び付けられてきた。
雷鳴が轟くとき、大地は震え、空は裂け。
民は頭上を仰いで「雷神様のお通りじゃ」と祈りを捧げたという。
雷太鼓——三つ巴を描いた神具が象徴するその存在。
かつては確かに神として畏れられていた。
しかし時は流れ、科学は進み、人は空の仕組みを理解した。
「雷とは、帯電した雲が引き起こす気象現象である」
教科書に記された一文が、神話を駆逐した。
だが今回の出来事は、それすらも嘲笑うように——
“外界・アバドン”において、人間の常識がいかに無力かを、まざまざと見せつけた。
—
発端は、何の変哲もない午後だった。
なよしハイツの共有スペース、謎の団地神・太鼓ジジイが“午後2時のビート”をかき鳴らすその日常。
ウラヌスが、破滅の種を蒔いた。
「サタぴーって東方誰推し?私フランちゃん」
「東方?なんかごちゃっとしてて好きじゃない」
「あ〜〜!じゃね、雷鼓はどう?ほらこの子!」
スマホの画面に映る、少女と和太鼓。
サタヌスが、それを見た。
無言でスクロール。
無言で二度見。
——パチン、と、脳内で何かが弾けた音。
「……雷、太鼓……?雷と言えば……あの野郎……?」
異常な直感力。狂ったひらめき。アホみたいな因果律。
サタヌスが、結論を叫んだ。
「つーことは……ドンドコすりゃ!ユピテル出てくんじゃねぇの!!?」
だが、そこでサタヌスはある疑問にぶち当たる。
「……って、そういや太鼓ねーじゃん」
ハイツの中庭にいる太鼓ジジイへ突撃インタビューが始まる。
「おいジジイ、普段からそんなに太鼓ドコドコしてるなら雷太鼓くらいあるだろぉ!!」
「あるわけねぇだろバカタレ!!神具だぞ神具!!」
太鼓ジジイ、即否定。ノリと勢いを吹き飛ばすリアル設定ぶち込みである。
「ないもんはない!!……待て、和太鼓はあったな」
「祭の備品だが……アレなら雷様も反応するかもしれん」
そこで後ろから、涼やかな声が割って入る。
「ふふ……サタヌス、すぐには叩けない様ですわよ」
ネプトゥヌスである。相変わらず上品に煽ってくる水属性お嬢。
「せっかくですから、ウラヌスと遊んできなさいな」
彼女は言うなり、ふわりと扇を広げながら懐から小銭入れを取り出し、
「ゲーセン代ですわ。坊やたち、無理はなさらないように」
長女ムーブがすごい。
南エリア——学生たちの憩いの場として知られる、地下街のゲームセンター『ナラク』。
ネオンに照らされたその薄暗い空間は、どこか異界めいていて。
訪れた者の足を奇妙な引力で誘ってくる。
いつもなら、怪異風メイクができるプリクラ機に突撃する予定だった。
その足は、しかし迷いなく、ひとつの筐体へと吸い寄せられていた。
「はい着いた!!今日の特訓メニュー、ドコドコ地獄〜☆」
「……ここの空気、うるせェな」
サタヌスが眉をひそめながらも、どこか惹かれるように太鼓へ近づく。
「和太鼓設置するのまだ時間かかるぽいから、それまでこれで太鼓の特訓しようぜ~」
案内された先には、あの“見覚えありすぎる筐体”。
赤と青の円盤。左右にそびえる太鼓。
——太鼓の達人、である。
「でもこの太鼓……なんか……イイ」
「俺はプリクラだと思って来たんだが……?」
ガイウスはスナック片手に、完全に置いてけぼりの顔でつぶやく。
「違うよ?今日は魂で叩く日だからね?」
満面の笑みでそう告げるウラヌスの顔に、もはや躊躇などなかった。
「意味が分からない」
静かに返すガイウスだったが、なぜかスナックの咀嚼ペースは速くなっていた。
BGMが変わる。
電子音に乗せて流れ始めたのは、あまりにも聞き覚えのあるメロディ。
「……これ、大家んとこの朝チャイムじゃねぇか」
サタヌスが顔をしかめる。画面上にはこう表示されていた:
《アポカリプス讃歌REMIX》——ナラク限定配信。
「さっすが地元密着型ゲーセン!地獄に優しい!!」
ウラヌスは意味不明な称賛を送りながら、すでにバチを握っていた。
「太鼓をたたく……ゲーム?」
「くっそ面白ぇよ!サータもやろう」
メスガキの悪魔的笑顔が、いま、アバドンの運命を動かした。
そのとき、まだ誰も知らなかった。
この地獄の遊戯に身を投じた瞬間、雷雲が静かに――、
確実に――、ハイツの上空に集まりはじめていたことを。
サタヌスは筐体の前に立ち尽くしていた。
目の前の太鼓は、まるで戦場の鼓のように存在感を放ち、バチは彼の手の中で異様にしっくりと馴染んでいた。
「ま、待ってくれ!オレこのゲーム初めてだぞ!?」
普段は不敵な笑みを絶やさない彼が、なぜか緊張気味に叫ぶ。
「いやいや簡単だから!」
横でバチを振り回すウラヌスが軽快に説明を始めた。
「バチを握って、流れてくるアイコンに合わせて叩くんだよ!ドンは赤!カッは青!はい、行けっ!」
画面が点灯し、イントロが流れる。
——曲目:アポカリプス讃歌REMIX(地獄の刻印ver.)
補足パート・アポカリプス賛歌とは?
アポカリプス教で式典の際に歌われる「三邪神」へ捧ぐ聖歌……もとい呪歌である。
その荘厳で耳に残る旋律ゆえ、なかよしハイツでは。
大家さん(敬虔なアポ教信徒)一家の影響により、毎朝7時の定番BGMと化している。
ハイツ住民の多くはもはや気にしていないが。
内容的には完全に世界を蝕む邪教の根本教義が含まれており。
深淵災害における危険性は計り知れない。
「なぁこの、大いなる三柱よ~♪てさ」
「内界じゃこれ聴こえた時点で洗脳される級にヤベーって。
パーカーのアイツ(303号)が言ってたんだけど、毎朝聴いてる俺ら大丈夫かな?」
「勇者ちゃん、聖痕覚醒して神になったのに陰キャ抜けてなくて草」
「曲名からして罠だろこれぇぇ!!」
悲鳴を上げるサタヌスを置き去りに、カウントダウンが始まった。
3、2、1——ドン! ドンドン! カッ! カッ!
画面上を流れる赤と青のアイコンたち。それに合わせ、太鼓がリズムを刻み始めた。
「うわっ、来た来た来た来たッ!!」
バチを振るう。最初はぎこちなく、しかし——
「……?」
一瞬の間、サタヌスの瞳が鋭くなった。
「……掴めた」
その声は、風のように静かで、確信に満ちていた。
「掴めた!?いや早ッ!!」
横で見ていたガイウスがツッコむ。
「さっきまで“初めてだぞ!?”って言ってたのに、今完全に戦闘中の顔してるんだけど!?」
「指の動き、リズムの走り、太鼓の重さ……全部、悪くない」
汗が頬を伝う。しかしそれは緊張の汗ではない。魂のドコドコが起動し始めた証だった。
「こいつ……太鼓の達人に適応してやがる!!」
スコアカウントが上がっていく。
コンボがつながるたびに、サタヌスの瞳は鋭さを増し、
その背後では、なぜか空がわずかに暗転し始めていた。
「ちょっとぉ!?なんか雷の音しない!?本物の!?ねぇ!?」
「……あれって、前兆じゃね……?」
この瞬間、アバドンに伝説が生まれた。
「初プレイで雷神を呼ぶ太鼓少年」、サタヌス——ここに覚醒。
リザルト画面に「CLEAR」の文字が点灯した。
「よっしゃ!!かんたんはクリアできたぞ!!」
息を切らせたサタヌスがバチを掲げ、満面のドヤ顔をキメる。
「一番難しい奴はなんだ!? オレはそれ叩く!!」
「いや、チュートリアル終わった直後にラスボス行くのお前だけだろ…」
ガイウスがスナックを口に入れながら、呆れ声で言った。
「ゲームってのはこう、徐々に難易度上げるもんなんだよ、ふつうは」
「この“おに”ってやつが一番むずいよ☆」
ウラヌスが設定画面をぴっぴと操作しながら、
「つーかサタぴの太鼓で雷の音したじゃん?ガチでフルコンボしたら、マジでなんか起きるんじゃね?」
「……やってやる」
サタヌスの瞳がぎらりと光る。
太鼓の表面を撫でるように見つめ、ひとつ深呼吸。
選曲はもう決まっていた。
《アポカリプス讃歌REMIX》難易度:“おに”
イントロが始まる。
♪ おお〜〜いな〜る〜三柱よ〜〜〜〜〜〜〜
ズゥン……と空気が震える。
最初の太鼓が鳴った瞬間、ゲーセンの天井がミシ、と音を立てる。
♪ 闇を抱きて 世界を構え〜〜〜〜〜〜〜
ドンドン……ドドドドン……ッ!
サタヌスの手が太鼓の表面を踊るように駆ける。
顔は真剣そのもので、さっきまでのドヤ顔とはまるで別人だった。
「な、なんだあのチビ……動きおかしくね?」
ゲーセン奥のガラの悪いモブ学生が呟く。
「ヤベェ……撮ろ」
モブ2、スマホを構える。
——そのとき、画面のコンボ数が“100”を越えたあたりで。
筐体上部から一瞬、本物の雷光が走った。
店内が静まり返る。誰かがコーラを落とす音がした。
「……ッ!!今の、マジで雷だよな!?」
「太鼓から……本物出てたぞ今……」
♪ ドドドドドッ!!!カッ!カッ!!ドン!!!
サタヌスは聞いちゃいなかった。
全神経がリズムに没入していた。もはや視界も音も“太鼓”しかない。
「魂……これが……ドコドコの、真のカタチ……!!」
「アイツ、ついに開眼した……!」
ウラヌスの声が震える。笑ってるのか泣いてるのか、もはやわからない。
そして——フィニッシュのロール音が炸裂する。
♪ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!!!!!
リザルト:FULL COMBO
PERFECT率:96%
称号:“雷神の太鼓”
「……オレ、やったぜ」
息を切らしながら、サタヌスがバチを置いた。
画面には「FULL COMBO」の文字。
背後の太鼓はまだ微かに震えを残し、空気の中には雷鳴の余韻が漂っていた。
サタヌスが振り向く。汗だく、目はキマっている。
バチをぶんっと振り回して、
「どうだァ!!見たか!!」
「このオレが邪教ソングフルコンだァァァッ!!!」
その叫びと同時に、後方から歓声のような絶叫が飛んできた。
「サタぴー!!やばいってマジで!!!」
ウラヌスが両手で自分のほっぺを引っ張りながら、目をキラキラ(いやギラギラ)させて叫ぶ。
「今のビート、完全に来てたもん!!雷の気配してたもん!!!」
「多分ね?マジで、本物の太鼓だったらユッピー来るよコレェ!!!」
「そうか!!」
サタヌスの目に更なる炎が宿る。
「じゃあ猶更……燃えてきたぜェ!!」
「いやだから呼ぶなって。というか……」
横でスナックを抱えたまま、冷静な顔のガイウスが一言ぼそりと口を開いた。
「……スマホで呼べよ」
その瞬間、2人の顔がピクッと固まる。
「やだ。かっこわるい」
シンクロかつ即答だった。迷いは一切ない。
「雷神召喚は……ロマンだろ」
「そうそう、演出大事!!」
ガイウスは肩をすくめて天井を見上げる。
その先で、雷光が一瞬、閃いた。
「……うん。もうこの世界ダメかもしれん」
ここに至って、「音ゲーで神を呼ぶ」理論は
ハイツ公式に格上げされたのであった—。