深淵怪文書-竹下黙示録 - 4/4

アンラ・マンユはスーツのポケットに片手を突っ込み、、妙に機嫌よく歩いていた。
溶解しきった看板から滴るココアの雫すら、どこかリズムに合わせて揺れているようだった。
そして、突然だ。
「OHHH~ CHOCOLA~ CHOCOLA~ CHOCOLA~♪」
世界が沈んでいるのにテンションだけ地球外まで跳ねている。
その歌声に、隣のドレッドノートは深い沈痛の息を吐く。

「……その歌は何だ?」
声は低く、察した者だけが持つ諦観混じりの響き。
アンラは金の瞳を横に流し、肩を揺らして笑った。
「チョコレートだからだけど?」
「いやそれだけじゃないだろ。お前のことだ、また世界崩壊の歌だろう」
アンラは指先で空を弾くように、落ちてきたチョコの雫を避ける。
その仕草は軽快で、まるで“災厄を踊りながら創る男”そのものだった。
「歌にもしたくなるだろう、あんな愉快な壊れ方をすれば」
終末を味わいながら、その情景を娯楽として噛みしめる者は、宇宙でも彼くらいかもしれない。
アンラは歩きながら続ける。
まるでサンバ隊の先頭になるように、軽いリズムを踏む。
その声は竹下通りに響く甘い悪意のメロディ。

「OHHH~ CHOCOLA~ CHOCOLA~ CHOCOLA~♪
Come on baby, melt the world, la-la-la~♪」
ラテンの陽気さと、文明崩壊の断末魔が奇跡的に混ざった瞬間だった。
空気が狂っている。だが歌だけは陽気。
チョコに沈む地面、飴細工のように折れた街灯、焦げつく看板。
世界の形が甘味の洪水に溶けていく中で、邪神だけが人類で一番軽やかだった。

ドレッドノートは額を押さえた。
「……やはり崩壊ソングか。
お前が作る曲は全部、何かの終わりの前触れだ」
アンラは笑い、すれ違うチョコ化した自販機の上を軽々と飛び越えた。
「終わりは“素材”だよ。曲も、世界もね。
ほら、見てみろドレ。
こんなに綺麗に溶けてるんだ。歌いたくもなるだろう?」
それは、邪神のクリエイター魂の本音。
この世の破滅すら、彼にとってはひとつの“制作ジャンル”。

バレンタインが何かを狂わせたのか、
竹下通りが何かを誘ったのか。
どちらにせよ、世界は甘い香りを立てながら崩落し、アンラだけが歌い続けていた。

「OHHH~ CHOCOLA~ CHOCOLA~ CHOCOLA~♪
Life is bitter—dip it deeper in cacao~♪」
甘く、軽く、危険で陽気。
その一曲だけで、今日もまた新しいバッドエンドがひとつ生まれるのだった。